戦乙女たちの友誼

 一軍をもって分断の山脈を越えるというアンギルダンの壮挙から始まった、ディンガル帝国のロストール攻略は失敗に終わった。
 だが『ロストールの勝利』とは言い難い。彼の軍もまた朱雀軍との初戦で大敗を喫し、戦力は大幅に低下している。今回は辛うじてディンガル軍を撃退する事ができたが、次は果たしてどうなるか。一部の高官は頭を抱えていた。
 しかし、国民感情と士気は高揚している。
 ロストールの新しき英雄。奇跡の名将。
 そう誉れ高く称揚される青年ゼネテス・ファーロスの台頭が、初戦の大敗を巧みに糊塗していたのである。尤も、当人の意志とは関係なく、であるが。
 そして彼の名を高めたこの一連の戦役で、無名の少女が一人、歴史の表舞台に登場する事と相成った。
 その少女の名はルーミス。単身でアンギルダンの本陣へ突入し、ゼネテスの一隊が突入してくるまで陣を翻弄し続け、さらに逃がしたとは言えアンギルダンを一度は捕らえるという大功を立てた冒険者である。
 ルーミスはその功により、女人の身でありながら竜字将軍に抜擢された。
 その事は幾人もの人々を喜ばせたが、しかし当の本人はさして嬉しそうではなかった。むしろ憂鬱そうに深々と溜息をついていたものである。その思いは概ね、ゼネテスと同じ物であった。
 またこの戦役でもう一人、一躍脚光を浴びた少女がいた。
 その少女はイリア・リューガ。名門七竜家がリューガ家の庶子であり、女人の身でノーブル伯の称号を帯び、戦役では初戦で唯一戦列を支え、アンギルダンとの決戦においてはゼネテスの一計を支えた功により、同じく白竜将軍に取り立てられた。
 彼女の功については彼女の微妙な立場の所為か、悲喜こもごもの感情が宮中で渦巻いたものだが、イリアは大して気にはしなかった。とりあえずは兄レムオン・リューガが喜ぶ顔が見られた。彼女にとってはさしあたり、それで充分だったのである。
 そんな二人の少女が、初めて顔を合わせる機会が訪れた。
 その場は、戦勝祝賀会、その会場である。

◆◇◆

(とりあえず追い返した、というだけの事でしか無い筈なのですけどね……)
 初めて着る羽目になったドレスを持て余しつつ、ルーミスは心中で独りごちた。
 彼女の纏う衣装は、淡い青を基調とした質素な意匠のものである。実はもう少し華美な意匠の物をエリスやティアナは勧めてきたのであるが、ルーミスはそれを固辞して何とかこのドレスを借り受ける事に相成った。無論、彼女の体格に合わせて調整された物だが、しかし普段の短衣に比すれば余りにも動き難い。裾を踏みつけないように歩くのが精一杯であった。
 着慣れないドレスに対してか、それともこの宴に対してか。どちらに向けたものなのか本人にも判然としないまま、ルーミスはドレスの裾をつまんで深い深い溜息をついた。
「不機嫌だな」
 そんな彼女に声をかけてくる青年がいた。この祝宴の主役の一人、ゼネテスである。
「別に不機嫌という訳では無いんですよ。こういう場は初めてなものですから、どうにもこの雰囲気に慣れられなくて」
「虚飾の宴だからな」
 ルーミスの稚拙な言い訳に、ゼネテスは身も蓋も無い言葉を返した。苦笑未満の表情で自分を見上げるルーミスに、さらに言を継ぐ。
「まあこれでも、親父が生きていた頃に比べれば質素になったんだぜ。もし親父が生きていたら、目も当てられない大宴会になっていたに違いない」
 声こそ明るいが、冗談にすらなっていない。苦すぎる毒を含んだ台詞であった。
「ゼネテスさんは、お父さんの事がお嫌いだったんですか?」
 ルーミスが問うと、ゼネテスは肩を竦める。
「嫌いじゃなかったさ。まあ、時々ついて行けない気はしていたがな。価値観の違いって奴だ。親父は貴族らしい貴族で、俺はそうじゃなかった。それだけだ」
 それは結構な負担だったのではないだろうか。ルーミスはそう思ったが、口にするのは止めておく事にした。代わりに別のことを口にする。
「ところで、主賓がこんな所で油を売っていてもいいんですか?」
「それを言うなら、お前さんだってその一人だろう」
 完全な薮蛇である。ルーミスは可愛らしく舌を出して誤魔化した。
 話題を変えようとして、ルーミスは会場をそれとなく見回す。すると、ふとある一人の淑女が目に止まった。
 単なる貴族の令嬢であれば、特に気を止める事は無かったであろう。ルーミスの様に、完全にこの場から浮いている訳ではないが、完全に溶け込んでいる訳でもない。若草色のドレスで身を包んだその立ち振る舞いは充分に淑女のそれなのだが、会場の卓に盛られた料理を取り皿を経由して口に運ぶそのペースは、明らかに健啖家のそれである。だが実に嬉しそうに、そして美味しそうに料理を食べる様子は、見ていて微笑ましく感じる。
 その淑女は、側にいる礼服の少年と何やら談笑している様に見受けられるが、どうやらその少年は礼服を着慣れていないらしく、着心地悪そうにしている。その少年に何となく親近感を覚え、知らずうちにルーミスは微笑を浮かべていた。
「どうした。好みの男でも見つけたか?」
 明らかにからかう口調で、ゼネテスが茶化した。慌ててルーミスは両手を振る。
「いえ、男性ではなく女性ですよ、ちょっと気になったのは」
「女性? お前さん、そういう趣味だったのか?」
 ゼネテスの言葉に、何故かルーミスは小首を傾げた。
「そういう趣味って、どういう趣味なんでしょうか?」
 とぼけている訳でも、茶化している訳でもない。完全に本気の口調である。ゼネテスは内心で頭を抱えた。彼女の特徴を失念していたのは迂闊以外の何者でもない。頭を振って気を取り直すと、ゼネテスはルーミスの視線を追った。
「ん? ありゃあ、イリアとチャカじゃないか」
「お知り合いですか?」
 ルーミスの問いに、ゼネテスは頷く。
「聞いたことないか? 彼女があのノーブル伯だよ。ついでに、あの会戦で俺を手伝ってくれた将軍でもある」
「あの方が、冒険者の貴族として有名な? あんなお綺麗な女性だったんですね」
 感心した風で呟くルーミスである。どうやら本気で言っているらしいとゼネテスは見て取った。自分自身も可憐な少女だと賞賛されている事には気づいていないのだ。指摘するべきか否か数瞬迷ったが、結局それを指摘するのはゼネテスは避けた。
「で、隣にいるのが弟のチャカ。イリアと同じ冒険者だ」
「という事は、姉弟で冒険者なんですか。仲がいいんですね」
 ゼネテスはその言に頷く。
「ああ、時折過ぎるくらいにな」
 その表現に、ルーミスはくすくすと笑う。
「いいじゃないですか。その反対よりもずっといい事だと思いますよ」
「まあ、その通りなんだがな」
 そう言っておいて、ゼネテスは数瞬沈思した。そうしてひとつ頷く。
「ルー。何だったら紹介してやるが、どうする?」
 その言葉の意味を理解するが否や、ルーミスは目を輝かせる。
「お願いします! 噂の『豊穣の戦乙女』さんに折角お会いできたんですから、是非お近づきになりたいです!」
 ルーミスの弾んだ言葉に、またしてもゼネテスは苦笑させられた。どうやら自分自身が高名な『閃光の剣聖』である事を忘れているらしい。だがゼネテスは、肩を竦めるだけでその点を指摘することは止めた。代わりに彼女の言葉の返事を返す。
「ああ、いいぜ。ついて来な」
「はい!」
 弾んだ声で返事をするルーミスである。今夜だけで何度目かになる苦笑を浮かべつつ、ゼネテスは歩き難そうにしている彼女に手を貸しながら、イリアの元へ導いた。

◆◇◆

「は! ふぇね……ゼネさん!」
 言葉の途中で咀嚼していた食べ物を飲み込み、イリアは弾んだ声を上げた。
「姉ちゃん……」
 彼女の隣にいた少年、チャカが嘆息混じりに非難じみた声を上げた。闊達で明瞭な姉とさほど似ず、弟の方は良識的な性格らしい。だが彼にとって不幸な事に、イリアの粗相を咎める者は誰もいなかったのである。ゼネテスは無論ながらルーミスも、多少の不作法は気にしない気質なのであった。
 多少の不満を顔に表したチャカは、しかしその顔色をすぐさま消し去った。ゼネテスの傍にいるルーミスに気付いたのだ。些かならず緊張した趣で、ゼネテスに問うた。
「あのさ、ゼネテスさん。その人は……?」
「ああ、こいつは……」
「うわあ、誰この可愛い娘!? ゼネさんの彼女?」
 ゼネテスがルーミスを紹介する前に、イリアは一気にまくし立てた。
「落ち着け。今、紹介してやるから」
 またしてもゼネテスは苦笑させられた。意外とこの男、苦労人なのかもしれない。
「俺の知己で、冒険者のルーミスだ。この間は俺の副官もやってもらった」
 ようやくゼネテスがルーミスの紹介を終えると、ルーミスは礼儀正しく一礼した。
「お初にお目にかかります、ノーブル伯。ルーミスと申します。以後、よしなに」
「……姉ちゃんより、よっぽど貴族の令嬢っぽいな、この娘」
 言い終わるが早いか、チャカの脳天に拳骨が炸裂した。頭を抱えてその場にうずくまるチャカ。しかし当の加害者は涼しい顔で優雅に一礼する。
「こちらこそよしなに、竜字将軍。わたくしはイリア・リューガと申します」
「あ、俺はチャカです! よろしく、ルーミスさん」
 瞬時に復活したチャカが、自己紹介しながら手を差し出す。その手を軽く握りながら、ルーミスも答礼する。
「初めまして、チャカさん。こちらこそよろしくお願いします」
 そう言って微笑むルーミスを見て、チャカは不覚にも赤面してしまった。それを見て、ニヤニヤと笑みを漏らす約二名。
「あら、チャカってば一目惚れ? 可愛いわよね、ルーミスちゃん」
 そう茶化すイリアであるが、チャカが抗弁してボロを出すより早く、助け船がでた。
「イリアさんみたいな美人さんがお姉さんなんですよ。私なんかに一目惚れなんてあり得ません。チャカさんの審美眼に私が適うわけないじゃないですか」
 その言葉に、ルーミスと初対面の二人は顔を見合わせる。
「……私『なんか』」
「謙遜……だよな?」
 そんな二人を、きょとんとした顔で見つめるルーミスであった。彼女の言葉が虚偽でも謙遜でも無い事を知るゼネテスは、苦笑を浮かべながらも補言する。
「ルーの知己には美人が多くてな。自分程度じゃ大した事無いって思い込んでるんだよ」
「そういった方々と比べるまでもなく、私なんて美人でも何でもありませんよ」
 台無しであった。初対面の二人も、流石に苦笑してしまう。しかしその会話で、彼女の性格が一端とても把握できたのであろう。あえて追求することはしなかった。
「ねえ、ルーミスちゃんって、もしかして『閃光の剣聖』だったりしない?」
 藪から棒に、いきなり話題をすり替えるイリアである。面食らう寸前で気を取り直し、ルーミスは頷いた。
「でも、できれば内緒にしてて下さいね。噂が広まると恥ずかしいですから」
 そう言付ける。それを聞いて、イリアは快闊な笑みを浮かべた。
「私だって『豊穣の戦乙女』なんて呼ばれてるわよ。でも私は結構好きかな。そうやって名前が広まれば、色んな仕事を依頼してもらえるじゃない」
「それはそうなんですが……でも、自分が称号や二つ名に値するほど、大した人間だとは思えないんですよ。名前負けしている気がして仕方がないんです」
「そっか。でもさ……」
 イリアは一度言葉を切ると、数拍を置いて言を継いだ。
「そういう風に思うのって、あなたに二つ名を付けてくれた人達に対して、失礼なんじゃないかなって思うんだ。みんなあなたの事が好きだから、そんな風に呼んでくれるんだと思うの。だから二つ名で呼んでもらえる事は誇っていい事だと思う。そんな自分の事を、卑下しちゃいけないよ。きっとみんな、あなたの事が好きなんだから」
 呆然と見返してくるルーミスに、イリアは追い打ちをかける。
「だって私は、もうルーミスちゃんの事が好きなんだから」
「イリアさん……」
「姉ちゃん……」
 ルーミスだけでなく、何故かチャカまで感激していた。
「俺……姉ちゃんが、こんなマトモな励ましが出来るなんて思わなかった!」
 そして、その一言で全てが台無しになったのである。
 チャカは脳天に鉄拳制裁を受けて崩れ落ち、きょとんと目を丸くするルーミスと、肩を竦めるゼネテスを後目に、涼しい顔で微笑むイリアであった。

◆◇◆

「ねえルーミスちゃん、お腹空いてない? このお料理、美味しいわよ」
 再び食欲に走り始め、取り皿に料理を山と盛っていく。そして取り皿の上が山となった途端に平らげる。そのペースは下手な男よりも余程早く、量も多い。健啖家なのは間違い無さそうだとルーミスは思ったが、それを咎める気も卑下する気も絶無であった。むしろ微笑ましいとすら思っている。
 そんな彼女の心象は一切気にする事はなく、イリアは弟を小突いている。
「ほら、チャカ。取り皿取り皿! ルーミスちゃんの分も持って来なさい!」
「お、ついでに俺のも頼む!」
「ちぇ、分かったよ!」
 使い走り扱いされても、むくれながらも素直に用向くチャカであった。自分も動こうとしたルーミスを、イリアが引き留める。
「いいのよ。あの子もあれで、好きでやってるんだから」
「そうなんですか?」
「うん。私も嫌いじゃないけど、こまごまと動くの好きなのよ、あの子」
「世話焼きさんなんですね、お二人とも」
「そうかも」
 少女二人は、そうやって顔を見合わせ、くすくすと笑いあった。
「ねえ、さっきから気になってたんだけど……」
「何でしょう?」
 首を傾げるルーミスに、イリアは言を継いだ。
「ゼネさん、ルーミスちゃんの事『ルー』って呼んでたけど、それって愛称?」
「はい。親しい方はそう呼んで下さいます」
 ルーミスの返答に、イリアは目を輝かせた。
「それじゃ、私も呼んでいい!?」
「ええ、構いませんよ」
 ルーミスは即答する。別に呼ばれて困る名でもない。しかしイリアは嬉しそうである。人懐っこい所のあるイリアは、近しく感じられる相手が増えたことが単純に嬉しいのだ。
「それでね、ルーちゃん。この皿のローストビーフが美味しいの!」
 はしゃぎながらそれを薦めるイリアであったが、珍妙な呻き声を上げて硬直してしまうルーミス。イリアは小首を傾げた。
「どうしたの、ルーちゃん?」
 力なく、苦笑のようなものを浮かべながら、ルーミスは白状した。
「……私、お肉苦手なんですよ」
「ルーちゃん、菜食主義者なの?」
「いえ、単なる好き嫌いです」
 小さくなるルーミスを見て、イリアはくすくす笑う。
「珍しいわね、お肉が苦手なんて」
「俺なんて、真っ先に食べちゃうけどな」
 取り皿を持って来たチャカが、会話に割り込んできた。
「私、動物の肉を見ると、どうしても人間の死体を連想してしまうんですよ。ですから、どうにも食べる気が起きなくて……」
「ルーミスさん、繊細なんだね。姉ちゃんとは……」
 チャカは最後まで台詞を紡ぐ事は出来なかった。例によって、姉の鉄拳が飛んだのだ。ゼネテスの脳裏に『姉弟漫才』という言葉が浮かんだが、口にするのは慎重に避けた。
「まあそれはさて置くとしてだ。さっきから姿が見えないが、レムオンはどうした?」
「レムオン……もしかしてエリエナイ公の事ですか?」
「ああ。そして、この二人の長兄だ」
 ゼネテスは、この姉弟とレムオンとの真の関係を知っている。だがいちいちそれを暴露するほど趣味は悪くない。当人たちが明かすのならともかく、他人である自分が明らかにする事ではないと弁えているのだ。
「ルーちゃん、兄様の事知ってるの?」
 その言葉の深意は、発した当人にしか分からない。が、元よりルーミスに含む所は存在しない。そもそも含むものを持つほどに、彼女はレムオンの事を知らなかった。
「多分、通り一遍の事しか知りませんよ。七竜家のリューガ家当主で、エリス様の政敵でかなりのやり手だという事くらいですね、私が知っている事は」
「あ、そうなんだ……」
 明らかに拍子抜けした風のイリアであったが、
「あ、もう一つ、大事な事を言い忘れていました」
 というルーミスの言葉で、再度緊張を強いられる。
「もう一つって、どんな事?」
 内心で恐々としていたイリアであるが、ルーミスの答えは単純で明瞭だった。
「双剣の遣い手で、デルガドさんの造ったバトルブレードの所有者だという事です」
「……そこなのね」
 『大事な事』などと言うからどんな事かと思いきや、実につまらない話であった。
「でもバトルブレードって、二対四振しか造られなかった幻の名剣じゃないですか。凄い事だと思いますよ」
「なかなか目ざといお嬢さんだ。確かにこのバトルブレードは、俺の宝の一つだからな」
 その声はルーミスの背後から届いた。その場の全員が、声の主を振り返る。
 視線の先にいたのは、淡い金髪を長く伸ばして一つに纏めた碧眼の美青年であった。
「あ、兄様!」
 イリアが彼をそう呼び、チャカが僅かに顔をしかめる。つまりその人物こそが、話題に上っていた人物、エリエナイ公レムオン・リューガその人であった。
「よお、レムオン。お前も来てたんだな」
 飄々とゼネテスが声をかける。それに応じ、レムオンは不機嫌な声色を絞り出す。
「イリアに悪い虫が付かないように監視する必要があるからな」
「虫除けなら俺がいるだろうに」
「貴様が一番有害な毒虫なのだ!」
 青筋が立ちそうな勢いで、レムオンは小声で毒づいた。案外器用な男である。だが当のゼネテスは涼しい顔をしている。ルーミスは妙な所で感心してしまった。
「仲がよろしいんですね、お二人は」
「よく分かったな」
「違う!」
 どこかずれた事を、おっとりとのたまうルーミスに、チャカは内心で舌を巻いていた。予想を一足跳びした剛胆な娘だと思ったのだが、実の所それは過大評価であった。彼女は単に感性がずれているだけである。
「やっぱり可愛いわね、ルーちゃんは!」
「きゃあっ!」
 きょとんとして突っ立っていたルーミスを、イリアが後ろから抱きしめる。年頃の娘としては、イリアはさほど背が高い訳ではないが、ルーミスは明らかに背が低い。それ故にイリアがルーミスに覆い被さるような形になる。ルーミスが驚いたのも無理はない。
 美少女二人が仲良くじゃれ合っている様は、端から見たなれば微笑ましいものであったのだが、しかし残念ながら、彼女たちはただの娘ではない。それなりに立場も名声もある要人なのだ。そんな彼女たちの騒ぎに、周囲から好奇の視線が注がれているのを感じて、レムオンとチャカの苦労人二人は咎めに入った。
「イリア! リューガの姫ともあろう者がはしたない! いい加減にせんか!」
「姉ちゃん! ルーミスさんが困ってるだろ!? 離してやれよ!」
 そんな二人に、飄々と声をかける伊達男。
「いいじゃねえか、そんな泡を食って止めに入らなくても。目の保養にもなるんだし」
「貴様のような奴に、イリアを見世物よろしく晒す訳にはいかんのだ! 汚らわしい!」
「ゼネテスさん! 姉ちゃんを変な目で見ないでくれよ!」
「……愛されていますね、イリアさん」
 抱きすくめられながら、ルーミスはくすくすと笑った。イリアも愚痴る。
「過保護の間違いじゃないかしら……?」
 深々と嘆息するイリアの吐息を至近に感じながら、ルーミスはくすくすと笑っていた。

◆◇◆

 悲喜こもごもであった祝宴が終わり、五人は何とは無しに連れ立って会場を出る。
「あ〜楽しかった!」
 朗らかに伸びなどしながら、イリアはご機嫌であった。
「旨い食い物をたらふく食えたからだろ?」
 口にしてしまってから、慌てて頭を防ぐチャカである。だが意外な事に、鉄拳は飛んでこなかった。
「違うわよ。ルーちゃんと友達になれたから!」
 イリアは上機嫌でそう言ってのけた。ルーミスもにこにこしている。
「そう言って頂けると嬉しいです。私もイリアさんとお知り合いになれましたし」
 どちらからともなく見つめ合って、微笑みあう少女たち。その微笑ましい光景に口元がほころぶ男どもであった。それぞれに何のかんのと言いながらも、結局はこの少女たちの事が大切なのであろう。彼女たちが新しい友情を育む様が嬉しいに違いなかった。
 そんな男どもの内心など知る由もなく、イリアは唐突に話題を変えた。
「ねえ、ルーちゃん。『剣聖』って呼ばれてるくらいだし、やっぱり強いの?」
 率直な問いに、ルーミスは首を傾げる。
「とりあえず、今まで生きていられる程度には強くなれたつもりですが……どのくらいの実力があるのかまでは、ちょっと分からないですね」
「でも、あのレーグと闘って勝ったんでしょ?」
「それはそうなんですけど……でも勝敗って相対的なものですから。あの時レーグさんは調子が悪かっただけかもしれませんし、今度闘ったら負けるかもしれません。ですから、一度誰かに勝ったからイコール強い、とは言えないと思いますよ」
「うーん、そうかしら?」
 ルーミスの主張に、イリアは首を捻る。微妙に何かが違う気がするのだが、それが何か明瞭に表現できないのだ。
「それは『闘い』と『戦い』の違いにもよる」
 意外な所から答えが返ってきた。レムオンである。
「娘、ルーミスと言ったか。お前が今疑問に思う強さとは、あくまで『闘い』の為の強さであって、殺し合いの為の強さではない。だから迷いの余地があるのだ」
「やれやれ、先に言いやがった」
 髪をかき回してゼネテスがぼやいた。
「ルー。そしてイリア。お前たちの持っている強さは、誰かを傷つける事も、或いは殺す事も出来る強さだ。だが同時に、誰かを守り、救うことも出来る強さでもある。誇示する為の力でないのは確かだが、卑下するものでもない」
 ゼネテスの言葉に珍しく反発する事なく、レムオンが言を引き継いだ。
「陳腐な物言いだが、結局は強さや力、そういった物は使いようなのだ。それに驕る事が無いのなら、決して誇れぬ物ではない。ならば迷う必要などどこにもあるまい。そのまま自分の強さを磨いていけばいい。それだけだ」
 少女二人は、年長者を交互に見やり、顔を見合わせた。そして何となく笑みを交わす。やはり、まだこの二人には適わないなと二人して思う。
「さすがよね。兄様、それとゼネさん」
「俺はおまけかよ」
 ゼネテスがわざとらしくふて腐れる。くすくす笑いながら、ルーミスが指摘した。
「ゼネテスさん。今日は舌がつらないんですね」
「お、いかん」
 慌てて口元を押さえるゼネテス。三人分の笑い声が響いた。あのレムオンですら口元を綻ばせている。それを見て、イリアのかんばせに満面の喜色が広がる。
「ホント、ルーちゃんと仲良くなれて良かった! 兄様も嬉しそうだし」
「どうしてそこで俺の名が出てくる?」
「だって、兄様が人前で笑うなんて事、そうそうないじゃない?」
「俺は笑ってなど……」
「……いや、笑ってたじゃないか」
 チャカが鋭く突っ込む。予想外の方向からの攻撃に、レムオンは言葉を飲み込んだ。
「素敵なお兄さんですね」
「あはは……ありがとう」
 ルーミスの素朴な讃辞に、イリアははにかむ。そしてチャカは微妙な表情をしていた。
「ねえ、ルーちゃん」
 そんな弟に気付かず、イリアは上機嫌でルーミスを呼ぶ。
「よかったら今度、手合わせしようね!」
 ルーミスも微笑んだ。
「はい。私でよろしければ是非」
 その表情からはいつからか、己の強さに対する戸惑いや、他人から受ける評価への疑問などは陰を薄めている。それは間違いなく、眼前にいる向日葵の様な無限の魂を持つ者の影響に違いなかった。
 そしてそんな少女たちを見やるゼネテスとレムオンは、それぞれが気にかけ、それぞれその健やかなる成長を望む少女に、穏やかで暖かな視線を投げかけていた。

 無限の魂の持ち主は、ごく少数ながら、一人ではない。
 だがその魂を、真なる無限の魂へ育て上げられる者は少ない。
 故にこそ余計に、健やかに伸びていく事を望む者が多いのかもしれない。
 しかし無限の魂の持ち主であるという事以上に、ひとりの人間として、少女達の存在を求める者たちはたくさんいる。
 英雄としてではなく、一人の少女として。
 そしてその事こそがきっと、彼女たちの真なる価値なのであろう。
 彼女たちはこれからも人を愛し、人から愛されて生きていく。
 変わっていくもの、変わらないもの、それらを全て胸に抱いて。
 たとえ距離は離れても、つないだその手を離さずに、いつまでもずっと。


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