背中の温度

『壬生屋機、ゴルゴーンを撃破!』
『もういいでしょう。滝川、来須、壬生屋の後退を援護しなさい』
『何故ですか指令!私はまだ戦えます!』

 オープンチャンネルになっている通信回線を、さまざまな言葉が駆けめぐる。
 会話しながらでも、無論士魂号は移動や戦闘を続けている。時に跳躍したりして、その振動は相当な物なのだが、慣れてしまった彼らにはさほどの邪魔にはならない。
 そんな通信を速水は、3号機の中で苦笑しながら聴いていた。

「相変わらずだなぁ、壬生屋さんは」
 一拍もおかず、彼のすぐ後ろから合いの手が入る。ガンナー席の舞だ。
「わざと猪突する事で相手の注意を惹き、味方の進撃を行いやすくする。戦術の基本ではあるが、壬生屋はそれに拘りすぎる。退くべき時を誤れば死ぬ。あの者はそれを理解しているのか?」
 ――一応、心配しているつもりなのかな?速水は悩んだ。
「……それよりも厚志」
 何故か、舞の声が尖る。速水は内心で身構え――るほどの人並みの神経など、持ち合わせていない。故に――
「なに、どうしたの?」
 いつも通りの、ぽややんとした声で、暢気に聞き返した。
「この大馬鹿者!我等も戦闘中なのだぞ!人の心配をする前に、自分の心配をしたらどうだ!?」
 妙に刺々しい舞の怒声に、速水は右手で自分の膝をぽん、と叩いた。
「あ、確かにその通りだ。舞が怪我しちゃったら大変だもんね」
 速水の、120%天然――無論、無意識――な台詞に、舞は耳まで真っ赤になった。
「ば、ば、ば、ば……」
「ん?どうしたの?」
 邪気のない速水の声を聞いて、行き場を求めていた舞の感情は、理不尽な怒りとなって吹き出した。
「こ、こここのばばばば馬鹿者!ばかもの!ばかものっ!!」
「痛いいたい!痛いってば!舞、後ろから蹴らないで!」
 そんな微笑ましい――戦闘などしていない第三者にとっては――やりとりは、ある一言で停止した。

『速水君、芝村さん。見せつける――いや見えませんが、ともかく仲が良いのは結構ですが、これから壬生屋さんの援護に向かってください』
 舞と速水は、一瞬石になった。その2人に、瀬戸口が追い打ちをかける。
『いやぁ、坊やだと思ってたけど、意外とやるねぇバンビちゃん。やっぱ、お姫様はちゃんと守らないとなぁ』
 その一言がきっかけとなって、通信回線を冷やかしと怒声、罵声が駆けめぐった。

『速水!てめぇなにうらやましー事してやがんだぁ!!』
『戦闘中に何やってるんですか!不潔です!!』
『うわ、すげぇ……ミノタウロスが一撃で真っ二つだ……』
『どうでもいいけど……羨ましいか、今の?』
『舞ちゃん、けんかはめーなのよ』
『なんだもう終わりなの?もっと続けていいのに』
『班長!なったら事いっちょるとですか!』

『みなさん!いい加減にしなさい!!』
 善行の怒声は、指揮車の中に空しく響き渡ったのだった――

◆◇◆

「オーライ、オーライー……ストーップ!」

 3機の士魂号がリフトアップされ、格納庫兼整備ドックである、ボロテントのなかに収められた。
 整備士達が早速、担当の機体に取り付いて整備の準備を始める。
 疲労したパイロット達は、シャワーを浴び、その光景をぼんやりと眺めていた。

「最近、幻獣の戦力が上がってきているな……」
 舞が、誰にともなく呟いた。
「そっか?別に今までと変わってねーじゃん。パワーアップも改造もしてねーし、新型とか出てきてねーし」
 滝川の言葉に、速水は左右に首を振った。
「確かに幻獣個々の能力は変わっていないけど、数が増えてる。特に、ミノタウロスやゴルゴーン、スキュラなんかが出てくる確率が、先月までとは桁違いだ」
「鹿児島、宮崎、福岡が陥落したからでしょうね……」
 壬生屋の声も、やや精彩を欠く。

 戦場での恐怖とともにあった高揚感が消え、明日以降の戦いへの不安が水位を増してきている。しかも当分の間、好転する兆しは皆無に等しい。これで愉快な気持ちになれるとしたら、精神が病んでいる可能性を検討した方が良い。
 流石の速水も、陰鬱な気分を余儀なくされた時。隣に座っていた舞が、不意に立ち上がった。

「厚志。我等に立ち止まっている暇などない。己が不幸に浸る暇があったら――」
「――『生き残る可能性を少しでも増やすために、己が出来る事をやれ』、だね」
 速水の表情を見て、舞は満足そうに、そして嬉しそうに頷いた。
「ま、そうだよな。今日もなんとかなったんだ。明日もなんとかなるさ!」
 滝川も、いつもの元気を取り戻し、勢いよく立ち上がった。
「『芝村』に言われて動くのは不本意ですが……」
 憎まれ口をききながら、壬生屋の表情も晴れている。
 そして、2人は自分の機体の調整に向かっていった。

 速水も3号機の調整に向かおうとしたその時。
「厚志。話がある」
 そう言って、舞が引き留めた。
「どうしたの?あ、そっか。一緒に仕事――」
「ば、ばばばば馬鹿者!そうじゃない!」
 速水が邪気のない笑顔で差し出した手を、舞は真っ赤になりながら払った。
「それじゃ、なに……?」
 急直下で落ち込んだ速水は、情けない声を出した。途端に舞はおろおろと弁解を初めてしまう。
「い、いや厚志と仕事をするのが嫌なのではないぞむしろその方が私も嬉し……いやそそそそうではなくてだな!」
 ひとり盛り上がった挙げ句、息を切らしてぜーぜーと荒い息をつく舞に、急浮上した速水は笑いかけた。
「よかった。嫌われたんじゃなかったんだ」
 酸欠の頭で、舞は咄嗟に返事をしてしまった。
「当たり前だ。私が厚志を嫌うはずがないだろう。そなたが嫌だといっても私は――」
 そこまで言って、舞は我に返った。
「ば、ば、ば、馬鹿者!ばかもの!いったい何を言わせる気だ!」

 ――結局、本題を切り出すまで、さらに10分少々を要し、2人は整備班全員の笑いを買ったのであった。

◆◇◆

「新型機?」
「そうだ」

 舞の話とは、『小隊の戦力増強』についてだった。
 敵戦力の増強に対処できるほどの強力な武器に十分な弾薬を揃え、さらに戦況の悪化に備え食料の備蓄を行っておく。そこまでは以前に行った事と差違はなかった。しかし舞の話はそこで終わりではなかった。
 速水に新型機、『士翼号』への乗り換えを勧めてきたのだ。
 舞は熱弁をふるったが、しかし速水の反応は今ひとつ冴えなかった。

「どうしたんだ厚志?士翼号に乗るのが不安なのか?」
「そうじゃないけどね……」
「あれは良い機体だぞ。……いや、私も直接乗ったりした事はないが。確かに装甲は薄い。しかしだな、あれの運動性を鑑みたら、そんな事は細事に過ぎない。……少し悔しいが、厚志は士魂号の扱いはこの小隊で一番だ。厚志が士翼号に乗れば、『ねこにかつおぶし』だ」
「完全に間違ってるとは言わないけど……この場合は『鬼に金棒』だと思うよ」
 半ば上の空でも、しっかりツッコむ速水だった。舞が赤面しながら視線を逸らす。
「……『ねこにかつおぶし』の方が、可愛いじゃないか……」
「なるほど……」
 にんまりと笑う速水を見て、舞が憤慨する。
「なんだその顔は!こら!いったいどういうつもりだ!?」
「別に。ただ可愛いなーって思っただけ」
「ば……ばばばば馬鹿者!ばかものーっ!!」

 ……以下省略。

 ――結局、士翼号を納入した時にシミュレーションをしてみる、という事で話は纏まった。

◆◇◆

 数日後、ハンガーに士翼号が届いた。
 物珍しげに士翼号を見上げる隊員達を後目に、速水はコックピットに潜り込む。
 舞と、原や教師達が士翼号とシミュレーションルームのコンピューターを接続する。
 電脳世界の、架空の戦場の中で、士翼号がゆっくりと動き出した。

(確かに、身体が軽い……)
 士翼号のコックピットで、速水は感嘆した。
 1アクションで動ける範囲が、今までの士魂号とは桁違いなのである。
 思い切り膝を屈し、跳躍してみる。
(うわっ……!)
 予想以上の跳躍力に、思わずバランスを崩しかける。空中でなんとか持ち直し、接地する。その距離をみて、もう一度驚いた。
(複座型の、2倍以上じゃないか……)
 舞の言うとおり、この運動能力を生かす事が出来れば、装甲の薄さなど論ずるに値しない。一撃離脱戦法とれば、敵の攻撃などほとんど当たる事はないだろう。
(でも……)
 何かが、違う。速水はそんな違和感に囚われていた。
 士翼号とのフィードバックが悪いのか、とも思ったが、そうではないようだ。どうも、機体の方の問題ではないらしい。シミュレーションマシーンの調子が悪いわけでもないようだ。
(何なんだろうな……?)
 疑問を抱えつつ、速水は仮想敵を視界に捉えた。

◆◇◆

 仮想敵を、その圧倒的な力で打ちのめした速水は、シミュレーションが終わると同時にコックピットから這い出すと、その鼻先に、舞の顔があった。
「厚志。士翼号はどうだ?」
 色気も素っ気もない質問だが、それがいかにも彼女らしい。速水はそんな事を考えて、くすりと笑った。訝しげる舞の頭にぽん、と手を置いて答える。
「うん、良い機体だと思うよ。士魂号の新型機に相応しい」
「そうか」
 まるで我が事のように破顔する舞を見て――速水は、先ほどまでの『違和感』の正体に気がついた。
 そんな速水の心の動きに気がつくはずもなく、舞は言を続けた。
「なら……厚志は1号機か2号機に移らないといけないな」
「そうだね」

 5121小隊の編成は、1号機と2号機は単座型、3号機は複座型、となっている。そして、士翼号は単座型しか存在しない。
 つまり、速水が士翼号に乗るには、3号機のパイロットを降りなければならない事になる。

「厚志、心配は無用だ」
 舞が――少なくとも表面上は――力強く請け負った。
「厚志は1号機に移るがよい。3号機は、私と壬生屋で担当する」
「……大丈夫かなぁ……?」
「任せるがいい」
 舞は再び請け負ったが、その表情にはやや翳りがあった――

◆◇◆

 翌日。
 作戦会議を終え、会議室から出てくる速水を、舞が捕まえた。

「どうだ、配置換えは上手くいったか?」
 訊ねる、というよりは確認する、というべき口調であった。速水が1号機、士翼号に乗る事を確信している、そんな語り草である。……何だかんだ言いながら、舞は速水の隊内での影響力――発言力、人望その他――に、何ら危惧を抱いていないのだ。
 速水は舞の頭に手をぽん、と乗せると、いつものぽやーっとした笑みを向けた。
「うん。ちゃんと上手くいったよ」
「そうか……」
 うむ、と首肯する舞だったが、その顔には今ひとつの、冴えが感じられなかった。
 そんな舞に、速水は笑みを大きくして言を接いだ。
「士翼号は1号機に編入。パイロットは壬生屋さん。ちゃんと説得したから大丈夫だよ。壬生屋さんにも、今まで通りの戦術じゃなくて、機動力で敵の注意を惹き付ける方法に変えてもらう。――で、これから訓練用のシミュレーションをするから、舞にも付き合って欲しいんだ」
「な――」
 速水は何事もないかのように言ってのけたが、舞には青天の霹靂であった。当然のごとく、舞は速水に食いついた。
「厚志!一体どういうつもりだ!?そなた――」
 舞の怒声をそよ風がごとく受け流して、速水はいつものぽややん顔で遮った。

「確かに、士翼号はいい機体だよ」
「なら――」
 舞の詰問を遮って、速水は続けた。
「だけどさ……あれって単座でしょ?」
「……それがどうした?」
 訝しる舞に、速水は極上の笑顔と共に言ってのけた。
「単座だとさ――背中が寒くってね」
「なんの話――」
 言の途中で、流石の――それでも速水よりは幾分鋭い――舞も、速水の言わんとする事を察した。
 舞の顔を見て、速水は嬉しそうに、
「やっぱり、一人じゃ物足りないよ。後ろに、舞がいなくっちゃね」
 そう言って舞の頭を撫でる速水の手を振り払って、舞は本日一回目の罵声を決める。

「こ……こ、ここここの馬鹿者!ばかもの!おおばかものーっ!!」

 しかし、言と裏腹に、そのかんばせには笑みが浮かんでいるのであった――


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