第3話 ガンバとしっぽ

お、おいらボーボです。ガンバとは、友達…とっても、大切な。
だって、こんなおいらのこと気遣ってくれるし、一緒に行動してくれるし、笑ったり、喜んだり…
たまにはケンカして、そっぽをむくこともあるけど、やっぱり友達。


「ボーボ、時間だぞ。早く起きろよ」
ガンバに身体を揺すられて、おいらは夢から覚めた。
「あれ…何かあるの?」
「これだもんなあ…今日は、町ネズミの大事な話のある日じゃないか。遅れたら大変だ」
「そっか…」
ガンバは、ちょっと呆れた顔をしておいらを見た。
「まあいいや、すぐに行くぜ」
「あ…あ、ちょっと…」
「話はそんなに長くはないよ。食いモンなら、帰ってきてからにしろよ。俺だって、何も食べちゃいないんだぜ」
おいらの腹の内を見透かしていたガンバは、さっさと表に出た。おいらは、慌ててガンバの後を追った。集まりの場所は、決まっている。
“ガンバは、ここでおいらを助けるために、ロックをボコボコにしたんだ…”
今日は、そこに町ネズミの多くが集まっている。
「諸君、静かに!」
町ネズミのリーダーのひとり、アカハナさんが大声を出した。
「さて、我々は先日、強敵をやっつけた。あの猫の存在は、我々にとってきわめて重大な危機を意味した。幸い、諸君の力があの猫を事実上再起不能にしたと
 言って良い。報告によれば、公園の片隅でじっとしているかその周囲を足を引きずって歩いているだけで、かつてのような威風も、ボス猫としての威厳も
 失われていると言う」
みんなの間に、喝采が沸き起こった。ガンバも、拳を突き上げている。
「ウホン…!」
アカハナさんは、大きな声で咳払いをした。
「いいか、諸君。あの猫を排除できたのは、我々が力を結集させたからで、決してひとりの力で退治できたのではない、と言うことをよく理解してほしい。
 それと言うのも…」
集まった仲間達の中から、心当たりのありそうな仲間をチラチラ見ながら、アカハナさんは続ける。
おいらには、その視線がこっちにも向いたような気がした。

「…ガンバ、無茶をするなよ」
集まりが終わってみんなが帰り始める中、アカハナさんはおいら達のもとに駆け寄って、そしてガンバに向かって言った。
「…してないよ」
ガンバは、アカハナさんの顔を見ないようにして答えた。
「そうか?それなら良いが…」
まだ、アカハナさんは何か言おうとしてたが…
「行こうぜ、ボーボ」
ガンバは、おいらの腕をつかんで歩き出した。おいらは、このまま行っちゃっていいのかちょっと不安になって、振り返った。
アカハナさんは、何か言いかけた口を閉じて黙って見送っていた…


「ハンガ…ン…もう、俺はガキじゃないんだって!」
集まりから帰ると、ガンバは不機嫌そうな顔をしてジャガイモを齧っていた。
「そりゃ、あの人は親父の友達で…俺のことを、小さい頃から可愛がってくれたけどさ…いまだに俺のこと、子供扱いするんだ。この間だってそうだ。
 俺は、仲間が猫に狙われてピンチだったから、助けたんだ。それなのに…」
『…いいか、ガンバ!今回は、結果的に仲間を救えたから良かったが…独りで猫に立ち向かうなど、危険すぎるぞ!お前はまだ、猫や人間の本当の怖さを
 知らないから、無茶しているだけだ。これは、決して威張れることではないんだぞ!』
アカハナさんは、ガンバに逆にお説教したんだ。ガンバにしたら、ショックだよね。
そのことから、ガンバはアカハナさんのこと嫌ってるみたい…
「で、でもさあ…やっぱり危ないよ。猫とケンカするなんてさ…」
おいらは、ガンバのことを思って言ったのに…
「ヘッ、ボーボみたいな肝っ玉の小さい奴に、言われたくないね」
ガンバは、おいらを睨むように見て言った。
「ど、どういうこと?」
さすがのおいらも、ちょっとムッときた。
「遠ーくにいる猫の感じがした、ってだけで物陰に隠れるようなボーボに、猫とケンカをするなって、言われたくないってこと!」
ガンバは、そういうとおいらに背を向けて横になってしまった。おいらも腹が立ったし、その夜はお互い背中を向けたまま寝てしまった。
だから、おいらはガンバが夜の間独り涙を流していたことに気づかなかった。

翌日、ガンバはおいらと一言も口をきかなかった。そして、何か考え事でもしているかのように、黙っていた。
しかし、夜になって突然
「…そうだよ、な」
ガンバが口を開いた。
「…ガンバ!」
思わず、おいらは嬉しくなって声を上げた。すると、ガンバはちょっときょとんとした顔でおいらを見た。
「何?俺の顔に何か付いてる?」
「ううん、何でもない」
「変なボーボ…それよりさあ、いい考えが浮かんだんだ!」
「な、なあに?」
「要はさ、猫とケンカするだけが能じゃないってことだよ」
ガンバは、そう言ってニヤリと笑った。おいらには、その時はそのガンバの笑いの意味が分からなかったけど…


「…おいアカハナ、聞いているのか?」
「あ、ああ…すまん。もう一度、話してくれないか…」
隣にいたベアーは、ちょっと呆れた顔をした。
「そんなに気になるのか?あのガンバのことが…」
「まあな、あいつがこんな赤ん坊の頃から知っているからな」
「確かに、あいつは将来のリーダー候補でもあり…逆に、第二のロックになりかねん奴でもあるからなあ。しかし、そんなあいつを正しい方へ導くのは
 俺らの役目じゃないのか?」
「…確かに、そうだ」
その時、慌ててジャックが入ってきた。
「おお、ここにいたか…」
「どうしたい?おめぇらしくもねぇ。そんなに慌てて…」
「ヘッ、俺だって慌てる時はあるさ…それより、ガンバの奴が…!」
話を聞いて、アカハナ達は『現場』に急行した。町のシンボルともいえる、テレビ塔の下に仲間が集まっている。
ガンバは、テレビ塔のてっぺんに駆け上がって見せると、仲間達に豪語し、それを実行に移したのだ。しかし、行きはよいよい帰りは怖い…
で、いざ下に降りようとして、その『高さ』を見てしまったから…
ガンバは、足がすくむのを必死にこらえて虚勢を張って、さも平気そうな顔を芝居しながら一歩踏み外したら…の恐怖と戦いながら、降りてくるところだった。
ガンバは、下まで降りるとみんなに囲まれた。おいらも、ガンバが無事だったからホッとしていたんだ。
すると、いつの間に来ていたのかアカハナさん達リーダーが来た。ガンバは、自分を見ているアカハナさんを見詰め返した。すると、次の瞬間…
「……!」
パアンと、乾いた音がした。アカハナさんが、ガンバの頬をひっぱたいたんだ。そして、そのままアカハナさんは去って行った


「…アカハナよ、ありゃあちょっとマズいんじゃねぇのか?」
さっきの場所に戻ると、ベアーはアカハナに声をかけた。
「分かりきったことを、言うな…」
「叩いたこの手の、痛さ哀しさ…か?でも、テレビ塔駆け上がりについては、おめぇの方が先輩だろう?あの時は…」
「ゲンコツの親父に、思い切り殴り飛ばされたっけな。奥歯が、ガタガタになったよ」
「親父も、右手の骨にひびが入ったんだぜ?」
「ああ、ずっと後になって…俺が、何とか独り立ちできるくらいの歳になって聞いたよ。だけど、あの頃は何かとうるさいゲンコツの親父が憎くて憎くて…
 でも、あの一発のおかげで俺は曲がった道を歩まずに済んだ…」
「時は移って、アカハナ親父の平手打ち…か?」
「ガンバなら…気づいてくれると、信じているんだがな…取り返しの付かないことになってからでは、遅いんだ」
“ガンバの親父のことと、ダブっているのか…”
「とりあえず、ガンバの動きはそれとなく見張らせている。しばらくはおとなしいだろうけど、いつあいつが暴走するか…分からないからな」
「ああ…助かるよ」

しかし、そんなアカハナ達の心配は二週間後に見事的中してしまった。
「何だって!?すぐ行く!」
知らせを聞いてアカハナがやって来た時、ガンバはうつ伏せになって寝ていたがしきりに苦しがっていた。
3分の1ほど無残に食いちぎられたシッポがまず目に付く。傷口から出血がひどく、巻いてある包帯が赤く滲んでいる。
「ガンバ、ガンバ…しっかりして」
傍らで、ボーボが看病とも励ましとも、ただオロオロしているとも付かない態度でガンバを心配そうに見ている。アカハナは、仲間達にてきぱきと指示を下すと
ガンバの怪我の治療を開始した。

ガンバが、ああいうしっぽになったのは野良猫とけんかをした時だった。
ガンバは、猫の爪を上手くよけ、追ってくる猫が入ってこられない狭い場所に隠れたりして、猫を弄んでいたんだけど…
「ギャーオッ!」
怒った猫は、突然飛び上がるとガンバ目がけて襲い掛かったんだ。不意を突かれて、ガンバはつまづいて倒れてしまった。そこを、猫が襲った!
「ぎゃあああっ!」
あんなガンバの声を聞いたのは、初めてだった。猫は、ガンバのしっぽの先に食いついて放さない。ガンバは必死に逃げようと動き回ったら…
「うあああっ!」
ガンバのしっぽの先は、猫の歯で食いちぎられてしまった。こうなったら、ガンバも逃げるしかなかった。
それから、ガンバはやっとのことで住処まで戻った。おいらは、仲間に知らせて治療の道具を持ってきてもらうことにした。
そして、そのうちにアカハナさんがやって来た。


「…あの時、ガンバはこう言ったんだ。こんなの、かすり傷みたいなもんだって」
「血は争えんな。あいつの親父も、似たようなことを言ってた」
「だから、俺は言ってやった。昔、そういうことを言ってこの薬をつけるのを拒否した奴がいたって。そいつは、不十分な治療の傷を『勲章』だと自慢していたが
 その傷が悪化し化膿し、それがもとで死んでしまったと」
「ガンバは、どういう顔をしていたんだい?」
「俺の言いたいことが分かったような顔をして、ちょっと面白からぬ顔をしていたけど…黙って俺の差し出した薬をつけたよ」
「いずれ、昔話と共にガンバとそれを話すつもりだろう?」
「ああ、ゲンコツ親父の時のようにな。しかし、あいつは海を見に行くと言って町を出たままだ…まあ、あいつのことだからどこかの町で、ケンカでも
 しているんだろう。いずれ、この町に帰って来る時までおあずけだ」

アカハナさんがそんなことを話していた頃、おいら達はイタチのノロイと戦うために島を目指していたんだ…

第3話・完

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