浪漫的廃棄物堆積場
その狭い店のなかは薄暗かったが、売り物の石たちが僅かながら発光しているために照明は要らない。乱雑に並べられた石たち。こんにゃくのような平たい長方形の石が幾つか積み上げられているのが目についた。なぜかそれがとても気になる。店長らしき髭を伸ばした大柄な男性が私に声をかけた。理由もないけれどなぜだか気になるというのは、重要なサインですよ。
積まれた長方形の一番上は、くすんだオリーブグリーンとグレーが霜降りのようになった色彩の石で、ラブラドライトのようだったが、そうではないような気もした。みつめているうちにラブラドライトに似た石は柔らかくなって、どろりととろけたチーズのように流れてこぼれていった。すると2段目にあった黄色い石が一番上にむき出しになった。
黄色い色の石からは、男性的な力強さを感じることが多いけれど、この石はとても女性的で情緒的だった。透明度の高い黄色の濃淡、部分的にブルーとグリーンのインクルージョン。私の知っている石ではオパールにとても近い波動だと思った。オパールは確か水分含有量のとても多い石だ。そう、この石の内部には水が封じ込められているようだ。織り込まれた色彩が今にも対流を開始しそうだ。せき止められた水のような危機感とでもいうか、破裂しそうな水風船とでもいうか。
髭の店長が見つめていたので、私はこの黄色い石がなぜだか気に入ったと告げた。正確には、この石に惹かれているのか、激しく嫌悪しているのか、私には分からなかったのだけれど。店長は何気ないふりを装いながらも動揺している様子だ。ほんとうにこの石がご希望ですか? はい。店長は石を包装し始めた。濃い青緑色の薄紙に丁寧にくるまれていく。この石を選ぶ人に告げることは...。店長は低い声で言う。あなたには意中の人がいますね。その人はあなたのなかで大きな存在となっていますね。それでもあなたはその人を知らないのですね。なぜなら、その人は、存在しないのです。
え? 私は聞き返した。存在しないのです。店長は繰りかえした。私には意味が分からなかった。なのに心臓がえぐられたような衝撃だけが走った。身体が、それは真実だと認めているようだ。脈が速くなった。私の恋した人は、どこにも存在しない、妄想の産物だったんだ。何もかも嘘だった。自分のいる世界も、自分自身さえも、妄想が生んだ幻なんだと悟った。吐き気がした。
::::: 12/29 :::::
木村○哉と同じクラスだった。彼は他人の悪口ばかり書いた本を出版したという。K姉妹とか松○泰子などが結構辛辣にこき下ろされている。クラスのほぼ全員がけなされているなか、私も当然ひどく書かれていた。ウブでナイーヴなふりをするのが滑稽な女とか何とか。クラスのみんながその本を話題にしている。みんながけなし合い足を引っ張り合っている。慣れてしまって傷つくとかいうことは全然ない。そこまで麻痺しても批判し合っているのになんの意味があるんだろう。ただ当然のこととして受け入れ、それが変えられるとは考えも及ばないでいた。
(キムタクさんに申し訳ないような夢でした。ごめんね。) ::::: 12/15 :::::
コンサート会場にいた。開演までの間、何人かの懐かしい顔に出会った。高校の時引っ越していって音信不通になった友人や、大学の時の親友。でも、みんな私のことが誰だかわからないようだ。だから私は私でないふりをして話をした。
やがて開演時間、席に着こうとすると、客席全体がクレーンのように持ち上がり始めた。まるで遊園地のアトラクションのよう。ほとんど直角になるまで客席が傾いて宙づりのような形になった。手すりや椅子は真っ黒い鉛のような金属でできていて、私は落ちないように必死でしがみついた。でも私が怖かったのはそのアトラクションよりも開演するコンサートの中身の方だったのかもしれない。私はすぐに諦めて手を離した。
次の瞬間、私は自宅にいた。窓から夕暮れの空を見ていると、父が帰宅した。夕方なのにもう私が家にいるので、父は驚いたような顔をした。私はコンサートから逃げ出すように帰ってきてしまったことを悔やんだ。いつもと変わらず父の相手をしている自分がなんだか虚しくて。
でもよく考えてみたら、ステージに立っていたのはとてもよく知っている人で、またあらためて別の機会に見せてもらえばいいじゃない、と思った。なーんだ、大したことじゃないじゃん、と思った。
::::: 12/09 :::::
夢の中で夢を見た。見ず知らずの街、家並み、なのに不思議なほどの郷愁の念。デジャヴュとは違う。勝浦という実在する地名。でもそこに住んだことも行ったことすらもない。知らないのに知っている。遠隔操作された意識のカプセルを飲み込んだようだった。坦々と続く家並みは霧にかすんだようにくすんだ色彩。私自身もそこに溶け合って、象牙色に消え入ってしまいそうだった。異世界に異邦人のままで取り込まれてしまう。奇妙に癒着した感覚ははじめてだと思った。
夢の中で夢から醒めて、起きてきた母にそのことを話した。母は話す前からほとんどすべて分かっていた。母の脳裏に描かれている映像が私にもはっきり見えた。それは私の見た夢の「勝浦」と寸分違わぬものだった。何だか不気味でぞっとした。母はけろっとした顔をして当然のことのように受け流した。勝浦の映像はあらゆる人の裡に増殖しているのだろうか、伝染するのだろうか、そう思った。
::::: 12/05 :::::
親友がテレビドラマを見るのを楽しみにしていた。今日それが最終回で、ラストに盛り上がる場面で「キレ」と呼ばれる高揚感を知ることができるのだという。「キレ」ってどんなものだろうと私が考えていると、彼女はキッチンで水を出しっぱなしにして、シンクに溜まった水の中で両手をひらひらと魚のように泳がせていた。それは特殊な癒しの水のように彼女の表情を刻々と変えていった。これが「キレ」なんだと思った。そう気づいた瞬間、流しの下の排水パイプに小さな穴があき、そこから水が噴き出した。シンクからも水が溢れてこぼれた。足も手も水浸しになった。とても温かだった。 ::::: 11/23 :::::
英語のテストを受けさせられている。何だか全く分からない。問に答えられないというより、問自体が読解できない。まるで宇宙語で書かれているみたいで、意味が全く読みとれない。これじゃまぐれ当たりがあったとしても、とんでもない成績になるなあと思う。周りを見回すと、がやがやと何だか賑やかでとてもテストの最中とは思えない。誰もこれをテストだとは思っていないのかも知れない...? ゲームか何かの一種に違いない。ひとりで勘違いして、いったい何をしてたんだろうと思った。
::::: 11/20 :::::
夢のなかでその人は、自分のあやまちを許して欲しいと言った。きみが苦しむのは、僕のあやまちを許していないからだと。苦しむことで僕を責めているんでしょうと。それはほんとうかも知れないと夢の中で思った。
::::: 11/12 :::::
こっぴどくふられる夢。こっちの心は分かっているのに煮え切らない態度で、気持ちを煽っておいては突き放して遠くで様子を観察しているような奴。何かの言葉に私はとうとうぶち切れて、テーブルの上にあった冷めた紅茶を奴の顔めがけて思いっきりぶちまけた。すっきりした。
オリジナルラヴの「アイリス」という曲が頭の中でずっと鳴っていた。気持ちの沸点の僅かなずれから遠ざかっていく人への想いを歌ってるような曲だけれど、夢の中では現実よりももっと深く共感していて、詞中の人物の視点で世界を見てさえいた。彼女はベージュのトレンチコートの襟を立て、風景もすべて色を失いかけてペールトーン。これからセピア色に閉じこめられるための準備をしているようで哀しかった。
::::: 11/09 :::::
殺人事件の現場に居合わせ、華麗に謎解きをして見せた。内容は、きれいさっぱり忘れてしまった。
::::: 11/08 :::::
真っ青な山猫のような動物が、ケージに入れられて家に来た。均一でマットな皮膚の色から、被毛はあるのかないのかよく分からない。背を向けていたので初めはものすごく不気味に思えたが、振り返ると山猫のようなその生き物は子猫のように愛らしい表情でこちらを見つめた。小さく鳴いた。口の中が人工的に鮮やかな濃いピンク色だった。私たちはそれでも遠巻きにその猫をしげしげと見つめるだけだった。
従姉妹がやってきた。彼女は当たり前のように山猫を檻から出したがった。なぜだか分からないがそれはしてはならないと私は知っていたのだけれど、従姉妹に屈託無く可愛いから外へ出してもいい?と訊かれると、思考が完全に停止して簡単に首を縦に振ってしまった。しまったとその後で思った。大変なことをしてしまった。私は青ざめた顔で、山猫を抱えた従姉妹を引っ張って動物病院へ駆け込んだ。獣医は半分呆れたようなにやけた顔で言った。この動物は感染症を引き起こしますから、隔離しておかなくてはいけませんし、密閉していないケージでは意味がありませんね。獣医は保健所に電話した。すぐに衛生班が来て、病院に消毒液を噴霧した。従姉妹は自分にもそれをかけてくれと明るく笑顔で要求した。私は家の中で猫の檻を置いた場所はどこだったか必死で思い出そうとした。全部消毒しなくては。居間のソファーにも置いた。私はあそこに平気な顔して座っていたっけ。でも今から消毒してももう手遅れだという。人間の皮膚には二ヶ月ほどは治らない湿疹が一面にできるという。粘膜はもっと危険らしい。二ヶ月も治らないのかとうんざりした。また大切なことがそんなに後延ばしになってしまうじゃないかと、悔やんでも悔やみきれない思いだった。
::::: 11/02 :::::
::::::: past :::::
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