パビリオンの中央に試写会の会場があって、私は友人と会場にはいる。スーパーの白いビニール袋にあふれんばかりのお菓子や野菜が詰め込まれていて、それを持ち込めないためにすべてトイレに流そうとした。ビニール袋は中がすでにびしょ濡れで、私の履いてきた黒い靴もどろどろに汚れていた。それを捨てて、ワイン色に光る新しいエナメル靴を履いた。トイレはとても混雑していて、不快だった。スーパーの袋のかわりに黒い紙袋を広げた。紙袋には赤い字で私が密かに恋をしている人の名前が印刷してあり、それが恥ずかしいので人目につかないように腕で隠すように抱えた。友人も同じ紙袋を持っているのだけれど友人にとってはその赤い文字は何の意味も持たないようだった。
試写会の会場にエマニュエル・ベアールが来ている。ここで試写される日本映画とは関係ないはずなのに。グレーの地味なスウェットの上下を着て、特別目立つようなことはなく、ごく普通の人という印象。何かほっとしたような気分がし、好感が持てた。普段ももっと派手でケバイのかと思ったね、と友人と話した。
::::: 12/26 :::::

プールの更衣室に遅れて入ると、先に入った友人たちが見あたらない。姿はないのに声だけがして、捜して回るけれどどこにもいない。仕方なくひとりでロッカーに荷物を入れようとすると、空いているロッカーはたくさんあるのにどれを見ても自分のためのものではないような気がする。鍵に手をかけては躊躇を繰りかえす。すでにプールで授業が始まってしまった。怖い先生の声が漏れ聞こえてくるので、このままさぼってしまおうと思った。
荷物をまとめて帰ろうとすると、大きなスーツケースが一個、鞄が十個ほどになった。それでも入りきらずにどうしようと途方に暮れている。この荷物をどうやったらひとりで抱えて帰れるだろう。お笑い芸人に似た男の子やモーニング娘に入っていそうな女の子たちが次々に寄ってきて話しかけるので集中できない。みんながボケるので私は何とか上手に突っこんでやろうと生真面目に努力している。
( 荷物が多すぎて持って帰れないという夢は何十回も見続けている。心の中の必要ないものを捨てろということ? )
::::: 12/24 :::::

独裁国家にひとりで入国しなければならなかった。国家元首はパタリロに似ていて、あたりかまわずどこにでも写真が掲揚されていた。案内と通訳をしてくれたのはぺ・ヨンジュンに似た男性。招かれざる客と知った上で、事情に立ち入ることもなく、気づかぬふりをしてくれていた。
エレベーターに乗り込み、地上数百階の建物に上っていく。超高速のエレベーターはすべてガラスで出来ていて、地表がはるか下方にかすむのが見える。途中の階で止まると、写真そのままの国家元首が取り巻きを引き連れて乗り込んできた。失礼があっては生命に関わる。息も出来ないほどの張りつめた空気。国家元首はしげしげと私と通訳を眺めた。彼は明らかに私よりも通訳の方に興味を抱いている。男色家なのだと気づく。
私は決定的な失敗を犯している。ピアノの音を外したのだった。広い円形の部屋の真ん中にピアノだけが置かれている。広すぎて周囲の壁が遠くに白く歪んで見える。国家元首は私を激しく叱責する。通訳が私を庇うことを見越しているのだった。通訳は低い声でゆるやかに、だがきっぱりと、何か答えた。私には彼らの言語は理解できない。国家元首は通訳に近づくと、ゆっくりと彼の唇を奪った。
エレべーターは墜落する小型飛行機のように滑り落ちた。宇宙船にでも乗っているよう。永遠に加速していく。通訳は私の目を見て、静かに微笑んだ。何と答えたらよいかわからず、私はただ涙を流した。私が誰であろうと彼は同じように庇ったのだろうと思うと、胸がちくりと痛んだ。ガラスの外には星が無数に流れていく。
::::: 12/22 :::::

教壇の初老の教師にテスト用紙を投げつけた。名前だけ書いて、あとはほとんど白紙のまま。テスト用紙は窓ガラスに当たって、あり得ないほど大きく金属的な音を立てた。私は足音を響かせてその部屋を出て行った。
昼時の食堂にいつも通り学生たちが並んで座っていく。番号順で、私の番が来たはずなのにいつもの顔ぶれでない。不思議そうな、迷惑そうな顔で周囲の男子がこちらを見ている。心の底から憎々しく思った。上の世界から見下ろすような目をしている彼ら。私は世界からはみ出て、にゅっと押し出されるように下の世界に落とされた。私は歩きながら、プラスチックのトレイと皿を道路脇の溝に無雑作に投げ捨てた。
家に帰ると家族がケーキを切り分けていた。よくあるショートケーキは白いクリームだけでデコレーションされていて、苺も何も乗っていない。機械で切ったように正確な切り口。私は自分の分を冷蔵庫にしまって、シャワーを浴びた。禊ぎのような心持ち。午後3時40分。この後ひとりで出かけるつもりだった。低俗で大衆的で、涙を誘うだけが取り柄だとみんながこき下ろしていた恋愛映画を見に、都心まで行く。私は本当はこういうのが好きなんだとなぜかようやく気づく。世界が思いのまま無限に膨れていくような感覚。
スクリーンに、隠れて見ていたビデオの映像が映る。テープが歪み、途切れ途切れで、心から好きな人が映っている。他にいろいろな人が映った映像を取り混ぜてシャッフルした。これで誰にも解らないと安心した。
家を出たところで友人に会う。また学校を辞めるつもりなのかと問いただしたいのだと解る。学校に通うのは2回目。以前も同じような状況で辞めたことがあった。何年も無駄に費やしている。彼女は何とか引き留めようとしているらしい。あれこれ理由を付けて学校に残ることの素晴らしさを説く。彼女のいかにも親切そうな顔立ちに余計に苛立つ。駅前のビルのエスカレーターに乗りながら彼女は顔をくしゃくしゃにして大声で泣き出した。突然湧き上がるように彼女が大嫌いだと感じた。そう感じたのははじめてだった。なんでそれに気づかなかったんだろうと思った。何もかもに私は気づいていなかった、そのことに気づいた。
::::: 12/18 :::::

世界中が赤錆にまみれている。ぎしぎしと軋む音が聞こえてくるよう。庭にかつては白かったブランコがあった。錆をどれだけ剥がしてもまだ元の白さは甦らない。まるでキャベツの葉のように幾重もの錆が剥がれ落ちる。体中が汚れた。何やら白いブランコには子供時代の想い出が付属しているらしい。過ごした時のすべてが赤黒く変色していくよう。シャワーを浴びて身を浄めたかった。
浴室は南向きで大きな窓ガラスがあった。カーテンが半分開いていて、これでは外から丸見えだと思い急いでカーテンを閉めた。それでも風が悪意無くカーテンをそよがせている。
朝だか夜だか判らない薄明かりの9時50分。テレビの前に駆けつけるとドラマはもう始まっていた。主人公は不治の病。医学部で教鞭を執る彼は学生たちに病を隠していた。ほとばしる汗にまみれ、夕立の中を駆け抜けてきたような出で立ち。体内の水銀を排出するための汗だった。それは病の末期症状でもあった。見ているだけでも生々しく想像できる、その金属的なにおい。苦痛を隠すための歪んだ無表情。
::::: 12/14 :::::

好きだった人に似ている人がいる。似ているというのはただの主観で、実際は大して似ていないんだろうと思う。でも咄嗟に似ていると思いこんでしまった。都合の良いことにその人は不思議なほどとてもやさしくしてくれる。夢の中だと分かっていて、本物でないとも分かっている。それでも目を奪われてしまう。また時には、見るのが怖くなってしまう。
かつて好きだった人もこんな風に誰かの印象を追いかけていて見つけた対象だったのかなと思った。その誰かは、またもっと前の誰かの面影に似ていた。それなら一体誰のことを好きだったんだろう。一番はじめはどこにあるの。根元的なイデアは? そんなことをぐるぐると考えた。その間に、百万年ほどの時が過ぎたような気がした。オリジナルの「好きだった人」が誰だったのか分からなくなってしまった。
「似ている人」は私の机のそばにやってきて、真っ赤な表紙の日記帳を手に取ろうとした。私はあわてて奪い返した。これだけは絶対に見せられないと言った。その人はそうだと分かっていて悪戯をしたんだというように、穏やかに微笑んでいた。
::::: 12/11 :::::

アイルトン・セナの伝記的ドキュメンタリー。弟や甥と思われる人々が私たちを案内している。地図はアフリカ大陸。幹線道路を伝い若かりし日のセナが生活した街を幾つか辿ることになった。どこも灼熱の暑さ。彼らは皆黒々とした皮膚を光らせる。
ひとつ目の街では彼の生活した部屋を訪れた。濃すぎて目に痛いほどの緑。巨大な葉っぱを持つ見たことのない植物に埋め尽くされている。ここでの暮らしのさまを時空を超えて豊かにイメージできた。
小さな四輪駆動で砂漠を長々と走った。やがて、白く遮断された迷路のような場所に迷い込む。ひとしきり細い道を辿っていくと、近代的で無機質な病院に。断末魔の叫びが轟く。看護士たちが完璧な無表情でそぞろ歩く。あまりに不気味で、思わずカーテンの影に隠れてやり過ごした。ここでは常軌を逸して恐ろしげなことが起こっているに違いないと直観した。逃げだそうと車を走らせる。白い迷路が続く。
同乗の黒人たちがたくさんの焼きたてのデニッシュを袋から取り出し、その表面の焦げ目から文字を読みとりはじめる。暗号解読なのか何なのか分からないが私も加わった。読みとった文字をリストアップしていく行為は私には割合簡単だった。文字は音楽のプレイリストになった。すべてのタイトルが網羅されたとき、風景は元の砂漠に似たものに変わっていた。数人の同乗者のなかで私が一番早く仕事を終えた。あとはデニッシュを食べてしまうことで証拠を隠滅する必要があるのだった。
::::: 12/10 :::::

子供の頃の友達から、テレビCMの音楽を作っていると打ち明けられた。満足行くものができないから代わりに作って欲しいという。小さい頃やっていたようなキャラクターもののノートでの交換日記が玄関に置いてあった。彼女からのメッセージがそこにもあった。かわいらしく色とりどりのペンで書かれている。そのような光景をかつて体験したことがあるようでないようで。回想のなかに巻き込まれていく、というよりも現実から離脱していくような感覚。
小学校の裏口に砂場があって、午後の日差しがオレンジ色に光るなか、男子小学生がたくさん砂遊びをしていた。子供特有の匂いが充満している。彼女と私は砂場の端に腰掛けている。私は協力するつもりが無いことを伝えたいけれど上手く伝えられずにいる。少し大きい男の子が煙草を吸っていた。慣れた仕草で灰を砂に落とす。煙が鬱陶しかった。
玄関から出ると外は薄暗く、友達は自転車で帰ろうとする。暗くて自転車の色も形状もよく見えない。ライトを付けると変な摩擦音がする。さっきまで見ていたテレビの画像がリブレイされる。そして砂嵐。私は彼女に交換日記を渡した。笑顔の裏で、こんな時間にひとりで帰そうとすることを言外に責められているような気がした。甘すぎて気持ちが悪いケーキの後味。
::::: 12/08 :::::

久しぶりに「白い影」の直江庸介が登場。ドラマの続編が始まることになった。テーマ曲をバックに流しながらのオープニングの映像は、ワイングラスを左手に掬うように取る、その手のアップから。爪の先まで完全に直江になりきって演じていて、ああすごい、と思う。血のように真っ赤なワインが揺れている。それは彼から流れ出している彼の命それ自身の隠喩だろう。少しありふれているけど、そこがいいんだと思った。
なぜか飲んだくれている直江を何とかしようと、看護婦倫子はその店で働くことにした。色目を使う客が膝に手を置いただけでたじろいでしまう倫子に、経営者はため息混じり。直江は勝手にしろとでも言うような突き放した目で、突き放しながら包み込んでいるような目で彼女を黙って見ている。
CMが入った。製薬会社がドラマのキャストに合わせて作ったCM。薬局で商品を手に取る直江。明るく弾む声に振り向くと、白衣を着た薬剤師の倫子がこぼれる笑みで客に包みを渡している。目を見張る。やはりそれは幻だった。彼女の筈がない。伏し目がちに寂しげな苦笑。そんな内容だった。同じ会社のCMで田村○和バージョンもあった。くるんとした付け髭、つや消しの金色スーツを身にまとい薬局を訪れた彼。外人口調で声を裏返しながら何やらまくし立てていた。こちらはコント仕立て。
::::: 11/29 :::::

作曲家Gの生涯をドキュメンタリーのように俯瞰。熱い砂と青すぎる海。舞台は不自然に眩しすぎた。光の粒子が空の皮膜によって地上に押し込められ、互いに熱く擦れ合って、汗のような血のような煌めきを流している。カミュ「異邦人」の舞台を思い起こさせるような。あれは多分この世界の密度ではなかった。どこか違う星の、違うレベルにある贋の絵画。
聴いたことのない曲をたくさん聴いた。Gの生み出す曲はダイナミックで不貞不貞しいほどの美しさ。その陰に今にも崩れそうに震える、曖昧な呟きがある。
全てが狂っているようで、何も狂っていない。身悶えしたくなるような世界。残忍な美。
::::: 11/28 :::::

宿泊先は築十数年のアパートのような地味な部屋で、小さな窓から微かな日差しが薄暗い空間に差し込み、ぼんやりと灯った灯籠のようだった。四日間の予定なのに、ずっとそこに住んでいたよう。
久しぶりに会った友人は、かつては自分のペースでとりとめのないお喋りを怒濤のようにまくし立てて去っていくような人だったのに、随分と大人びて落ち着いた印象。穏やかに聞き役に回ることもある。時間の経過をしみじみと思い起こさせた。その変貌ぶりからか、別人のようでどことなく自然に心を開ききれない。
私は薬でもあり食事のかわりにもなるサプリメントを常用していて、その錠剤の入った茶色い遮光瓶を大事に携帯していた。それがないと生きられないという大切なものだった。その錠剤を飲もうとすると、どこにも瓶が見つからない。私は半分パニックになりながら這いつくばるようにして瓶を探した。
友人はその様子を見て視線が泳いでいる。明らかに挙動がおかしかった。サプリメントは高価なものだし、美容に効用が並外れているので、盗んだのに違いないと疑った。
私は彼女を問いつめた。あっさりと彼女は瓶を隠したと白状した。瓶は、キッチンの上の開き戸の中にあるという。4つの開き戸があり、全て開けてみると、中に4つのオブジェがあった。それは私の書いた物語の世界を表現したもので、春夏秋冬の4つの季節を示していた。オブジェは石鹸やタオル、籐の籠などでできている。リボンがかけられていて、それらは私へのプレゼントだった。友人は照れくさくて言い出せないので、一計を案じたらしい。
私はあわてて瓶を手に取り、鞄に隠した。一連のことは把握できたけれど、正直それどころではなかった。なんでこんな回りくどいことをして私を困らせるのか、友人を理解できなかった。赦せないわけではなかったけれど、心がふれあう接点をどこかに見つけることはこれ以上はもう不可能だと直観した。そして不可能だと思っている自分がとても冷酷に感じて、苦々しかった。
かつて私の書いた物語を大切にしていてくれたことは考えれば嬉しいことだけれど、今頃になって...という思いの方が強かった。感謝しなくてはいけないような気もした。押し付けがましい好意のような気もした。様々な思いが去来して頭が混乱した。とにかく早くその場から逃げ出したくて、友人を残して私は部屋を去った。
友人は、悪意のない悪戯を厳しく叱りつけられた子供のようにもじもじとして、口元だけ半笑いのままで、じっとこちらを見ていた。
::::: 11/26 :::::

夜中に窓ガラスが開いていることに気づき、びっくりして飛び起きた。母が知らない人を家へ招き入れていた。親戚だと言っているけれど全く見覚えがない。いつの間にか15人ほどの見ず知らずの人達が狭い家の中を徘徊していた。私は貴重品を盗まれるのを心配して母に耳打ちをした。母は通帳や印鑑のある箪笥の引き出しを開け広げて、異常がないか確認した。その様子は誰もに見られていて、ここに大切なものがあると教えているようじゃないかと、私は母を叱責した。
高校生くらいの女の子がいて、私の箪笥を勝手に開けて下着を取り出し、どれが似合うかと私に訊いてくる。冗談じゃないと思いながらも、角が立たないよう出来るだけ穏やかに、どれも似合わないことを理由をつけて説明した。彼女はまだあれこれと自分に当てては鏡を見ている。
自分のベッドに戻ると、うちの猫と一緒に見知らぬ子猫が2匹いた。大抵子猫は可愛いと感じるのだけれど、この子猫たちは一見してちっとも可愛いと思わなかった。病気を移されたらまずいと思って、うちの猫を子猫から引き離そうとしたが、うちの猫はすっかり親猫気取りで子猫の毛を舐めてやっている。大事な猫にも裏切られたような気がした。窓が開けっ放しだったので、外に出て行ってしまったら困る。そういえば犬もいなくなっている。綱もつけずに外をうろうろして車にでも轢かれたらどうしよう。
そのうちに炊き出しをはじめることになった。私は大量の人参や里芋の皮を剥き、細かく切った。指がヒリヒリした。なぜ私ひとりがこき使われているんだろう。腹立たしさを心の奥に押し込めた。
::::: 11/25 :::::


Past_log  Home