ちいさな泉のほとりには、まっ白な野バラが咲きほこっていました。
泉のつめたいお水をくんで、からだのちいさなリスたちや野ネズミたちに分けあたえるのが、うさぎのミルラは大好きでした。
毎朝はやく、夏は日がのぼる前のいちばん冷えたおいしいお水を、冬はうすくはった氷がとけるのを待って、ミルラはお水をくみました。とてもとてもさむい朝には、ミルラのちいさな白い手は、しもやけで赤くはれてしまうこともありました。
それでも、とくべつにおいしいこの泉のお水をのんで、よろこぶリスやネズミたちの顔を見ていると、ミルラはとてもやさしい気持ちになって、また明日もお水をくもうと思うのでした。
ミルラはとてもはずかしがりな女の子だったので、仕事がおわるといつでも、バラのしげみのなかにかくれてしまうのでした。
リスやネズミたちは、いつもありがとうを言おうとするころには、ミルラがどこかにいなくなってしまうのを、少しざんねんに思っていました。
ミルラは、みんながまんぞくしておうちに帰るのを、しげみの中からそっと見つめていました。
はずかしがりのミルラには、なかなかお友だちができませんでした。ほかのうさぎたちにくらべて、まっ白な毛をしていたミルラは、こんにちはを言うのにもはずかしくて、ほっぺたをまっ赤にしてしまいました。そして、まるでいちごのようだと、みんなに笑われました。
だからミルラは、ほかのうさぎたちとあそぶのが、あまり好きではありませんでした。おうちでひとり、あつめたバラの花びらをかわかして、いいにおいのするポプリを作るのが好きでした。
その日もミルラは、ひとりぼっちでおうちに帰るとちゅう、泉のそばを通りかかったのでした。
泉のお水は、夕ぐれのお日さまの光をいっぱいうけて、きらきらとオレンジ色にかがやいていました。こんな冬の日は、夜になるととても冷えこむことをミルラはよく知っていましたから、日がくれないうちに急いでおうちに帰らなくちゃ、そう考えていました。
その時ミルラは、しげみのかげからうすい茶色のしっぽがのぞいているのを、見つけてしまいました。しっぽはずぶぬれで、ぶるぶるとふるえていました。そうでなければ、知らない相手に声をかけることなどとても苦手なミルラは、そのまま気づかないふりをしてしまったかもしれません。ミルラはあまりびっくりして、はずかしがることも忘れてしまって、しげみの中をのぞき込みました。
茶色い毛をしたちいさな犬が、そこにいました。体中ずぶぬれで、黒い目を少しぎらぎらとさせていました。ミルラはそんな目で見つめられて、どぎまぎとしてしまいましたが、勇気を出して話しかけました。
「いったい、どうしたの?」
茶色い犬はびっくりして、よけいに目をぎらぎらとさせました。犬はとてもさむくて、とほうにくれているんだろう、ミルラはそう思いました。きっと知らない森からやってきたばかりで、ここに泉があることに気がつかず、お水の中に落ちてしまったのでしょう。
「枯れ葉をあつめてきてあげるね。それで少しあったかくなるわ」
ミルラはちいさな声でそういうと、木々のねもとにつもっている枯れ葉をいそいでかき集めました。みるみるうちに、しげみのかげに枯れ葉の山ができました。
犬はまだ、けいかいしたようすで、ふるえたままうずくまっていました。ミルラはそれを見て、そっとしてあげた方がよいと思い、だまっておうちに帰りました。
次の日の朝、いつものようにお水をくみに泉にやってくると、もう犬はそこにいませんでした。でも、あの犬が枯れ葉にくるまって、あたたかく夜をすごしたことを想像すると、ミルラもいっしょに心があたたかくなるのを感じました。
季節はすぎて、白い野バラが花を咲かせる春が来ました。
ミルラはその日も、お水をくみました。そしてしげみのかげで、みんなの笑顔と、とてもかぐわしいバラの香りにつつまれて、幸せいっぱいな気持ちになりました。
リスやネズミたちが帰っていったあと、まだ泉でお水をのむ音がしました。ふしぎに思ってミルラが顔をのぞかせると、そこには、あの時のちいさな犬がいました。
犬はふさふさと毛をゆらせてお水をのんでいましたが、ミルラに気がつくと、そっとほほえみました。あの時のぎらぎらした目とはまるでべつの犬のように、やさしい目をしていました。
犬の名前は、ジュニパーといいました。
ジュニパーは思ったとおり、べつの森からひとりでやってきたのでした。そのわけをミルラはたずねましたが、ジュニパーは話そうとしませんでした。
ジュニパーは毎朝、泉にやってくるようになりました。そして、ミルラのお手伝いをしてくれました。
ふたりともとてもはずかしがりでしたが、なぜだかふたりでいると、ふしぎと上手にお話ができるのでした。
ジュニパーはききました。
「どうして、ここでいつも、みんなのためにお水をくむようになったの?」
ミルラは答えました。
「わからないわ。いつのまにか、そうなっていたの」
ふたりとも、はじめてなかよしのお友だちができたことがとてもうれしくて、それからは、いつもいっしょにすごすようになりました。
ある晩、ひどい嵐がやってきました。
風はうねり、雨は地面をたたきつけました。森の木々はぐらぐらゆれて、いっせいに泣き声をあげているようでした。
こんなひどい嵐は生まれてはじめてだわと、ミルラは思いました。
ぼくがやっと見つけたこのすてきな森は、いったいどうなってしまうんだろうと、ジュニパーはとても心配になりました。
ふたりとも、その夜はよく眠れませんでした。
朝になって、ふきとばされた葉っぱが折りかさなる中をかきわけて、ミルラは泉へとやってきました。
バラのしげみが、風ではげしくかたむいて、おおきく泉におおいかぶさっていました。バラの花は全部飛びちってしまって、しげみは今にもひきちぎられそうでした。
たいへんだわ、しげみがかぶさってしまって、これじゃお水がくめないわ!
ミルラは身を低くして、なんとかしげみの下へともぐっていって、泉のお水をくもうとしました。
リスやネズミたちも、集まってきました。みんなはミルラを心配して、お水はいらないよ、あぶないからやめて! と次々にさけびました。
その時、ミルラの左のお耳が、するどくとがったバラのとげにひっかかってしまいました。いばらはお耳にからみつくようにすいよせられて、次々ととげがお耳にくい込みました。
「いたい!!」ミルラは泣きさけびました。
その声を聞きつけたように、ジュニパーが泉に走ってきました。ジュニパーは顔を青くして、あわててミルラを助けに飛びこみました。必死でいばらをかみ切って、ミルラをそこから助けだしました。
ジュニパーはさいわいなことに、けがをしませんでした。しかし、ミルラの左のお耳には、いばらがからみつき、たくさんのとげがつきささったままでした。
むりにそれを取ろうとすれば、もっともっとミルラがいたい思いをすることになるので、ジュニパーはもう何もできませんでした。
ジュニパーは、森のお医者さんであるくろくまさんのところへ、夢中で走りました。
「ミルラがたいへんだ! はやくきてください!」
くろくまさんがやってきたころには、ミルラのお耳はまっ赤にそまり、血がしたたっていました。くろくまさんもそれを見て、顔をまっ青にしました。
「これは、たいへんだ!」
しばらくたって、森の病院から、ミルラはようやく帰ってきました。
ジュニパーは、いちもくさんにミルラに会いに行きました。
しかし、ミルラはおうちに閉じこもったまま、なかなか出てきてはくれませんでした。
「どうしたの? どうして出てきてくれないの?」
ジュニパーは何度もたずねました。
ミルラはおうちの中から、聞こえないようなちいさな声で、
「もう、会えないの」と、言いました。
「会えないなんて、どういうことだい?」
ジュニパーは、なみだ声で言いました。
「わたしのこと、きらいになるだろうから」
ミルラも、なみだ声で答えました。
ジュニパーは、かなしくてかなしくて、一晩泣いてすごしました。次の朝になっても、なみだがとまりませんでした。
それでもジュニパーは、泉へとやってきました。ミルラがきっとくるにちがいないと、そう思ったからでした。
ジュニパーの思ったとおり、ミルラは、やっぱり泉へとやってきました。
ジュニパーは、ミルラを見て、息がとまるほどびっくりしました。ミルラの左のお耳が、なかったのです。
ミルラは、ジュニパーのおどろいた顔を見て、大粒のなみだをはらはらとこぼしました。そして言いました。
「ほらね、わたしのことが、きらいになったでしょ? こんなみにくいわたしのことなんて、きらいでしょう?」
ミルラの左のお耳はきずだらけで、たくさん悪いばい菌が入ってしまったために、お医者さんは、しかたなく切りおとすしかなかったのでした。
ジュニパーも、ミルラの言葉を聞いて、同じくらい大粒のなみだをこぼして言いました。
「きらいになんて、なるはずないよ!」
ジュニパーは、森中をかけずりまわって、白いバラの花をさがしました。嵐のときにみんなちってしまったので、なかなか見つかりませんでしたが、森のはずれでようやく一輪だけ、それはそれはりっぱなうつくしい白いバラを見つけました。
さっそくその花をつむと、ジュニパーは、ミルラのもとへかけもどりました。
そして、左のお耳のかわりに、白いお花をミルラの頭にそっとかざってあげました。
「ほら、とってもとってもきれいだよ!」
ジュニパーは、息をきらしながら、ほこらしげに言いました。
「お耳がなくたって、ミルラはミルラじゃないか。ぼくは、ミルラのことが、大好きだよ!」
ミルラはふたたび、大粒のなみだを、いくつもいくつもこぼしました。でも、今度のなみだは、まるで真珠のように、きらきらとまばゆく光って見えました。
泉のほとりのいばらは、やがて枯れてしまいましたが、そのかわりに、ミルラのお耳では、いつでもまっ白な大輪のお花が、うつくしく咲きつづけています。
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