ドレアム戦記

ドレアム戦記 朱青風雲編第16話

 まるで海上の牢獄のようだった。黒い霧に包まれた海上を1艘の船が波を櫂くように進んでいる。船体は漆黒、帆も闇色の海賊船。そこには、生きるものの気配はなく、異様な妖気に満ちている。
 その船の中に、9人の男女の姿があった。ジローと愛嬢達である。彼らは、霧の魔物、霧魔との戦闘の最中にあって、船が動き出したことに気付かなかった。そして、霧魔を何とか退けた時には既に遅く、逃れることのできない海の上で囚われの身となってしまったのである。
 そのような状態ではあったが、ジロー達は全くといっていいほど悲観していなかった。状況を把握した後で、無駄な動きは避け、とりあえず交替で休むことにして英気を蓄えようとしている。そう、来るべき闘いに備えるために。
 夜明けを迎え、霧が晴れて緩やかな朝日が船を包み始めた頃、前方に水平線以外の物が見え始めてきた。陸地が近づいて来たのだ。始めは僅かだった陸地は、その大きさをぐんぐんと膨らませ、やがて断崖絶壁の海岸線が遠目にも判るようになる。船は、そんな海岸線に弧を描くように近づき、崖と崖の隙間、長年波に抉られて広がった洞窟へと入っていく。
「ジロー、船の速度が変わったよ」
 見張りをしていたシャオンがジローを起こしたのは、当にそのタイミングだった。船室に漏れていた明かりが急に闇に閉ざされ、ミスズが船窓に近寄って用心しながら覗いた時には再び明りが戻って来る。
「止まった・・・」
 アイラがむくっと起きた。ジローの右隣という絶好のポジションを確保して寝ていた筈だが、既にいつもの鋭敏な表情になっている。
 愛嬢達は互いに敬愛しあっているのだが、8人と大所帯になった関係で最近は微妙な競り合いを水面下で行うようになっていた。その景品は、ジローの横で眠る権利。ジローに抱かれて精液を体内に受けるのは全員同じなのだが、一晩一緒にジローの傍にずっと寄り添えるということは、抱きしめてもらえるのは当然、上手くすれば繋がったままで朝を迎えられるということもあって、誰もが渇望するものだったりする。最近はジローも薄々理解してきたようで、無駄な諍いを避ける形で不公平の無いように隣で寝る愛嬢を貢献度に応じて指名することが多くなっていた。
「敵地に到着、だな・・・」
 ジローが噛み締めるように言うと、愛嬢達も無言で頷く。その表情は緊張、冷静、自信、悠然と様々だったが、1つだけ共通する感情があった。それは、ジローへの信頼である。
「よし、みんな『陽壁』の中に入るんだ。そのままここを出るぞ!」
 ジローが先導し、船室から廊下、階段を辿り甲板へ。その間、誰とも会わず、何の障害も発生しない。
 少々拍子抜けかと思いきや、甲板の上で待っていたのは無表情の海賊達。全員が武器を構えて待ち受けていたのだ。
「うふふ、ようこそ私達の町へ。歓迎しますわ。さあ、あなた方も住人になって、全ての苦痛から開放されなさいな」
 海賊達の後方、少し高くなった船首部分に黒服の美少女が立っていた。だが、見かけには騙されない。船室でジロー達を襲ったのはまさしく彼女なのだから。
「生憎だが遠慮させてもらうよ」
「そう。残念ね・・・。じゃあ、交渉は決裂ということでいいかしら」
 まったく残念そうな表情を見せず、むしろ嬉々とした表情を浮かべた美少女は、右手を上げて何かを海賊達に語った。すると、今まで武器を構えて動かなかった海賊達が一斉に打ちかかってくる。
 ジローは刀を抜く。すると、刀身が薄い輝きを鈍らせ、今にも透けてなくなりそうな状態となった。
「な?」
 刀身はみるみる色褪せていく。
「『授与』!」
 ユキナの声が耳に届く。同時に刀身は再び輝きを増し、実体も元に戻る。
「ジロー様、ここは結界の中のようです」
 ルナがそう伝えた。ジローはあらためて周囲を見回すが、崖に囲まれた港町は緑に囲まれ、空の色は青い。今まで経験した赤黒い世界とは違う結界が張られている。
「今までの敵とは違うぞ。ミスズ、ユキナ、突出するな!!」
 その一言で、『陽壁』の外に出かけた黒髪と銀髪の2人の美女は襟首を掴まえられたのごとくに立ち止まる。ジローの言葉は絶対。そう、それは愛嬢達の中の不文律だけではなく、戦闘時にジローが閃く勘のようなものに従うことが結果としていい方向に繋がると知っているのだ。そこには揺るぎなき信頼があった。
 ジローは2人に目配せすると、『陽壁』に向かって武器を振り下ろす無表情な海賊達を見た。海賊達の攻撃は、虹色に光を反射する透明な壁によって阻まれている。
「エレノア、もう少し任せていいか」
「大丈夫。これくらいなら半日でもいけるよ」
「うん。頼んだ」
「任された」
 エレノアの言葉には自信が溢れていた。ジローは背中を預けた安心感のようなものを感じながら、刀を片手に呪文を唱える。
 風の精霊、シルフィードが白き輝きと共に出現した。と、その横にもう一体。戦装束に身を包んだ火の精霊、フレイア。
「へへ〜」
 ジローが横目で見ると、シャオンが得意げに片目を瞑った。精霊達ならば霧の魔物が相手でも対処できるというジローの考えを読んだのだろう。ジローも思わぬ参戦に軽く頷き返す。
 シャオンの左手にある封印の装具火の御守には、中央の緋色の宝玉を取り巻くようにルビー色の小玉が7個埋め込まれていた。その7個目の小玉は最近手に入れたものである。鳳凰島のヨウラン・ヤリツの館でご先祖様の遺品として保存されている中にちゃっかり残っていて、ジローの口添えもあってそれを譲り受けたのであった。
 今、シャオンは5つ星の形に一筆書きをするように小玉をなぞってからフレイアを呼び出していた。そうするとオクタスで顕示したようにフレイアは炎の虎へと変化するのだ。
 火と風の競演。暴風が火炎を伴いながら海賊達を襲った。風にあおられてよろめいた海賊の一部が甲板から海へ落ちる。火炎が服を燃やし、炎の虎に変身したフレイアが縦横無尽に飛び回る。
 だが、海賊は全く怯まなかった。服が燃えているにも係わらず、攻撃の手をおさめない。身体が焼けているというのに、全く痛覚などないかのようにただただ『陽壁』を攻撃してくる。
「な、何こいつら」
 アイラが思わず呟く。だが、横のジローや他の愛嬢達も同じ感情、えもいえぬ悪寒のような気味悪さを感じていた。
 シルフィードの攻撃で海に落ちた海賊がロープを伝わって登って来る。それを見たシャオンがロープを燃やす。その間にも無表情の海賊達が襲い掛かってくる。
「ジロー様、心を読むことができません。まるで人形のようです・・・」
 ルナの言葉に続き、イェスイがあることに気付く。
「ジロー様。あの海賊達、傷を負っても血が流れてこないです」
 シルフィードとフレイアの連携攻撃は続いていたが、海賊の数は一向に減らなかった。海にも相当数落ちている筈なのだが、まるで湧いて出るかのごとく押し寄せてくるのだ。
「シルフィード、船を壊してもいいから竜巻を起こしてくれ」
「承知!」
 ジローの司令を聞き届けたシルフィードが両腕を開いて回転を始める。甲板の上で風が渦を巻くように集まり始め、竜巻となって海賊達に襲い掛かる。その勢いは甲板上の物を持ち去り、甲板までもが剥がれる勢い。渦に巻き込まれた海賊は、そのまま上空へと飛ばされていく。
 竜巻が消え、甲板は無残に大破していた。海賊達も大半が飛ばされてしまっている。しかし、僅かに数名がマストに掴まり生き残っていた。舳先にいた美少女もそのまま。だが、彼女の左腕が肩から消え、恨みの篭った瞳でジロー達を睨んでいる。
「今よ!」
 ミスズとユキナが得物を手に海賊を討つ。玄武坤が唸り、白虎鎗が撥ねる。その達人の技に海賊の首が飛び、胴が裂かれる。すると、討たれた海賊からはやはり一滴の血も流れず、そのまま霧の様に散消してゆくのみ。
 そう、海賊の正体は美少女の霧が作りあげた人形だったのである。
 甲板上の海賊が一掃され、残るは黒衣の美少女のみ。その瞳は燃えるように熱く見開かれ、ジロー達を呪殺しようとでもしているかのようだった。
「私の術を破るとは・・・それに封印の武具使いまでいるなんて。やはりお姉さまの言うとおり抹殺するしかないようね」
「お前も魔界の者か」
「そうね。どうせだから教えてあげるわ。私は魔界十二将の霧魔。あなた達も私の町に迎えようと思ったけれど、死んでもらうわ」
 霧魔の身体が薄くかすれた。ジローは直ぐにシルフィードで風幕を張る。相手が軽い霧であるならば、この風のバリアを通ることは出来ないはず。そして、案の定霧魔の攻撃はジロー達に届かず、再び実体化した霧魔の表情には悔しさが滲んでいた。
「仕方ないわね・・・、ここは一旦引くとするわ。でも、私達を倒さない限り、ここからは出られない。うふふ、このまま飢え死にしておしまいなさい」
 霧魔は再び霧となり、舳先から消えた。

 ジロー達は船から降り、結界の中に作られた町に足を踏み入れた。町の中は建物もそれなりに揃っていたが、人の姿はどこにもなくがらんとしていた。そして、魔物が近くにいないこともルナの『聖探索』によって確認されている。
「誰もいないというのが、逆に不気味ね」
 アイラが誰にと言う訳でもなく呟いた。それを、よこのユキナとイェスイが肯定するように頷いている。
「ご主人さまぁ、どうしてだぁ〜れもいないんですかぁ?」
 レイリアだけが無邪気にきょろきょろして、聞いてくる。だが、それが返ってジロー達に安堵感を呼び覚ますから不思議だった。
「相変わらず『聖探索』には何も反応しないですわ・・・」
 ルナがそう答えた時、シャオンの声が遮るように響いた。
「ジロー、この建物、建物じゃない」
「どういうこと?」
 アイラの問いかけに、シャオンは建物を叩く姿を皆に見えるようにして、実際に叩いて見せた。すると、シャオンの拳は建物をすり抜けるようにして中に入ってしまう。
「何?」
 ジローが近寄って建物を眺める。見た目はちゃんとした建築部材で作られた建物の形をしている。だが、ジローがシャオンと同じように建物に触ろうとしたとき、その手は建物に触れることなく、建物の中に吸い込まれたのだ。
 そのまま身体ごと建物の中に入る。すると、ジローの視界には再び元の町の景色が開けた。後ろを振り返ってみると、今入ったはずの建物が何事も無いかのように建っている。反対側に廻ったらしく、愛嬢達の姿が見えないが、直ぐに建物から人の姿が抜け出してくるのが見え、全員が揃う。
「これは、精巧な画像なのか?」
 ジローが呟く。皆、不思議な表情を隠せなかった。いや、ただ1人レイリアだけは楽しそうというか、他の建物にも突入したくてうずうずしているようだったが。
「幻の町、なのでしょうか」
 ミスズも若干混乱している。この町の存在理由がわからないと必死に考えているようだ。
「木は森の中に隠せ・・・」
 イェスイの呟きを耳にしてジローが振り向く。
「えっ?イェスイ、何だって?」
「えっ?は、はい。木を隠すなら森の中、という話を聞いたことをふと思い出して・・・、あの、もしかしたらですが、建物を建物の中に隠しているのではないのでしょうか」
 アイラがイェスイの草色の頭を後ろから抱きしめる。イェスイの首にアイラの巨乳に挟まれる柔らかな感覚が伝わった。
「えらい!」
「きゃ!?」
「イェスイ〜、ん〜、すごいよそれ。ねぇ、ジロー」
「ああ、アイラの言うとおりだ」
「はい。幻の町を作った理由が、それなら合点がいきます」
 ミスズの表情が困惑からいつもの顔に戻っている。だが、ぴんと来ていないものもいるようだ。シャオンとレイリアはぽかんとしている。エレノアは無表情なのでよくわからなかったが。
「ね、ねぇ・・・。それって、どういうこと・・・なの?」
 シャオンがおそるおそる聞く。それに答えたのは何とエレノアだった。
「結界を作った連中にとって、重要な場所、たぶん建物なのだと思うが、それを隠すための偽装がこの幻の町ということだよ」
「あっ、ああ、な〜るほど・・・、じゃあ、片っ端から探すの?」
「いや、もっと簡単な方法がある。ミスズ」
「はい、わかってます」
 ジローに問いかけられるまでもなく、ミスズは玄武坤を構えていた。そのまま両方とも投擲する。高速回転をしながら突き進む2枚の玄武坤は、別方向に飛びながら次々と幻の建物を突き抜けていく。
 音もなく幻の建物を抜けていく玄武坤のうちの一枚がある建物に当たって軽い音を立てた。
「あった!」
 ミスズがその建物をしっかりと眼に焼き付ける。その間に他の建物にも該当物はないかどうか玄武坤が舞っていたが、手応えはそれだけだった。
「姉さま、あれだけみたいですね」
 ユキナの言葉にミスズは微かに頷いた。その間に飛んできた玄武坤を易々とキャッチして背中に戻している。いつ見てもこの光景は不思議と言うしかない。高速回転しているというのにどうやって掴めるのか、謎である。
「よし、目標は決まった。とにかく行こう」
「「はい!」」
「それと、イェスイ。次の時は俺の隣な」
「あ、はい」
 イェスイは照れてほんのり赤くなっていたが、小さくガッツポーズしていた。

「お姉さま・・・」
「妹よ、怪我をしたのね。さあ、こちらに来なさい。私が癒してあげる」
 霧魔は黒の衣装を脱ぎ捨てた。一糸纏わぬ美少女の身体が現れる。が、その左手は肘の先がなく、黒い塊に覆われていた。
「さあ、私の胸に・・・」
「はい、嵐魔お姉さま・・・」
 霧魔は、少女の薄い胸を隠そうともせず、同じく裸で両手を広げて待っている嵐魔の元に近づいた。嵐魔は霧魔を大人にしたような妖艶な美女で、その豊かな胸に顔を埋めるように霧魔が飛び込んでいく。
「ああ、可愛い妹・・・、貴女をこんな目に合わせたのは誰?」
「海賊達に紛れて船に入ってきた連中です。そいつらは、封印の武具を持ち、精霊まで使います」
「そう。今日は何だか占いが良くなかったから、皆殺しにしておしまいなさいと言ったのに・・・守らなかったのね」
「お姉さま、ごめんなさい・・・、私が愚かでした」
「うふふ、いいのよ霧魔。さあ、私に任せて・・・」
 嵐魔が霧魔の身体を持ち上げ、唇を奪う。霧魔は夢中になって嵐魔の舌を吸った。その唾液が甘い露のように感じ、霧魔は喉を鳴らして呑み込む。
 嵐魔は唇を離す。霧魔の舌から延びた唾液が名残惜しそうに嵐魔の舌との間で糸を引いた。嵐魔は艶めいて微笑むと霧魔の首筋に舌を這わせ始める。そのままゆっくりと下へ移動しながら、喉、鎖骨と通り過ぎ、殆ど膨らみのない双丘を伝って先端の蕾のような乳首へと辿り着く。
「ふあぁぁぁ!」
 霧魔が声を漏らした。姉に吸われた乳首から、ぞくぞくとした快楽が沁みこんでくる。いつの間にか歯を立てられていたが、それさえも甘い痛みという快感に変換されている。
「あぁ・・・、お、ねえ、さまぁぁぁ・・・」
 嵐魔は霧魔を横たわらせ、舌をさらに下へと這わせ続ける。鳩尾、腹、臍、恥骨、その度に霧魔からは快楽の声が漏れ続けている。そして、既に赤く腫れ上がってぐしょぐしょに濡れている陰部、その頂上に突き出ている豆に舌が届くと、身体中に電気が走ったようにびくりと反応した霧魔の身体の中から大量の潮が溢れた。
「はうぅぅぅぅぅ・・・、ひあぁぁぁぁぁ・・・・、ね、ねえさ、まぁぁぁぁ・・・」
 嵐魔はクリトリスを舐り上げた舌を開放し、今度は膣口に侵入させていった。その舌の長さが長い。常人の3倍はあった。だが、それ故に膣口に侵入させた時には男根以上に自由自在に動く性具となって霧魔を攻め立てることが出来るのだった。
 嵐魔はその舌の中央で、霧魔の膣内のざらざらした場所を触っていた。霧魔の膣壁からは湧き出すように愛液が降り注ぎ、それを味わいながら愛撫を繰り返す。
「ああぁぁ、あ、あっ、あっ、あっ、ああっ、い、いぃぃぃぃぃぃ・・・」
 霧魔の口からはしきりに嬌声が漏れる。頭の中が白く混濁して光が明滅するようで、何が何だか判らない。ただ、押し寄せる快楽の波に揉まれ漂うだけの存在だった。
 嵐魔の舌が急激に締め付けられた。膣壁が挟み込むような力で閉じようとしてくる。同時に奥から愛液が決壊したように溢れ出し、舌を通して嵐魔の口内に流れ込んでゆく。
 嵐魔は、霧魔の愛液を喉を鳴らして飲みながら、ゆっくりと舌を抜いた。そして、白目を向いて気絶している霧魔の左手が完全に元に戻っているのを見てにっこりと笑う。
「これで大丈夫。・・・でも、部屋が乾燥してお肌には悪いのよねぇ・・・」

 ジロー達が本物を見分けて辿り着いた建物は、他の建物に紛れて見落とされそうなほど小さな家だった。廻りにも同じような家が揃っていて、まるで住宅街に紛れ込んだような錯覚を覚える場所である。
 建物の扉に触ったとき、これだけは手が沈み込むこともなく、本物であることが実感された。しかし、中に入ってみると、がらんとしていて何も無い。部屋の奥の壁一面に本棚が置かれているだけだった。
「ここ、ですよね・・・」
 ユキナが困惑しながら呟く。だが、ここで俄然張り切りだしたのはシャオンだった。浅黒い顔に赤い舌をぺろりと出して舌なめずり、床を慎重に叩きだす。
「へへっ、こういうところにはきっと、隠し通路があるものよん。『紅の疾風』の血が騒ぐわん♪」
 ジロー達が見守る中でシャオンはひとしきり床を叩きながら何度も穴好き、その後で本棚に向かった。
「やっぱりこいつが鍵ね」
 そう呟きながら、本の背表紙を指でなぞっていく。と、その指が一冊の本の背中で止まった。その本を記憶し、再び指を這わせていく。そうして、何度が指を止めつつ、全ての本棚の本を調査し終える。
「全部で5冊か・・・、順序があるか、同時にするか・・・、うん、やってみるしかないわね」
 ジロー達に背中を向け、本棚にぶつぶつ言っていたが、急に振り返る。
「ジロー。部屋の真ん中の床の下に扉みたいなのがあるよ。それを開ける鍵がこの本だと思うんだ。エレノア、イェスイ、ユキナ、ちょっとこっち来てくれる」
 3人はシャオンの手招きで本棚に近寄り、シャオンに何か言われていた。ジロー達は黙って見ている。
「ジロー、これから開けてみるから部屋の端に寄っといて。じゃあ、最初はユキナから」
 ユキナが本を引く。続けてイェスイ、エレノア、最後にシャオンが2冊同時。しかし、床には何の反応も無い。
「この順番は違うか、じゃあ次はイェスイとエレノアが逆になって」
 2度目も同様。そして、3度目、エレノア、ユキナ、イェスイ、シャオンの順に本を引いた時、変化が起こった。床板に円形の魔方陣が浮かび、魔方陣が回転し始めると床板が徐々に黒い金属に変成されていく。そして、完全に金属化が終わると魔方陣の回転は止まり、黒い金属が真ん中から何段にも分かれて沈み始める。暫く落ち着くのを待って覗いてみると、黒い金属は魔方陣の書かれた円周を残してぽっかりと穴を開き、その中には階段が出来て地下へと続いていた。
「降りてみようか・・・」
 ジローの言葉に全員が頷き、一向はゆっくりと降りていった。

「あら、お客様が来たみたいね」
 嵐魔は寝息を立てている霧魔の髪をやさしく撫でながら聖堂の入口を見つめた。
 2人がいるのは、教会の大聖堂とも思われる造形の場所だった。と言っても、実態は2人の作り出した結界の姿なのだが。まあ、趣味のようなものであろう。
「うふふ、おもてなしをしてさしあげないと・・・」
 1人呟きながら、嵐魔は左手を扉の方向に差し出した。そうして軽く振る度に指が1本ずつ溶ける様に消えていき、代わりに風の渦が生まれて大聖堂の中に散っていく。風の渦は5箇所に纏まって小さな竜巻状となり、やがてその渦の中に固体が形成されていく。その頃になると、風の勢いは弱まり中の何ものかの姿が明らかになっていく。
 鎧に包まれたその姿は人間と同じで、鎧の胸の部分の膨らみは女性と思われた。しかし、フルフェイスの兜でその中身は見えず、更に異形、肩から生えた腕は3本ずつ6本、そして背中からは白い翼が生えていた。
「さあ、風の騎士達、お客様をおもてなしするのよ。黄泉の国へね」
「お姉さま・・・?」
 嵐魔が振り向くと霧魔が目覚めていた。まだ少しぼうっとしていたようだが、嵐魔の優しい微笑を見つめて、少し顔を赤らめながら意識を晴朗にしてきたようだ。だが、その瞳が嵐魔の作り出した風の騎士を見つけると、今度は厳しい顔つきとなった。
「奴らが来たのですね・・・」
「ええ、そうよ。存外早かったわね」
「お姉さま。私も一緒に」
「そうね。貴女を傷つけた代償は払ってもらわないと」
「はい。お姉さま」
 霧魔は頷くと、右手を前に差し出した。手を軽く振ると、嵐魔と動揺に指が消え、代わりに5つの霧の塊が出現する。そして、それが凝縮するように人型を形成していく。
 女性用の鎧に包まれた身体に顔の下半分を覆うフェイスガード、その上に覗く目と髪は漆黒で、髪は額の中央で分けられて流れ、腰の辺りまで伸びている。だがその下半身は異形、太い蛇のようになって床を這っていた。腕は2本だが太く長く、片手に棍棒と片手に盾が握られていた。
「水の騎士達、お姉さまの風の騎士と共に闘うのよ」

「ねえ、これって・・・」
 シャオンがおそるおそる尋ねる。その手は、壁の中に荷物のように並べられ、寝かされている人間の肌に触れていた。その肌色は青白く、冷たい。
「水生魔物の時のジローみたいだねぇ」
 アイラも触れていた。だが、どうやや一部を除き命の火は消えていないらしい。
「やはり、結界の中なのですね・・・」
 ルナがしみじみと呟く。
「そうなると、この人達は魔物の餌ということでしょう」
 ミスズがジローに向かってそう告げた。ジローも頷く。
「ああ、たぶんそうだろう。魔界十二将の連中は、捕えた人々を自分のエネルギーに替えていたからな。精気や淫気、勇気とかいろいろなものを」
「開放するには、魔物を倒せばいいのか」
 エレノアが真顔で尋ねた。左目の灼熱の瞳がいつもより輝いている。以前、獣魔に餌にされかけたことを思い出しているのかもしれない。
「そうよ」
 アイラが代わりに答えた。ジローは、ユキナから再度『授与』の魔法を受けていた。アイラのナイフは既に白い聖なる光に輝いていた。
「ジロー様、1つ気になることがあります」
「なんだ、ユキナ」
「はい、あの霧魔という魔物、たしか『私達』と言いました。だから、もしかすると魔物は1体だけでは無いかも知れないかと」
「そうね。今までのようにはいかないかもね」
 ジローはアイラの言葉に頷く。
「みんな、この先何があるのかわからない、気を引き締めて行こう。ルナとエレノアは壁を準備しておいてくれ、イェスイは神聖魔法で治療をたのむ・・・」
 愛嬢達はその後もジローから役割を分担され、それぞれ了解してポジションにつく。ジローとアイラが先頭、ミスズとユキナが左右を固める陣形でゆっくりと進む。
 一本道の廊下の彼方、前方に扉がある。その扉にジローとアイラが手を掛け、互いに視線を絡ませて頷きあうと、引く。
 ジローの眼に映ったのは、荘厳な大聖堂の姿。そして、その奥に2人の黒服の女性。1人は頭がもう1人の肩くらいまでしかなかった。
「ジロー、なんかやばそうなのがいるよ・・・」
 シャオンが聖堂の中を見回し、目ざとく風の騎士と水の騎士を見つけたようだ。異形の者達が静かに立ちすくみ、ジロー達を見つめている。風の騎士は鎧に隠れて顔は見えないが、水の騎士は漆黒の瞳を開いて冷たい視線を送っている。そして、風の騎士は6本の腕にそれぞれ武器を持ち、水の騎士は蛇の胴体をうねうねと動かしながら棍棒を構える。どちらも今にも飛び掛らんばかりの様相であった。
 その時、背の高い方の女性が良く通る高い声で語りかけた。
「ようこそ。私達の聖堂へ。皆様をお待ちしていましたわ。さあ。私達のおもてなしをお受けくださいな。直ぐにご案内して差し上げますわ。黄泉にね・・・」
 嵐魔の言葉を合図に5体ずつ10体いる風の騎士と水の騎士が一斉に向かってきた。風の騎士が空中を駆け襲来し、水の騎士が床を這いながら接近する。
 風の騎士の動きが空中でなにかにぶつかったように停止した。『障壁』が見えない壁となって行動を妨げたのだ。だが、5体の振るう30本の剣によって難なく突破されてしまう。しかし、そこにできた間こそが真に必要なものだった。
「ジロー様、こちらは私達が!」
 ミスズがそう云いながら玄武坤を風の騎士に向けて投げる。その横ではシャオンがフレイアを召喚して別の風の騎士を受け止めていた。
「じゃ、こっちは私達ね、ジロー!」
 アイラが水の騎士に向かっていく。左手に朱雀扇、右手のナイフはエレノアに『土授与』を印加してもらっている。『鬼眼』もすでに発動済みという無敵モードに入っていた。
 嵐魔は、異形の騎士達と互角に闘っているジロー達に違和感を覚えていた。
<ふうん・・・、やるじゃない。レプリカとはいえ結構魔力込めたのよ・・・。でもおかしいわね・・・、どうして、結界の中でこうも闘えるのかしら・・・>
 見つめている中、風の騎士の1体が玄武坤で羽を両断されて落ち、白虎鎗に貫かれた。時を同じくして、もう1体も火の精霊に焼かれ、共に消散していく。水の騎士も、ジローとアイラに間合いを詰められて2体が戦闘不能となり消散、3体目もそれに近かった。
<あらっ・・・、あれは・・・>
 嵐魔が見つめる先にはエレノアの姿があった。左右異色の瞳の美女。その左の瞳が真紅の輝きを放っていた。
<そうだったの、魔を調伏する灼熱の瞳・・・、それで私達の力を弱めていたのね>
 嵐魔は得心がいったという表情でエレノアをきつく睨む。と、嵐魔の右手が肩から消え、一陣の風となって大聖堂を突っ切って行った。その風は真空の刃と化してエレノアに襲い掛かっていく。
 エレノアの『陽壁』が真空の刃を阻む。だが、嵐魔は不敵に微笑むと、自分の両足をも風に変えた。その強大なパワーに『陽壁』が軋む。1点集中の攻撃が『陽壁』を変形させ、僅かな隙間を作り出すのに時間はかからなかった。そして、その僅かな隙間は風の攻撃を通すには十分すぎるほどだった。
「エレノア!『陽壁』を解除しろ!!」
 ジローが叫びながらエレノアの許に走った。『陽壁』が歪みそして破れたことに気付いたのはエレノアだけではなかったのだ。ジローはそのうちの1人だった。だが、エレノアを助けることが出来るのはジローだけしかいなかった。ジローは『時流』を最大限に発動させると、レイリアが『風壁』を間に入れて作った僅かな時間を利用して、真空の刃とエレノアの間に自分の身体を飛び込ませる。エレノアを連れて逃げる余裕は無いぐらいのぎりぎりのタイミング。
ザシュ!
 鮮血が飛び散り、ジローの肩から背中にかけてざっくりと傷が走った。
「ぐっ!」
「『月界壁』!」
 ルナが駆け寄りながらジロー、エレノアと自分自身が入る大きさに壁を張る。真空の刃が続けざまに襲い掛かったが、さすがに『月界壁』を打ち破ることは出来ないようだ。
「エレノア、大丈夫・・・か・・・」
「大丈夫・・・。すまない・・・ジロー・・・」
「無事か・・・よかった・・・」
 ジローが痛みを堪える表情でエレノアに倒れこむ。エレノアはジローを抱きしめるように支えた。その間にルナが『治癒』と『聖回復』を連続して唱えていた。
「ジロー様!」
「ユキナ、危ない!」
 イェスイが叫ぶ。ユキナが一瞬気を逸らせたその一瞬の間に、大量の羽が矢のようにユキナとミスズに襲い掛かったのだ。ミスズは辛うじて避けることができたが、ユキナは逃げ切れずに足にもろに浴びてしまった。
「「ユキナ!!」」
 ミスズとイェスイの声が重なって聞こえるのを感じながらユキナは床の上に倒れた。激痛に表情が歪む。その両足には無数の羽が刺さり、血に塗れていた。イェスイが急いで駆け寄りながら魔法を唱えている。
「くっ、こいつら急に強くなったよぅ・・・」
 シャオンがユキナを守るようにフレイアを移動させたが、風の騎士はフレイアに対して互角以上の闘いを繰り広げ押し始めた。そう、『月界壁』の中に入ったことで、エレノアの灼熱の瞳の力が半減され、魔物達の本来の力が発揮され始めていたのである。
「きゃあ!」
 ふいに水の柱が横殴りに飛び、まともに受けたレイリアが吹っ飛んだ。風の魔法で両方の応援をしていたレイリアに対して、水の騎士が繰り出した一撃が命中したのだ。水の騎士の額には第3の目が開いている。そこから水の魔法を繰り出したようだ。
「レイリアになんてことをするのよ!」
 アイラが残り2体となった水の騎士に躍り掛かっていく。三つ目の水の騎士は、棍棒と尻尾を使って応戦するが、アイラには全く通用しない。水の魔法も土を印加したナイフで弾かれていく。
「よくも妹を!」
 ミスズの表情が怒気に包まれ、玄武坤が連続して繰り出される。本来の力を取り戻してきた風の騎士も6本の剣と羽吹雪を見舞って対抗するが。物理法則を無視するような動きをする玄武坤の方が一枚上手だった。ユキナを襲った風の騎士が屠られ、フレイアと対峙していた風の騎士を戦闘不能にして、最後の1体にフレイアと同時に踊りかかる。
 そして、最後の風の騎士の羽と腕を落とし、首を飛ばしてからユキナの様子を見ようと振り向いた時だった。
「危ない、ミスズ!」
 シャオンの言葉に咄嗟に身体を沈めた。お陰で首は飛ばされずにすんだが、返す刀で左手に傷が走った。
 霧魔が左手を霧に変え、水の刃となって死角から襲い掛かってきたのだった。ミスズは、『時流』と『鬼眼』を発動して対抗するが、水の刃は一筋ではなく、何筋にも分かれて、いやどんどん増えてくる。遠くを見れば、霧魔の姿がどんどん霞み、既に首だけとなって中に浮かんでいる。代わりに無数の霧粒がミスズの周囲を覆いつくそうと集まってくる。
「負けない!」
 ミスズは玄武坤を両手に攻撃を防ぐ。しかし、数万、いや数千万の水の刃を完全に防ぐことは難しかった。
「フレイア!ミスズを守って!!」
「ミスズ、あたしが行くまで耐えろ!!」
 シャオンの声が響き、アイラの声が横から聞こえた。アイラは水の騎士を倒して駆け寄ってくる。しかし、その時にはミスズを守っていたフレイアが無数の氷の刃を受けきれずに炎の身体が綻び始め、フレイアに守られているミスズも致命傷は受けていないにしても、その身体は無数の傷が刻まれ、立っているのがやっとという状態。
「くっ、くっそおぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・」
 アイラが吼えた。ミスズを自分の背中に廻すと、ミスズが力なく寄りかかってくる。僅かに背中を掴む力を感じることから意識は失っていないらしい。
 霧魔は余裕の表情でアイラを宙から見つめた。ミスズと同じく切刻んでやろうと霧を動かす。フレイアの姿は殆ど消えかけ今にも四散しそうだった。
 しかし、アイラは霧に対抗せず、多少の傷は無視して朱雀扇を開いていき、縦横に仰ぐ。
朱雀扇の能力。それは物質の電子の速度、即ち熱に干渉する力だった。その力が周囲の氷の刃を霧粒に変え、更にその温度を急激に上昇させる。
「貴女、な、何を・・・」
 水滴は蒸発し、霧魔が変化した霧は水蒸気になる。だが、アイラの怒りは更なる温度上昇を引き起こした。水蒸気は熱を加えられ水素と酸素に分解していく。そしてそれは、霧魔の身体を構成する物質を分解することに等しかった。
「き、ぎゃあぁぁぁぁぁ・・・」
 断末魔の悲鳴を上げて霧魔は溶けるように消滅していった。

「なっ・・・」
 愛する妹、霧魔が消滅したのを目の当たりにした嵐魔の表情が変わった。それまで執拗に攻撃していた『月界壁』への攻撃を中断し、元の姿に戻ったその表情は、悲しみに包まれている。だが、それが怒りへと変貌するのにさしたる時間はかからなかった。
「よくも・・・」
「よくも・・・、よくも、よくも!よくも!!」
 全身を風と化した嵐魔がアイラに襲いかかった。アイラは朱雀扇で応戦するが風が相手では熱を変える力は逆効果にしかならない。
 ジロー、ユキナ、レイリア、ミスズの4人が負傷し、ルナとイェスイは治療に専念している今、戦えるのはアイラ、シャオン、エレノアの3人だけ。だが、霧魔との戦いで傷ついた精霊フレイアは火の御守の中に戻り、再召喚にはもう少し時間がかかる。それを待ってくれる悠長な時間はなかった。
 エレノアの左目が再び輝き始めた。同時に『邪滅光』の魔法を放つ。アイラに襲い掛かっている渦を巻く暴風を横から光が切り裂く。だが、嵐魔は怒りで我を忘れているのか、エレノアを無視してアイラにのみ攻撃を仕掛けている。
 アイラは襲い掛かる真空の刃を朱雀扇と『鬼眼』によって感じ取りながら防戦していた。現状では、攻撃する手段がないのだ。そして、腕や足、太腿などには小さな傷が走っていた。僅かな隙を潜り抜けて嵐魔の攻撃が掠っているのである。
 エレノアは、ひたすらに太陽魔法を唱え続けていた。『邪滅光』、『太陽風』を連続しながら少しでもアイラの負担を軽くしようと。
<仲間が傷つくのは・・・もういやだ・・・>
 エレノアの心の中で、青龍の神殿での出来事が過ぎる。魔眼の魔導師が朽ちていったその姿がフラッシュバックしていた。
 エレノアの灼熱の瞳が更に明るいルビー色に変貌していく。その力は嵐魔の結界にも影響を及ぼし、大聖堂の天井や壁に亀裂が走る。そして、猛烈な攻撃を行っている嵐魔自身にも。
 暴風が強風程度に弱まってきたのを感じたアイラ。
「シャオ!」
 風の音が弱まったせいで声がシャオンに届いた。
「何!」
「フレイアをナイフに印加できる?」
「やってみる!!」
 大声の会話の後、シャオンは火の御守を右手で撫でた。中央の炎の宝玉が熱く感じられる。
<うん。もう大丈夫!>
「フレイア!」
 召喚されたフレイアが、アイラに向かっていく。そのまま右手のナイフに纏わりつくとアイラの右手が肘の辺りまで炎に包まれた。だがそれも一瞬で、炎は消え、アイラが握るナイフの刃身は紅蓮に輝いていた。
 風は金性、相克の関係にあるのは火性である。アイラは、フレイアの力を得たナイフを襲い来る風の刃に向かって振るう。さしたる手応えはないが、ナイフの軌跡によって分断された空間の風が凪いだ。
 エレノアの灼熱の瞳と太陽魔法、アイラの火の精霊を印加したナイフ。この両者の攻撃が嵐魔を徐々に衰退させていく。しかし、妹霧魔を失った悲しみに我を忘れている嵐魔は全く意に介せず、ひたすらにアイラだけを狙った。
 アイラはその全てを受け止めながら、反撃を繰り返す。嵐魔の攻撃は続く。だが、その力はだんだんと勢いを減じ、いつしか嵐が収まるように穏やかな風へとなっていく。
 アイラのナイフとエレノアの『邪滅光』が同時に嵐魔を襲った。その時にはもう、嵐魔には力が残っていなかった。
<霧魔、今行くわ・・・>
 風が止み、大聖堂は結界が破れて陽光降り注ぐ広場に変貌した。空には白い雲がぽつんと浮かんでいた。

「ふう〜」
 アイラがその場にぺたんと座り込んだ。身体中にどっと疲れが乗っかってくるのが自覚できる。
「シャオ、エレノア、ありがと・・・」
 身体を向けるのがおっくうで、顔だけ向けて2人を見る。その先には『月界壁』の銀色がかった半透明のドームの姿が見えた。その中で治療を受けている筈のジロー達のことが気にはなったが、アイラ自身もその場から動けなかった。
 アイラの背後に人の気配がした。多分ミスズとミスズを治療しているイェスイだろう。アイラが声をかけると、大丈夫という返事が返って来たから、ちょっと安心した。
「アイラ、あたしイェスイの手伝いをしてくるよ」
 一番元気が残っているシャオンがそう言って動き出そうとして、動けなかった。原因は腰のベルトをひしっと握っている人物がいたから。
 エレノアだった。アイラが見ると、エレノアは白い顔を朱色に染め、身体全体が震えている。そして、神官服の下からのぞいた足の内側は足首まで垂れた液体で濡れていた。そう、灼熱の瞳を使用した反動が出ているのだ。その様子を見たアイラは身体を動かそうとしたが、疲労感が鉛のように重く圧し掛かっていた。
「シャオ、ごめ〜ん。あたし動けないんで、エレノアをお願いね」
「え?ええっ〜!」
 シャオンもまた真っ赤になった。しかし、背に腹は替えられないのも事実。シャオンの背中越しにエレノアの荒い息遣いが聞こえ、思わず振り向いて表情を見るといつも余り表情を変えないエレノアの口が半開きで舌からは湯気が立ち、群青と灼熱の両目からはぽろぽろと涙が零れていた。
「シャ、オ、ン・・・」
 微かな声が聞こえた。その後は喘ぐ息の音だけ。その姿を見てシャオンも覚悟を決める。
「ん、んんぅぅ・・・・・・」
 エレノアとシャオンの唇が合わさった。同時にエレノアの舌がシャオンの中に。シャオンもリードされる形で舌同士を絡め、唾液を啜りあった。
 シャオンは、おそるおそるエレノアを抱きしめる。するとエレノアは神官服の前をはだけ、更にシャオンの皮の服のボタンも外してシャツをめくり、互いの胸を露出させた。エレノアは少女のような薄い胸、シャオンはたわわに実った美乳。その胸の先端についた蕾同士を触れ合わせるように密着させる。
「んふぅぅうぅぅぅぅぅんぅ・・・・・・」
 エレノアの身体がびくりと跳ねる。乳首同士が擦れた刺激だけで軽くイってしまったらしい。だが、その後も快楽を貪るようにシャオンの身体に肌蹴た胸を押し付けてきた。
<ふぇ〜ん、どうしよう〜、この先どうしたらいいかわからないよ〜>
 シャオンはそんなことを考えながら、いつも自分が他の愛嬢達に受ける愛撫のやり方を思い出そうと必死になっていた。恥ずかしがりやのシャオンは、いつも受けばかりで、自分から攻めたことがなかったから。
 シャオンは仕方なく、自分の胸をエレノアの胸に合わせて擦ることにした。丁度乳首同士が触れるように動かすと、エレノアも追随するかのように身体を揺らした。
「はうぅぅぅぅ・・・・・・」
 シャオンの唇を放したエレノアの口から零れるのは嬌声だけだった。だが、2人のその動きでは更なる快感は生まれてこない。
「シ、シャオン・・・。もっと、もっと・・・」
 涙を流しながら、切れ切れの声でエレノアがうわごとの様に訴える。シャオンも必死に考えるが、こういうときに限って何も出てこない。一種のパニック状態。
<ど、ど〜しよう・・・、ふえ〜ん。だ、誰か、助けてよ〜>
 その思いが届いたのか、シャオンの背後に人の気配がした。
「シャオン、ご苦労さん。代わろう」
 その言葉と共に、シャオンの首が横に捻られ、いきなり口を塞がれた。そして、口の中に舌が侵入してきた。シャオンはびっくりしたものの、その相手が誰かわかると、安心して眼を瞑り、口から来る快楽に身を委ねた。
 ジローがようやく復活したのだった。背中には、嵐魔の攻撃の跡が完全には消しきれずに残ってしまっていたが、傷は完全に塞がっていた。
 ジローはシャオンとの口付けを終えると、発情したエレノアを抱きとめた。そして、上気した顔をちょっとだけ見つめて、口付け。
 長い口付けの間に、ジローはエレノアの薄い胸を弄り、その手を下げてぐしょぐしょに濡れた、既に機能を失っている下着を捲る様に脱がせた。そして、エレノアを抱え上げると、自分の肉棒の先端でエレノアの膣口を探る。愛液で洪水のようになっているそこは、ジローの先端が触れると、待っていたかのように口を開いて飲み込んでいく。
「んんぅぅぅぅぅぅ・・・・・・、ふぅんぅぅ・・・・・・」
 エレノアが震えた。次の波が押し寄せてきたのだ。だが、その次の大波は直ぐそこまで来ていた。
 ジローの腰が動く。エレノアを抱き上げた駅弁スタイルで、肉棒が深く膣内に刺さって子宮口まで届いていた。
「あっ、あっ、ああぁ、ふぅっ、あ、あっ、あっ、いっ、いふぁ、ひゃっ、あっ・・・・・・」
 エレノアはジローから与えられる快楽の波に縦横無尽に揉まれていた。普段の冷徹な表情とはかけ離れたその顔は、女に生まれた喜びを謳歌しているようだった。そして、最後の大波が到来し、ジローの肉棒が精液を子宮口に浴びせた瞬間に、エレノアの意識は飛んでいったのである。

夜の帳はとっくに降りていた。
ジロー達の姿は、海上を軽快に走る船の中にあった。船は、ゲイランのユシュウが乗ってきた海賊船。内装も豪華なもので、船長室には巨大なベッドも用意されていた。その部屋の中で、ジローと8人の愛嬢達が静かな寝息を立てている。
嵐魔、霧魔との闘いの後、囚われていた人々を解放したジロー達が港に着くと、2隻の船が沖合いに停泊していた。シバシで奪った海賊船である。後に聞いたところでは、黒い海賊船を追いかけて沖合いに出たものの、霧に閉ざされて見失ってしまたのだそうだ。だが、カトリ、ウルチェ、ハルイの3人娘がリュウカとアカイを叱咤激励し、方角だけを頼りに沿岸まで辿り着き、崖沿いを探索していたところ、急に崖が消えてその奥に港が見えたそうだ。で、怪しみながら偵察していた時にジロー達の姿が見えたらしい。
そのような偶然にも助けられて、ジロー達はひと時の平安を楽しんでいたのである。
<・・・ミス>
 アイラと抱き合って眠っていたルナは、ふと何かを感じた。頭が完全には目覚めてない状態だったが、何故か琴線に触れられたような気がした。
<なに・・・、かしら・・・>
<・・・ルテミス、・・・アルテミス・・・>
 瞬間、両目がぱっちりと見開かれた。誰かがルナのことを呼んでいるのだ。それも昔の名で・・・。
<誰?・・・>
<・・・アルテミス・・・、助けてくれ・・・、息子・・・>
 その時、ルナの脳裏にある思いがよぎった。
<兄上!?・・・>
<・・・助け・・・、アポ・・・を・・・>
 心の声が次第に小さくなり、消えていった。しかし、ルナの頭はしっかりと冴え、今しがたの出来事を心の中で鮮明に繰り返していた。
「ん?どうしたの・・・、ルナちゃん・・・」
 アイラがルナの震えを感じたのか目覚めたらしい。そして、自分の乳房に埋もれたルナの顔に涙の跡を見つけ、ルナの顔が見えるように自分の正面に動かした。
 ルナの銀色の瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。
「ルナちゃん。何かあった?・・・恐い夢を見たとか」
 ルナは無言で頭を振った。そして、アイラにキスをすると右手をアイラの股間部へ。指で草叢を掻き分け、スリットに到達するとゆっくりと擦り始める。
 アイラはルナのするに任せて舌を縺れ合わせた。そのうちに下半身がじんじんしてきて濡れ始めたのがわかる。すると、ルナの指が躊躇いも無く膣内に入ってきた。
「あ、んぅ・・」
 アイラの鼻から声が漏れた。
<・・・お姉さま・・・、聞こえますか?・・・>
 アイラの心の中にルナの言葉が入ってきた。
<聞こえるわよ。ルナちゃん・・・。どうしたの?>
 ルナは、心の会話を通して、今しがた経験したことをアイラに伝えた。ルナの心に残っている、兄?の言葉と共に。
<ルナちゃん。ジローを起こせる?>
 メッセージを直接心で聞いたアイラが、ルナに告げた。ジローはルナ達から少し離れてイェスイを抱きしめながら眠っている。
<やってみます。ジロー様・・・>
<ルナ様・・・?>
 イェスイの声が返ってきた。イェスイもまた『心触』の使い手であり、今はジローの肉棒を膣で咥えたままなので、ジローに送った回線か繋がったのだろう。
<イェスイ。ジローを起こしてくれる?>
<は、はい。お姉さま>
 イェスイがごそごそと動き、ようやくジローが目覚めたようだった。
<ん?どうしたんだ?こんな夜中に?>
<ジロー様、実は・・・>
 ルナが先ほどのことを話した。ジローは黙って心で聞き、受け取ったメッセージの重さを量ろうと思案する。その様子を感じたルナとイェスイは黙ってジローの答えを待とうとしたが、アイラだけはそう考えなかった。
<ジロー。一度ノルバに帰らない?>
 ジローもそのことは考えていた。各地を巡る旅も残すは中原だけとなったが、そこは敵地のど真ん中である。ドリアード攻防戦でジロー達のことも大分知られてしまっただろうし、簡単に潜入するのは難しいかもしれない。
<そう、だな・・・。戻る時が来ているのかもしれないな>
<はい>
 ルナの答えが返ってきた。その答えは心なしか明るく感じた。

「だ・・・、だめですよ!!あんな酷い目にあったのに、テセウスを助けるなんて・・・、罠に・・・、そう罠に決まってます!!」
 珍しくミスズが激高していた。翌朝になって、起き出して来た全員にルナの体験したことと、ノルバに戻ることを告げた時だった。ミスズは、ノルバに戻ることは良しとしても、その理由を聞いたときに感情が爆発するように叫んだのだった。
「ミスズ。ありがとう。でも、行かなくてはならないような気がするのです」
 ルナは静かに、しかし毅然とした態度で淡々とミスズに語りかけた。その口調に確固たる意思を感じて、ミスズの勢いは殺げてきた。
「で、でも・・・」
 そう言ったきり言葉を失ったかのように押し黙ったミスズ。結局彼女は船がフレアに入港するまで一言もしゃべらなかったのであった。
 ミスズが沈黙した中、なんだが気まずい雰囲気の中で、話が中座してしまっていた。ジローも愛嬢達もそれ以上は話し合わず、それぞれ船室を出て甲板に行ったり、もう一度ベッドに潜り込んだりしていた。
 アイラはミスズの肩をぽんと叩き、心配そうにミスズを見ているユキナに後を任せると船室を出て甲板に出る。朝の光が眩しい海上は、潮の香りに満ち溢れていた。
「あっ、アイラ様!」
 肩まで伸ばした深緑の髪を揺らしながらカトリが近づいて来た。
「ん、カトリ。朝早くから見回り?あんたも苦労性だねぇ」
 軽口をかけるアイラに、カトリは少しだけ微笑む。
「いいえ、アイラ様やジロー様達を安全にお届けするまでは気を抜けませんから。『9割9分をもって道半ばとせよ』という言葉もあるくらいですし」
「まあ、任せたよ。・・・ところで、今後の事だけど、ジローとあたし達は、一旦ノルバに戻ることにしたんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「うん。どうやらあっちでドンパチが始まりそうな感じなんだ。魔界の連中もいよいよ本格的に始動したみたいだしね」
「・・・そうですか。・・・あの、私もついて行っちゃ、だめですか?」
「ん?・・・断る理由はないけど、相手は魔界の連中だよ」
「危険はもとより承知の上です。私はアイラ様をお守り出来ればいいのですから」
 カトリは意思をしっかりと表明した。アイラは寝起きでちょっとくしゃくしゃの赤毛を手で掻きながら少しだけ考えたが、最後はカトリの意志に任せるしかないと決めたようだった。
「わかった。ジローにはあたしから話しておく」
「ありがとうございます。後でウルチェとハルイにも伝えておきますね」
 カトリは嬉しそうににっこり笑った。



ドレアム戦記 朱青風雲編 完

番外編2 「大河の畔で」

ドレアム戦記 黄龍戦乱編へ

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