第10話 拳は男の生きる道

「それでは、本日のメイン・エベントを行います。赤コーナー、192パウンド、前回チャンピオン…ヨイショーッ!
 青コーナー、116パウンド2分の1、チャレンジャー…ガンバーッ!」
『さあ、体重別(ウエイト)無視のガチンコ勝負、アイアン・マッチもいよいよ決勝です。6度目のチャンピオンに王手のヨイショか、軽量級ながら不屈の闘志で
 ここまで勝ち上がったガンバか。解説のガクシャさんは、この試合どうご覧になりますか?』
『そうですねぇ…ウエイト、パワー、何よりキャリアと言う点で、ヨイショの圧倒的有利は変わらないが、挑戦者のガンバは一度や二度倒されても屈しない闘志で
 強敵と戦ってきていますらねぇ。非常に面白い試合になると思いますよ』
『さあ、第1ラウンドのゴングが鳴って、いよいよ試合開始です!』
静かな立ち上がりから、ふたりは次第に打ち合いとなり、会場は興奮と熱気に包まれた。
『第5ラウンドが終了。このラウンドも、お互いリング中央で譲らない展開でしたが…ガクシャさん、特にガンバのこれまでの戦いですが果敢にヨイショの懐に
 飛び込んでの執拗なボディー攻撃。そしてヨイショの強打を身体全体でブロックしてしのいでいますが、どうでしょう?』
『そうですねぇ、体格の差は歴然ですからガンバとしてはああして、ボディーを攻めて相手の体制を崩す…それに、しつこくボディーを狙われるのは
 心理的なダメージにもなります』
『しかしヨイショは、あれだけしつこくボディーを狙われて…このラウンドなどは、ガンバのパンチが何発もめり込んでいましたが、表情を全くと言っていいほど
 変えませんね』
『うーん、そこは駆け引きでしょう。ヨイショとしても、苦しくないはずがない。しかし、ああして効いていないように振舞われると、そこしか攻めようのない
 ガンバとしては焦り、逆に追い詰められたように感じてしまうものです』
『なるほど…さあ、第6ラウンドのゴングが鳴りました。両者、リング中央に進み出て出方を窺って…おっ、ヨイショの左ジャブがガンバを捕らえた!
 だがガンバは必死にブロック、しのいでチャンスを窺っている…グローブは倍の大きさがあるとは言え、ヨイショのパンチはガンバには文字通りメガトン級。
 まともに喰らってはたまりません。おっと、ガンバがヨイショの懐に飛び込んだ!さあ、ここぞとばかり左右のパンチを、ヨイショのボディーに…
 あーっと、ヨイショの左がガンバの顔面を捕らえました!ダウン!ガンバ、ダウンだ!これには、ガンバの膝が崩れたーっ』
『狙っていましたな…今のは』
『そうですね…しかし、これでくたばるガンバではありません。レフリーのカウントを邪魔だとばかりに立ち上がり、ファイティングポーズを取った!』
『うーん、でも少なからずダメージを受けていますよ…』
『試合続行…しかし、ヨイショはリング中央で構えたまま。攻め込んできませんね。ガンバも少し不気味な感じを覚えたのか、距離を置いたままです。
 レフリーが両者にファイトを命じますが…両者はじりじりと動くだけです』
『これで、ガンバはうかつに飛び込めなくなりました。これでは、ヨイショの思う壺…と言うところですな』
『しかしガンバ、突っ込みます!ガードを固めて、ヨイショの懐に攻め込むが…ヨイショのパンチが…強烈な右!メガトンパンチは、ガードを粉砕してヒット!
 そしてグラついたところへ、情け容赦のない左右の連打がガンバを襲うーっ!ヨイショ、猛ラッシュ!ガンバは、ロープ際で棒立ち!』
そして、とどめの一撃は強烈な右アッパーだった。
「……!」
ガンバの身体は、両手両足がピンと伸びた状態で持ち上げられるように宙に浮き、そして背中からドサリとマットに叩き付けられた。
両手両足を広げ仰向けにマットに倒れたガンバは、鼻や口から血を流してグロッキー状態だった。
『強烈無比!ヨイショのウエイトがたっぷりとのった、渾身の右アッパーがガンバの顎に炸裂ーっ!ガンバ、立てるか?必死にもがいているが目が虚ろだ…
 動くことすらできそうにない!今、レフリーが10カウントを宣した。ノックアウトーッ!ヨイショが6度目のチャンピオンの座に就きました。
 さすがのガンバの闘志も、ついにヨイショのメガトンパンチに、粉砕されてしまいました。ああ…どうやら、ガンバは失神状態のようですね…』
『しかし、よく食らいつきましたよ。あの体格差で、6ラウンドまで持ったのはなかなかでしょう』
『そうですね。ヨイショはこの大会で三戦目までは、1ラウンドで相手をノックアウト。四戦目で若干手こずったものの、それでも右のカウンターパンチで
 ワンパンチKO。準決勝では、同じ体格の相手を3ラウンドでマットに沈めていますからね。しかしあの時の連打は、鬼気迫るものがありました。
 こうして終わってみればヨイショの連続KO記録と、連勝記録が伸びて終わったアイアン・マッチですが…この強さは、本当に桁違いですね』
『全く。かつて、ブーテスという通算14回、8回連続でチャンピオンの座に就いた者がいましたが、その記録を塗り変える勢いですな』
『一方、善戦空しく敗れはしましたが、ガンバが担架に担がれて退場します。まだ意識は朦朧としているようです。そのガンバに、会場から拍手が送られています…』


「んー、ヨイショがどんな夢を見ようと、勝手だけどよ…なーんか、納得いかねぇなあ」
話を聞き終わったガンバは、ちょっと眉をしかめた。
「まあまあ、そうふくれるなよ。夢ン中の話じゃねぇか。ハハハ…」
いつもの調子で、磊落に笑うヨイショ。傍らのガクシャも
「そうそう、夢の話でそんなにムキにならなくても…」
「ヘッ、他人ごとだと思って…よくやりましたねも、ないもんだぜ」
ガンバの矛先は、ガクシャにも向く。
「わ…我輩は、勝手にヨイショが夢の中に出しただけで…」
「断っとくがな、おれはヨイショのパンチを何十発食らっても、失神なんかしねぇぞ」
腕組して、ちょっと斜めを向いてガンバは言った。
「だろうな。おめぇのことだ、身体がボロボロになっても寝言みてぇに『まだやれるぞ』って呟き続けてるだろうな」
「まあ、ヨイショはケンカじゃ負けたことがないだろう?」
すると、ヨイショはちょっと真顔になった。
「ん…俺、何か変なこと、言った?」
ガンバが慌てて訊ねると、ヨイショは
「いや…別に。へへ…こんな俺にも、たったひとり全く歯が立たなかった相手がいたんだよ」
ヨイショの言葉に、ガンバはちょっと意外な表情を見せた。
「へえ…そんなすげー奴がいたんだ…」
「ヨイショが、一対一の殴り合いで唯一…だろう?ボロ雑巾のように叩きのめされ、夢の中のガンバのように無残にノックアウトされたのは」
例えに引き出されて、ガンバは思わずガクシャを横目で睨んだ。そして、ヨイショに
「それって、どんな奴?」
「よせやい、奴だなんて…俺の船乗りとしての先輩のひとりで、ボスとしての器を見せてくれたんだ」
「名前は?」
ガンバは最早、好奇心でいっぱいである。
「ん…リスターって言うんだ。出身地の言葉で『勇敢』を意味する言葉だそうだ」
「へぇ…」
ヨイショは、次第に昔話を始めた。
「ありゃあ俺が、船乗りとしていっぱしぶっていた頃だった…」

「船に乗り始めて、5年ほどした頃だった…たいていのことは独りでこなせるようになり、海や船に関する知識も増えた。たださえ、血の気の多い連中が
 いっぱしぶりたがる頃よ。俺も、今思えば血の気の多い、生意気な奴だったよなあ。で、ある日親父から海神丸に乗って来い、と言われたんだ」
「海神丸…?」
「ああ。ガンバは分からねぇだろうが、俺らの間で『海神丸に乗れ』と言われたら、それは『いっぱしの船乗りになるためにもっと鍛えられてこい』ってことさ。
 つまり、将来を見込んだ奴に、海の男としての特訓させようってわけだ」
「もっとも、手の付けられないワルを矯正するという目的で、乗せられることもあったんだがね」
ガンバの耳元で、ガクシャが囁くように言った。ガンバは、思わず吹き出しかけて慌てて口を閉じた。
「…で、その海神丸のボスであり教育係が、リスターさ。身体つきは、今の俺と同じくらいかな。全身が筋肉の塊みたいで、引き締まった身体をしていたよ…」
『俺が、この海神丸を仕切っているリスターだ。つまり、これからは全て俺の指示に従って行動すること。そして、何か俺に言われたら大きな声で返事をすること。
 返事は『はい』の一言でいいからな。それ以上、余計なことを言うな。それから、俺に何かを言われている間は、姿勢を崩すな視線を逸らすな二度言わせるな。
 俺に対しては、名前をさん付けでいい。ボスだのキャプテンだのと、つまらん肩書きで呼ぶんじゃない。まあ、一度にあれこれと言っても仕方がないな。
 おいおい、叩き込んでやるからな。それから、文句のある奴は腕でこい。全員で、闇に紛れて来ても構わんぞ。陰でコソコソしている奴は、容赦なく海ん中に
 叩き込むから、覚悟しておけ。いいな!』
『……』
『返事はっ!?』
『は、はいっ』
『声が小さい!おまえら、それでも海の男かっ!もう一度!』
『はいっ!』
…一事が万事、この調子だった。指示されたことを、迅速に確実にやると実にいい笑顔で『よしっ』と言ってくれるが、手順を間違ったり手を抜いたり、
あるいは意に介さないと、烈火のごとく怒ったね。
そして、有無を言わせないで平手が飛んできた。たちまち口の中が切れて、鼻の奥がツーンときな臭くなる。毎日、誰かしら頬が腫れていたよ。
中には鼻血が止まらないままの奴もいた。
「そしてよ、全員で闇討ちしてもいいと言ったのは、伊達じゃなかった。とにかくスキがねぇ、カンが鋭い。そして力じゃとても敵わねぇ…」
「それなのに、ヨイショときたら無謀にも…」
「刃向かったのかい?」
「ああ…」

確かに、そいつは手順が悪かったのは事実だ。しかし、結果としては正しいのだ。でも、その時の言い種は『やり方が自分のメガネに適わないから全てダメ』と、
言っているようなもので、そいつの立場がない。
「待って下さい!」
リスターは、鋭い目で俺を睨みまわりの空気が一気に緊張した。
「何だ?おまえは、文句があるとでも言うのか?」
もう、後には引けない。
「はい、それではあんまり…」
言い終わらないうちに、俺はグイッと胸ぐらをつかまれた。
「言ったはずだな?…俺に文句があるなら、腕で来いと」
「は、はいっ」
「いいだろう、こっちへ来い。おまえらも、来いっ!」
リスターは、全員を船底の広い場所に集めた。
「俺との勝負は、一対一の殴り合いだ。武器は、この拳のみ。へそから上なら、どこを攻撃してもいいぜ。まあ、ハンデとして背後からの攻撃も認めようか。
 どちらかが気を失ってくたばるまで、時間無制限。始めた後になって、ゴメンナサイは認めないぜ。いいな!」
「…はいっ」
すると、リスターは初めて拳を握って構えた。ヨイショは、さすがにこの時になって、勝負を挑んだことを少し後悔していたが、後には引けない。
猛然と立ち向かって行ったのだが、リスターは巧みな動きで、ヨイショが必死に放つパンチをかわした。あるいはブロックした。
どこを攻めようにも、スキがない…焦るヨイショが踏み込んだ瞬間…!
「……!」
骨が砕けたような音がして、リスターのパンチがヨイショの顎に炸裂した。鮮やかなカウンター・パンチを食らったヨイショは、その場に崩れ落ちた。
「おい、誰かこいつを介抱しといてやれ」
その時、ヨイショは白目をむいて完全に気を失っていた。
「おお、気がついたか…」
ぼんやりした視界に、ガクシャの顔が映った。
「ガクシャ…お、俺…は…」
「ちょっと、脳震盪をおこしただけだ。何、しばらく安静にしていれば平気さ」
その時、俺は全てを理解した。たちまち、目に涙が溢れてくるのを感じた。
「…じゃ、ジッとしていたまえ」
ガクシャは、気を利かせて黙って出て行った。俺は、自分のベッドの上で誰はばかることなく泣いた。それまで、一発でノックアウト…したことはあっても
されたことなんて一度もなかった。


「…すげぇなあ。ヨイショを一撃で…逢ってみてぇなあ」
ガンバの正直な感想に、ヨイショはニヤッと笑って
「なら、逢わせてやろうか?」
「えっ…!?」
「リスターはだいぶ前…そう、ガンバと出会う半年ほど前に手紙をもらって…寄る年波には勝てないからと、船を下りて港町で暮らしているそうだ」
「じゃあ、そのリスター…に?」
「ああ、何だかんだで遅くなったが顔を見せようと思ってな」
「行く、行く!ヨイショを一発KOした相手、見てみたいぜ!」
「おいおい…何か、ズレてねぇか?」
ともあれ、ヨイショ達はリスターが暮らしていると言う港町へ向かった。
「…この辺で、トレーニングジムを開いているって、話なんだが」
港の外れ、かつて工場やドックが密集していた跡の一角に、それはあった。
「でっけえーっ…」
十分にボクシングやレスリングの試合が出来そうなリングが三つ、それ以外に十分な広さのスペースとたくさんの用具…
「よう、やっと来たな…この青二才めが!」
腹に響く声にビックリして振り返ると、ヨイショとほぼ同じくらいの体格のネズミが、笑って立っていた。
「お…お久しぶりです」
「おう!うわさは、聞いているぜ。あの白イタチをやっつけたとはなあ…ちっとはいい面になったんじゃねぇか?まあ、入れ。ゆっくり話を聞かせて
 もらおうじゃないか」
そして、ガンバに目をやると
「ほう…いい目をしているな。どこの港ネズミだ?」
「いや、こいつ…ガンバは、もともと町ネズミでして」
「ほほう…こりゃ町ネズミにしておくにゃ、もったいないな」
「今は、海神丸に預けてもいいくらいの奴ですよ」
ガンバがビックリしてヨイショのほうを向くと、リスターは高笑いで
「そうか!まあ、今では海神丸も過去のものだ…ちょっと遅かったな!」

それから、しばらくヨイショの土産話で座が盛り上がった。それが一段落すると
「ヨイショ、久しぶりにやるか?」
リスターが、ヨイショを誘った。
「し、しかし…」
「何、手加減無用だ。俺も、手加減しねぇ。ただよ、もう俺も歳なんでな。1ラウンドで勘弁してくれ。それから、動きやすいのならば
 そのままの恰好でいいぜ。正式な試合じゃないものな」
「は、はあ…」
「何を気のない返事をしてやがる!まだまだ、おまえにゃ負けねえぜ」
そう言って、リスターは冗談めかしてヨイショの腹を拳で突いた。そして、さっさと支度をしてリングに上がった。
一方のヨイショは、急に無口になり黙々とグローブをはめると、リングに立った。
「おいガンバ、ゴングを頼む。きっちり三分間計ってな」
リスターは、子供みたいにはしゃいでリングの上からガンバに声をかけた。
「わ、分かった…あ、はいっ!」
「時間は、我輩が計ろう。ガンバは、我輩の合図でゴングを鳴らして」
こうして、ふたりの戦いが始まった。ヨイショは、始めこそ様子を見るように手を出していたが、そのうち渾身の力で拳を出し始めた。
だが、リスターは華麗に、ダンスを踊るようにパンチを巧みにかわし、ヨイショに一発もヒットさせなかった。あっと言う間に三分間は過ぎた。
「ハハハ、なかなかやるじゃないか。もう、足腰ガタガタだ。次のラウンドをやったら、こっちが危ねぇ。楽しかったぜ、ヨイショ」
だが、ヨイショは少し無理な笑いを浮かべただけだった。
「見ろ、これだけのことで汗びっしょりだ。俺は、ちょっと汗を流してくるぜ」
そう言って、リスターは奥に消えた。リングを下りたヨイショは、黙ったままグローブを外した。
「ヨイショ、老体を相手にちょっとムキになりすぎていたんじゃないか?おまえ、まだあの時のことを…」
「バッカ野郎!本気で向かわなきゃ、こっちがやられていたぜ。みろ、これを!」
「アッ…!」
ヨイショが服をまくると、みぞおちの辺りにうっすらと拳の跡が付いていた。
「こ、これは…?」
「そう、さっき冗談めかしく俺の腹を突いただろう?そん時の跡よ。何が老体だ!まだ、ズキッと来るぜ。やっぱり、おっかねぇよ…今でも…」
ガンバは、信じられないものを見たように呆然としていた。


…あれは、いつだったか。海神丸に乗った仲間の一人が、ある港町でケンカに巻き込まれて、顔役の一味に捕らえられてしまった。
みんなは色めきたって、そいつを助けるべく突入しようと立ち上がった。だが…
「誰が、そんな真似をしろと言った!?相手の罠に、みすみす首を突っ込むバカがどこにいる!」
リスターは、みんなの前に立ちはだかった。
「どいて下さい!仲間のピンチを黙って見ているほど、俺らはヤワじゃない!」
「その言葉、俺に対する反抗と受け取っていいんだな?」
「……」
「どうなんだっ!?」
みんなは、お互いに目を合わせると一斉に答えた。
「はいっ」
「いいだろう。ならば、俺を倒してから船を出て行け。来いっ!」
それからの大乱闘は、語り草よ。何しろ、腕っ節自慢十数名を足腰立たないくらいに、叩きのめしたんだから。
独りでよ…そして、その足で船を降り、捕らえられた仲間のもとに向かって行った。サシの勝負で勝ったら仲間を開放してもらおうと、話をつけに行ったんだ。
「…帰ったぜ」
数時間後、帰って来たリスターは捕らわれていた仲間を伴っていた。不思議だったのは、リスターはともかくそいつまで顔を腫らしていたんだ。
「何でもねぇよ…」
後から聞いた話だと…勝負をしたリスターは激しい殴り合いの末、勝った。そして、解放された仲間に近づくと、そいつを思いっ切り殴り飛ばしたそうだ。
規律を乱したことに加え、仲間に心配をかけたから…

「…そして、あれは忘れもしねぇ」
ちょっと大きな港町では『草拳闘』なんて古臭い言葉が似合うような、腕自慢が競い合う場があった。
リスターは、そういうのを見ると進んで参加して、めぼしい相手をことごとくノックアウトしていた。
俺はそんなリスターを見ていたら、以前にワンパンチKOで叩きのめされたことを思い出した。今度は…って気持ちになって、リングに立っていた
リスターに挑戦状を叩きつけた。すると、リスターは顔色一つ変えずに俺の挑戦を受けた。
“今度こそ、一矢報いてやるぜ…”
俺は、リング中央で相手を睨んだ。リスターは、涼しい眼をしていた。そして…
「覚悟は、できているな?」
お互いが半分背中を向けた瞬間、リスターはボソッと俺に言った。挑発なのか警告なのか?俺には理解できなかったが、焦って突っ込むことだけは避けた。
「くそっ…」
しかし、どうしたって俺のパンチはリスターに当たらない。拳に衝撃を感じても、それはリスターに阻まれた時だった。
焦るな、焦るなと言い聞かせながらも次第に焦りは深まり、俺はリスターの術中にはまっていった。
「……」
それでも俺は、必死に事態の打開を模索してあれこれ手を変えてみた。もちろん、徒労に終わったが。
そして、第3ラウンドに入るとリスターが打って出てきた。
リスターのパンチの恐ろしさを知っている俺は、無意識のうちに萎縮していた。また、それまでの焦りは疲労になって思うように動けなくなっていた。
そして、とうとう俺はロープを背に追い詰められてしまった。その場から逃げ出そうにも、スキがない。と、リスターが右を放った。
俺はそれをかわそうとして右に動いたが…
「グ…ウッ!」 右は、フェイントで、リスターの狙いは、左のボディーフックだった。見事にそれは、俺の右脇腹に突き刺さった。俺のガードが緩んで、体勢が崩れた。
狙い通りの展開に、リスターがニヤリと笑ったのは覚えている。たちまち、左右の連打が炸裂した。
その度に、俺の頭が右に左に大きく揺さぶられた。その数、12発…
俺の顔は、たちまち風船のように腫れあがり鼻や口から流れる血で、真っ赤に染まった。それは返り血となって、リスターの顔に降りかかったと言う。
だが俺は、5〜6発目までは食らったのを覚えているが、それからは次第に意識が遠のいていって…
だから、とどめの一撃で右アッパーを食らった瞬間、口から鮮血と共に血まみれのマウスピースが吹っ飛んだことや、リスターがそれをそっと拾っていたこと
などは全く覚えていない。

…気がついたら、船の中。医務室にしていたベッドの上だった。
「気がついたな。気分はどうだ?」
ハッと横を見ると、リスターが座っていた。その視界が、妙に狭い。俺の顔の腫れはまだ、十分に引いていなかったのだ。
「……」
「丸三日、眠っていたからな。まあ、当分安静だ。今、無理して動いたら後々後遺症が残るぞ」
(後で、ガクシャに聞いたのだが…リスターは俺を担いで船に戻ると、意識が戻るまで付きっ切りで居てくれたそうだ)
「お、俺…?」
すると、リスターはそれまで見たこともない穏やかな表情になった。
「おまえも、大したもんだ。難敵を前に、何とかしようと必死に立ち振る舞い、工夫して見せた。そして…ほれ」
リスターは、ポケットから何かを取り出した。それは、どす黒いしみがいくつもついている、くたくたになったマウスピースだった。
「おまえが、あの試合で含んでいたやつさ。今まで、俺の連打を浴びてくたばった奴は数知れねぇが、最後まで…マウスピースを食いちぎらんばかりに
 歯を食いしばって、俺の連打に耐え抜こうとした奴は、おまえが初めてだ」
そう言って、リスターはニヤリと笑った。
「これからは、おまえの扱いを少し変えにゃあならんな」
そう言って、部屋を出て行った。
後から知ったのだが、あれはリスターの十八番で『地獄の1ダース』という、相手を追い詰めて13発の連打を浴びせ、完膚無きまでに叩きのめす
恐ろしい必殺技だそうだ。


すげー話…ん?でも、どっかで聞いたような話…あっ!ヨイショおまえ、自分のこと夢の中で、俺に置き換えただろう?笑ってごまかすな!

第10話・完

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