美由希のお弁当

「ねぇねぇ、恭ちゃん恭ちゃん♪」
 俺が台所に入ると、藪から棒に、美由希が俺の名前を連呼する。
「……どうした、美由…………」
 美由希が手にしているものを認識すると、俺は言葉の途中で回れ右をする。
「あぁー!恭ちゃんまってよ!!」
 ……待てない。
「もぉ!せっかく恭ちゃんのために作ったんだから、持っていってよ、お弁当!!」

 ……何をいきなり思いたったのか、ここのところ美由希は妙に料理にこだわりだした。
 確かに、美沙斗さんに会って、御神流を皆伝して、とりあえず一区切りはついた。
 ……ついでに言うなれば、俺と美由希は家族公認として交際している……。
 だが。剣士というものは日々此鍛錬なのだ。『皆伝』はあくまでも『入口』でしかない。
 美由希だって、その辺りは分かっているはずなのだが……。

 ……いや。もっともらしい事を言って韜晦するのは止めよう。
 要するに、『美由希の料理』、これが元凶にして全てなのだ……。

「……美由希」
 俺は、一応、立ち止まって振り向く。目前には、しっぽを振る子犬の様な顔をしている美由希の顔。
「あ、今日はちゃんと持っていってくれるんだ♪」
 ……心の底から嬉しそうな顔をする。

「……それより。アレはなんだ……?」
 俺が指さしたのは、テーブルの上の謎の物体だった。
「えっと……卵焼き」
「…………」
 俺は無言で180度回頭した。

「あーん、まってよ恭ちゃん!見た目は……ちょっと悪いけど、けっこう美味しくできたんだよ!?」

 ………………。

「……美由希」
「なに?」
「……あの卵焼きの評価を述べよう」
「うん!」
「…………食べ物と確信が持てない」
「あぅ……」
「……餓死寸前でも口にするかどうか、疑問だ」
「うぅ……ひどいよ恭ちゃん……」

 美由希はふくれるが、アレを目にすれば、誰でも俺の心境を理解できると確信できる。
 ……まだ、真っ黒焦げや、消し炭状態なら可愛げがあるというものだが。
 まぁ……あえて子細は述べまい。
 とりあえず、美由希に言い聞かせないといけない事は。

「美由希。創意を凝らすのは結構だが……工夫は、まず基本が成ってからだ。分かるな?」
「うん……」
 ……目に見えてしゅんとなる美由希を見ると、罪悪感に苛まれるが……ここは我慢だ。
「……それに、大切なのは『心』だ。手先の技巧ではない。食べるものの事を考えて作れば、基本通りの料理であっても、十分、喜んでもらえるはずだ」
「……そうだね。手先だけ晶やレンに追いつけたとしてもしょうがないよね。……あの2人のすごい所って、食べてもらう相手の事をちゃんと考えてることだもんね……」

 ……悲しげな顔をする美由希の頭に、俺は手を置いた。そしてくしゃっとかきまわす。
「あ……」
「…………まぁ……頑張れ」
 俺の(我ながら非常に珍しい事だが)激励に、美由希は少し泣きそうになって。
「……ありがとね、恭ちゃん。わたし、がんばる!!」
 満面の笑顔で、宣誓した。

◆◇◆

「ねぇ恭ちゃん。さっきの『お弁当』知らない?」
「……いや。知らない」
「うー、どこいっちゃったんだろ……?」
「美由希。アレをどうする気だ……?」
「わたしが処理しようと思って。……恭ちゃんには、明日ちゃんとしたの作ってあげるね」
「……時間がない。俺が探してやるから、お前は学校に行け」
「……うん、わかった……」

――同日、某大学、学生食堂――

「高町くん! お昼いっしょ……うわ、なにそれ? ……って聞くまでもないか……」
「(はぐはぐ)……うむ」
「美由希ちゃんもマメだよねー。……努力が成果に全然結びついてない気もするけど」
「(もぐもぐ)……同感」
「……高町くん。……それ、おいしい?」
「……驚愕すべき事実だが、(もぐ)わりと食える」
「高町くんてさ……なんだかんだ言いながら、美由希ちゃんの料理、残さず食べるよね」
「……食べ物を粗末に扱えないからな」
「そっか……」
「(んぐ)……どうした、月村? ……何か良い事があったのか?」
「……え?ちがうよ〜。今の高町くん、なんか幸せそうだなーって、ね」
「……そうか?」
「そうだよー」
「……そんなことは……」
「あるよー」
「む……」


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