流砂の上を歩く








流砂の上を歩く。
砂粒が足の裏を細かな棘のように刺す。それは熱さにも冷たさにも感じられる。神経組織が攪拌される。僅かな間にそれが沈殿するのを待つ。それを淡々と繰り返す。
立体感を失った平らな空は、雲の所在によって辛うじて落下するのをくい止められているようだ。計算し尽くされたような平行移動を忠実に守り続ける雲たちが、私を嘲笑っては流れ、消えていく。

流砂の上を歩く。
見渡す限りの砂の世界。歩けども進んでいるのか退いているのか、道程はまっすぐなのか曲がっているのか、まるで分からない。座標軸が存在しない。
苛立たしいほどにくっきりと輪郭を保ったまま、雲は流れる方向を変えてゆく。それとも、砂の流れが変わったのか? 私が歩く方向を誤っているのか?

私は、歩みを止める。
それでも、私は流されて、どこかへ向けて動き続けている。
私は、目を閉じる。知覚することを放棄してみる。それでも私はどこかへ向けて流され続けている。

私は、目を閉じる。
じっと足の裏の砂粒を感じる。細胞のひとつひとつに砂粒のひとつひとつがあてがわれたように、パズルが次々とはまっていくように、足と砂が合意の上で融解を始めたように感じられる。
熱さにも冷たさにも似た刺激は、もはや不快なものではなくなっている。

私は、目を閉じる。
瞼の高さに、雲を感じる。流れていても何の抵抗も生まない雲の流れを捉えるために、皮膚感覚が鋭敏に研ぎ澄まされる。天使の羽が掠めたかのように雲が頬を撫でるのを、密やかに味わう。

私は、目を閉じる。私はどこかへ流れていることを忘れている。それが幻影であったことに気づかない振りは出来なくなっている。ただそんなことすらも、重要でなくなったために意識すらしなくなっている。

私のまわりのすべてが動く。私は、動かない。






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