コード








昨晩、おかしな夢を見た。
夢の中で、私は学校の教室のような場所にいた。典型的な教室で、机が並んでいて、多くの人が席についている。その机の上には、大きなアンプのような、スピーカーのような、へんてこなステレオ機材がそびえ立つように載っている。
私は私の機材から微かに流れてくる音を、耳を澄まして聴いていた。斜め前の席に座っている人が、私にとって大切な人であることが分かっていた。彼の奏でている音が私のスピーカーから聴こえているのも分かっていた。彼の機材からは太くて頑丈そうな黒いコードが延びていて、それはきっちり束ねられていた。私の機材から出ているコードはとても細く丸い断面のコードで、うっすら白く半透明だった。束ねられておらず、床の上に幾重もの様々な大きさの円を描いて遊んでいた。ふたつのコードは、両端で繋がっていることも分かっていた。

私たちは学校から帰らなくてはいけない時間になり、それぞれの機材を持って帰らなければならなかった。私はコードを抜いた。するとそれは、スルスルと手の中をすり抜け、黒く束ねられたコードの方に行ってしまった。半透明の細いコードが黒いコードの束に巻き付いていた。
どうしよう、コードがなくなってしまった、と私は思った。でも、どうせ彼とは同じ場所へ帰るのだから、大丈夫だ、すぐそう思いなおした。
そして私は彼が呼びに来るのを待っていた。それをとてもとても心待ちにしていたくせに、私は同時にそれを怖れてもいた。なぜだか、怖かった。その思いに侵食され飲み込まれるように世界は暗転して、夢は途切れてしまった。

こんなふうにして、私はコードを持たずに生まれてきたの? この地球と、日常の世界と繋がるためのコードを。
私はいつも、繋がり方が判らなかった。あらゆる人と。状況と。
時に人々がコードを絡ませては喧嘩しているのを、半分羨むような気持ちで見つめていた。
幼い頃、夕暮れの空を見上げると湧き立った郷愁に似た思い。私は紛れもなく、その時空へ帰りたいと感じていた。そして夢と同じように、えも言われぬ恐怖心も常にそれに伴った。
今でも、夕暮れのオレンジ色は私を不安と憧憬とで満たす。
繋がり方も、未だに判らない。

コードを必要としなくなった時、コードを返してもらえるのかもしれない。でも返してもらわなくても別にいいかな、とも思える。

それでも、ほんとは、こう言いたいのかもしれない。
私のコードを持ってっちゃった人、もう怖がったりしないから、早く返しに来てください。




back