ドレアム戦記

第二編 朱青風雲編 第8話

 青龍地方の首都ドリアード。
 今、この都市はかつてない危機にさらされていた。過去に遡っても、この都市は大軍に攻められたことは無い。しかし、現実に都市の防壁の向こう側には、8万もの軍団が押し寄せてきている。
 ドリアードは海に面した港湾地という地の利を生かして、商業と海運のコンセプトで造り上げられた都市である。上から見ると6角形を半分に切ったような形で、6角形の長辺は2カーミル、その両辺が1カーミル程という大都市。辺沿いには防壁が作られ、その端は海の中まで伸びており、更に哨戒所を設けて陸側からの侵入を拒んでいる。
海側には港が整備され、港から延びた運河が都市の中を計画的に走っていた。運河沿いには商家が並び、交易の積荷が盛んに行われ、都市の繁栄を支えてきた。
この運河の存在は、そういうことを意図して造られていたことは殆ど知られていなかったがドリアードの防御力を格段に上げている。運河は幅が平均20ヤルド、深さは10ヤルド程度はあったが、ところどころ2ヤルド程の深さになっているため、荷駄を運ぶ底の浅い運搬船専用で、武器を載せた喫水が深い船は進入できない。そして、そうした運河が1カーミルに4本から6本も配置されているので、陸上を進む人々はその都度運河に掛かった橋を渡る必要があった。故に、仮に攻め込まれて防壁を突破されても、橋を拠点防衛することで防壁が何重にもあるのと同じ役割をしているのである。
 もちろん、防壁と門も十分な強度を持っている。その証拠にドリアードを囲んだ8万の軍勢は攻め倦み、毎日数百以上の死傷者を出していた。
「失礼します。閣下」
 部屋に入ってきたのは、青白い髪の奥に怜悧な瞳を持つ男だった。襟章から将軍格であることがわかる。
「おお、来たか、ムカリ。戦況はどうか」
「毎日攻め寄せて来てはいますが、防壁は保たれています。ふふ、守備隊の隊長もよくやってくれています。我々の士気は高いです」
 ムカリの報告には自信が窺われた。
「おお、そうか」
 報告を受けた男の顔に安堵の表情が浮かぶ。丸顔で、人のよさそうな男であった。歳の頃は30代半ばと言ったところか。だが、服装や物腰は身分が高いことを示している。そう、この男こそイーストウッド3公子の長子、トオリル公子なのである。
 トオリルは、弟のグユクやジャムカと違って、自分で剣を取って闘うという人物ではなかった。しかし、政務については、他の弟達を凌駕していた。特に、商才に長けており、交渉事も非凡なものを持っていた。故に、前王ジュガの崩御がもう少し遅く、青龍地方が政治的に安定していたならば、黙っていても王位は彼に転がり込んでいたはずだったのだ。
 だが、時代はトオリルに対して非情だった。前王ジュガの病気が判明し、早急に後取りを決めようという段になって、政治的に対立する大臣が次弟グユクと結びつき、王位争いに名乗り出ることを画策したのだ。そして、内部のごたごたの最中に前王が崩御、その段階でグユクは自分が王になるとトオリルと対立したのだった。
 トオリルは弟を何とか説得しようとしたが、結局うまくいかずに決裂、青龍地方は王位争いで割れることになった。
 だが、それだけでは終わらなかった。末弟のジャムカが自ら率いる騎馬隊を使って、武力にて独立の動きを始めたのである。当時のジャムカは、青龍地方を最強と言わしめた騎馬隊の長であり、青龍地方の守り神である7龍将にあって空席の金龍将に次ぐ銀龍将の位にあった。彼はその地位で満足し、苦手な政治には一切見向きもしなかったのだが、兄2人の争いを見て漁夫の利を得られると思ったらしい。そして、強大な軍事力をもってまたたく間に青龍地方の北部の主要都市を落とし、北部最大の都市であるラムゥを根拠地として一大勢力となる。
 こうして、青龍地方は3つに割れた。やがて、3公子の中でセントアース帝国の第1皇女ヨウヒを娶った次弟グユクが、徐々に頭角を現す。トオリルとジャムカは、グユクに対抗するためにそれぞれ行動をとったが思うようにはいかず、ジャムカは玄武地方に逃れ、トオリルの味方だった沿岸地方の諸侯は強い風になびくかのようにグユクへの恭順を示した。この結果、トオリルに残されたのはドリアードと青龍の神殿を含む一帯のみ。
こうして、トオリルの篭る首都ドリアードに、大軍が攻め寄せているのであった。
「閣下、ご安心くだせい。我々は1万の無勢ですが、ここドリアードは天下の要害、そうそう落ちたりはしませんぜ」
 トオリルとムカリの横にいた髯面の大男が豪快に言い放った。襟章を見る限り、この髯男も将軍のようだ。
「ジェルクタイ、大声を出すな、耳が痛いではないか」
 ジェルクタイの正面から凛とした女性の声が返ってきた。その声の持ち主は、艶のある緑色の髪を肩まで伸ばし、目鼻立ちがくっきりした美女だった。彼女の襟にも将軍を示す襟章があった。
「がははは・・・、すまんのぅ、モルテ」
 トオリルは、3人の将軍の姿を見て、安心感を覚えた。今、この場にいる3人は、最も信頼できる面々。青龍地方の守護神、7龍将に名を連ねる者達である。
7龍将はそれぞれ金龍、銀龍、蒼龍、緋龍、黄龍、輝龍、玄龍の名称がつけられているが、その席は埋めるためにあるのではなく、7龍将にふさわしい人物がいなければ空席にされることになっていた。過去には7龍将が1名のみという時代もあったという。その中でも筆頭である金龍将は、他の7龍将全てに勝る力を示す必要があり、今までにその席に着いたのは1名だけだったという。
3公子の内乱が勃発した当時の7龍将は5名、そのうち銀龍将ジャムカは内乱を起こした本人であり、黄龍将ヌルチェは前王ジュガの若い頃から仕えていた老将で、内乱時には病に臥せっており、間もなく前王の後を追うように身罷った。そして残った3人、蒼龍将ムカリ、緋龍将モルテ、玄龍将ジェルクタイが大義はトオリルの元にあると残ったのだ。
 そう、彼らがいたからこそ、今まで戦い抜いてこれたのだといっても過言ではなかった。
ガチャ。
<いや、もう1人いた・・・>
 隣の部屋と続きの扉が開き、1人の女性が姿を現した。
「あっ、すみません。お取り込み中とは知りませんでした・・・」
 白いドレスを清楚に纏った女性は丁寧に頭を下げた。
「いや、いいんだ、パメラ」
「そうです、無粋な連中に囲まれて、丁度華やかさが欲しいと思っていたところですから」
トオリルに続いて言ったのはムカリである。それをモルテが聞きとがめた。
「ほう。私には華がないと言いたいようだな、ムカリ」
「私はジェルクタイの心の言葉を代弁しただけです。ジェルクタイ、モルテに対して失礼ですよ」
「がははは・・・、ムカリ、なぜいつもわしに振る・・・」
 ジェルクタイの大声にモルテが顔をしかめる。おかげで先ほどのムカリに対する怒りはどっかに行ってしまっていた。
「まあ、皆さんいつも仲がよろしくて、羨ましいですわ」
 パメラは笑った。その笑顔が全員を和ませる。
「お兄様、お茶をお持ちしましたのですけれど、皆様もいかがですか」
 パメラの言葉に異を唱えるものはいなかった。

 ドリアードを目の前にしながら、大軍は動きを止められていた。既に囲んで半月が経とうとしていたが、首都の防壁は頑丈に攻撃を跳ね返し、被害を出しているのは攻撃側ばかりであった。
 しかし、大軍の中枢部では、然程深刻には感じていないようだった。どちらかというと、まだまだ余裕といった雰囲気が包んでいる。
 その中枢部、最大の陣地に要人が集まっていた。獣のように毛むくじゃらな剛毛と巨大な体躯を持って中央に座っているのがイーストウッド第2公子グユク、その横で鎧を纏って静かに座っているのがセントアース皇太子ハデスである。この2人の両サイドには、それぞれの陣営が連れてきた将軍格の者達が順番に並んでいた。
 グユク側サイドには、妃のヨウキが連れてきたというケルベロスという名のフードを被った参謀を筆頭に、7名の猛者が並んでいた。グユクは彼らを7龍将にあつらえて7獣将と呼んでいる。
 ハデス側サイドには、副官のアリオスだけである。一見少ないようだが、アリオス1人でグユク側の7獣将を凌駕する存在感があった。
 末席の方には、着ている鎧が違う者達の姿があった。彼らは青龍地方の領主達である。強い者になびくのを世の常とすることを信条とした連中で、今回でイーストウッド王家の後継争いに決着がつくことを想定し、そうなった際に自分達の立場を少しでも有利にしようとグユクの行軍に馳せ参じた者達である。しかし、彼らの顔つきは冴えなかった。本来ならば、馳せ参じたことだけで上席を与えられてもおかしくない働きをしていると言えないこともないのだ。しかし、グユクに会って、彼に城攻めを命じられると、何故か彼らは必死になって戦いに赴いたのである。
「青龍地方の地方領主の軍勢は精強揃いという話だったが、結果は出ないようだな」
 ハデスが冷たく言い放った。隣のグユクは義理の弟の言葉に頷きながら聞いている。
 領主達は何も言えずに頭を垂れるばかりだった。
「お前達、もっと必死に働けい!」
 獣の咆哮のような低い声が響き渡った。震えた空気が領主達の元に届くだけで、びりびりした衝撃で全身を打たれたように感じ、領主たちはひたすら頷くばかりである。
 領主達が逃げるように出て行くと、場の雰囲気が凍えるような空気に包まれた。どうやらこれからが本格的な軍議のようだった。
 軍議は半刻ほどで終わった。その中でハデスは、青龍の神殿を攻める事を推奨し、グユクの賛同を得ていた。ハデスは青龍の神殿攻めを自らの陣営で受け持つことを約定し、そのまま自分の陣地に戻ると部下たちを呼び寄せた。
 ハデス軍2万は、士気の乱れも無く統率されていた。これは、領袖である皇太子ハデスのカリスマ性はもちろんだが、部下の諸将の働きが大きい。ハデスは2万のうち自分の親衛隊2千だけを指揮しているにすぎず、残りは帝国時代からの腹心であるアリオス将軍が纏めていた。
 アリオスの配下の3人の将軍は、全員サウスヒートの出身である。彼らは征服された身ではあったが、今ではハデスとアリオスに忠誠を誓っていた。
 ハデスは、グユクの軍が解散してから自分達の陣地に戻るまでに、アリオスと大まかな対応を練り上げていた。故に、軍議が始まるとすぐ、結論から物事が決まっていく。しかし、軍議の出席者は別段戸惑う様子もなかった。ハデス陣営の軍議はいつもこんな感じなのだ。
「ドリアードはまだ落ちそうも無い。退屈したので、青龍の神殿を攻めることにした。グユク殿の了解ももらってある。作戦はアリオスに任せる」
 ハデスはそれだけ言うと、自分の席に腰をおろした。代わってアリオスが皆の前に立つ。
「青龍の神殿の守りは商人たちが雇った傭兵達だ。ならば、第3軍から2千も出せば十分だろう。ナディル」
「はっ!」
「第3軍を預ける。神殿を落とせ」
 ナディルはハデスへ一礼すると軍議が行われている幕舎から出ていった。そして、他の2人の将軍もアリオスの命で席を立った。残ったのは6人。ハデスとアリオンの他はハデス親衛隊長のナイトメア、他は戦士と魔導師と神官戦士の3名だった。
「アリオス、ご苦労だった」
「はっ」
「さて、本題に入ろう。青龍の神殿を攻める本当の理由は・・・」

 玄武の神殿への転送実験は大成功だった。
 ジロー達は、再びシズカ姫と会い、彼らが玄武の神殿を去ってからの出来事についてかいつまんで説明し、今の状況について教えを請うた。
 シズカ姫の回答は、『青龍の神殿に行く時がきました』だった。そして、朱雀の神殿が4神の神殿の中継所的な役割をしていることや、森の神殿はオクタスの地下通路からは一方通行で、来た道を逆には帰れないが、木の上級魔法を使うことで場所は限定されるが、魔法による瞬間移動の場を作り上げることが可能であることなどを教えてもらった。そのすべてが、かつてシズカ姫が経験したことだったのだ。
 ジロー達は、自分達の成果に満足して、朱雀の神殿に戻ってきた。ついでに、転送の部屋を開くために白虎の神殿にも跳んだ。4神の神殿にある朱雀の神殿への転送の部屋は、朱雀の神殿から最初に跳ばない限り封じられているため、封印を解く必要があったため、白虎の神殿も同様だろうと思ったのだ。
 ジロー達は全てを済ませると、アイラ達の元へ戻った。と、イェスイが目覚めたのかその場にいた。
「おっ、イェスイ。目が覚めたな。どうだ、大丈夫か?」
「はい。ご心配をおかけしました」
 イェスイは、にっこり笑ってジローに会釈した。
「おかえりぃ〜、ジロー」
 アイラが横になった身体を半分起こして挨拶した。よく観ると全身傷だらけで疲労困憊の様子。その隣ではミスズとユキナも同様にダウンしていた。イェスイはそんな3人に、神聖魔法を使っていたらしい。
「おい、皆どうしたんだ?」
 アイラが何かしゃべろうとしたが、そのまま力尽きて横たわった。代わりにイェスイが話し始めた。
「目が覚めて、皆さんを探していたら、ここでお姉さま達が闘っているのを見つけました。暫く観ていましたら、急にお姉さまの武具から炎が溢れ出してミスズ様とユキナを覆って、それをユキナが風の塊で吹き飛ばしたのですが、その後でお姉さま達が次々と倒れてしまって、私、びっくりして、すぐに『回復』をかけたのですが・・・」
「なるほど・・・。ルナ」
「わかりました」
 ルナはもう神聖魔法の上級呪文『聖回復』をアイラ達にかけようと呪文を唱え始めていた。アイラ達の傷は炎による火傷と風の塊を直接受けたことによる細かい切り傷がたくさんだったが、『聖回復』の呪文は受けてから間もなくならば身体の傷をも復元する力を持っているのだ。
 ルナとイェスイの2人の神聖魔法によって、アイラ達は元の状態に復帰できた。だが、疲労感は多少残っていたらしく、3人ともベッドでおとなしくしている。
 アイラはしかし、朱雀扇の新たな力を見出していた。
 アイラ達が無事に回復し、ジロー達と玄武の神殿での出来事を話しあった後も、アイラの希望でもう暫く朱雀の神殿に残ることにした。アイラは、朱雀扇の新たな能力をちゃんとものにしないと危険だという自覚があったため、能力を見極めて活用できるようにするための時間を欲したのだ。ジローはもちろん快諾し、残りの愛嬢達も今後の戦いに備えてそれぞれ技を磨く事に専念することにした。
 ところで、玄武の神殿や白虎の神殿と朱雀の神殿を結ぶ転送の魔方陣は、双方の魔方陣を行き来した結果『光虹』のエネルギーが魔方陣に蓄えられて、『光虹』を使わなくとも何らかの神聖魔法さえ唱えられれば使用可能となった。これにより、ジロー、ルナ、ユキナ、イェスイの誰かと一緒であれば自由に他の神殿に行き来できるようになり、修行のバラエティが増えたのである。
 また、ジローはミスズ、ユキナとシャオンを連れて、白虎の神殿から山麓の館を経由してノルバにまで足を伸ばし、カゲトラ公爵に謁見までしていた。もちろん、最近の情勢や朱雀地方でジロー達が経験してきたことなどの情報交換も忘れずに実施したが、娘と娘婿が帰省したということをカゲトラ公爵は素直に喜んでいた。

「ねえ、ジロー、お風呂入りたくない?」
 アイラがそういったのは、神殿に来て1月程経ってからだった。朱雀の神殿には、風呂はない。代わって神殿の敷地内に水源があり、4ヤルド程の高さの滝と滝壷の周辺が丁度よい水浴び場となっていたのだ。
「風呂?ああ、いいな・・・、だが、そんなものあったか?」
 怪訝なジローを横目に、アイラは勝手に頷くと、颯爽と歩き出す。ジローはとりあえずついていく事にした。その姿を見たシャオンは、ピンときたのかジローに続いた。室内にいた、ルナやイェスイ、レイリアもその姿を見て後に続く。
 ぞろぞろと歩く一行が辿り着いたのは、いつも水浴びをしていた滝壷だった。水が冷たいので長くは浴びていられないのが玉に瑕だが、さっぱりするので皆よく利用していた場所である。
 そこでは、ミスズとユキナが待っていた。
「ミスズ、ユキナ。言った通りにしてくれた?」
 アイラは2人に声をかけた。ミスズとユキナは頷き、滝壷の方を指した。
「はい、お姉さま。でも、もう温くなってしまいました」
 ミスズが水に手を入れながら答えた。滝壷をよく見ると、その一部が石で囲われて、簡単なプールのようなものが出来上がっていた。
「そう。やっぱ入り込んでくる水は止められないもんね・・・。でも、2人共ご苦労様」
 アイラの一言に、ミスズとユキナは嬉しそうな顔で返答した。
「ジロー、じゃあ、見ててね」
 アイラはそう云うと、朱雀扇を懐から取り出す。そして扇を少し広げた。
「んと、このくらいかな・・・」
 呟きながらアイラは、朱雀扇を滝壷に向かって振るった。
 次の瞬間、滝壷の水から湯気が上がる。石で囲われていない部分からは直ぐに湯気が消えたが、ミスズとユキナが作った石のプールからは、湯気が立ち上ったままであった。
「ユキナ、どう?」
 ユキナがプールの水に手を入れた。
「はい、丁度いい加減です。お姉さま」
「そう。ジロー、お風呂の準備ができたわよ。さっ、入ってね」
「おっ、おう・・・」
 アイラに促され、ジローは服を脱ぎ始めた。そして全てを脱ぐと滝壷のプールに入る。
「ん、これは・・・」
 ジローの身体を少し熱めのお湯が包んだ。心地よい温もりが全身に響く感じがして、気持ちよさに顔が綻んだ。
「ジロー様、失礼します」
 そう言って、横に来たのはルナだった。気が付くと、愛嬢全員がお風呂の恩恵に与っている。
「どう?お風呂の使い心地」
 アイラが近寄ってきた。痩身に形のよい巨乳がお湯に浮かぶ。隠す気は全くないようだった。
「ああ、気持ちいいぞ、ありがとう。・・・ところで、どうやったんだ?朱雀扇を使ったのはわかったが」
「うふ。ほら、前に私達が火傷を負ったことがあったでしょ。あのとき、初めて朱雀扇から火が出ることがわかったんだけど、その後でちょっと研究したのよ」
「ほう」
「そうしたら、朱雀扇が火を出したんじゃなくて、周りに熱を与えて発火したことがわかったの。で、いろいろ試したというわけ」
「それで、滝壷の水がお湯になったのか」
「そうよ。なかなか便利ものでしょ」
「でも、熱を与えるという能力は、気をつけないと味方も巻き込むんじゃないか?」
「うん、あたしもそう思ったわ。でも、朱雀扇を作った人はちゃんと考えていたみたい。生きているものには熱を与えることは出来ないわ。だからさっきも、周りの木々はなんともなかったでしょ」
「確かにそうだな・・・」
「まあ、植物も根から切り離されたやつなら、生木でも燃やすことができたけどね」
「生物には影響しないのはわかったが、与える熱を調整することもできるみたいだな」
「あはっ、さすがはジロー。そこまでわかっちゃったか」
アイラは笑ってウインクした。
「ジローの言うとおり、朱雀扇の熱を与える力は調整できるわ。ある程度は、あたしのイメージ通りにできるようになったわ。でも、ここまでくるには結構大変だったのよ」
「よくやったな、アイラ」
「でしょ。だからジロー、ご褒美頂戴」
 そう言ってアイラはジローの肉棒を掴んだ。もちろん、ジローに依存はなく、気が付けば大乱交が始まっていた。

「あふぅぅん・・・、くはぁぁぁ・・・」
 露天のお湯の中で淫声が響く。男1人と女7人の睦みあいが繰り広げられていた。
「あん、そこ、いいぃぃぃ・・・、イクぅぅぅぅ・・・」
 レイリアの手淫で絶頂に駆け上ったのはミスズだった。ミスズの乳首が痛いほど堅く尖り、それにイェスイが軽く歯を立てる。
「はぎぃぃぃ・・・、まっ、また、い、イクぅ!」
 ミスズが2度目の絶頂に昇ると、レイリアはミスズの膣口から手を引いた。イェスイも同時にミスズの乳首から口を外し、どちらからともなくレイリアと唇を重ねた。2人の舌と舌が絡み合い、互いに唾液を啜りあう。
そのころになって、ようやく絶頂から降りてきたミスズは、肩で息をしながらレイリアとイェスイの姿を見止め、自分も2人の唇にむしゃぶりついた。
「むぅ〜、んふぅ〜、くぬぅ・・・」
 誰の声ともわからない甘い声が漏れる。そして、一旦3人は口づけを解いた。
「くっ、いい勝負になると思ったのに・・・」
「へへん、レイリアちゃんの勝ちで〜す」
「そうね。私もまだまだ鍛えないと・・・。でも、イェスイが加勢するとは思わなかったわ」
「え、い、いえ、わたしは、レイリア様の従者ですから・・・」
「ふ〜ん、まだそういう事言っているのね。私達は、それぞれ立場はあるけれど、ジロー様の愛嬢であることは変わりないのよ。特に、エッチの時は平等なの。うふっ、自覚の足りないイェスイには、もう一度ちゃんと教えないといけないかな」
 そう言ってミスズはレイリアに目配せ。レイリアは直ぐにピンと来たのかイェスイの背後から襲い掛かった。
「えっ、きゃっ、あっ、レイ、リア様・・・、ああぁぁぁ・・・」
 ミスズ達がイェスイを攻め始めた時、ジローはアイラの豊かな乳房を揉んでいた。
「んっ、んっ、むぅふぁぁあぁ・・・」
 唇を外す時に、ジローとアイラの舌同士を結ぶ唾液が糸のように垂れる。ジローの肉棒は、アイラの手の中で太く堅くなっていた。
アイラは、ジローを独占していた。というか、他を寄せ付けない雰囲気に他の愛嬢達が遠慮してしまったというのが正解だろう。
「アイラ、そろそろ膣中に入れるぞ。どうしたい?」
「ん〜、だっこ♪」
ジローに甘えるアイラ。ジローはその仕草に何故か新鮮味を覚え、アイラの言うとおり自分が胡坐をかき、その上に正面から抱きかかえるように対面座位の姿勢でアイラと繋がった。
「あんっ」
 アイラが歓楽の声を漏らす。ずぶすぶと肉棒が膣内に引きずり込まれた。ジローは、滑りながらぐいぐいと締め付けてくる感触を感じ取りながら、ゆっくりと動こうとする。
「やっ。もう少しこのままっ」
 アイラの声にジローが止まると、アイラは嬉しそうにジローの背中に手を巻きつけ、抱きついてきた。
「もうちょっと、このままね。ジローを感じたいの・・・」
 アイラの言葉を聞いて、妙に頷いていたのはユキナだった。
「アイラお姉さま、朱雀扇の力を引き出すんだって、ジロー様断ちしていたんですよ」
「そうなの」
「そうなのですか」
ユキナはルナとシャオンの3人でいちゃいちゃしていたが、シャオンが恥ずかしがったため軽く胸を揉み合うところから始めていた。ルナがシャオンの乳房を軽く揉みながら、少しずつ力を強くしていく。恥ずかしがっていたシャオンにじわじわと刺激が伝わり、それが快感に置き換えられて行く。
「くふぅ・・・」
 シャオンの顔が赤く染まり始めたのを見ると、今までルナの双乳の感触を楽しんでいたユキナがシャオンの乳首に吸い付いた。
「ユ、ユキナ・・・、あっ、やぁ・・・」
 シャオンの言葉は、ルナの唇に封じられた。そのまま、もう片方の乳房を攻めていた指先が乳首に到達し、軽く捻るように摘んだ。
「んむぅぅぅ・・・」
 ユキナは、シャオンの片手を掴んで自分の股間に持っていった。シャオンの掌がユキナの性器に触れるようにする。お湯の中で、シャオンの指先にはお湯以外のぬるぬるした液体に包まれた柔肉が感じられた。
「シャオン様、指、動かしてください」
 だんだんと感じてきて、快楽に酔い始めたシャオンは、ユキナの言葉の通りに指先を動かす。ルナの股間に導かれた反対側の手も同様に。
 3人の興奮は、駆け上るように上昇した。ユキナがシャオンのクリトリスを攻め、ルナがシャオンの膣内に入れた指を掻き回すと、シャオンが最初の絶頂に昇った。その瞬間、他の2人の膣内に入っていたシャオンの指が深く挿入され、勢いでルナとユキナもイってしまったのだった。
 こうして、即席風呂での嬌宴は暗くなるまで続いたのだった。

 ドリアードの外壁が陥落した。戦争の雰囲気に呑まれて熱狂したのか、はたまたグユクを恐れたのかはわからないが、青龍地方の地方領主だけの力で落としたのだ。但し、相応の犠牲は出ていた。地方領主連合軍4万のうち、なんと1万7千もの死傷者を出していたのだ。そして、その中には何人かの地方領主も含まれており、領主のいなくなった軍勢は暫定的にグユク本隊へ繰り込まれることになった。これにより、グユク軍は2万から2万8千に膨れ上がったのである。
 グユクは地方領主達の功を労った。何故か安堵の表情を浮かべる地方領主に、次は休んでいいとの司令を与え、グユクは本隊を動かすことにした。
「お前らの出番だぞ!」
 低い咆哮のような声がびりびりと空気を震わせた。臆病な者ならそれだけで身を震え上がらせてしまう様な響き。しかし、その場にいる面々は全く動ぜずに逆に眼を輝かせて次の司令を待っていた。
 7獣将。彼らはまだ、全員が20代、中には10代の若者もいた。だが、若いながらもグユクの側近の武将として取り立てられ、グユク軍の次世代を支える武将としての期待をかけられている。
元々軍事的に脆弱だったグユク軍は、彼に臣従する地方領主達頼みの軍団だった。故に、地方領主達を味方に繋ぎとめておくことが重要な課題であったグユクは、根拠地であるガルバン要塞で自分達の軍団の育成と地方領主達との政治的なやりとりに忙殺されていた。
3公子の中で、グユクは政治的に優秀な兄トオリル、7龍将にも名を連ね武名轟く弟ジャムカの間に挟まれ、どちらかというと政治的にも武力的にも中庸な人物だった。但し、王位に対する欲望だけは人一倍持っており、その内面を反トオリル派の大臣に上手く利用されたことが、今回の内乱の元になっていた。
そういった関係で、グユク軍には将と呼べる程の人材が集まらなかった。唯一ガルバン要塞の守将で、グユクの武術の先生でもあったオッチキンだけが将軍格と言えた。
だが、このどちらかというとジリ貧な状況に転機が訪れた。そう、セントアースの第1皇女ヨウキとの婚姻である。ヨウキは、政略結婚ではあったものの、グユクの欲望を成就させるために積極的な協力を惜しまなかった。夫の苦境に対して、様々な方面でそれをかいがいしくフォローし、確実に地盤を固め、優位に持っていったのである。
政治的には、積極的に地方領主を訪問、夫人同士の外交を通じてグユクへの忠誠を確かなものにし、軍事的には、人材不足を補うため、グユクの部下達の中で、武力、胆力などに秀でた若者を百名選抜し、その中で互いに競わせて篩をかけ、幹部候補生を作り出した。
その幹部候補生の中で、特に『生き抜く欲望』が最も顕著だった7名が、今ここにいる7獣将なのである。
「では、皆さん」
 グユクの横でフードを深々と被った参謀、ケルベロスがしゃべった。その声は若い女性の声であった。
「これから2手に分かれて侵攻してもらいます。金獅将モンケ殿を主将、鋼熊将、風狒将を副将として北側から、銀象将ラトゥ殿を主将、雷虎将、炎彪将を副将として南側から、それぞれ5千ずつ率いて攻め込んでください」
「おおっ!」
 6人の若者が奮い立ち、グユクに一礼すると天幕を出て行った。残ったのは3人。グユクとケルベロス、そして暗い顔立ちをした若者。
「影狼将フラギィ、病魔は克服しましたか?」
 フラギィは無言で頷いた。彼はドリアードに着いてから、風土病に冒されて瀕死の床についていた。しかし、ケルベロスの治療が効を奏して、7獣将の席に復帰することができたのだ。だが、それ以来、明るかった筈の彼の性格は、言葉少ない、どちらかというと暗い性格に変わってしまっていた。
「では、影狼将。貴方の役割です。私と共に、攻め込んだ6人の影となり、万が一の時は彼らを連れて帰ってください。私の連れてきた部下50名を預けます。私は北を担当します、貴方は南を」
 フラギィは頷き、これで軍議はお開きとなった。

「壁が破られてしまいましたね」
「ああ、だが守備隊の隊長はよく持ちこたえた・・・。ムカリ、そう言えば隊長に何か耳打ちしていたようだな」
 隊長というのは、トオリルが海沿いの都市で雇った傭兵の頭である。腕も立つが、指揮官としての仕事も上々にこなす男だった。今回も壁が破られたとはいえ、犠牲を抑えて非常に上手く撤退していた。
「いえ、特に何も。あっ、そうそう、世間話をちょっと」
「ほうっ、世間話か。それは聞かせてもらいたいな」
 ムカリとモルテの会話にトオリルが割り込んだ。ムカリはちょっと肩をすくめ、再び口を開く。
「そうですね。確か・・・、あっ、そういえば、ドリアードを守りきったら7龍将の再編があるかもしれないと言ったような」
「なる程。それにまんまと乗せられたのか、あの隊長は」
「がははは・・・、だが、ここまで持たせたのは中々ですわい」
 大声が響く。
 トオリルの執務室に集まった4人は、ドリアードの外壁が破られたというのに平然と会話を楽しんでいるようだった。都市の外壁を破られることは、喉元に刃物を突きつけられているようなものの筈なのだが・・・。
 その時、執務室の扉が叩かれ、許可を受けて入ってきた赤い鎧の女将が敵軍の都市内への侵攻を報告した。
「きましたか。そろそろ我々の出番ですね」
「ふっ、ドリアードの守りは壁が破られてからが本番だということを教えてやろう」
「がははは・・・、やるか」
 ムカリ、モルテ、ジェルクタイは3者3様のコメントを残して、トオリルに一礼すると執務室を出て行く。
「ジェルクタイは防衛線を、私達は尖兵です。モルテは南、私は北でいきましょう」
「承知じゃあ」
「腕がなる」
 ジェルクタイは巨躯を軽々と、モルテは報告に来た女将を連れて颯爽とその場を去って行く。それを見たムカリは自信満々の笑みを浮かべ、優雅にその場から離れて行った。

 ドリアードの南側。何本もの太い運河とその支線のような細い運河が入り組んだ地形は、力攻めをするグユク軍には難渋極まりない場所である。
 銀象将ラトゥは雷虎将サーベイと炎彪将ハサルにそれぞれ千ずつを与え、運河に掛かる橋を一つづつ確実に落としていく策を採っていた。正攻法としてのその作戦は順調だったが、いかんせん橋の数が多くて進みが遅いのが難点だった。だが、ラトゥは焦りを感じることはなく、落ち着き払った態度で拠点を奪いながら侵攻していた。
「将軍、サーベイ将軍が敵に遭遇した模様です」
 ラトゥが見ると、橋を2つ渡った先の市街で戦闘が始まっているようだった。ドリアードに入ってから余り強い抵抗を受けてこなかった彼らとしては、初の本格的な戦いということになる。
「わかった、状況を逐次知らせろ」
「はっ」
 ラトゥはしかし、然程心配をしていなかった。自分達7獣将の実力に自信があったのだ。
<ドリアードの兵力は1万そこそこ、南北に分かれて防戦すれば兵力は分散せざるを得まい。宮殿にも兵は割かねばならないしな・・・>
 その予想の通り、次に来た報告は敵が撤退し、雷虎将サーベイが次の橋を渡ったというものだった。
 同時に、もう1人の副将、炎彪将ハサルの軍勢も破竹の勢いで4つ先の橋を越えたと報告が入る。
「よし、前進するぞ!」
 その時だった。
 後方で剣戟の音と共に兵達の悲鳴が響く。
「何事だ!」
 ラトゥが振り返った時、後方の橋の上から赤い鎧の一団が、槍の穂先の様に軍勢を割って入り込んで来ていた。その様は、布を一文字に切り裂くようにも見えて、驚愕した兵士達をばっさばっさと斬り分けて進んでいる。
 その先頭には、真紅の鎧を身に着けた緑髪の女将が、両手の鞭を左右に放ちながらずんずんと前に進んでいた。
「何をしている、迎え撃て。敵は少数だ!」
 ラトゥは見た感じの状況を受け止めて、兵士達を激励する。赤い鎧の一団がどのくらいいるのかはわからないが、せいぜい千位に見えたのだ。
 実際、緋龍将モルテ率いる軍勢は5百しかいなかった。軍勢は小船に10人ずつ乗って、運河を使ってラトゥの背後を突いたのである。また、5百人は全て女性だった。但し、モルテが手塩にかけて育成した5百人である。彼女達は、5人一組の集団を形成して敵に当り、次々と個別に倒して行く。味方の犠牲は最小限に、しかし確実な戦果を上げるこの戦法により、それぞれが並の兵士の3倍の実力を発揮していた。
「ふっ、あれか」
 モルテは、敵軍の中央奥にいる若者を捉えた。銀色の象をあしらった兜を被り、他の兵士達より頭一つ高く、体格も勝っているようだ。
 モルテは、左右の副将にこのまま突き抜けて反対側の橋の上に出るよう、簡単な指示を与えた。そして、自分は側近の4名を連れ、一気に敵兵の中に突っ込む。
 5人一組で行動するモルテ軍の中で、最強の部隊はモルテの部隊である。戦闘に特化したその破壊力は凄まじく、5人の進む先には、竹が割れるように道が開いていく。そして、その先には銀象将ラトゥがいた。
 ラトゥは、軍勢を切り裂く赤い軍団を呆然と眺めていた。自軍は倍以上いる筈なのだが、一点突破の軍勢に数の優勢は有利とは言えなかった。むしろ、運河に囲まれた狭い陸地の中で、大軍の動きがとれずに混迷を来たしている。
<まるで、赤い竜のようだ・・・>
 ラトゥの視界には、赤い鎧の軍勢が一匹の竜のように映っていた。そして、その先頭、竜の頭に当る部分が味方の軍勢の中を切り裂きつつ、彼の元に迫ってきていた。近くまで来て、その集団がたったの5人だということがわかったが、その戦闘は鮮やかとしか言いようがないものだった。
 5人の中でも先頭を進む女将は、両手の鞭を自在に操り、ある時は兵の身体を貫き、またある時は兵の身体に鞭を巻きつかせて、引き倒す。その隙を見逃さずに、左右の2名が片手剣と短槍で止めを刺す。そして、その横の2名は盾と曲刀、両手持ちの大剣をそれぞれ得物に、3人が前方に集中できるよう側面と背後を固めている。
 先頭集団を率いる緋龍将モルテは、敵軍の壁を強引に突き破っていった。一見無茶のようだが、それだけのことが出来る部下を信頼していてのこと。
 そして、ついに敵将のところまで辿り着く。
「お前が将だな。その首貰い受ける」
 モルテの口上を聞いて、ラトゥも槍を構えた。
「その身なり、緋龍将モルテか。返り討ちにしてやる」
 そう言うなり、槍を突き、捻り、ぶんぶんと振り回した。風切り音がモルテの所まで聞こえてくるが、当のモルテは鞭を構えたまま平然としていた。
「肝だけは据わっているようだが、腕はまだまだのようだな」
 それだけ言うと、モルテの左手がしなやかに振られた。鞭がまるで生き物のような動きでラトゥの槍を掻い潜り、槍を持つ腕を叩いた。巻きつかせることも可能だが、その後の力勝負では分が悪いと考え、叩くのみにしたのだ。だが、それだけでラトゥの腕は切り裂かれ、槍を持つ手が痺れた。
「伸縮鋼線で編み上げた鞭の味はどう?今度はこっちよ」
 ラトゥは槍を風車のように廻し、モルテの鞭から守ろうとした。モルテはその防御を意に介せず、右手を上から下へ振り下ろし、もう一度振り上げた。右手の鞭はモルテの意思を汲み取るかのように、地面を這いながらラトゥに向かい、槍を過ぎたところで上昇し、ラトゥの脚を叩き、切り裂く。
「ぐぅっ!」
 ラトゥが思わず声をあげ、槍の動きが緩慢に。その瞬間、モルテの左手の鞭が横から閃き、その先端はラトゥの首を貫いていた。
「ぐがぁ、ぐふっ」
 槍の動きが止まり、ラトゥは崩れ落ちた。それを見たラトゥ軍の兵達はますます混乱し、赤い軍団から逃げ始める。
 モルテは軍団が機能していることだけを確認すると、先行している敵将を求めて再び駆け出した。その後には、赤い軍団が続く。

 外郭市街地の戦場。両軍の兵士達が去った後には、死体だけが横たわっていた。そのグユク軍の死体の中で、ひと際大きい男が仰向けに倒れていた。その首には鋭いもので貫かれたような穴が開き、これが致命傷のようだった。
 辺りに陽炎のような空気の揺らぎが起きる。揺るぎが収まると、影のような何かがそこに存在していた。その影が人の形を形成し、大男の死体の元に寄り添う。影の様な人物は、大男の象を形どった銀色の兜に触れた。
「ラトゥ。戻ろう」
 黒い影、影狼将フラギィはそれだけ話すと、ラトゥの身体に触れる。すると、周りの影達も人の形を取り始め、ラトゥの死体を囲む。
 次の瞬間、辺りの空気が再び揺らぎ、影がかき消された。戦場はなにごともなかったかのように、元の静寂に包まれていた。ただ一つの違いは、その場にあった筈のラトゥの死体が消えていたことだった。

 ドリアードの市街戦において、圧倒的な力を発揮したのは守備軍の方だった。特に、7龍将の名を冠する3人の名将の力は、その名に恥じないものだった。緋龍将モルテは銀象将ラトゥと雷虎将サーベイを討ち取り、玄龍将ジェルクタイは炎彪将ハサルの片腕を斬りおとして敗走させ、風狒将ヤクリブカを討ち取っていた。そして蒼龍将ムカリは、鋼熊将ロルクルを倒し、金獅将モンケに重傷を負わせて敗走させ、更に敵兵の一部を味方に取り込むことに成功していた。
 この市街戦による味方の損害は殆どなかった。ドリアードを守る9千5百の軍勢が、逆に1万1千に増えたくらいである。当に大勝利と言っていいだろう。
 その立役者である3人の将軍はしかし、全く気を緩める気は無いようだった。敵軍の勢力は若干衰えたとはいえ、まだまだ5万以上残っているのだ。彼我の差は5倍近くである。
 幸い、ドリアードの都市自体が守るに適した場所であるため、単純な力攻めでは相手に損害が生じるだけというのは、今回の戦いで実証された。故に、次回の相手の出方が問題なのである。
 公子トオリルは、パメラと共に3人の将軍たちを労っていた。とりあえず、グユク軍側も今回の敗戦の影響は少なからず受ける筈なので、ここ1日2日は戦闘も起きないだろうというのがムカリの意見だった。
「とにかくよくやってくれた」
 トオリルは、ひたすら感謝の言葉を告げていた。
「皆様。ありがとうございます。でも、くれぐれも無理はしないでくださいね」
 パメラの言葉に、3将は礼を返す。この部屋の中で、パメラだけが皆を安らかにしてくれる何かを持っていた。彼女とのふれ合いによって、殺伐とした気持ちが和んで行くのを感じるのだ。但し、パメラは意識的にそうしているのではない。どちらかというと天性の和み光線を全身から出しているのである。
 イーストウッド王家の後継者は、3人の公子であることはよく知られているが、他にも子供はおり、パメラもそのうちの1人だった。但し、王妃の子ではなく、市井の落とし種である。
 ジェガ王の王妃は大変嫉妬深く、王は側室を持つことができなかったが、王妃の眼を盗んで市街で逢引を繰り返していた。その相手は3人とも4人とも言われていた。そして、相手の女性は妊娠して王の子を産んだが、嫉妬深い王妃が認知する筈などはなく、王は密かに育てるための費用を渡していた。
 王妃が亡くなり、王はようやく自分の血を分けた子供達に報いようとしたが、その時には既に、王も病魔に冒されて余命いくばくも無い状況に陥っていたのだった。
 王からその話を打ち分けられたトオリルは、市井でそれぞれ平凡に暮していた3人の子供を王宮に呼び、呼んだ理由を説明せずに王族としての教育を受けさせた。その後、3人はそれぞれの公子の元で更なる育成をするために引き取られたが、その直後に3公子の内乱が勃発してしまい、今に至っている。
 パメラは、政治に対する感覚が他の2人よりも優れていたことからトオリルが引き取った。そして、パメラに妹であることを告げ、自分の片腕となって助けて欲しいと伝えた。もちろん、パメラには異論などはなく、それから2人の兄妹は互いに助け合ってドリアードを支えていたのである。
「では、そろそろ、私達も休みましょう」
「そうだな、休める時に休まないとな・・・」
 ジェルクタイが続けようとしたのをモルテが眼で制した。ジェルクタイは口を開きかけてやめる。と、その時、大臣の1人が慌てて飛び込んできた。
「閣下、大変です。青龍の神殿が襲われました」
「何だと!」
 青龍の神殿は、ドリアードと同じく海に面している。その地下には広大な地下通路が広がっており、非常時には優に数万人を収容するだけの余裕があった。その特性を利用して、万が一ドリアードが落ちた時の退避場所として確保されていた。ドリアードから海に逃れ、そのまま海から青龍の神殿というルートも確立してあった。
「閣下。私にお任せを」
「がははは・・・。わしが行ってきますかの」
 モルテとジェルクタイの意見を聞きながら、トオリルは今、兵力を割くことの是非を頭の中で図っていた。だが、そんな悩みを払拭したのはムカリだった。
「閣下。今、兵力を割くのはお勧めできません。青龍の神殿はあきらめましょう」
「ムカリ、それでいいのか」
「はい。青龍の神殿が攻められているとしても、多分占領するまでの人数ではないでしょう。そこまでグユク軍は、軍を割いてはいない筈です。とすれば、単に我々の退路を塞ぎ動揺させようという揺さぶりでしょう。一時攻めたとしても、その後は兵を引く筈。我々が必要とする時には、地下通路は利用可能でしょう」
「わかった。ムカリを信じよう」
 トオリルはそう言葉にすると、自分の椅子に腰をおろした。軍事に関しては、蒼龍将ムカリの言葉に従うことで、今まで数々の苦境を乗り切って来たのだ。今更ムカリの意見に異を唱えるべきではないと直感的に悟ったのである。そういう段でのトオリルの感は意外とよく当るのだ。



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