2004.11.28
「石舞台古墳」
石舞台古墳(H16.11.28撮影)
「日本で一番好きな古墳は?」と聞かれたら,私は恐らく石舞台古墳と答える。
この古墳が人々の心をつかむのは,かの有名な蘇我馬子の墓だから,ということもあろうが,最大の魅力は何と言っても巨石の迫力と美しさだ。人々は,その1つ1つの大きさにまず驚かされる。このような巨石をここまで運んできて,それを並べた当時の技術力を思わずにはいられない。ただ,それだけでは美しさを醸し出すことはできない。この巨石の配列が,また絶妙なのだ。
実は,この巨石は石室の“天井”部分である。そして,今は“天井”部分のみ露出しているが,かつては石室がほぼ丸ごと露出していたらしい。その古写真を初めて見たとき,私は現在の姿とのあまりのギャップに,ある種のショックを感じた。でも,それはそれで面白い事実だ。
後年,その丸出しの石室の外側を途中まで埋めたわけだが,なぜ途中までだったのか。今の私はその根拠を知らない。ただ,おかげで石舞台は1つの“芸術”と化した。石室が全て丸出しのままでも,あるいは全部埋めてしまっても,あの独特の寂寥感は感じないだろう。あそこまでは埋めた。それ以上は埋めなかった。このバランスこそ絶妙なのである。
先日,私は久しぶりに石舞台を訪れた。ちょうど開門と同時に入ったので,他に観光客はいなかった。しばし私はそれを独り占めにし,写真を何枚も撮った。この古墳ほどシャッターを押す回数が多くなる対象は,私にはあり得ない。巨石には東から朝日がやさしく当たっている。周囲には紅葉するような葉は多くないが,それでもほんのりと色づいていたりする。秋の石舞台も,いいものである。
石室の中に入ってみる。いつもながら何とも言えない気分になる。何せ,かつて馬子が眠っていたであろう場所である。この石室,他の古墳に比べると実に広いし,天井も高い。これだけの大きさを考えると,やはり馬子の墓にふさわしいと思えてくる。
もう1つ面白い話を聞いた。実は,この古墳の下にはいくつかの小古墳が存在したというのだ。つまり,いくつかの小古墳をつぶし,その上に石舞台を築いたわけだ。研究者は「さすがに全くの他人の古墳は破壊しづらい。馬子が一族の古墳を一部壊し,その上に造らせたのではないか?」と言っている。ますます馬子らしい話に思えてならない。
私は古墳を見ると,昔はどんな姿をしていたのだろうといろいろに想像するのが常だが,この古墳だけはその作業を必要としない気がする。
石舞台は,今の姿こそ素晴らしい。
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