聖母
嬰ハ短調の叫びは既に引き裂かれた
むせびなく破壊のなかのちいさな墓穴
ねじれてつづく誕生の痛み
乳白色の血が幾筋か流れ
鱗を一枚ずつ剥がされた魚が
時の河を越えて身をよじると
そこには無がうまれた

暗紅色の箱舟が行く
憎しみも嫉妬も呑み込み尽くした
巨大な胃袋が痙攣する
唇から排出された香気は舞い
芳しさが描いた運命のデッサン
死ぬことによってはじまる生命
そこには愛がうまれた
灰から巣立った不死鳥は翼を燃やし
最初で最後のタンゴを踊る
その腕のなか蜘蛛の巣も弾け散る
腐ったミルクの河が天球から消える夜
すべてを超えてすべてを愛した
その瞳から流れたしずくは煌めいて砕け
そこから光がうまれた