仁川(いんちょん)国際空港
 飛行機は少しゆれながら無事に着陸した。中央の席なので、窓の外はよく見えないけど、窓ガラスに雨がかかっている。雨が降ってるじゃないか。九州でも降ってないのにと、これからの日程を思って少し憂鬱になった。
傘を持ってきたのは私とロンちゃん。ロンちゃんは捨ててきてもいいような傘だという。会長は持ってきてない。
出国窓口にいって長い列に並んでいると、係の人が、「あちらも使えます。」と柱の向こうを指差した。みたら、ズーーっと向こうの方まで窓口が並んでいる。ワールドカップだったからかな。広い。広すぎて閑散としている。早くと思ったので争うように3人ほどまとまって窓口に行くと、ひとりづつとジェスチャーされる。ロンちゃんとえへへと笑いながら黄色の線の後ろに並んだ。なんで審査官はむっとしているのだろう。わら。と、そこへ別の列に並んでいた会長が、出国カードがないとあわててやってきた。うそ。出国カードは、旅行会社から送られてきた。1番みんなに持ってるかと確認していたのに。ようやく書類入れから見つけた。よかった。私が最初に行き、無事に通過すると、あとの二人を待った。さらに遠くの空いた窓口に並んでいた。出国カードを探していたので、列からはみ出てしまったらしい。わら。ここから先は、2月に一度来てる会長の後ろをいつもついていくことになる。ターンテーブルにいくと、かなり豪快な音と共にバックが放り出されている。バックが壊れるんじゃないかって。会長のブランドのボストンバックはひっくり返って出てきた。ロンちゃんは自分のバックを見逃してしまった。バックにつけておいた旅行社の札がちぎれていたからなおさらわからなかったらしい。外にでると、銀行ですぐ両替をした。私はあまり買い物をするつもりはなかったし、食事が全行程ついていると思っていたので3万円しか、両替しなかった。免税店はカードも使えるし。あとの二人は5万円両替をした。手数料は、1万円につき、100円。だから、わたしは297000ウォン。2つ目のお財布をもってきてたので、それがぱんぱんに膨れた。
 会長が、日本の窓口でしつこく「Fね?」って確認していた。それは、次にいく、ガイドさんが待ってるはずの出口のことだった。私とロンちゃんはなんのことだか、さっぱりわからず、おまかせしていたのだった。
「さ、Fにいくよ。」
そこは、Eだったけど、とりあえず出てFに行けばいいね・・って会長が言うのでなんのことかわからないままついていく。すると、ずらーと並んでいるガイドさんの中に「カイチョウサン」とカタカナで書いたのを見つけた。で、さっさと前を歩いていく会長に、叫んだ。
「あれじゃないと?」
会長はふりむいて、え?っとそれを見ると、つかつかと近づいていった。
やっぱりそれだった。会長はとっても怒って
「ほらね。あんなに確認したのに、Fじゃなかった。」とぶつぶつ。なんでも、2月に行ったときに、ガイドさんに会えずに1時間後、アナウンスで呼び出されたらしい。
あいさつもそこそこに、日本じゃ、Eっていわれてきたと、ぶつぶつ。でも、すぐに開き直って、ツアーは何人?って会長が聞いた。「さんにーんです。」と流暢な日本語が。やったー。私たちだけ?わがままいえるぞ。ガイドさんはセミロングで全部うしろで結んで、落ちてくる前髪をピンでとめた髪型をしている。昔の日本のおかみさんのような髪型で、めずらしく、茶髪にそめている。(出会う人の大半が黒髪だった)
ガイドさんが車のところに行きましょうって、案内をする。
私はきょろきょろしていたので、いきなり穴にけつまずいてしまった。なんでこんなところに穴が?わら
車を待つ間、ヘビースモーカーのふたりは、ガイドさんにタバコが吸いたいと訴えてすぱすぱ。その間に私は空港の周りの景色を撮影する。(ホームページの写真はそれです。)
そうするうちに、ピンクじゃないワゴン車がやってきた。入り口に近いところに荷物をおいて、それぞれ一列にひとりづつ座った。私は1番後ろに座って、おもむろに、ガイドブックを広げた。そういえば、あまり読んできてないのを思い出した。仁川(いんちょん)空港からは、きれいな広い道をひたすら走る。
ガイドさんは、車に乗ると、しゃべりだした。
「みなさん、この空港の名前知ってますか。」
「・・・・。」漢字じゃわかるけど、読めないんだな。誰もそんなこと勉強してきてない。
「いんちょんといいます。それは、このへんがいんちょんだからです。いんちょん空港は島にできてます。」
とガイドさんが説明する。私はそこで、改めてガイドブックを広げて、島であることを確認した。
わたしたちは、不勉強のまま、韓国に足を踏み入れてしまった。たよりは、2回目の会長。会長も読めない?え?
「言葉は何を知ってますか?」
「アンニョンハセヨ!」会長がそれだけだと、にっこり笑う。おひ。