ドレアム戦記

第一編 玄白胎動編 第16話

 月の神殿の門前町、その南東に位置する小城のような館。そこは代々、神殿を含む町を警護してきた代官府、治安部隊の本拠地であった。
 だが、現在のそこは陰鬱な『気』を纏った妖気漂う館に変貌していた。そこには、いつもならば館を守衛している兵士達の姿はなく、常人には近寄りがたい澱んだ空気が町の人々を遠ざけさせている。ことここに至っては、町の住人達も代官府に何かが起きているということを悟らざるを得なかった。なにしろ、僅かに一晩で様相が一変したのだから。
 その、来るものを拒絶するような代官府の入口を人影が通った。数は7つ。
「これは・・・、どうやらこの場所は結界の中と同じような働きをしているようですね」
 草色の髪の少女が落ち着いた口調でそう言った。今の彼女には導く者イェスゲンが宿っている。白虎の神殿で出会って以来、イェスゲンは時折他の平行世界の様子を見に行くと言っては短くて数日、長くて数週間身体を元の持ち主である少女イェスイに返して不在にしていたが、タイミングよく今朝戻ってきたのだった。
 そして、ジロー達から今いる場所が月の神殿であり、狼人間の襲撃を受けている事を聞くやいなや、真剣な顔つきでベザテード代官が真狼という魔物であり、狙いが『月の石』であること、平行世界の一つで、『月の石』がベザテードの手に渡ったことにより玄武地方の住人の殆どが半狼や狼魔と化した事を告げ、今の内に倒すべきだと助言した。
 ジロー達はイェスゲンの言葉に同意し、神官長ノルマンドに相手の正体と狙いを説明した上で、『月の石』の厳重なる保管をお願いした。そして、テムジンには神殿の警護を依頼して、代官府へと足を踏み入れたのである。
「結界か・・・。魔物達には有利というわけだな」
 ジローの話にルナが頷く。
「結界の中では魔物の力が強まり、通常の武器は使えなくなります。ただ、『授与』や『聖印』を掛けた武器は使うことが出来ますから、私達は戦えるでしょう」
 ミスズが玄武坤を、ユキナが白虎鎗を握りしめた。ジローも自分の刀を見つめた。ルナの『授与』を付与された刀身がうっすらと輝きを帯びている。
「ジロー、ルナちゃんとレイリアはちゃんと守るから、前衛は任せたわよ」
 アイラの声が心地よく響く。
「ああ、頼む」
 全幅の信頼感でジローが答える。
「では、参りましょう」
 イェスゲンの合図をきっかけに、ジローと6人の愛嬢達は館に向かって進んでいった。

ガアァァァァ!
 叫びと共に、狼魔が倒れた。破れかけてはいたが兵士の服装を着ていたところを見ると、元は治安部隊の兵士だったのだろう。それがベザテードの『変化』の影響で人の心を奪われた魔物と化している。
 代官府の館の中に入った途端、襲い掛かってきたのはこの狼魔達だった。それも兵士達の大部分が狼魔に化したらしい。しかし、魔物に有利な結界の中であったとしても、封印の武具を操る2人の愛嬢と、3つの精霊を召喚したジローにとっては、さして大きな障害とは言えなかった。
 だが、狼魔達は味方の魔物がいかに倒されようと、容赦なく侵入者である人間を排除しようと向かってくる。こうなると、さすがに百人近くを倒すのは骨が折れる。
 それを補完するために、後衛の4人が効果的に働いていた。水の魔法、風の魔法、木の魔法をそれぞれ使って狼魔を翻弄する。万が一前衛を抜けた奴がいたとしても、護衛役のアイラが瞬殺で屠っていた。
「よし、これでかたが付いたな」
 入口の階段ホールで立っているのはジロー達だけであった。狼魔を率いていた半狼も2体倒している。
 だが、ジロー達にも疲労というダメージが蓄積されていた。特に前衛の3人の消耗が激しい。その状態を見たイェスゲンが、再び提案した。
「ジロー様。疲労回復の特効薬がありますがお試しになりますか?」
 ジローは軽く頷く。すると、イェスゲンは淡々と語り始めた。
「今からジロー様は、ミスズさんとユキナさんを1人ずつ背後から抱いて、おちんちんをおまんこに挿入してください。その状態でルナさんと私が、ジロー様に『聖回復』を注入します。ジロー様が2人をいかせて射精すれば終了です」
 平然とした物言いのイェスゲンに対して、ミスズは歓喜、ユキナは恥じらいでそれぞれ顔を赤く染めている。ジローもどう答えていいのかわからなかったが、イェスゲンの表情から読み取る限りは真剣そのもので、拒む余地はなかった。
「わかった。とにかくやってみよう・・・」
「ユキナ。私が先にするわね。貴女はそこで見ながら準備をしてなさい」
 ミスズが諭すように云った。恥ずかしがり屋のユキナでは、この環境で直ぐに濡らすことは難しいだろう。だったら先に自分が見せて、ユキナの欲情を誘った方がいいと考えた末の発言である。でも身体は正直で、ジローにここで抱いてもらえると思った瞬間に股間は濡れていたのだが。
「ジロー様。お願いします・・・」
「ああ、おいでミスズ」
 ジローはミスズを抱きしめてディープキス。横でレイリアとアイラが羨ましそうな顔をして見ている。
 ミスズを抱きしめながら左手で背中を、右手で胸を擦り、弾力のあるその感触を堪能する。そのうちに、服の上からでもわかる位に乳首が立って来たのを感じると、ジローは右手を服の襟元から中に進入させた。そうして、滑らかな素肌に触れ、なぞるように丘の曲線沿いに指を這わせると、柔らかな、それでいて張りのある美乳に到達する。ジローは我慢できずに美乳を揉みしだく。先端の蕾は、既に固く尖がってジローの指が摘むとびくっと身体が反応する。
 左手は、滑らかな尻を撫でた後でスカートの中に入り、下着越しに股間の秘部に触れる。そこは、下着越しで判るほど湿りを帯びていた。ジローの指が下着の中に侵入し、直接触れる。たっぷりと愛液を潤滑した性器を擦り、その先に芽を出したクリトリスに辿り着くと指で軽くノック。
「はあぁぁぁぁん・・・」
 ミスズは両手でジローを抱きしめながら脱力していた。唇は、ジローに密着したまま放さなかったが、もうその瞳が早く入れてくれと主張していた。
<ジロー様ぁ・・・、は、はやくぅぅ・・・>
 ミスズの心の声を聞いたジローは、頷くとミスズをくるっと反転させて、背後からスカートをまくる。下着を太腿の辺りまでまくると、小ぶりで可愛いお尻と、その割れ目の奥にちょこんとある尻の穴、その下で充血してびしょびしょに濡れている性器が目に映る。ジローもズボンを脱いで堅く屹立した肉棒を出すと、興奮を抑えきれずにそのままミスズの膣口にあてがい、一気に貫いた。
「あ、あぁぁぁぁぁぁ・・・」
 ミスズの歓喜の声が響く。
 その後直ぐにジローは背後から暖かいものが流れ込んでくる感覚に身を包まれた。イェスゲンとルナの『聖回復』が注ぎ込まれているのだ。
 イェスゲンはジローの背中、丁度心臓の裏に当たる場所に両手を当てていた。そして、ルナはジローの睾丸に向けて『聖回復』を注いでいる。後ほどイェスゲンから聞いたのだが、『神精回復』と言う神聖魔法の奥義らしい。
 ジローはこの状態で、いつもより早く射精の衝動に駆られた。自分の睾丸が重たく感じられて、早く精嚢に溜まったものをミスズの膣内に出したいと腰の動きが早くなる。それを感じたミスズも、激しいピストンに感じまくって声が声になっていない状態。
「あっ、ひっ、あっ、あっ、あぁ、い、いくぅ、い、ひ、あ、ぁあ・・・」
「くっ、いくっ!・・・」
 ジローの股間が一瞬膨張したかのような感覚と共に、大きなパワーがミスズの中に射精された。ミスズは快楽の余り果てて失神していた。ジローはミスズから肉棒を抜くとユキナを見つめる。ユキナの表情は恥じらいというよりも、これから自分に降り掛かる快楽への期待で欲情しているようだった。
「よし。ユキナ、待たせたな」
 ユキナはこくりと頷くとジローに近寄っていった。

 ジロー達は館の奥に進んでいた。そこには、元は館の警護部隊長だった半狼ゴルドが率いる狼魔達が待ち受けていた。
 先ほどの狼魔達よりも動きがいいのは、元警護部隊の兵士だったせいだろうが、今のジロー達の相手にはならなかった。
『神精回復』の効果は絶大だったのか、ジロー、ミスズ、ユキナは身体に漲るものを感じていた。そして、ジローが2人を抱いた後の肉棒を、後処理と称してダブルフェラしたアイラとレイリアの2人にも若干効果が現れたのか、レイリアの風の魔法の威力が増している。
ルナとイェスゲンは魔力温存のために後方で待機していたが、その2人に近寄る狼魔はアイラが俊敏な動きとナイフ捌きで倒していた。ナイフにはルナの『授与』とアイラの『炎授与』の魔法が付与されていて、聖なる炎の刃で切られた狼魔は傷が火傷で塞がらず、次々と倒れていった。
ミスズとユキナも、今回は力をセーブしながら戦っていた。ジローも精霊をシルフィードだけにしていた。狼魔は木性の素質を持つらしく、金性である風の攻撃が効果的であると学んだのである。
次々に倒されていく狼魔達を見ながら、半狼ゴルドは信じられないといった表情をしていた。しかし、ゴルドは侵入者達をここで倒すことについては自信を持っていた。彼には切り札である異能力『分身』がある。ただ、確実さを増すために、狼魔達をけし掛けて侵入者の力を殺ごうとしているのである。
暫くの後、狼魔が全滅した。残ったのはゴルドのみ。そして、ジロー達が近づいていったとき、ゴルドが分裂した。いや、4体に分かれたのだ。ジロー達の戦い方は理解したとほくそ笑みながら。そして、4体の半狼がそれぞれに襲い掛かった。
対峙したのは、前衛の3人とアイラ。
アイラの前に巨漢の半狼が立っている。アイラの頭が相手の胸部位、横幅に至っては3倍。ゴルドは凶悪な眼光をアイラとその後方にいるルナ達に向けている。
「上等じゃない」
 アイラは舌なめずりをしてナイフを構える。左手に填めた大地の腕輪から発動させた大地の盾が頼もしい。
「アイラさん、いけない」
 ゴルドが右手に持った大剣を振り回し、アイラが大地の盾で受け流そうとした時、予想外の衝撃がアイラを襲った。
「ぐっ・・・」
 なんとか飛ばされずに堪えたのはさすがといったところだが、大地の盾には衝撃の跡が刻まれていた。
「何で・・・」
「アイラさん。相手は木性、土性の大地の盾では相克で不利です」
 イェスゲンの声が響く。アイラは直ぐに理解したのか頷いた。
「盾が不利なら・・・」
 ゴルドが再び大剣を振るう。その大剣に対して、盾を斜めにして受けながら滑らせる。
「受け流せばいいのよ!」
 受け流した勢いでゴルドの体制が崩れるのを見逃さずに、アイラがゴルドの横をすり抜け、同時にナイフで足を切り裂いた。赤毛の髪が揺れる。
 ゴルドが怒りの眼でアイラを振り向いた時にはアイラは反対向きに移動し、止まった反動で向きを変えてゴルドの死角から斬りかかる。
「グオッ」
 反対側の足も切り裂かれてゴルドがよろめく。アイラは再びルナ達の前に立って対峙する。ゴルドはよろめきながらも大剣を振り下ろした。
「甘い!」
 アイラは再び受け流すと、今度はゴルドの懐に飛び込んでいく。ゴルドの左手がアイラを迎撃しようと呻りをあげて繰り出されるが、その前にアイラは牝豹の敏捷さでゴルドの膝を蹴り、飛び上がった勢いで半狼の頭を飛び越しざま、顔に斬りつけた。
ガアァァァァ!
 ナイフはゴルドの右目から頭に掛けて深い傷を付けていた。相手が人間ならば致命傷だが、半狼の生命力はまだ余力があるようだ。
「しぶといわね。じゃあ、これでどう」
 右目が潰れて死角になった右背後から再び背中を駆け上り、今度は首の後ろからナイフを突き刺した。炎を授与されたナイフがゴルドの首を焼き、傷口が広がっていく。半狼の赤黒く光る瞳がだんだんとくすみ、それとともに動きが止まって、そのまま床に沈みこむ。その間にアイラは、そこから飛び降りて元の位置に立っていた。
 アイラが見回すと、他の3人も分身したゴルドを片付けたようだった。ゴルドの読みが甘かったと言えばそれまでだが、封印の武具の使い手に半狼では役不足だということだろう。ましてや、ジローの強さはそれ以上なのだ。
「さあ、奥へ行きましょ」
 アイラの掛け声に、全員が頷いた。

 自分がピンチに陥っていると知っても、ベザテードはむしろ楽しんでいるかのようだった。代官執務室に入った侵入者達が唯一残った半狼である副官を倒した後でも、その余裕を崩そうとはしなかった。
 言い換えれば、それだけ真狼が強いのだ。その証拠に、ミスズの玄武坤、ユキナの白虎鎗を相手に五分の勝負をしていた。
 部屋が狭いため、ミスズは玄武坤を投げることが出来ずにいた。そのため、両手に持ってベザテードと闘うしかなかったのだが、相手の固さは半狼の比ではなく、片手の5本の爪と何合も打ち合っていたが一向に堪えた様子が見られない。
「くっ、堅い・・・」
 ミスズが思わず呟く。半狼の爪を難なく切り裂いた玄武坤が真狼の爪には弾かれてしまう。それならばと狙いを指の付け根に替えて打ちかかるが、何と切り落とした跡からまた爪が生えてくるのだ。
 一方のユキナも反対側の手を相手にしていたが、こちらは少しは分がいいようだった。爪は堅かったが、隙を突いて白虎鎗を繰り出し、5本のうち3本の指を使えなくしている。しかし、その度に指が復活したのは同様で、きりがなかった。
 そして、ジローだが、彼の持つ刀は全く真狼には通用しなかった。『授与』の印加だけではベザテードに傷一つ付けられなかったのだ。そればかりか、召喚した精霊達も、アイラのナイフも、そしてルナやレイリア達の魔法も真狼の力の前では殆どダメージを与えることが出来なかったのである。
そんな中で真狼であるベザテードは意にも関せずに、純粋な闘いを楽しんでいるようだ。
「あなたたち、なかなかですね。気に入ったので、私の使徒にして差し上げましょう」
 ベザテードはそう言い放つと、気合と共に全身の毛を逆立てた。針金のような毛の間から、腕の周り、足の周り、胴、胸、首と牙状の棘が生えてくる。全身に鋭い牙を持ったようなものである。
 同時に、全身の毛を震わせて精神波を放つ。この精神波を受けた者は身体が痺れて動きが拘束されるのだ。ジロー達は精神波を避けることが出来ずにまともに受ける形となった。
 しかし、衝撃を受けたのは自信満々のベザテード自身だった。精神波が届いた瞬間、ジロー達を包む柔らかな光が発生してそれを打ち消したのである。
 光の発生源は、ルナの首下、そう月の神殿で聖女イリスから託された月光の首飾りだった。この首飾りは、あらゆる魔法攻撃を緩和し、精神系、状態変化系の魔法を拒絶する力を持っていたのだ。
「くっ、やりますね・・・。仕方ありませんね、叩き潰してあげます」
 ベザテードが肉弾戦を挑んで来た。ミスズとユキナが対抗するが、防戦一方の闘いを強いられている。
 ベザテードの両手の爪が振り下ろされる。それを受けるのはミスズとユキナ。だが、共に受けるのに精一杯で次の一手が出せない。その間にもベザテードは両腕を振るい、ミスズとユキナに襲い掛かっていく。
「ね、姉様・・・」
「て、手強い・・・」
 姉妹の必死の防戦は、徐々にだが2人の体力を奪いつつあった。力対力の持久戦では、女性であるミスズとユキナの不利は否めない。ましてや、相手は魔物なのだ。
 ジローはそんな2人の防戦を見ながら、役に立たない自分の刀を見つめて悔しさを滲ましていた。
「くそ、何とかできないのか・・・」
 ジローの呟きに、イェスゲンが応じた。
「ジロー様、シルフィードを使って『授与』を」
 ジローはイェスゲンを見つめた。
「ジロー様の精霊の力は、闘うだけではありません。その力を刀という媒体に印加させることもできる筈です」
「そうか!、そういう使い方もできるのか。わかった」
ジローは直ぐにシルフィードを召喚する。
「主、私を呼んだか?」
 シルフィードは、周囲の風を纏いながら薄白色の人型を形成した。
「ああ。シルフィード、お前の力を俺の刀に宿せるか?」
「ふふ、雑作も無い事。私の持つ暴風の力を主の刀に宿せば良いのだな」
「ああ、頼む」
「承知」
 シルフィードが溶けるようにジローの刀に纏わりつくと、刀の周囲だけ景色が歪んで見えた。
「ミスズ、ユキナ、行くぞ!」
 防戦の闘いで、圧され気味だった2人が、ジローの参戦を知り勇気百倍した。集中すればジローと同じく『時流』の力が使える2人である。今度は反対にベザテードの方が防戦側に廻ることになった。そこに、ジローが飛び込んで刀を一閃、ミスズに対していた右手が肘から両断される。暴風を付与された刀の威力か、切り口は斬られたと言うよりは千切られたに近い。金性の暴風を纏った刀の威力が、相克関係にある木性の真狼の防御を上回ったのである。
「そ、そんな馬鹿な・・・」
 ベザテードの動きが止まった隙を見逃さず、ジローは左手も同様に落とす。両手を失った真狼は体躯に頼るしかなくなった。
 両手という難敵から解放されたミスズとユキナは、ここぞとばかりに武器を振るった。ミスズの玄武坤がベザテードの脇腹を切り裂き、ユキナの白虎鎗の穂先が左肩を突く。
「あ、貴方達はいったい・・・」
 ジローが気合と共に刀を垂直に振り下ろした。
「し、主よ・・・」
真狼ベザテードの最後だった。

「行ってしまうのですか・・・」
 月の神殿の神官長ノルマンドは惜しそうに行った。
「はい。今回のベザテードとの闘いで、自分達の未熟さを思い知りました。これから始まるであろう魔界の者との闘いに勝つためには、他の神殿を巡って力を得なければならないのです」
 ジローはベザテードの最後の言葉、『主』のことは敢えて説明しなかった。ただ、ベザテードよりも高位の存在が居るということは間違いなく、それは3人がかりでようやく倒した相手よりも遥かに強い者が存在することを意味する。故に、今の実力以上に自分たちを鍛える必要に駆られていたのだ。
「ノルマンド様。私達は大丈夫です。それにジロー様と一緒ならば、必ずもっと強くなれると思います。ですから、心配しないでください」
 ルナがそう告げると、ノルマンドは判ったとばかりに無言で頷いた。その横にはテムジンが颯爽と立っている。
「月の神殿は、私が守りますのでご心配なく。それから私も修行しますので、今度あったらまた仕合ってください」
 ノルマンドの要請とジローの依頼を聞いて、テムジンは月の神殿の警備隊長の任を引き受けていた。その腰と背中には2振りの剣があった。その剣は、神殿でルナが『聖印』を施した剣ではなく、柄には古い文字が刻まれている。剣を抜けば、その文字が刃の先端まで刻まれている姿を見ることが出来るだろう。
 それは、イェスゲンが月の神殿の聖女イリスの像の中にあることを教えてくれた2振りの剣だった。剣の文字は、聖女イリスが神聖魔法を使って刻んだもので、シズカの子供、2人の兄妹の護身の剣として作られたものらしい。その後イリスが没した時に、剣はイリスを死後の世界で守るためにと月の神殿に奉じられたのである。
こうして長い間清浄な聖地に置かれたその剣は、月の神殿と『月の石』の力を徐々に蓄え、聖剣として世に出るのを待っていたのである。
そして、今、それを持つに相応しい使い手の手に渡ったのだった。2振りの剣の名は、シズカ姫が名付けたもので月光、そして月影という。
「わかった。神殿をよろしく頼む。だが、生き残ることを第一に考えてくれ」
 ジローの言葉に、テムジンは力強く頷いた。それを見た上で、ジローはノルマンドに向き直った。
「ノルマンド殿。テムジン。これからのことだが、再び魔界の者達の襲撃があるかもしれない。特に相手は魔界の者、どんな手強い奴が出てくるとも限らない。だから、絶対に無理はしないで欲しい。そして万が一、神殿を退去せざるを得ない時は、ノルバを頼って欲しい。カゲトラ殿にはその事を伝えておくから」
「重ね重ねのご好意、ありがとうございます」
ノルマンドは頭を下げた。
「聖女イリス様の残したこの月光、月影にかけて」
 テムジンがそう言って頷いた。
「では。お世話になりました」
 ジロー達は一礼して神殿を後にした。

 ノルバの北、山麓の館。
 ジロー達は月の神殿から戻り、ノルバでカゲトラ公爵達に神殿での出来事を話した。魔界の侵攻が確実に始まっているという事実は、ノルバの面々に多少は衝撃的だったが、既に覚悟を決めていたのか、案外冷静に受け止めてくれたようだった。
 それよりも、ルナが銀色の瞳を授かり、イリスの再来だと説明された時のカゲトラやモトナリの顔が珍妙だった。聖女イリスはノルバでも深く信仰されている女神と言ってよく、そのイリス自身の生まれ変わりがルナだという話は、ノースフロウ王女以上の強烈なカリスマを帯びているらしい。モトナリなどは、ルナとジローにルナが『聖女イリスの再来』であることを市民や兵士達の士気高揚と結束のために使わせていただきたいと願ったくらいだった。
 カゲトラ公爵は、ウンディーネに密偵を放ったシメイからの報告も併せて、魔界の侵略が既にウンディーネ自体、いやおそらくノースフロウ王家そのものに至ってしまったことを覚悟していたのである。
 それ故に、ジロー達の魔物達との戦い方は大いに役に立ったと言え、カゲトラ公爵自らの依頼で、月の神殿でやったのと同じようにノルバ城の武器防具に『聖印』の印加をすることになった。ジロー達が快諾したのはもちろんである。
 また、カゲトラ公爵は南のリガネスにいるアルタイア公爵とも連絡を密にしていて、これらの情報を伝えていた。
 その後、対魔物戦にたいする防御方法などを確認したりしながら、ノルバに半月程滞在した後、ジロー達は白虎の神殿に戻るためノルバを後にし、今はクロウ大帝が根城にしたという山麓の館で休んでいるところだった。
「ここに、こんな場所があったとは・・・」
 独り言のように言ったのはノブシゲだった。ジロー達が彼の前に登場してから驚くことの連続だったのは確かだが、未だに慣れきれてはいないようだった。
 ジローは自分たちがこれから暫くノルバを離れることから、魔界の侵攻が本格化してノルバが落とされた最悪の事態を考えて、この山麓の館の存在を教えたのである。カゲトラはその重要性を直ぐに理解し、道順及び館の確認のためノブシゲを含む5名をジロー達に同行させたのである。
「姿隠しの結界が張られていたのでは、発見するのは難しいでしょう。しかも、場所が場所ですし」
 シメイが納得したという口調でノブシゲに答えた。そして、ジローに顔を向けて尋ねるように口を開いた。
「ジロー殿。この結界ですが、魔界の者共から見ても発見できないのでしょうか?」
「ああ、イェスゲンの話によると発見できない可能性は高いらしい。ルナにも調べてもらったが、神聖魔法の『障壁』の強力版のようなものも結界に加えられていると言っていた。ただ、実際のところはどうかはその場にならないと判らないと思っている」
 シメイは頷いた。自分の求める回答が得られたと言うような顔つきで今度はノブシゲを見た。ノブシゲも頷く。緊張の中に安堵の表情を浮かんでいた。
「ところで、後ろの2人はいつまで立っているのかな?」
 ジローの問いに、ノブシゲとシメイは困ったように後ろを振り返った。そこには真面目な顔をした2人の少年がいた。一人はジローと同じく刀を腰にした剣士風、もう一人は頭に布を巻いた魔術士風、共にカゲトラ公爵の庶子で剣士がシュラ、魔術士がライデンと言う。シュラはユキナよりも2つ若く十代半ば、ライデンはそれよりも若い十代前半である。2人共ノブシゲの護衛という名目で同行していたが、実際は遊びたい盛りの少年を普段から武将として使わなければならない状況を憂い、たまには息抜きをさせてやりたいというカゲトラ公爵の親心でもあった。
 だが、根が真面目なシュラは護衛と言う使命を真に受けて常にノブシゲの傍に控え、腹違いの兄であるシュラを実の兄のように慕っているライデンもシュラに倣ってこれまた横に控えているという有様なのだ。
「シュラ、ライデン。この館の中は大丈夫だから、お前たちも少しは気を休めて楽にしろ」
 ノブシゲの言葉に対して、シュラは軽く頭を振る。それを見たライデンも同様に。
「まったく、頑固なのは誰に似たのでしょうね・・・」
 シメイがそう言って助け舟を出した。
「シュラ。ノブシゲ様がおっしゃっているのは、あなた達も少しは好きなことをしても良いということです。そうですね・・・、シュラ、仮に護衛の任務を一時的に開放するとしたら何がやりたいですか?」
 シュラの表情が動いた。少年らしい仕草で少し戸惑いながら、暫くして口を開いた。
「俺は、ジロー様と勝負したい」
 口下手な物言いだったが、十分伝わる一言だった。

 その頃、山麓の館の別の場所では、7人の美女が温泉に浸かりながら至福のひと時を過ごしていた。互いに和気藹々と言った感じで、かしましい雰囲気が漂っていた。
「やっぱり、温泉はいいですね」
 ルナの言葉に、しみじみといった表情でアイラとイェスイが頷く。
「そうね。身体がよく温まるし、お湯から出た後もホカホカが続くしねぇ」
「はい。それと、このぬるぬる感がとっても気持ちいいです」
 少女イェスイはお湯を手にとって水面の上から流す仕草を繰り返していた。
「でもねぇ〜。温泉にも色々あるんだよ〜」
 アイラがにやりと笑いながら言うと、イェスイの横に居たレイリアも興味をそそられて会話に参加してきた。アイラの横ではルナが赤い顔を浮かべている。
「お姉さま。色々って何ですかぁ〜?」
「知りたい?」
 レイリアが直ぐに頷く。イェスイも続いた。
「そう、じゃあ教えてあげる♪ここじゃないけど、前にも温泉入ったことがあるの。その温泉の効能がまた凄くて・・・」
 レイリアとイェスイ、2人共真剣そうな眼差しを向けている。
「ジローが性欲大魔神になっちゃうの〜♪」
 横でルナの顔が更に赤くなる。どうやら妄想であの時のことがフラッシュバックしたらしい。アイラ達にはわからないように指をそっと股間に導くと、そこはお湯とは違うぬるぬるが分泌していた。
「凄いのよ。温泉から出てから効果が切れる次の日の夕方まで、ジローったらずっと繋がりっぱなしだったんだから・・・。ルナちゃん、ミスズ、ユキナとあたしが交代で相手したんだけど、いつまでたっても何回出しても立ちっぱなし、もう何度中に出されたか判らなかったけど、毎回大量の精液がどぷどぷって入ってくるのよ」
 と言って、同意を得るように横のルナを見た。が、その時は既にルナは自慰の快楽にのめりこんで居たのである。
「あ、ルナちゃん。思い出しちゃったのね・・・。あん、何だかあたしも・・・」
 とレイリアとイェスイを見ると、2人共目を潤ませて待っていた。
「レイリア、イェスイ、おいで。4人で一緒に楽しもうね」
 4人が温泉プラスアルファのお楽しみを始めた一方で、反対側では3人の美女が懐かしい話に興じていた。それもその筈、この3人は腹違いの姉妹なのである。
「初めて温泉と言うものに入りましたが、気持ちいいです」
 そう云ったのはノブシゲと共に館を訪れたランである。最近はノブシゲの伴侶として認知され始めていたので、今回は公然のこととして一緒に来たのである。
「そうね。でも、よかったわね。もうこそこそしなくてもいいんでしょ?」
 3姉妹の話は、最初は近況のことだったりしていたが、だんだんと互いの伴侶、ジローとノブシゲの話に推移していた。
「はい。よかったです」
「ラン。おめでとう」
「うん。ありがとう」
 ユキナが云うと、ランは嬉しそうにお礼を返した。と、ランがユキナの方へ意識を向けた隙に、ミスズが近寄ってランの乳房を掴み、やわやわと揉みしだく。
「ラン。ちょっと大きくなったみたいね」
「姉さま!何を・・・」
「え、本当?いいなぁ・・・」
 と、ユキナも余ったもう一つの乳房を揉む。
「ユキナまで、あぁん」
「やっぱり、ノブシゲにこうして弄られているからかな。ほら、もう乳首が立ってきた」
 そう言って、先端の堅い部分を更に弄る。
「私もジロー様にもっと弄っていただかないと」
 ユキナもそう云いながらランの堅くなった乳首に指を這わす。ランは思いがけない状況にどう対処すればいいのか戸惑っている。その間にじわじわとした快感が体内を走り始めていた。
「ラン、あなた右の乳首の方が大きいわ。ふふ・・・、ノブシゲったらこっちばかり吸っているのね」
 ミスズの指摘どおり、ランの乳首は右の方が左より勃起した大きさが僅かに大きかった。
「きっと、右の方が感じるんでしょ。でも、今日はもっと感じさせてあげる。ユキナ、一緒に吸って」
 ユキナは頷くとミスズと一緒に左右の乳首に吸い付いた。途端、ランの中で細く流れていた快感が太い川のようにどっと押し寄せてくる。
「あっ、ね、姉さま・・・、ユ、キナ・・・」
 ミスズはランを膝立ちの姿勢にし、両膝を開かせた。そして、空いている右手をランの股間に。予想通りそこは、温泉とは違うぬめりを持った液体で濡れていた。ミスズが中指を立て、ランの膣口に当てると、そこは待っていたかのように蠢いて指を迎え入れた。ミスズの指がすっと中に飲み込まれる。
「あぁ〜、はぁ・・・、あ、ぁあん・・・」
 両乳首と膣の3点を攻められているランに快楽の奔流が押し寄せ、もう何が何だか判らない状態になっていた。
 
 ジローは静かに剣を構えていた。正眼の構えで対峙する。その相手はまだ少年の顔を持っていたが、構えた剣から伝わってくる剣気は達人の威圧をジローにぶつけて来ていた。
<これは油断できないな・・・>
 ノブシゲとライデンは、2人の勝負を離れて見ていた。シュラは剣の天才。その腕は、ここ一年はノブシゲが一度も勝ったことがない程の達人級である。ジローとも立ち会ったことがあるが、こちらも達人級。
<どちらが勝つのかな・・・>
 ジローはとりあえずシュラの出方を待つことにした。相手が達人ならば、無闇に掛かるのは愚かな行為といえる。一方、シュラも同様に考えていたようで、なかなか動こうとせず、睨み合いが続く。
 最初にしびれを切らしたのはシュラであった。彼が望んだ勝負だからということもあるが、やはり若さなのか強い相手と剣を交えるという誘惑に抗せなかったのだ。
 だが、一旦動けばその動きはやはり達人のものだった。常人とは思えない速さで突進して上から剣を振るう。それを冷静にジローが受け止めると、即座に剣が横から胴へ、だがジローもそれを察知して剣で弾く。そのまま打ち合いが続く。十合、二十合・・・。
 ジローは既に『時流』、『鬼眼』の力を発動している。シュラの剣先は鋭く、若い勢いに乗った攻撃を繰り返す。但し、『鬼眼』でジローの周囲に発生させた無意識の防御圏を突破することは出来なかった。そう、ジローは受け切ることに専念していたのだ。まるで、剣の師匠が弟子に相対するように。
<才能はあるな。修行を積めば、テムジンに匹敵する腕になりそうだ・・・>
 ジローはそろそろと初めて反撃に出た。打ち合う剣の角度を僅かに変えることで弾かれたシュラの剣の軌道が変わる。そこに生じた僅かな隙に剣全体と身体でシュラを押す。シュラは自分の体制が崩れかけたのを察知して後ろへ跳ぶ。
 そして、数刻の間が生じた。その数刻こそ、ジローが必要としていたものだった。ジローは更に集中を高める。『時流』のレベルを上げるために。
 ジローの様子を本能的に危険だと悟ったシュラは、直ぐに体制を立て直して打ちかかった。が、その時は、ジローにはシュラの動きが平凡に見えていたのである。
 シュラは、自分の持っている技術を惜しみなく発揮した。しかし、その時のジローは後でシュラが言うには『神懸って』いて、全ての攻撃を受けきられ、最後は剣を弾き飛ばされて勝負を終えたのである。
 剣の天才、申し子とまで言われていたシュラは、ジローとの一番で実力の差を悟った。少年剣士の純粋な思いは、即座にジローの弟子にして欲しいという欲求を顕わにし、結局根負けしたジローはその要求を呑む。以後、シュラと、同じく弟子入りを志願したライデンの2人はジローのことを『師匠』と呼ぶようになる。
 その後ジローはライデンが雷の魔法を得意とすることに眼を付け、シュラとのコンビ攻撃ともいえる雷鳴剣を開発することになる。

 数日の滞在の後、ノブシゲ達は館からノルバへ戻っていった。帰るに際し、一番名残惜しそうに後ろを何度も振り返るシュラの姿が印象的だった。そして、ノブシゲ達を見送った後でジロー達も館を発ったのである。
 白虎の神殿に到着したジロー達は、導く者イェスゲンが戻ってくるまでの間、予め計画していたとおりにそれぞれのグループに分かれて滞在期間を過ごした。
 アイラ、ミスズ、ユキナは一緒に訓練を行っていた。
封印の武具を使っているミスズとユキナは、真狼ベザテードとの闘いで封印の武具に頼りすぎていたことを反省していた。ジローとの3人掛かりで何とか勝てたものの、もし、1対1であれば、敗れたのは自分達であると実感している。このままでは魔界の軍団との戦いは厳しいとの思いが、辛い修行に向かわせていた。
 その思いはアイラも同じであった。半狼でさえ、1対1では苦戦したのである。現時点で真狼クラスの魔物が出てくれば、太刀打ちできないと悟っていた。
3人は改めて自分達の身につけた体術、武術を磨くと同時に、ミスズは玄武坤、ユキナは白虎鎗のより有効な使用方法について研究を重ね、アイラは火の魔法とのコンビネーションをもっと工夫することを主体として修練していた。
一方、ルナ、レイリア、イェスイは魔法の訓練がメインとした修行を行っていた。
ルナは神聖魔法と水の魔法、レイリアは風の魔法、そしてイェスイは木の魔法をそれぞれ使うが、これらの魔法を掛け合わせた、所謂合成魔法についての実験を繰り返していた。魔法には相性があるので、どの組み合わせが有効なものかはやってみて初めてわかるものも多い。それ故に実戦でいきなり使うのはリスクが高いので、こうして確認しているのである。その中で、幾つかの有効な合成魔法が見つかった。だが、最大の成果と言えば、その過程でイェスイが木の魔法の延長線上にある雷の魔法に目覚めたことだろう。
そして、ジローはというと、別室で3体の精霊を召喚していろいろな話をしながら剣技だけではなく召喚魔法についても熟達するため、鍛錬を続けていた。
精霊たちは、強力な魔法の使い手であると同時に、この世界の理を知る教師でもあったのだ。こうしてジローは精霊の力を使った魔法についてより深く知覚していく。

 そして、いよいよ火の神殿へ旅立つ日が来た。
 白虎の神殿の転送の間に全員が集まっていた。転送の間の床には玄武の神殿で見たものと同じ魔方陣が描かれていた。その中央に樹海の杖のレプリカを持った導く者イェスゲンが立ち、その廻りをジロー達6人が手を繋いだ状態で円く囲んでいた。
「これから、皆さんと朱雀地方に移動します。移動場所は火の神殿の南西の海辺になります」
 イェスゲンの声が淡々と響く。全員目を瞑り、ただ黙ってイェスゲンの言葉に従っていた。本来、転送するためには、全員が転送先のイメージを共有して知覚することが求められる。だが、今回に限っては、転送先のことを知っているのはイェスゲンただ一人だけであった。では、そのイメージを共有するためには玄武の神殿でやったように互いに繋がりあって同じものを知覚するのかと思ったが、違っていた。
イェスゲンは木の魔法『結調和』を使えば、全員の心をシンクロできると言ったのである。イェスゲンの説明によれば、『結調和』は木の上級魔法で、2人の心を合わせる『同調』を多人数で行うためのものらしい。術者の能力によって人数制限はあるらしいが、イェスゲン曰く10人程度ならば問題なく使えるとのことだった。
「では、皆さん。目を瞑って、私の声だけに集中してください。先ずは、ゆっくりと深呼吸をしてください。私の声に合わせて。はい、吸って〜、吐いて〜、吸って〜」
 イェスゲンの言葉に合わせて全員が深呼吸を繰り返す。そのうちに最初はずれていた呼吸のタイミングが合い始め、最後はぴたりと同じリズムになった。その頃にはイェスゲンを除く全員が、軽い催眠状態になっていた。
 イェスゲンはそのことを確認すると、魔方陣の中央に刺した樹海の杖のレプリカに向かって魔力を注入した。杖の先端に填まっている暗緑の宝石が徐々に輝きをます。深緑、真緑、そして明るい緑。そこまで輝いたところで、イェスイは『結調和』の呪文を唱える。
 杖の宝石の輝きが、一瞬で広がり魔方陣全体を包む緑光の半球が形成された。イェスゲンはその状態で神聖魔法『光虹』を唱え、天井の小魔方陣に放った。そして、『光虹』の白い輝きが触れた途端、天井の魔方陣から床の魔方陣へ光の帯が放射され、その帯が床の魔方陣をなぞる様に光で満たしていく。
ぶうぅぅぅぅぅぅん。
 低い唸りが部屋全体を包み、緑光の半球に白光の半球が重なった。次の瞬間、空間が歪んだような視覚効果が発生し、光が魔方陣の中央に吸い寄せられるように縮んで行き、吸い込まれるように消えていった。そして、転送の間は元々何もなかったかのように静寂に包まれていた。

ドレアム戦記 玄白胎動編 完


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