「…………」
「…………」
突然だが、俺、高町恭也は、窮地に陥っていた。
時間は昼。場所は大学の学生食堂。
食卓を挟んで正面向かいに、俺の大事な人――月村忍。
そして、食卓の上には、方形の弁当箱。
これが、俺の窮地の概要であった。
「さぁ、いっぱい食べてね♪」
忍が歓喜の笑みを――少なくとも表面上は――浮かべながら、弁当箱の蓋を開けた。
途端に俺の鼻孔を襲撃してくる――――異臭。
事態を理解していない連中が、羨ましげに――あるいは妬ましげに――俺達の周囲に群がっていたが、この一事で状況が把握できたのだろう。蜘蛛の子を散らすように逃走した。
……そして、遠方から、憐憫の視線を送ってきている。
……どうせなら、見ないでいてくれると、非常に有り難いのだが。
「…………」
「(にこにこ)」
「………………」
「(にこにこ)」
「……………………」
「(にこにこにこ?)」
…………。
無意味な十数秒が流れた……。
「……忍」
俺は意を決して忍に話しかけた。
「え、なに?」
忍は笑顔だ。……大したポーカーフェイスだと、本気で思う。
俺は目下の『物体』を指さし、
「……忍は、『コレ』を見て、どう思う……?」
……忍の笑みが引きつった。
「えーっと……」
忍はポーカーフェイスが破れると、途端に周章狼狽する癖がある。
今の忍も、視線が宙を力一杯泳いでいた。
しかし、どこにも答えなど書いてあるはずもなく。忍は遂に観念した。
「…………人間の食べ物じゃないね。確実に」
あはははは、と引きつった笑みを浮かべている忍を見て、俺は深く嘆息した。
まぁ、とりあえず『コレ』をどうにかしないといけないと言う事は変わらない。
俺は忍から、重要な情報を引き出す事を試みた。
「……忍……これは、食えるのか?」
「う……わかんない」
「……」
……情報収集は失敗だった。
「あはは……だって、見た目がコレだもん。味見するのも怖いよ」
……そこは、笑う所じゃないだろ。
「……で、その『味見するのも怖いモノ』を、俺に食わせるわけか……?」
俺に白っぽい眼で見られて、忍は再び視線を宙に泳がせた。
「えーっと……ほら恭也って胃腸も丈夫だし!」
「…………」
「見た目はともかく、味の方は……保証できないけどさ…………」
「…………」
「そこらへんはほら!忍ちゃんの愛情いっぱいでカバーって事で!!」
……………………。
どうやら勝負あったらしい。
「……忍、あそこのお茶の薬缶、取ってきてくれ」
「……え?」
俺の唐突な台詞に、忍は眼を丸くする。
「……一気に食道から胃に流し込む」
「えっと……無理しなくてもいいんだよ?」
一転して心配げな忍に、俺は
「……忍の愛情いっぱいなんだろ?」
と告げた。
忍は破顔して、
「うん!愛情だけはあふれるくらい、いっぱいだよ♪」
嬉しそうにはしゃぐのだった。
「ホントに全部食べちゃったねー……」
「……俺はやるといったらやる主義だ。……それにしても」
「?」
「急にどうした?弁当なんて作ってきて」
「えっとね……男の子の憧れだって聞いたから」
「……なにが?」
「彼女の手作りのお弁当、だよ」
「……成程」
「……それにね。初めてだったんだよ」
「何がだ?」
「『誰かのために料理をつくる事』、だよ。」
「……」
「ちょっと失敗しちゃったけど……自分で作った、初めてのお料理だったからさ、食べてほしかったんだ。
……大好きな、恭也に、ね」
「……そうか」
「やん、髪くしゃくしゃになっちゃうよー♪」
「忍の髪なら、このくらいで癖などつかないだろ……?」
「女の子にとって髪は大事なものなんだから、そんなこと言っちゃダメだよー」
「む……善処する」
「ねぇ……ホントにお腹、大丈夫?」
「問題ない」
「そっかぁ……えへへ、えい♪」
「……あーこら忍。往来で恥ずかしいから、降りなさい」
「やだよー♪恭也ー、だいすき♪」
「あやや……あ、あの人達は、あんなとこでなんとゆーことを……」
「えーっと、美由希さん、ここはとりあえず……どうしましょう?」
「……我に返らせるのも恥ずかしいので、ここは見なかった事にしましょう……」
「あはは、そうですね……」
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