ドレアム戦記

第二編 朱青風雲編 第5話

 シャオンを抱きかかえながら暗い穴の中に落ちたジローは、穴を落ちていく途中でシルフィードを召喚し、落下の衝撃を殆ど吸収しながら底への軟着陸に成功していた。
 穴の底は、かなり深いところのようだった。地上よりも下に潜っているようだ。
「どこだ?・・・地下か?」
 ジローは気絶しているシャオンをそっと置くと、辺りを見回す。眼が暗闇に慣れてくると、徐々に周囲の状況がわかってきた。
 直径10ヤルド程の円形の空間で、床は石造り。埃は積もっているが、厚みが一様ではないところをみると、以前は誰かもしくは何かが踏み入れた痕跡はあるということか。
「う、う〜ん・・・」
 声がした。どうやらシャオンが気がついたらしい。
「どうして暗い・・・、え、もしかしてあたし、死んじゃったの?」
 シャオンの記憶は自分に向かってくる刃を見たまでで途切れていた。そう、絶体絶命の瞬間までしか覚えていなかったのだ。
「大丈夫。まだ死んじゃあいない」
 ジローの声にびくっとして、シャオンは声の方向を見た。
「え、あ・・・、んと・・・、ジロー・・・?」
「ああ」
 シャオンは自分の身体を手探りで無事を確かめた。服が乱れていないことも確認する。
「あ・・・、も、もしかして、助けてくれたの?」
「ああ、間一髪だった。だが閉じ込められちまった」
「あり、がとう・・・」
 シャオンは素直にジローに感謝した。あの状況ではジローがいなければ首が飛んでいたのは間違いない。
<あ、れ?何かどきどきする・・・>
「シャオン、痛いところとかはないか?」
「え、う、うん・・・。大丈夫よ」
「よかった」
 ジローの声が何故か心地よく響く。シャオンは不思議な感情を持て余すように頭を振り、ジローに話しかけた。
「ここ、どこ?」
「よくわからないが、城の地下らしい。とにかく出口を探さないと」
「わかった。あたしに任せて」
「気をつけてくれ、何が隠されているかわからない」
「あんがと。でも2回もどじは踏まないって」
 シャオンは立ち上がってフレイアを召喚した。薄暗い室内の様子がフレイアの炎で照らし出される。シャオンはフレイアと一緒に壁に近寄っていく。
<ユキナは大丈夫かな・・・、まあ、大丈夫だろうな、きっと。今頃はこの穴を見下ろして心配しているかもしれないな>
 ジローはシャオンとフレイアが壁を調べているのを見つめていた。
<そうか・・・、そうだな。ユキナに俺達のことを知らせる方法があるじゃないか>
 ジローは呪文を唱えてイフリータを召喚した。
「は〜い、ご主人様。何か用?」
 快活な口調でイフリータが問いかけてくる。
「イフリータ、この上に上がってユキナに伝言を頼めるか?」
 ジローはユキナに伝えたいことをイフリータに話した。
「お安いご用よ。まっかせて〜」
 イフリータはそう言って上空に上って行った。

 シャオンは壁を調べまわった。そうして、一通り調べた結論は、出口らしきものがどこにも無いというものだった。
「仕掛けも何も見当たらない。単なる壁だけしかないよ・・・」
 シャオンはうな垂れながら腰を降ろした。床の埃はジローがシルフィードとウンディーネを使って片隅に追いやっていた。そして、灯り代わりにイフリータとフレイアが宙に浮かんでいる。
「特に文字らしきものも見当たらない、か・・・」
 ジローもシャオンと同じように壁を調べていた。神殿と同様に出るためのヒントが刻まれていないかと期待したのだが、当ては外れだった。
 脱出する手段がないとなると、誰かが助けてくれるか、餓死を待つかしかなかった。2人を重苦しい空気が包む。そして、暫しの沈黙。
「ねえ、ジロー・・・」
「なんだ」
「あんたが別世界から来たって話、本当なの?」
「ああ」
「そう・・・。ねえ、別世界の話、聞かせて。どんなとこなの?」
 ジローはシャオンの聞くままに元居た世界の話をした。時間を忘れるように。その後、ドレアムに来てからの話になり、愛嬢達との出会いについての話になった。と、唐突にシャオンが話を切った。
「ねえ・・・。ジロー。お願いがあるんだけど・・・」
「なんだ?」
「あたしを抱いてくれない?」
「え?・・・」
「へへっ、・・・実はあたし、まだ男を知らないんだ・・・。だから、一度くらいは経験したいじゃない。で、ジローなら、任せてもいいかな、って・・・」
<死ぬ前に・・・ね・・・>
 シャオンはそう云いつつ、身体が震えているのが明らかだった。
「わかった。俺でいいなら」
「あ、あんたじゃなきゃだめなの!」
「ああ」
「えっと、それから・・・、精霊達に見られているのは・・・」
「・・・そうだな。わかった」
 イフリータがジローの体内に吸い込まれるにように消え、フレイアもシャオンの火の御守に戻っていく。辺りは薄暗い静寂に包まれた。
「シャオン、おいで」
 ジローはそれだけ云うとシャオンの正面に座り、シャオンの瞳を見つめた。緋色の瞳が僅かに潤んでいる。そしてそのままキス。同時にシャオンの背中に手を廻して自分の胸に抱きしめた。
シャオンはジローの瞳に見つめられ、身体の力が一気に抜けるのを感じた。もう、震えも収まっている。そして、覚悟を決めてジローのされるがままにし、ただ自分に押し寄せる感覚を受け取ることに専念した。
<ジローの胸・・・、たくましい・・・>
 ジローはシャオンの引き締まった背中を両手で感じながら、右手を腰から尻のラインに、左手を左肩にずらしていった。暫く弾力のある尻を堪能した後で、シャオンを自分の膝に乗せつつ半回転させた。そして、左手を脇から入れて丁度手の平にすっぽり収まる乳房の柔らかさを感じ、右手は尻から前に廻して短パンの中、太腿の間に這わせて健康的な太腿の肌を擦った。
「んむぅ〜、んんぅ〜、んぅ・・・」
 口付けしたままでシャオンの息が荒くなってくる。それを感じながらジローは胸を揉みしだき、短パンを器用に脱がせて下着の上から股間の秘所に触れた。
「んんうぅ〜」
 ジローの舌がシャオンの口内で暴れていた。シャオンの舌もつられて蠢いてくる。そして左手の中では乳房の先端が硬く立ち上がって来、右手が触れる下着はしっとりと濡れ始めていた。
 ジローはシャオンの胸をはだけ、外気に触れた刺激でより硬くなった乳首を指先で摘むように挟む。そのまま全体を揉むと美しい乳房が手の動きに合わせて形を変える。
「ふぅううぅん〜、はふぅぅぅ・・・、んふぅ・・・」
 ジローに貪られているシャオンの口から言葉にならない声が漏れる。シャオンの身体がじわじわと押し寄せてくる快感の波に翻弄され始めている。ジローはそんなシャオンの『気』を感じ取ると、とどめとばかりに秘所を覆っている下着の中に右手を滑り込ませ、充分に膨らんだクリトリスを指で擦った。
「んん〜、ん、んんぅ〜、ん〜」
 シャオンの身体がびくびくっと電気が走ったように反り返った。同時にジローの右手に液体がばしゃばしゃと浴びせられ、シャオンの首が後ろに崩れてジローの唇が外れた。
 肩どころか身体全体で息をしているシャオン。ジローにはそんな彼女がとても可愛く思え、気がつくと自分の分身がいつもより硬く滾っていた。
「シャオン。いくよ・・・」
 ジローはズボンを脱ぐと、まだ朦朧としているシャオンの腰を両手で掴み、ゆっくりと持ち上げて自分の上に跨らせた。そしてそのまま下着を外すと肉棒の先端をシャオンの股間に合わせる。濡れそぼったシャオンの陰部は口を半ば開いた状態で愛液を滴らせていた。その上にある肉芽は充血して完全に芽を出している。
 ジローは自分の肉棒をシャオンの膣口にあてがう。くちゅっという音がして肉棒の先端部が膣内に侵入するが、途中で抵抗にあって阻まれる。シャオンの処女膜である。だが、ジローは腰の両手に力を込めて、一気にシャオンの腰を沈めた。
「はわ、くっ、あ、あぁぁぁ・・・」
 痛みに耐えているのか、シャオンの表情が一瞬歪む。
「あうぁ、ジ、ジロー・・・。嬉しい・・・よ」
 快感の波に揉まれていたシャオンは破瓜の痛みで正気に戻った。だが、その痛みは長くは続かない。直ぐに疼くような快感が押し寄せてくるのを感じ、ジローに感謝の言葉をかけると、再び快感の渦に飲み込まれていく。
「あ、ああぁぁぁぁ・・・、う、うわぁあぁぁぁ・・・あっ、あっ、あっ・・・」
 ジローはシャオンの痛みがそれほどではないと解り、本格的に動き始めた。初めてのシャオンになるだけいい思い出を作ってやりたくて、快感を送り込むための腰使いを振るう。
「あっ、あっ、い、いひぃぃぃぃぃ・・・、うはぁ、あ、あんぅぅぅぅ・・・」
 2人の腰使いは殆ど同調し、互いに快楽を貪りあう。処女の膣肉は柔らかくもきつくジローの肉棒を締め付け、ジローの肉棒から送り込まれる刺激はシャオンの心を焼き尽くす。
「くっ、シャオン。行くぞ!」
「ひっ、あ、いくぅ・・・」
 ジローが射精した瞬間、シャオンは何とも言えない快感と、そこから来る幸福感に包まれ、ジローに抱きついたまま深く落ちて行った。

「思ったとおりというか、この中、魔物だらけじゃない・・・」
 アイラがぼやいていた。城門を確保して左側の回廊に侵入したのだが、人間だったのは城門を守る兵士だけ、その後出会うのは魔物ばかりだったのだ。中に入った途端、はぐれ魔物にやたらと遭遇してしまう。
「これじゃあ、レジスタンスの連中だけじゃ手に負えないわね」
 アイラは手元の地図をちらりと見た。火の神殿の封印の部屋の壁に刻まれていたものを紙に写したものである。そこには、オクタスの城内の道案内が描かれていた。その先には目的地と思われる場所に×印が書かれている。イレーヌの話によれば、その場所は元々は王が政務を執り行う謁見の間で、今は議事堂と呼ばれているとのことだった。アイラ達突撃隊は、この地図を有効に活用しながら進んでいるのであった。
「そうですね、こんなに魔物が浸潤しているとは・・・」
 ミスズは玄武坤で魔物を両断しながらアイラと会話していた。今のところ出遭う魔物は雑魚ばかり。それに、ルナの『聖探索』によって相手の位置がわかるため、潜んでいる魔物も見つけ出せるので不意を突かれることも無い。
前衛にアイラとミスズ、真ん中にルナ、そして後方からの追撃はレイリアが『真空波』を飛ばし、イェスイは雷の魔法を使って魔物を蹴散らす。
突撃隊に加わっているガスパル、ダルタン、スパークル、アルベールの4名も、中段で左右に位置し、得物を構えて雑魚魔物達を屠っている。彼らの得物は『授与』を印加されて薄く輝いていた。
「後続の制圧部隊が魔物に襲われないように、出来る限り魔物は倒すよ」
 アイラの威勢のいい号令に一同が同意を表す。
「はい。魔物の居場所は任せてください。でも、お姉さま。早く行くことも必要ですよね」
 ルナの言葉に全員が同意していた。目的地に辿り着くのが早い程、遊撃隊となって敵地のど真ん中に乗り込んだジロー達の助けになることを知っているのだ。
アイラ達は地図を頼りに左側の回廊を突き進む。ただ思ったよりも魔物の数が多いため、混戦状態と言ってもおかしくない状況である。幸い、魔物達は秩序なくばらばらに仕掛けて来るので、アイラ達は然程抵抗を感じずに進むことができていた。月の神殿の時のように集団とぶつかることもあったが、ルナの『聖探索』を活用してそういう危険な場所は事前に察知して先制集中攻撃で倒している。極めて順調に進んでいると言えた。
 オクタスの城は中央の庭を廻りこむように左右の回廊が伸びている構造で、回廊は2階建ての長屋のような部屋が並んでいる造りのようだ。その長い回廊で出会う、多分元は兵士だったのであろう徘徊する魔物を倒しながらアイラ達突撃隊は、ついに回廊の奥に辿り着いたのであった。
「お姉さま。この先にも魔物がいますわ。数も今までと同じかそれ以上いるようです」
 ルナの言葉に全員が軽く頷いた。緊張というよりは、覚悟を決めているという表情がそこにはあった。
「よし、行くよ。皆、互いの位置を守って、連携を忘れずにね」

 ユキナは6本足の魔物と対峙していた。大きさは大型犬くらいだが、首の横、肩から2本の鞭のような触手が伸びていて、自由自在に操れるようだ。
 ジローが無事に脱出することを心に信じながら、ユキナは城の右側の塔から城内に侵入した。左側の塔に繋がる渡り廊下もあったが、そちらからはアイラ達に合流するには逆に遠回りになると感じ、城の中央の階段を降っている。最初に城内に入った場所は、塔の回廊から入ったためか城の7階にあたる場所で、そこから階下への道を探りながら進み、今は4階まで降りてきたところだった。
 途中で何体かの魔物と遭遇したが、全て白虎鎗の錆となっていた。だが、今対峙している魔物はそれまでの奴とはどうやら格が違うようだ。
<ちょっと手強そうですね・・・>
 ユキナは白虎鎗を構える。6本足の魔物は低い呻り声を楽しそうにあげ、2本の触手を撓らせて鞭のようにユキナを襲った。
 ユキナは半歩下がってそれをかわす。触手が床を打ち、床の一部が抉れる。
 魔物は一歩前に出ると再び触手を伸ばす。今度は縦と横に。ユキナは『時流』を発動した。触手の動きが途端にスローに感じられ、その動きをいなすために白虎鎗を繰り出す。横に動く触手の先端を白虎鎗が捉え、触手は打ち返されたように魔物に向かって、逆に魔物の顔に当たった。
「ぐがっ」
 魔物はちょっと驚いたような表情を見せた。しかし、もう一度低く唸ると触手を直線的に伸ばしてユキナの顔と胸を貫いた。
 その瞬間、ユキナの姿は消え去り、瞬間移動したように横に出現した。そして、白虎鎗の先端から薙刀状の風の刃を発現させて伸びきった触手を2本とも切断する。
「ぐがっ、ぉぉぉ・・・」
 魔物は床に落ちた触手を信じられないという様子で見ていた。彼の触手は城内の人間兵士の武器では傷も付かないものなのだ。
「行きます!」
 ユキナは、続けて白虎鎗を繰り出した。風の刃は形を変え、三叉の矛となって魔物の頭から胴体を貫いた。
 6本足の魔物が絶命したのを確認すると、ユキナはその奥に下に行く階段を見つけ、下っていく。
<早く、お姉さま達と合流しなければ・・・>
 
 ジローはシャオンと抱きとめる状態で床に胡坐をかいていた。シャオンの初めてを貫いた肉棒はまだシャオンの中に留まっている。というのも、シャオンはジローの射精の瞬間に気を失ってしまい、ジローの胸に顔を突っ伏したままだったのだ。
「う、う〜ん・・・」
 どうやらシャオンが目覚めたようである。
<あれ、あたし・・・>
 シャオンは自分が何かによっかかっていることを知覚した。その感覚がじわじわと上半身から下半身へ広がっていく。と、自分の股間に違和感が・・・。
<何かが挟まっているみたい・・・、ううん、何かか私の中に入ってる!>
 途端、シャオンの頭の中にさっきまでの出来事が甦ってきた。そして、自分がジローの胸の中にいることを知ると首まで真っ赤に染まっていった。
 もぞもぞとシャオンが胸から顔を離すのを、ジローはゆったりと見つめていた。シャオンは下からジローの顔を仰ぎ見ると、赤い顔が更に赤く染まっていく。
「あ、あの・・・」
「なんだい、シャオン」
「ジ、ジロー・・・、できれば、あたしを持ち上げてくれないかな・・・。まだ、下半身に力が入んないんだ」
「ああ、わかった」
 そう言ってジローはシャオンの脇を両手で抱え、ゆっくりと持ち上げた。それに従ってシャオンの中で再び硬くなっていた肉棒も膣壁を擦りながら抜けた。
「あ、あん・・・」
 シャオンはジローに礼を言うと、よろよろと自分で立って身だしなみを整えた。暫くすると感覚が戻ってきたのか普通の立ち居振る舞いに戻っていた。
「ジロー。あんがと・・・」
「いや、こちらこそ・・・」
 シャオンはジローに笑いかけた。ジローと出会ってから、こんな風に出来たのは初めてだった。
「ううぅ・・・、なんかまだ挟まっているような気がするよぅ・・・」
 シャオンは一気に距離が縮まったジローに対して拗ねて甘えるような仕草で口を尖らせた。それは、何かを忘れるための裏返しとも言えた。食べ物も何もなく、脱出する方法も見当たらない場所に閉じ込められているのであるから無理も無い。
<でもきっと、このまま死んじゃうんだよね・・・>
「シャオン」
 ジローの声がやけに優しく聞こえ、シャオンはそちらを向く。
「なあ、ここから無事に出れたら、皆と一緒に行かないか。俺の妻として」
「ありがと。冗談でも嬉しいよ・・・。でも、もしそうなったら、ジローのお嫁さんになってもいいかな・・・」
 シャオンは、本当にジローが自分を励ますつもりでリップサービスをしてくれているものと思っていた。しかし、当のジローは本気だったのである。
 ジローは今いる場所の意味、即ち使い道について気絶したシャオンを抱きかかえながら考えていたのだ。出口の無い空間、垂直に放り込まれる以外に無い入り方、なのに不自然に厚みの違う埃以外は何も無かった床面。
 そのとき、ジローの背後から湿った空気が侵入して来るのを感じた。咄嗟に腰の刀を握ったとき、寒気と共に空気を切り裂く音が背後から近づく。
バシィ!
 ジローの右手の刀が、鞘ごと何かを防いだ。『鬼眼』が発動していた。『鬼眼』は、ジローの周囲に絶対防衛圏を作り出し、その範囲に入る何ものをも無意識に防ぐことを可能とする。
「シャオン、俺の傍に」
 ジローはそう云うと身体を反転させて襲ってきた何ものかの方を向いた。そこにいたのは、巨大な蛇。胴体は大人の身長くらい太く、その頭の両側には鞭のような触手が4本着いていた。どうやらさっきジローを襲ったのはその触手のようだ。
「やはり、な・・・」
「えっ?どういうこと?」
「ここは、多分処刑場だ。だが、死体の痕跡が全くなかった。そうなると、死体を片付ける何かが別にいると思ったんだ・・・」
「じゃあ、あの蛇が丸呑みにしてたってこと?」
「ああ、多分」
 2人の会話の間にも蛇の触手は次々と襲い掛かってきた。しかし、『鬼眼』を発動しているジローは鞘を被ったままの刀で、その都度弾き返している。
「グシャアァァァァァ!」
 蛇が唸り声を上げた。久々の獲物が思ったよりも抵抗するのが気に入らないらしい。そして、4本の触手を同時に攻め掛ける。
 ジローは刀の鞘を払って触手に斬りつけた。しかし、予想に反し、刀の刃は触手を打ち返しはしたが、思ったような斬撃の手応えは得られなかった。触手の周りを包んでいる粘液が刃を通さなかったのである。
 触手は連続して襲い掛かってくる。ジローは刀で打ち払うものの、大したダメージは与えていないため、蛇の触手は切れ目なく攻撃してくる。
「くそ、これじゃ精霊を召喚できない・・・」
 刀で切れない触手を切る方法はわかっていた。精霊の誰かを呼び出して刀に力を印加すればいいのである。しかし、その召喚をするための時間が絶え間ない攻撃を防ぐことに忙殺されて作り出せなかったのだ。
「ジロー、あたしも手伝うよ。時間を作ればいいのね」
 ジローの傍らにいたシャオンは左手の火の御守を軽く撫でて念じた。すると、横には火の精霊フレイアが出現する。
「フレイア。あの蛇の注意を逸らせて」
「わかりました。シャオン」
 フレイアは真上に浮かび上がると、急加速して蛇に突進した。人型の火の玉が蛇の頭に激突する。その衝撃で蛇の触手の動きが乱れ、蛇の意識も一時的にフレイアを追った。
 ジローは待ちに待った時間を有効に使う。ノームを呼び出して守りの結界を張ると同時に蛇の素質を探らせる。
フレイアの攻撃は打撃としてはある程度のダメージがあるようだが、蛇に対して効きが悪いようだった。それを感じたのか、蛇はフレイアを無視し再びジローとシャオンを攻撃目標としたようだ。だが、その時にはノームの防御結界は万全の状態となっていた。
「ご主人様。ノームちゃんわかっちゃいましたぁ。あの蛇の素質は水性のようですぅ」
「そうか、ありがとう。さしずめ水蛇というわけか。だから火の精霊の攻撃が効きにくいのか」
 ジローがそういうとノームは褒めてもらったのが嬉しそうに笑う。
<水なら相克は土だが、ノームには結界を張ってもらっているし、なら>
ジローが召喚したのはシルフィードだった。
「主、お呼びか」
「ああ、この刀に力を貸してくれ」
「承知」
シャオンが驚きの表情で見ている−普通、2体の精霊を同時に呼び出すことは相当の術者でも難しいとされていた−横で、シルフィードは自分自身を刀に纏わりつかせた。途端にジローの刀が暴風の刃となる。
 ジローはノームの結界を、水蛇を囲むように張りなおさせた。そして、水蛇に向かっていく。水蛇は4本の触手を再び伸ばしてジローに襲い掛かったが、今度はジローの刀が一閃、全ての触手が千切れるように四散した。
 ジローは速度を緩めずに水蛇に向かう。触手を失った水蛇は怒り狂ってジローに太い尻尾をもって打ちかかる。が、その尻尾でさえ暴風を纏った刀には通用せず、引きちぎられたように切断されてしまう。
「とどめだ!」
 ジローの刀が水蛇の頭に振り下ろされた。

 アイラ達は城内に入り、階段を昇って3階まで順調に来ていた。だが、そこで進行が止まってしまった。というか、本格的な魔物の反攻にあって前に進めなくなったというのが正しいかもしれない。
 城内に入った途端、魔物は隊列が整った正規軍のような行動を取るようになった。そう、片目の隊長配下の討伐隊の連中がいよいよ出てきたのである。彼らははぐれ魔物とは違って、連動した動きもとることができた。即ち、アイラ達にとって、急に敵が手強くなったということである。
 しかし、アイラ達も戦力アップしていた。途中でユキナが合流したのである。ユキナからジローとシャオンのことを聞いたアイラ達は心配になったが、アイラがジローなら大丈夫と自分に言い聞かせるように皆に言ったので、まずは当面の魔物を倒すことに専念することにしたのである。
 討伐隊は、たかが人間の侵入者達がこれほどやるとは思っていなかったようだ。最初は数体がコンビネーションで軽く捻ってやろうと襲い掛かったが、ミスズと炎を小刀に印加したアイラの2人に瞬殺されてしまう。同時に押し寄せる雑魚魔物はレジスタンスの猛者4人組の活躍で打ち倒されていた。
 一瞬呆然とする魔物達。だが、直ぐに相手は手強いと悟ったのか、今度は分隊長格の魔物を中心にその部下達を引き連れて突進してきた。
 だが突進はルナの張った『障壁』に激突して止まってしまう。そして、今度はミスズが出番とばかりに、玄武坤を投擲すると、魔物達は縦横に引き裂かれて倒れた。
 そうやって進んでいるうちに、階段を降りてきたユキナと合流したのである。
 しかし今、4階の議事堂へ続く階段前ホールで一同は足止めを食らっていた。その原因は討伐隊の副長格が出てきたことだった。ゴリラの身体に象の頭を被せたような2体の魔物である。その長い鼻が曲者で、床を楽に削り取るパワーだけでなく、そこから瘴気や毒液を放射するのだ。これには、ルナの障壁だけでは力不足だった。
「お姉さま、レイリアがやってみます」
「わたしも・・・」
 レイリアとイェスイが同時に動いた。レイリアの『真空波』が左側の魔物に、イェスイの『雷撃』が右側の魔物に向かって行く。しかし、魔物は耳を盾のように使って防御してしまう。
「あの耳、邪魔よね」
 アイラが呟く。ミスズの投げた玄武坤が虚しく弾き返され、ユキナの白虎鎗から出た風の刃も止められてしまっていた。堅さからいえば真狼ベザテード並みということになる。結果として2体の魔物と対峙したままこう着状態に陥っていた。
 だが、強敵の存在に緊張しているレジスタンス4人組と比べ、6人の愛嬢達の間に漂う空気には悲壮感はなかった。月の神殿の戦い以来、レベルアップは確実にしているという実感があったから。
「試す時が来たみたいね」
 ミスズは先頭に出ると2枚の玄武坤を重ね合わせた。すると、ある角度で2枚がぴったりと重なり一つになる。そうして1枚になった玄武坤を両手で挟むように持ち、自分の胸前に掲げる。
 ミスズはその姿勢で深く呼吸し、静かに両手を離した。すると、玄武坤はそのままの姿勢で宙に浮いている。
 ミスズは満足したように微笑むと、両手を軽く振る。
「行け!」
 ミスズの掛け声と共に、玄武坤は左側の魔物に向けて直進した。1枚の時の玄武坤は高速回転をしながら曲線を描くように飛んでいくが、2枚が合わさった玄武坤はゆっくりと回りながら真直ぐ進んでいく。それを見た魔物は今までと同様に大きな耳を前にブロックして防御の姿勢を取った。そこに玄武坤が到達する。魔物の耳が柔らかく包み込むように衝撃を吸収・・・。
 吸い込まれるように見えた玄武坤は、相変わらずゆっくりと回転しながら徐々に前へ前へと進んでいった。その結果、限界まで伸びきった魔物の耳は裂けるように穴が穿かれる。
「ナ、ナンダトゥ・・・」
 象の口から驚嘆の言葉が漏れた。だが、玄武坤は止まらない。
 左側の魔物が断末魔の声を上げ、左右に引き裂かれた。玄武坤は役割を果たすと、ミスズの手元に戻ってくる。
「やった!」
 ユキナが横でそう云うのを聞きながら、ミスズは玄武坤をもう一体の魔物に投擲する。魔物は先ほどの相方と同じ轍を踏まないように、玄武坤を避けようと動いた。ミスズが不敵に微笑むと、玄武坤は魔物の後を追うように方向を変え、速度も少しずつ上げながら魔物に襲い掛かった。魔物は逃げ切れないと耳の防御を繰り出す。結果は同じだった。

「あの兄弟を倒すとは・・・」
 片目の隊長と出遭ったのは、その暫く後だった。既に夜の帳は終焉を迎え、代わって明け方の白みが空の半分を包み込み始めていた。
「倒された部下達の敵をとらねばなるまい・・・」
 片目の隊長は、部下が倒されたことに怒りを感じているようだった。魔物にしては、義理堅い奴なのかもしれない。
 6人の愛嬢達とレジスタンス4人は、隊列を崩さずに対峙していた。前衛にミスズとユキナ、中衛にアイラとルナ、その左にダルタンとスパークル、右がガスパルとアルベール、後衛がレイリアとイェスイである。
「今までの相手とちょっと違うみたいね・・・」
 アイラが感想を漏らす。魔物の『気』が全く違っている。見掛けは体格の良い人間が立っているように見えるが、そこから発せられる魔物としての『気』は、先ほどのゴリラ象と比べても、10倍くらいは差がありそうだ。
「ふん。わかるか・・・、ならば冥界への土産に我が名を教えてやろう。魔界十二将が一人、刀魔!」
 片目の隊長−刀魔は、全身に力を込めて気合を入れた。すると、刀魔の身体がみるみる剛毛に包まれ、熊のように変貌していく。そして、その身体のあちこちから刃物が生えて来る。
「イクゾ!」
 刀魔は躊躇うことなく突進した。ルナが咄嗟に『障壁』を張るが、一瞬停まったのみで右腕の刃物に切り裂かれてしまう。
「なら、これならどうでしょう」
 ルナは冷静さを失っていなかった。そして、『障壁』の上級呪文『月界壁』を唱え上げた。半透明な曲面のドームが皆を包み込む。そこに到達した刀魔の攻撃が初めて弾かれた。
「ガァ!」
 刀魔が目の色を替えて、両手で壁を叩いた。が、その度に両手の刃物は折れ、欠け、弾け跳んだ。しかし、刀魔の刃物は次々と生えて来る。それも、段々と強度が増しているようだった。その証拠に、最新の刃物は折れずに『月界壁』に弾かれるだけになっていた。
「この壁、大丈夫なのか?」
 アルベールが心配そうにルナに尋ねる。ルナは少し微笑みながら答えた。
「はい。上位の神聖魔法ですから、簡単には破られないと思います。ただ、こちらからの攻撃も出来なくなってしまうのですが」
「嬢ちゃんの言葉を信じるとしても、ジリ貧じゃの」
 ダルタンが横から口を挟む。その言葉にアイラが反応した。
「うん。そろそろ反撃しないとね・・・」
 アイラの言葉に、ユキナが一歩前に出た。
「それでは、次は私がいきます」
 ユキナは白虎鎗を構えると、軽く息を吸い込み刀魔に先端を向けた。静かに『気』を集めるユキナ。その塊は、先端に凝縮されて白い球形を形どった。
「姫様。私が突き出す瞬間に、壁を解除してください」
「ええ、わかったわ」
「では、いきます」
 ユキナが白虎鎗を刀魔に向けて突き出した。瞬間、『月界壁』が解除されて刀魔の振り下ろした腕が空を斬る。その剛毛に覆われた胴体に、達人の突きが吸い込まれた。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・、はいっ!」
 気合と共に放たれたユキナの突きが刀魔に襲い掛かる。もちろん避けることなど不可能に近い。だが刀魔は敢えて避けようとせずに、攻撃を受け止めようとした。所詮人間の攻撃とたかをくくっていたのだ。少なくともこのオクタスで、魔物化した彼を傷つけることが出来た人間は皆無。その余裕が驕りを生んだ。
 ユキナの突きは先端の『気』の塊ごと刀魔に吸い込まれた。次の瞬間、爆発するような衝撃が刀魔を襲い、その身体が弾かれてそのまま背後の壁に激突、壁は見事に破壊されて、刀魔は壁の瓦礫と共に隣の部屋に埋もれた。
「凄いじゃない、ユキナ」
 ミスズが嬉しそうにユキナの肩を叩いた。ユキナの表情は自信が漲っていた。
「さあ、目的地はこの先の階段を昇ったところの筈よ。行くわよ」
 アイラの言葉に全員が従って、愛嬢達は奥へと進んでいった。

 シャオンはとぼとぼと歩いていた。薄暗い地下道。顔を上げると、ジローの背中が見える。
<あ、あたしは、何て大変なことを言っちゃったんだろう・・・。ジ、ジローのお嫁さんになるなんて・・・>
 あの、もう脱出できないとあきらめた状況での約束。とはいえ、シャオンの口から言ってしまったのだ。『お嫁さんになる』と。
 まさか、その後で水蛇に襲われて、その水蛇を倒して脱出できるなんて思ってもみなかったことだったのだ。
 だが、当のジローは平然と、シャオンについてくるように促すと、地下道をずんずんと進んでいる。
「あ、あのぅ・・・」
 シャオンは意を決してジローに話しかけることにした。
「ん。なんだい?」
 ジローは立ち止まって振り向く。
「さ、さっきの話なんだけど・・・」
「ああ、何?」
「あの、その、・・・あ、あたしが、お、およねさんにぃ・・・」
 シャオンは恥ずかしさで舌が絡まりそうになりながら話していた。
「うん。承諾してくれて嬉しいよ。後で皆と合流したら最初に言わないとな」
「あっ、う、うん・・・。そう、・・・じゃなくて」
 シャオンの語気が強まっていく。
「あ、あたしが、なって本当にいいの?あたしは盗賊なのよ。ジローの周りの人達みたいな淑女なんかじゃないのよ!」
「いいんだよ。それに今まで何をしていたかなんて誰も拘らない。元々俺とアイラは猟師だったしな。それよりも、俺達は宿縁の絆で結ばれていると思っている。そして、シャオン。君もその一人だと思う。だから求婚したんだ」
「えっ、え・・・」
 目を白黒させるシャオン。ジローはそれを見て微笑むと、シャオンを抱きしめて口付けを交わす。
「ん、むぅ・・・」
 シャオンは急な展開にどぎまぎしたが、ジローの口付けを受けているうちに身体の力が抜けてくる。そして、侵入してきたジローの舌におそるおそる自分の舌を絡ませていった。
<あぁ、何かいい感じ・・・>
 シャオンの力が抜けたのを感じ取ると、ジローは手をシャオンの胸とお尻に這わせて行った。小さめだが張りのある乳房の弾力がジローの左手に心地よい感触を伝えた。
<あっ、触られてる・・・>
 シャオンはしかし、嫌な感じはしなかった。むしろ、安心感というか満足感のようなものに包み込まれている。右の乳房を揉まれて、乳首が敏感になって行くのも感じられ、そこからくる快感が徐々にシャオンを満たし始めていた。
 ジローの右手はシャオンの下着の中に侵入し、尻たぶを直接触っていた。小ぶりだがみずみずしいその感触を味わいながら、シャオンの下着を膝まで降ろし、今度は前に手を廻す。指先が辿り着いたそこは、もう潤み始めていた。
 ジローはシャオンの口を離さないまま、シャオンの服のしたに手を入れて乳房を直接弄り始めていた。股間ではさっきまで処女だった膣口を弄ばれて陰蜜がじゅくじゅくと溢れ始めている。
<あ、あぅん。気持ちいい・・・>
 シャオンは快楽の波に漂っていた。
「シャオン、今度は俺の妻として入れるぞ」
 ささやくようにジローが耳元で話すのが聞こえる。シャオンはただ頷いた。すると、身体の真ん中にずずずっと入ってくる。まだ少し痛みもあったが、すぐにそれは消え、代わってむず痒いような、じわじわとした快感が伝わってくる。
<ああ、ジロー・・・。あたしでも、いいの、ね・・・ありがとう>
 暫くしてジローはシャオンの中に精液を放出した。シャオンは再び気を失ったが、その顔は満足感と安心感に満たされていた。

「ジローてやっぱエロエロ魔人だよねぇ〜」
 シャオンはその台詞を明るく言った。
「エロエロ魔人?」
「そ。だってあんな場所でするんだもん・・・」
 軽い会話が続いていた。つい半日前には考えられなかったシチュエーションである。ジローとシャオンは、はたから見ても甘い恋人同士のような空気を纏っている。暗い地下道を歩いている筈なのだが、陽光きらめく公園でも歩いている雰囲気だった。
 地下道は思いの他広く、なかなか上にいく方法が見つけられない。しかし、シャオンがここは任せてとばかりにフレイアを召喚し、偵察に出すことによって上にいく隠し階段が発見された。
「そうだシャオン」
 召喚したフレイアを左手の火の御守に戻したシャオンに、ジローは思い出したように言った。実際、火の御守を見たから思い出したのだが。
「ん、なあに?」
「その火の御守、核石がないよな」
「え、うん。火の神殿でそれらしいのを見つけたんだけど取れなかったんだ」
「ああ、本体は封印の間に鎮座していたからな」
 そう言って、ジローは懐から炎の宝玉を取り出した。
「えっ!それって・・・」
 余りの輝きに絶句するシャオン。
「ああ。シャオンが俺の妻になってくれた印として、これを贈るよ」
 そう言って、ジローはシャオンの左手を取り、手首に嵌められた火の御守の中央の窪みに炎の宝玉を装着した。
 その瞬間、火の御守からシャオンの中に何かが流れ込んで来た。それはある女性の熱い思い、熱情とも言える愛情の混じった心。そして、シャオンの脳裏にはっきりとその女性の姿が浮かんだ。シャオンと同じ真紅の髪をウェーブさせながらポニーテールに纏め、緋色の瞳はルビーのような輝きと意思の強さを秘めている。
<あっ、ああ・・・>
 シャオンの瞳から涙が零れ出た。シャオンは彼女が『烈火のマリー』だと直感的に悟っていた。そのマリーが自分の祖先で、今何かを伝えようとしていると。
 マリーは少し微笑むと、まるでシャオンに見せるかのように、胸にぶら下げた火の御守に軽く手を当て、8つの小玉を一筆書きで結ぶように星型に指で辿った。すると、そこから現れたフレイアが一匹の火竜に変身した。
 マリーは満足そうにシャオンの方を向く。そして、軽くウインク。すると、マリーの姿が段々と薄くなり、完全に消えた。同時にシャオンの身体を駆け巡っていた熱い何かが、熱が冷めたように落ち着いた。
<え、今の・・・>
「シャオン、大丈夫か?」
 ジローにそう言われて、シャオンは現実に戻って来た。後でジローから話を聞くと、ほんの数秒の出来事だったらしいが、シャオンにとってはとても貴重な時間を過ごせた気がしていた。
「よし、じゃあ上がろう。皆もきっと待っている」
「うん」
 シャオンは軽くウインクした。

 オクタス城、議事堂。
 オクタスの支配者となったキャンサは、一段高い所に誂えた椅子に座って報告を受けていた。朝早くから呼び出されて少々機嫌が悪かったが、報告の内容からすると致し方なく、黙って話を聞いている。
 報告は、昨晩何者かが城に侵入したというものだった。オクタス城を守っているのは魔物と人間の混ざり合うことの無い混成部隊であることをキャンサは知っている。人間はキャンサが中原から率いてきた者達とオクタスで降伏して彼の配下となった貴族達、魔物が元オクタス城を守っていた兵士達の成れの果ての姿である。そして、魔物を率いているのが尊敬するハデス皇太子から派遣された刀魔という片目の隊長で、彼もまた魔物であることも充分知っていたが、臆することはなく魔物達も自分の配下として許容していたのである。
魔物も昼間は素行に荒さは目立たなかった。故に人間と魔物の試合などの交流も見られ互いの関係は良好といえた。住み分けも、城の議事堂と中央の居住区、それに続く中庭部分は人間の領域、両翼の回廊から議事堂の裏口の階段までの部分は魔物の領域ときちんと行われていた。但し、夜は魔物の行動が活発になって見境なく人間を襲うため、境界部の扉は侵入できないよう厳重に閉じていた。
「ふん。ばかなやつらだ。夜に回廊に入るとはな・・・。きっと、既に遺体も残っていないだろう・・・」
「いえ、どうやら奥に・・・」
 そのとき、轟音と共に議事堂の扉が開かれた。そこに入ってきたのは、刀魔である。が、その身体は傷つき、特に腹部は深く抉られて血が滴っている。はたから見ても重傷という状態である。
「刀魔殿、どうしたのだ・・・」
「不覚を取った。だがまだ負けん。お主らの力を貰うぞ!」
 瞬間、刀魔の剛毛が議事堂に集まった人間達に向かって飛ぶ。それらは、全員の額の中央に刺さった。
「ぐうっ、刀魔殿、何を・・・」
 キャンサは咄嗟に額に刺さった剛毛を抜こうとしたが、途中でその手が止まる。それどころか、身体中の力がどんどん抜け、勇将としてのプライドに裏打ちされた傲慢な気力も萎えて行くのがわかった。
 それは他の人間たちも一緒だった。その反面、人間の勇気と精気を吸収することで刀魔の傷がみるみると治癒して行く。そして、完全に傷がなくなった後は、刀魔の身体は2回りほど大きくなっていた。
「ふふふ、悪く思うなよ。お陰で復活したわ・・・」
 次の瞬間、議事堂の背後の扉が開かれた。そして、そこにいたのはアイラ達10人。
「ほう、俺はついているらしいな」
 刀魔は議事堂の奥にアイラ達の姿を見つけ、凶悪な『気』を放ちながらゆっくりと近寄って行く。が、その途中でキャンサが座っていた椅子のすぐ後ろにぽっかりと口が開き、そこからジローとシャオンが昇ってきたところに出くわす。
「ジロー様、危ない」
 ルナの言葉が耳に届いた瞬間、ジローは『鬼眼』と『時流』を発動させた。ジローに気付いた刀魔の刃つきの豪腕がラリアットの様に襲い掛かったが、シャオンを抱いて横に跳んでかわすことに成功する。
 だが、刀魔の攻撃は続けざまに放たれた。体制が崩れたジローとシャオンに向かって、全身の剛毛が変化した鋼鉄の刃を一気に放出したのである。
「ジロー、危ない!」
 ジローが、シャオンを抱えて避けようと移動する。だが、攻撃の方が一歩早く到達するのは間違いなかった。それを見てアイラが思わず駆け寄った。だが、そのアイラもまた刃の雨の射線にかかってしまう。
「姫!」
 しわがれた声が響き、続けて刃の雨が襲い掛かった。その途中で薄い銀色の膜が視界に映り、攻撃が止む。
「ぐふぅ!」
 刃の雨にさらされた瞬間目を瞑ったアイラは、何の衝撃もこないことをいぶかって、目を開いた。そこ映ったものに驚愕する。
 『月界壁』の中で、刀魔とジロー達の間に2人の男が立っていた。1人はジロー達の前に、もう1人はアイラの前に。
「ダルタン!」
 アイラの叫びに反応するように、ダルタンは目蓋を開く。その口元からは血が滴っている。ダルタンの背中には、無数の刃が刺さっていた。
「姫、お守りできた・・・。近衛の本懐は守ってこそ・・・ですじゃ。ごふっ、こ、これで・・・よ・・・、ようや・・・く、太守様に・・・、顔向け・・・が、ごふっ、で・・・、き・・・」
 最後の言葉を継げる前に、大量の血の塊がダルタンの口から溢れた。
「ダ、ダルターン!!」
 ダルタンの身体が崩れるように倒れ、アイラが受け止めた。その表情は何かをやり遂げたかのように穏やかだった。
 そして、もう1人。ジローとシャオンの前に立ちはだかったのはデュオにその人ありと言われた猛将ガスパルだった。ガスパルは一言も発せないまま、ジローに向かって倒れ込む。その体躯を受け止めたジローの眼に映ったのは、背中に突き立ったハリネズミのように刀だった。ガスパルはそのまま壮絶な最後を遂げていた。
「くっ、あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
 ジローの口から悲痛な叫びが溢れ出した。胸中に訳が判らない感情が渦巻き、それが衝動的に膨れ上がってくる。身近な味方の死。それを目の当たりにし、彼の頭の中は感情に揺り動かされていく。そして、それは怒りへと変貌を遂げた。
「ルナ!『月界壁』を解くんだ!」
 ジローがゆっくりと立ち上がる。その表情には涙の雫が頬を伝っていた。彼の周囲には怒りのオーラが纏わりつき、その瞳は刀魔を鋭く睨みつけていた。
「イフリータ!!」
 ジローがイフリータを召喚する。だが、その姿は人ではなく、1匹の火竜の姿。その火竜がジローの頭上を舞うと、飛び散った炎が周囲に燃え移って議会広場のカーテンや幕などが燃え始めた。
 刀魔はそんなジローの姿に一瞬驚いたものの、不敵に嗤って再度刀の雨を放った。だが、ジローの周囲を舞う火竜の胴体に遮られ、刀はみるみるうちに溶けてしまう。
 赤い炎に染まりつつある議事堂。その中を火竜がゆっくりと刀魔に近寄っていく。刀魔は右腕から2ヤルド程もある刃を出して火竜に対峙しようとした。
「ジロー。あたしもやる!」
 シャオンもまた、自分の父親を惨殺されたことを思い出し、同じく怒りに燃えた『気』を纏いながら立ち上がった。そして、火の御守の核石、炎の宝玉に掌を当てると、6個の赤い小玉のうち5個を使って星の形を一筆書きで描く。
「フレイア!」
 フレイアが召喚された。と、その姿は人から炎虎に変貌し、刀魔に向かっていく。火竜に対峙していた刀魔は対応が遅れた。その隙をのがさず炎虎が刀魔の左手に噛み付く。一瞬で刀魔の左手の肘から先が炎に呑み込まれている。
「よし、今よ!」
 アイラの掛け声に、ジローの迫力に呆然としていた愛嬢達が次々と我に返って自分の役割を思い出したように行動を起こす。刀魔は余裕が消え、刃を出すのは間に合わないと、自分の剛毛を針のように飛ばした。無数の針が間断なく襲い掛かる攻撃は、『月界壁』を解除した状態では防げそうにない。
「任せな!」
 アイラが大地の盾を発動させて守る。その間にミスズが2枚の玄武坤を合わせ、ユキナが白虎鎗に気合を込めていく。
 イフリータが変化した火竜は、刀魔の右腕の大刃を溶かすことはできなかったが、その刀身の動きは胴体を巻きつけて封じ、炎で包み込みながら刀魔の右腕を伝い右肩に襲い掛かった。左腕に噛み付いた炎虎は肘から先を完全に呑み込み、肩に迫る勢いだった。
「ぐわぅ・・・」
 刀魔はこの炎の竜虎の競演に完全に圧されていた。故に、ゆっくりと回転しながら迫る玄武坤に気付くのが遅れた。そして、気付いた時には、身体の中央に食い込む玄武坤を避けようもなく、目前に迫った白虎鎗の真空の刃からも逃れられなかった。
刀魔の首が飛び、身体は左右に分かれ、炎に焼かれていた。しかし、火竜となったイフリータのもたらした災厄は、議事堂を赤く染め上げていた。そして、イフリータ自身は、未だに宙を舞いながらあちこちに火種をうつしている状態だった。
 愛嬢達はこの段になって異常事態であることに気付いた。ジローが我を忘れて暴走しているということに。
「お姉さま!ジロー様の心が閉じて・・・」
 ルナの言葉を右手でわかったと制し、アイラはジローの所に駆け寄った。そして、ジローの意識が完全にぶっ飛んでいることを感じ取るやいなや、有無を言わずに左の拳でジローを殴る。ジローの顔が真横に折れた。
「ジロー!ジロー!!あたしの声が聞こえる?」
 殴られて肩膝をついたジローの頭を自分の豊満な胸の間に埋めるように抱え、アイラはジローを揺さぶる。すると、ジローの両手が、弱々しくアイラの腰に回り、抱きかかえた。
「ジロー、正気に戻った?」
 ジローはアイラの胸の谷間から顔を上げてアイラの瞳を見つめた。その光はいつもの自信に溢れた輝きではなく、迷子の子供のようで不安に満ちていた。
「アイラ・・・?」
「ジロー。何も考えずにあたしの言う通りにして、お願い」
 ジローは弱々しく頷いた。
「じゃあ、イフリータを戻して、代わりにウンディーネを召喚して」
 ジローは言うとおりにした。
「で、ウンディーネに火を消すように言って」

 ウンディーネの活躍によって、議事堂の火は瞬く間に鎮火した。
 アイラに抱きかかえられていたジローは、まだ興奮状態が完全には消え去っていないため、ルナの膝枕の上で横になっている。このため、事後処理についてはアイラが取り仕切ることとなっていた。
 丁度その頃になって、制圧部隊を率いたクネスとジュベールが議事堂に到着した。だが、クネスの目に映ったそこは、あちこち焼け焦げた廃墟の中のような状態であった。
「いったい、なにが・・・」
「あったのでしょうね」
 クネスの言葉を繋ぐように横にいた隻腕の参謀ジュベールが、議事堂内を見渡す。そして、ジロー達突撃隊がその役目を果たしたということを知覚した。
「とにかく、あそこに姫様達がいます。行ってみましょう」
 ジュベールに促され、クネスはアイラ達の方に近づいていった。途中で彼らの姿に気付いたアルベールが駆け寄ってくる。
「クネス殿!」
「おお、アルベールか。上手くいったようだな」
「はい。片目はジロー様達に討ち取られました。・・・しかし」
 アルベールの言葉が一瞬途切れた。それだけでクネスは何かを察した。
「犠牲が出てしまったのか・・・」
 アルベールは頷き、ダルタンとガスパルが戦死したことを告げ、2人の元に連れて行く。クネスとジュベールは、2人の亡骸と再会して冥福を祈り、その場で座り込んでいたスパークルに2人の遺体を丁重に運び出すように指示した。
 それだけすませると、クネスは悲しみを振り払ってアイラの元へ。
「姫様。ありがとうございました。ご無事でなにより・・・」
「何とかね。でも、ダルタンとガスパルがあたし達の盾になって・・・」
 アイラも悲しそうな口調である。ジローのことも気になるし、とりあえず後のことはクネス達制圧部隊に任せて、心身ともに休養を取りたい気分だった。

 議事堂内に元からいた人間達、即ちオクタスの政務を握っていたキャンサを始めとする面々は、広間内の炎からなんとか逃れられたようだった。彼らは広間の中央、議会の要となる太守の椅子の付近に固まっていた。そして、丁度上段にある豪華な装飾を施された椅子にはキャンサの姿がある。見たところ気を失っているようだ。
 クネスとアルベールは、そこにゆっくりと近寄っていった。廻りの連中はそれを妨げることなく、唯々諾々と道を空ける。アルベールが軽く目を合わせると、さっと目を下に逸らす。まるで怯えた小動物のように。
2人は難なく太守の椅子に辿り着いた。クネスは短剣を抜くとキャンサの喉元に突きつけ、キャンサの肩を叩く。するとキャンサは眠りから目覚めるように意識を戻した。
「キャンサ。悪いが人質になって・・・」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ・・・。た、助けて、くださぃぃぃぃぃぃ・・・」
 クネスの言葉を奪うように発せられたのはキャンサの悲鳴だった。思っても見なかった事態にクネスはまじまじとキャンサを見つめる。と、そこには、心底から怯えをたたえた男の顔があった。
「お、お前、本当にキャンサか?」
「は、はぃぃぃ。キ、キャンサですぅぅぅ・・・。ど、どうか、命だけは助けでくださいぃ」
 キャンサはクネスの突きつけた短剣を見ながら、ひたすら怯えて命乞いをする。と、横でも同じような悲鳴があがった。アルベールが抜いた剣をなにげなく向けただけなのだが。
「クネス様、どうなっているのでしょう・・・」
 アルベールが困惑気味に尋ねる。
「わからん。だが、こいつがキャンサだと言うことは間違いない」
 キャンサはしきりに頷いている。その瞳にはかつてあった筈の高い自尊心のかけらもなかった。
 クネスはキャンサを拘束するとアルベールと共に他の連中にも同様にした。しかし、その誰もがキャンサと同様に、怯えた表情で勇気のかけらも無い状態だった。
 そう、実はこうなったのには理由があった。原因は刀魔である。刀魔が傷を直しパワーアップするために政務の間にいる人間から勇気を根こそぎ奪ってしまったのである。故に、かろうじて命はとりとめたものの、惰弱な精神を宿しただけの人格に変貌してしまったのだった。
 こうして、オクタス制圧が終了し、レジスタンス達は朱雀地方奪還のための拠点を確保したのである。


ドレアム戦記 朱青風雲編 第6話へ

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