改新の発祥地

  

 奈良県の桜井にある、
「談山神社」
 というところに行ってきました。「談山」と書いて「たんざん」と読みます。あまり知られていない神社かもしれませんが、紅葉の美しさにおいては、奈良有数のものがあります。私が行ったときは、紅葉はまだ二割程度だったでしょうか。受付の方が、
「あと一週間で見頃です」
 といっていました。紅葉を見るには早すぎました。
 この神社は藤原鎌足公を祀っています。
 かの中大兄皇子と藤原鎌足が、法興寺(現・飛鳥寺)の蹴鞠の会において初めて出会った話は有名ですね。蹴鞠のときに脱げた皇子の沓を、鎌足が拾ってあげた、という話です。
 そのあと、極秘の談合をしたのが談山神社の本殿の裏山でありました。つまり「事を談じた山」ということで「談山」となったわけです。
 この神社、私はかつても行こうとしたことがあります。明日香村には何度も行っていますが、明日香村からは峠を越えてすぐ隣です。ところが、行くに行けないんですね。何と、この峠を越える車道がない。桜井から明日香を無視して、神社めがけて山道を進まないと行けないんです。でも、逆にいえば、それくらいの土地でないと「極秘の談合」などできないともいえましょうか。
 神社でいただいたパンフレットには「大化改新発祥地」とありました。改新の発祥地というのも妙ないい方ですが、実際に談合したわけですから、誤りともいえませんな。
 受付の鳥居をくぐりますと、正面に百四十段もある石段が続いています。その先に本殿があります。
 しかし、その本殿よりも「絵」になるのが、木造の十三重塔(重要文化財)ですね。パンフレットなどにも必ず写真が掲載されています。木造の十三重塔では、現在唯一のものだそうです。もとは鎌足の長子・定慧和尚が鎌足を偲んで建立したといいます。十六世紀はじめに焼失したそうですが、すぐに再建され、今日に至っています。
 この塔の様子がとてもよかったですね。塔だけ見ますとそれほどでもないんですが、少し遠くから眺めますと、周囲の森からひょっこり体をのぞかせる感じで、その雰囲気がとてもいい。京の神社では、ああいった雰囲気は醸し出せないですね。
 拝殿に上がりますと、神社にまつわるものがいくつか展示してありました。最も目をひくのは『多武峯縁起絵巻』です。よく歴史の教科書などに蘇我入鹿暗殺の場面の絵が載っていますが、あれはこの絵巻の一場面なんです。まさかここでその現物を見ることができるとは思いませんでした。
 この絵巻は結構面白いですね。鎌足の誕生から蹴鞠の会の場面、そのあとの談合と続きまして、入鹿暗殺の場面では、実は遺体が運び出されるところまで描いてあったりします。最後は、鎌足の最期の場面です。
 ただ、この縁起は室町時代の作でして、よって戦いの場面では、人々が中世の武士の格好、つまり鎧を着て戦っているんです。もちろんそんなはずはないんですが、そういうのも面白いですね。
 私はこの神社の雰囲気をとても好ましく思いました。控え目で落ち着いており、それはまさしく「大和の社」を感じさせるものでした。祭神が鎌足公であるというのも雰囲気に合致している、そんな気がしました。
 私は写真を撮りながら、紅葉の見頃には、その紅が恐ろしいほどに美しかろうと想像していました。それを見られなくて残念という気もしますが、そのかわり、観光客がほとんどいない中、静かにゆっくりと境内を歩けたのですから、これはこれでよしということになりましょう。