ドレアム戦記

第4話

「くそっ、間に合わなかった!」
 ジローが悔しさを滲ませて言葉を吐き、地面を殴りつけた。
「ラカン兄・・・」
「兄さま・・・」
 ミスズとユキナは目前の光景を信じ難いとでも言うように、呆然と脱力している。
「ジロー、呆けている場合じゃないよ。カゲトラさんが危ない!」
 アイラの叫びにはっとして、カゲトラの姿を探す。その姿はすぐに見つかった。カゲトラは全身を血に染め、肩で息はしているものの、その『気』は息子を倒された怒りを纏い、離れていてもその燃え上がる闘気が目に見えるようだった。しかし、よく観れば左肩と脇腹の傷が深く、左手は構える長剣に添えているだけ、脇腹を覆う武具の隙間からは新たな赤い血が滲んできていた。
「ユキナ、カゲトラ殿を救出するんだ。いくぞ!!!」
 ジローの言葉に、ようやく立ち直るきっかけを得たユキナは、涙でぐしゅぐしゅになった顔でしっかりと頷くと、白虎鎗を握りなおした。
<ラカン兄さまの仇、・・・許さない>
 アイラ隊でも同様にアイラに促されたミスズが玄武坤を構えて走り出していた。その目尻には涙の跡が飛沫となって残っていた。
 ボルトンは後方の動きに気付いて振り向いたところだった。自分に向かってくる人間達を狂気の眼光で睨む。その妖光に宿るのは、カゲトラを倒す邪魔をされた怒りなのか、ラカンに右腕を潰された痛みなのか。
 ボルトンは使えなくなった右腕を自分で斬り落とし、身体を四つんばいの体制に移す。片手と両足で支えられた身体は殊の外安定している。そして、背骨に沿って肉が盛り上がり、何重もの刃が出現する。
 そこにミスズの投げた玄武坤が当たった。背中の刃は軽く弾く。遅れてユキナの白虎鎗から打ち出された真空の渦が正面から当たる。だがこれも、ボルトンの頭髪が変化した刃で打ち消されて四散した。
「ミスズ、ユキナ、怒りに任せて戦うのはよせ!」
 ジローが叫びながら、アイラと共に参戦する。
「そうよ。前のジローみたいになったら、怒るからね」
「んっ、そこでそれを云うか・・・」
「ジローもわかってるでしょ」
 アイラのいたずらっぽい表情だが真剣な眼差しを受けとめたジローは、もう大丈夫としっかりした眼で応えた。
 アイラとジローはつかの間眼を離しただけだったが、ボルトンは本能が呼びかけたのか、魔物そのものへと変貌を遂げていた。人としての言葉は獣の咆哮となり、怨念は篭っていたが理知的だった瞳は狂気に塗れた魔獣の相貌となってジロー達を睨みつける。
 ジロー、アイラ、ミスズ、ユキナが闘いを挑む中、エレノア、レイリア、イェスイの3名は後方の魔虎兵を撃退しながらカゲトラの軍勢の方へと移動した。先行したのがエレノアで、彼女はカゲトラの許へ駆け寄ると直ぐに『陽壁』を唱えてボルトンの攻撃の余波を防いだ。
「エレノア、ありがとうございます」
 声に振り向くとルナの姿があった。ルナはカゲトラの陣地の奥で待機していたのだが、状況が悪くなったのを見て出撃してきたのだ。しかし彼女もまた間に合わず、ラカンの死を防ぐことはできなかったことを悔やんでいた。今はただエレノアに守備を任せ、カゲトラの治療に専念することで悲しみを紛らわそうとしていた。
 虎の魔獣となったボルトンは、腕一本のハンデをものともせずにジロー達を相手に立ち回っていた。最も厄介なのが破壊しても破壊しても次々と生えてくる刃、相克の関係で相性のいいミスズの攻撃で何回砕いたかわからないが、その度直ぐに伸びてくるので味方の攻撃が身体まで到達していない。その上敏捷に動き回って左腕、両脚、尻尾、胴体、鋭利な牙を目まぐるしく繰り出す攻撃を仕掛けてくる。こちらは、アイラが朱雀扇で全面的に防いでいた。
 ジローはジリ貧となっている自分の攻撃を感じ、ウンディーネの激流を纏った刀を見つめた。と、彼の頭の中で、元の世界で見た物のことが閃いた。薄い水の膜を高速で打ち出すことにより硬いものも切断するウォーターカッター。
<もしかしたら・・・>
 ジローは心で念じた。すると刀に纏っていた激流がだんだんと静かになっていくような感じが伝わり、清流となって刀身に薄い膜のように広がっていくような気がした。
「はあっ!」
 気合一閃、ジローはアイラに襲い掛かるボルトンに刀を振り下ろした。ユキナの白虎鎗が反対側から背中の分厚い刃に当たって動きが止まった瞬間だった。
ザシュッ!
 確かな手応えを感じる。ボルトンの刃の鎧に一本の線が刻まれていた。その線は身体まで到達し、半身を深く切り裂いていた。
 そこにミスズの玄武坤が到達する。2枚合わせでゆっくりと回転する玄武坤が攻撃によって動きが止まったボルトンをようやく捉え、そのまま刃の鎧をものともせずに食い込んでいく。
 魔獣ボルトンは身体を玄武坤によって引き千切られ、断末魔の咆哮を天に向かって放ちながら崩れていった。
「ラカン・・・、仇は取ったわよ」
 ミスズがそう呟いた。

 激戦は続き、3日目がやってきた。
 連合と王国軍の決戦は、互いに犠牲を払いながらも大きなバランスの傾きは起きていなかった。ノルバ城の南側戦線はシデン侯爵が寡勢を以って帝国軍を上手くあしらい、戦いらしい戦いを起こさずにこう着状態が続いている。
 北側戦線は、敵将ボルトンを討ち取り、それに乗じた攻勢を行ったことで相当の打撃を与えることができていた。シメイの目論見は当たったが、味方もラカンという大きな犠牲を払っていた。カゲトラ公爵は、愛する息子を犠牲にしたことを非常に悔い、その陰鬱な気持ちを振り払うかの如くに敵の残党に対する掃討戦を行っていた。カゲトラ自身の傷も決して浅いものではなかったのだが、これは自分の仕事なのだと頑として聞き入れなかったのだ。ただ、残党の数は2千程度なので、今のカゲトラ軍が大きな痛手をこうむることはほぼないと言えるが、この戦いでの無理がカゲトラ自身に及ぼしたものは大きかったのである。
 そして東側戦線。北部、南部、中央部の3つの戦線に分かれた戦場は、両軍入乱れて互いに激しい戦いを繰り広げていた。鶴翼に陣を張った連合軍に対し、王国軍は倍の数に乗じた一斉攻撃をしかけたが、持ちこたえられたばかりか中央部に突出したチャガスハル率いる騎馬隊が炎の壁に阻まれたところを攻められ、半数を失うという失態まで冒した。しかし、それでも両軍全体の数でいえばまだまだ大差がついていることには間違いがない。
「う〜ん、どうやら敵も考えて来たようですね」
 シャオンから敵軍の動きを伝えられてシメイがそう漏らした。昨日までと違い、部屋にはもう1人、ルナの姿があった。北側戦線が掃討戦となったため、彼女は東側に移ったのである。ルナがここにいてジロー、イェスイと心の回線経由で連絡が取れるということは、ジロー達遊撃隊にとって多大な戦力アップにつながるのだ。
 ラカンの死は異母弟であるシメイにも大きな打撃だったが、彼にはそれを嘆いて止まっている時間はなかった。ただ、その時の状況を知るルナに会った最初に一言だけ尋ねた言葉が全てだった。
「ラカンは・・・、兄は、閣下を守り通したのですね」
「はい・・・」
 ルナの言葉を受けてシメイは部屋の壁の方へ身体を反転させ、肩を震わせた。そして、ほんの、ほんの暫くの間だけそうしていたのだった。
 そして、シメイは今、来るべき戦いに意識を集中させていた。自分の全能力を使うのがラカンへのはなむけと言わんばかりに。
「ルナ様、敵は北と南に戦力を集中させて来る動きを見せています。私が見るところ、大局的には南に戦力を集中させるようです。但し、騎馬隊の数が少ない。・・・戦場の流れ次第で、南にこちらの戦力が集中した頃合を見て、騎馬隊による一斉突撃が北に」
 シメイは地図の上に羽で出来た軍配をすうっとなぞるように這わせる。その先にはフドウ達が守る北部の陣地があった。
「ルナ様、アイラ殿の遊撃隊はフドウの近くにいますか?」
 ルナが頷いた。
「では、フドウに伝言をお願いします。どうやら今日が本当の決戦となりそうです。少し早いですが、『死門』を仕掛けますと」

 戦いの火蓋は切って落とされた。
 先に動いたのは北部戦線のターナトスだった。7千に減った歩兵隊を率いてフドウとテムジンの守る左翼に攻めかかる。テムジンは初日のように兵を伏せずにフドウを援護していた。伏兵は味方の兵力が不完全に掌握されていて有効な戦法である。テムジンの軍勢がここにいなければ、伏兵を警戒されてその分の兵力を割くことはできても、テムジンの軍勢は釘付けになってしまい、逆に残りの兵力で攻められるフドウが不利となるのだ。
 フドウとテムジンの兵力は合わせて4千、後方に控えるランの騎馬隊とカエイの弓兵隊を合わせれば兵力差は埋まる。アイラ経由でシメイからの伝言は受けているフドウだったが、仕掛けのタイミングは自分の判断と腹を決めていた。
 北部戦線が拮抗の様相を表した頃、南部戦線では大きな動きが始まっていた。敵の総司令でもあるツパイが自軍にクロッカスの残軍を纏めあげ、総勢1万7千をもって攻めかかったのである。守るはアルタイアとインドラの6千。彼我の差は3倍近い。
「面白い。腕が鳴るぜ!」
 アルタイアが不敵に笑う。隣のインドラに2言3言指示を出すと、自ら前線へと動いた。
「ふん、戦は生き物よ。数が多けりゃ勝つってものじゃない」
 インドラはそんな主君の後姿を尊敬の眼差しを持って見送るのだった。
 3倍の敵は初日のような薄皮を剥ぐような消耗戦ではなく、力押しを掛けてきた。アルタイアとしては、逆にこの方が組みし易い。3倍の敵をものともせずに、兵士を励ましながら勇戦している。敵軍は何度も突撃を繰り返しては、跳ね返されていた。味方の兵士達にも若干の死傷者は出ていたが、敵兵の方が倍する痛手をこうむっているのは間違いない。こうして見ると、ジローがクロッカスを討ったことが優位に働いていた。
 アルタイアとインドラの奮戦によって、南部戦線は王国軍の予想に反して持ちこたえた。だが、王国軍としてもそれは想定の内、連合軍の目を南に向けることこそが真の目的なのだから。
 ここで連合軍はノブシゲ旗下の1万の半数を南側に移動した。南側は善戦しているが、戦力差による圧力は予想以上に兵の消耗を激しくしているようだ。このまま右翼が破れれば、そのまま中央まで雪崩れ込まれ、勝敗の帰趨が一気に決まってしまう。
 援軍を得たことで南側戦線には少し余裕が出来た。ところが、これに対抗するように王国軍は騎馬隊を投入した。ジャムカ配下のチャガスハルを正将、王国軍からの出向組みのコスティガン、エレミィを副将とした1万強の騎馬が一斉に南へと動く。
 この動きにノブシゲは本陣が薄くなるのを覚悟の上で更に予備兵力を投入し、破壊力のある騎馬隊の攻撃を凌ごうと守りを固める。
 最初に突入したのはコスティガンの率いる2千の騎馬。歩兵達に混じってアルタイアの陣を叩く。アルタイアは増援された兵士を督戦して守る。突撃を受けて兵士達の壁に一瞬穴が開くが、直ぐに他の兵士達が増援して塞ぎ、逆に騎馬隊に槍と弓矢を向けられた騎馬兵が砕ける。そんな戦いが繰り広げられ、持久戦の様相を呈し始めていた。
 コスティガンの騎馬隊は何度も突撃を繰り返して揺さぶりを掛けた。まるで倍以上の騎馬隊が参戦しているかのように。そう、なぜならここに投入された騎馬隊は彼らだけだったのである。残りの騎馬隊は、南から転進、中央を飛ばして北へと向かっていたのだ。
この時点で一番守りが薄いのは、実は中央だった。だが、王国軍には、昨日攻めかかろうとして炎に巻かれ、手痛い敗北を喫したという心理が働いていたのである。中央は窪地のように周りを囲むよう陣地が配置されているため、責めかかって背後を炎で塞がれれば、逃げ場所がなくなってしまうのだ。

その動きは機動力に富んでいた。通常ならばなす術もなく北部戦線に雪崩れ込んだ騎馬隊に蹂躙されたことだろう。しかし、連合軍はその動きを上空から捉えている。シャオンの頼もしい相棒フレイアから、騎馬隊の動きは逐次報告され、その情報はシメイの指示と共にルナ経由でジローとアイラ隊にいるイェスイに伝えられていた。
自分達の動きがまさか知られていたとは露知らずのチャガスハルは、昨日の大敗の汚名をそそぐべく、副将のエレミィとともに騎馬隊を北へと進めていた。
チャガスハルは青龍地方でその名を知られ、7龍将に名を列しても不足は無い名将であった。しかし、彼は銀龍将ジャムカの片腕として身を粉にして働くことを選択した。ジャムカの騎馬隊が青龍地方最強を詠ったのも、常に影となってジャムカを支えたチャガスハルあってのことだと言っても差し支えはないだろう。
そして、ジャムカもまたこの忠実な剛将を信頼していた。玄武地方に逃れた時、騎馬隊の大半をチャガスハルに預けてウンディーネに赴いたのもその信頼感あってのもの。
しかし、ウンディーネに行ってジャムカは変わってしまった。見掛けや主従関係はまったく同じだったが、どこか・・・、そう、今まで絶対の忠誠を捧げていたチャガスハルに対してのジャムカの振る舞いに違和感を覚えたのである。それも一度二度ではなく。
 それは、その後ジャムカがネルガルチェ、ディルフィアという2人の美女をどこからか拾ってきて副将として傍に置き、今までのように直接話せる機会が殆どなくなるに至って決定的になった。もちろんチャガスハルもジャムカの美女好きは知っている。だが、武将として取立てるとなると今までのことから考えても常軌を逸していた。少なくとも、将として採用するならばチャガスハルに相談があっても良い筈なのである。となると・・・、彼がジャムカから一番の信頼を得る存在ではなくなったということは疑いようがなかった。
では、どうするか。チャガスハルの結論は単純明快。自分の武将としての能力をフルに発揮して、もう一度ジャムカに認められればいいのだと心に決めた。が、昨日の戦闘では思いもかけない炎の罠に嵌まってしまい、騎馬隊の半数を失うという失態を犯してしまった。
<もう、後はない・・・>
 チャガスハルはこれが最後のチャンスと心に決めていた。今回の作戦を立案したのももちろん彼であり、今のところはそれが見事にはまっている。
「チャガスハル殿、敵陣が見えます。守りも薄そうです。流石の戦術眼です」
 横を駆けるエレミィの言葉に自信を深くしながら頷くと、エレミィは了解の合図と共に自軍の騎馬隊を別方向に走らせる。
 チャガスハルの騎馬隊、エレミィの騎馬隊が北部戦線のフドウとテムジンの陣に真横から突入していく。
 陣後方から弓の一斉掃射が降ってくる。それを斜めに走らせて避け、もう一度方向転換して近寄っていく。後方で数騎は矢に当たったが、突撃の勢いを削ぐまではいかない。
<よし、敵の数は少ない>
 チャガスハルは勝利を確信して、フドウ軍の一番薄い処を突いた。槍衾を構えた歩兵は最初の一撃に耐えたが、そこまでだった。
 左翼側から敵の騎馬隊の動きが見えた。しかし、まだ遠い。4千の騎馬の奔流を食い止めるには時機を逸している。チャガスハルは馬上で瞬間的に判断して騎馬隊を前へと進める。堰を破って溢れた水の如く、フドウ軍の陣内に騎馬隊が次々と突入していく。敵兵はなす術もなく崩れ敗走し、辛うじて保っている敵将の陣営が視認できた。
「勝った!」
「はっ!」
 脇を固める騎兵の声が心なしか明るく力強く感じた。
<よし、これで殿下に認めてもらえる>
 騎馬隊は無人の野を進むが如く、フドウの陣を蹂躙した。もう、敗走する兵士達には見向きもせずに敵将の陣営を目指す。蹄が大地を踏みしめる音が魂を消し飛ばすように響き、陣営に肉薄した騎馬の先頭が、陣幕を切り裂いて突入する。
 後は、敵将の首を上げれば北部戦線は崩壊する。だが、チャガスハルはここで終わりとは思っていなかった。敗走する敵に便乗し、一気に敵本陣まで雪崩れ込む。
 チャガスハルは裂帛の気合を持って陣営に突入した。ところが、そこはもぬけのから。
<何!?>
 一瞬の戸惑い。そして、騎馬隊の流れが緩んだ瞬間だった。
 後方が明るくなり、同時に馬達の悲鳴のような嘶きが上がる。振り向くと遠目にもはっきり判る炎の竜が、背後を塞ぐように悠然と舞っている。その姿を見た馬達が我先に逃げ出そうと騎上の兵士ごと狂ったように駆け出し、突撃隊形が後方から乱された形になった。
「慌てるな!馬を落ち着かせるのだ、追撃するぞ!!」
 後方を塞がれた騎馬隊には、前方に駆けて敵軍を追撃するという選択肢しか用意されていなかった。しかし、それはチャガスハルの意思とぴったり当てはまっていたので、彼は特に疑問をもたずに指示を出す。
 後方を乱された騎馬隊だが、前の方は問題なく隊形が機能している。チャガスハルの号令によって、再び駆け出すまでに然程の時間は要しなかった。騎馬隊はフドウの陣営を踏み倒しながらその向こうに逃げ惑う敵兵を追った。
「いたぞ!あそこだ!!」
 騎馬隊は猛追し、フドウ軍の兵士達は必死になって走る。兵士達のゴールは窪地を下った先にある少し小高い丘。その坂を登れば低い林の木々が彼らの姿を隠してくれる。
 兵士達は次々と丘に辿り着き、木々の中に消えていく。その姿を目前に捉えながら、チャガスハルの騎馬隊が疾走する。だが、そこがわずかに下っていて、その場所が窪地であることは、馬上からでは余程注視しないとわからなかった。4千の騎馬は、知らない間に窪地へと駆け下りていたのである。
 最後の兵士が林に消え、それを追撃して肉薄する騎馬が差し掛かった時だった。
 林の中に、無数の馬防柵が出現した。同時に矢の雨が一斉に降ってきた。林に肉薄した騎馬兵は馬防柵に急に行く手を阻まれ、咄嗟の判断がつかぬうちに身体を槍に貫かれた。そして、その背後から迫る他の騎馬は、前が詰まったことで動きを封じられ、矢の雨を防ぐことも出来ずに全身に浴びた。
「撃て!矢筒の矢を全て使い切る気持ちで休まず撃て!」
 連弾のカエイは、自らも続けざまに矢を放ちながら、弓兵隊を叱咤激励した。そうしながら彼の目は、騎馬隊の中央にいる1人の威丈夫を捉えていた。降りしきる矢を剣で払い落とし、罠に掛かった騎馬隊に大声で気合を入れている。
 カエイは深呼吸して矢筒から弓を5本取り出した。そして、無音の世界に入り込んだように静かに右手で弓を支え、左手で弦を引く。その瞳は敵の将軍を見据えていた。
 弓が弓弦から消えた。実際は放たれたのだが、傍目からは消えたようにしか見えなかった。次の瞬間には新たな矢が弓にセットされ、また消える。セット、消え。セット。消え。セット。5本目の矢がカエイの弓から放たれるまで僅かな時だけしか流れなかった。
 その弓は一直線にチャガスハルに向かってきた。降って来たものとは、速度も威力も全く違う。武人として戦慄を覚えながらも、チャガスハルはその矢を剣で弾いた。だが、矢は1本だけではなかった。同じものが間を置かずに飛来して来たのだ。弾いた剣を返すことでもう1本は落とせた。しかし3本目はその右腕に、4本目は腹に深々と刺さる。そして、動きが止まったチャガスハルの喉を貫いたのは5本目の矢だった。青龍地方にその名を轟かせた名将は、玄武地方で散った。

 フドウが自らの陣営を棄ててまで仕掛けた『死門の陣』により、4千の騎兵は壊滅した。同じくテムジンも敵騎兵を滅ぼし、敵将エレミィを聖剣月光で討ち取っていた。
 騎兵が罠に掛かったことを察したターナトスは、味方を救うために兵を動かすが、炎の壁に阻まれて行く手を遮られたところに、ジローとアイラの両遊撃隊に横槍を突かれた上、ランの騎馬隊の突撃に掻き乱され、大混乱の中で敗走する。
 北部戦線がこのような急展開となっているとは知らないまま、南部戦線では大軍同士の総力戦が繰り広げられていた。
 力押しのツパイ率いる王国軍に対し、アルタイア、インドラ、ノブシゲの九頭竜将3名に率いられた連合軍が善戦していた。戦いは消耗戦の様相を呈したが、コスティガンの率いる騎馬隊のいる王国軍が優位だった。しかし、1本の矢が戦況を変えた。蛮勇に奔ったコスティガンが単独で先頭を切ったタイミングを見計らって、狙い済ましたかように1本の矢が飛来し、その矢を胸に受けたコスティガンは信じられないという表情のまま、馬から落ちたのだった。
 矢を放ったのは、連弾のカエイの妻であり、戦後に九頭竜将の1人としてその弓の美技を讃えられた弓兵隊長ケイであった。
 将を失った騎馬隊は、その統制を失った。集団で繰り返し突撃する戦法が効力を発揮できなくなり、大軍同士の戦闘のなかで行き場を失い次々と討ち取られていく。
 連合軍の死傷者は4千を超えていた。しかし、王国軍はそれを遥かに上回り、南部戦線だけで1万以上となっていた。
この段階となって、王国軍総大将のツパイは兵を引くことを決断、王国兵達はばらばらと戦場から逃れて行く。だが、連合軍も退却する敵軍を追撃するだけの力は残しておらず、疲労困憊の身体を何とか保ちながら見ているだけであった。
 
 その日の夜。
 大軍が激突した荒野に妖気が漂っていた。
荒野には、戦で命を落とした兵士達の屍が累々と横たわっている。本来ならば収容して手厚く葬るのだが、味方の消耗も激しく連合軍の陣地に近い遺体しか連れてこられなかったため、数千という死体が打ち捨てられていた。
妖気は、そんな死体達の無念の情が生んだのだろうか。否、妖気は北東の方角から浸食してくるように広がっていた。そして、その妖気の一番濃い場所には1人の妖美な女がゆっくりと歩いていた。
「うふふふふふ、こんなに美味しい食事はまたとないかもねぇ」
 廻りを見渡しながらそう呟いたのは、王国軍の魔物兵部隊を率いる妖女メギドアだった。彼女は戦場に散った兵士達の無念の『気』を食しに出向いたのであった。もちろん、部下である魔物達も一緒だった。
 魔物達は、死体に群がっていた。生きていようが死んでいようが、魔物にとって人間は美味な獲物なのである。
 メギドアは妖艶な微笑を湛えながら、廻りの魔物達を眺めていた。魔物達も久々の獲物に興奮している様子。
<お城の中じゃあ、こんなには食べられないしねぇ、やっぱり付いてきてよかったねぇ>
 実は、メギドアが大人しく戦いもせずに我慢していたのは、ここに来たのが戦うことというより、こういったものにありつけるからという理由があったからだった。まあ、戦えと言われれば吝かではないのだが。
「んっ、なんだい・・・?」
 メギドアが異変に気付いたのは、西の方角に光が奔った時だった。続いて、魔物達が急に動きを止め、ざわざわと怒りの波動を発し始めるのを感じた。続いて聞こえてきたのが魔物兵達の叫び声。
「あっちだね。行くよ」
 メギドアも移動する。そして、その先では・・・。

「ジロー様、魔物達が」
 背中合わせでアイラに抱かれて眠っていた筈のルナの一言でジローは一気に目覚めた。腕の中には、今日のジローとの添い寝を射止めたレイリアがジローの肉棒をしっかりとあそこに咥え込んだまま眠そうにむずがっている。
「ジロー。ボクも今『邪探』を掛けてみた。戦場で、奴ら、死体を陵辱してる」
 エレノアが半身を起こし、裸の胸を惜しげもなく晒しながらジローに向かってそう言った。横では一緒に寝ていたシャオンとユキナがまだ夢の中。
「魔物の好きにさせるわけには行かないな」
 ジローがレイリアを抱きかかえたまま身体を起こした。レイリアは半睡状態のまま、両脚をジローの腰に絡めて座位の姿勢でより深く繋がろうとした。
「レイリア、起きて」
「ふにぁ〜」
 レイリアは寝ぼけながら、それでも腰をゆっくりと動かして来た。どうやらそうしながら目覚めようとしているらしい。その間に、ルナと抱き合っていたアイラとイェスイを独占していたミスズが目覚めた。就寝前のエレノアに散々悪戯したユキナとシャオンは、シャオンは起きたがユキナはまだ夢の中。起こそうとするエレノアに逆に悪戯され始めていた。
 レイリアの腰が本格的に動き始め、膣肉が舌が蠢くようにジローの肉棒を刺激し始めて射精へと誘う頃になってようやくレイリアも目覚めた。そして、目覚めの一発をレイリアの膣内に放った頃には、全員が目覚め、そしてこれからの行動と目的を理解していた。
「死者を冒涜する行為、許せません」
 ルナが毅然と言い放った。イリスの生まれ変わりということを自覚して以来、心の在りようまで聖女へと変貌していただけに、魔物達のやっていることに怒りを覚えているようだ。
 ジロー達9人が野営用の陣幕を出て暗い道を歩き出した時、その入口に人影があった。
「テムジン」
「俺も行かせてくれ。恩は忘れていない」
 一瞬目があったジローとテムジン。
「助かるぜ。よろしく頼む」
 テムジンは頷くと一向に合流する。
深夜の陣営は見張りの兵士達を残して休んでいるため静まり返っていた。その中を余り大きな音を立てないように注意しながら歩く。と、後方から駆け寄ってくる足音が。振り向くと、2人の少年の姿があった。余程慌てて追ってきたのか肩で息をしているが、それでも顔は元気そのもので目は真剣そのものだった。
「師匠、僕達も連れて行ってください」
 ライデンが懇願した。横のシュラも頭を下げる。ジローはその姿に、困ったような顔をしてミスズとユキナを見た。彼女達からすれば2人は弟なので説得してくれないかという期待があったのだ。
「シュラ、ライデン。よく来ました。それでこそノルバ家の男子です」
 ミスズの言葉に唖然とするジロー。だが、隣のユキナもまた、肯定側のようでジローに対して逆に連れて行くようにお願いされてしまった。
「・・・わかった。だが、決してお前達だけで行動するな。俺達の傍にいるんだぞ」
「「はい!」」
 シュラとライデンは子供のように素直な返事を返す。
 12人に増えたジロー達は、静かに素早く陣営の出口まで移動した。そして、出口に差し掛かった時、門の柱に誰かが寄りかかっているのが見えた。
「おう、やっぱり来たか」
「ア、アルタイア!」
「戦場の方で妖しい『気』が立ち上っているので様子を見に来たのだが、・・・どうやらその格好を見ると楽しいことが始まりそうだな」
「ご名答と言いたいところだが、まさかお前も・・・」
「おう、もちろん行くぜ!」
「って、大将のお前が抜けてもいいのかよ」
「ああ、インドラに任せておけば大丈夫だ。兵の扱いなら俺よりインドラの上手いしな。あと数年もすれば将としても俺を超えちまうだろうよ」
「・・・わかった。頼りにしてるぜ」
「任せとけ」
 アルタイアが胸をドンと叩いて自信を見せた。ジローはふと振り返って皆の顔を見る。
「13人か・・・、元いた世界では不吉な数字だが・・・」
「ご主人さまぁ、13は幸運の数ですよぉ。12の方が不吉なんですぅ」
 レイリアの突っ込みにアイラも反応する。
「そうそう、4、7、9、13は幸運の数字よ。教えなかったっけ?」
「すまん、忘れてた」
 ジローは頭を掻きながら正直に謝った。
「ジロー様。参りましょう」
 ルナが和やかな話の腰を折るように促す。エレノアも少々恐い顔をしていた。それを見たジロー達は元の真剣な顔に戻り、そしてゆっくりと暗闇の戦場へ足を踏み入れていった。

「『太陽風』!」
「『光虹』!」
 呪文が高らかに唱えられると、聖なる光の帯が暗闇の中を照らし出す。
「「『雷鳴球』」」
 イェスイ、ライデンの2人が同時に唱えた雷の魔法は、白紫色の花火のような電撃を帯びた雷球がふわふわと漂いながら飛んで行き、それに触れたものに一瞬吸い付き、次に弾き飛ばしていく。
 そして、戦場の中では炎の虎と炎の竜が縦横無尽に暴れ廻り、魔物兵達を焦がしている。
 普通の考えならばたったの13人で多数の魔物と戦うことは無謀としか言いようがないが、ことジロー達に限っては決して無茶なことではなかった。暗闇の中で死体を貪っていた魔物兵達が、本能の趣くままに食事に集中していたことも幸いし、魔法による奇襲攻撃は見事に的中したのである。
 だが、その場にいる魔物の数がまさか1万にものぼるということをジロー達は知りえなかった。最初の奇襲で数百は葬ったかもしれないが、それでも大半が残っているのである。そして、残った連中は、ジロー達を敵、いや、それよりもむしろ格好の活餌と判断して殺到したのだった。
「来たぞ!」
 2枚の玄武坤が炎で照らされた闇空に弧を描きながら旋回し、先頭を切って駆けてきたグルメの魔物達を打ち倒す。その横では白虎鎗から放たれた真空の塊が炸裂し、魔物達が千切れ飛ぶ。
「こっちは行き止まりだよ!」
 アイラが側面に向かって朱雀扇を振ると、枯れ草が瞬間的に発熱して炎となり、瞬く間に炎の壁が出来上がる。その壁に向かっていた魔物は後ろからの味方に押されて止まることが出来ずに壁に呑まれ燃え尽くされていく。
 魔法と玄武坤と白虎鎗の攻撃を掻い潜って押し寄せた魔物も10体程度はいたが、近接戦闘担当のアルタイア、テムジン、シュラという達人にかかっては、触れることも出来ずに切り伏せされてしまうのが関の山だった。
 今この場を上空から見ることができたなら、魔物達で埋め尽くされた陰の『気』の中に生まれたジロー達が作り出す陽の『気』が広がって、まるで太極図のようになっていることがわかるであろう。陽の中心にはジロー達であり、陰の中心には敵将メギドアの姿がある筈であった。
 ジローはイフリータの化身した炎の竜を操りながら、押し寄せる魔物達をじっと見つめていた。今のところ魔物兵達なら数の問題だけで何とかなるだろう。だが、彼の予感が正しければ今まで以上の強さの敵が現れてもおかしくない。それに、これだけの数の魔物兵を率いる実力を持っている将が残っている。
 ジローの背中にぞくぞくしたものが走ったのは、暫くたってからだった。魔法による攻撃の威力は絶大で、既に魔物兵の半数以上は動いていなかったが、その残りの魔物の数を全部合わせたよりも寒気のする『気』がその方角にあった。
<ジロー様!>
 ルナが心を繋いできた。彼女はジロー以上に『気』を感じたのだろう。ジローは心でルナに返事をする。
「敵の将軍が来たぞ。みんな、気を緩めるな」
 すると、いつの間に横に来たのか、エレノアがジローと同じ方向を見つめていた。左目の灼熱の瞳が深い輝きを帯びている。魔物を調伏する伏魔の瞳が発動しているのだ。それは即ち、そこに強力な魔物がいることを意味していた。
「あっちにいる」
 エレノアが指差した方向は、太極図の陰の中心、魔物の密度が最も濃い場所だった。そして、ジローが感じた悪寒もその方角から来る妖気によるものであることは間違いない。
「よし。みんな、動くぞ」
 ジローの言葉に12名がそれぞれ同意する。アイラが炎の壁で背後に廻られないように細工し終わると、一斉に13人の戦士達は動いた。移動中は左右をミスズとテムジン、ユキナとアルタイアが支え、後方はアイラとシャオンが引き受けた。先頭はジローとシュラが剣技を競うように目にも留まらずに刀を振り続けながら、分厚い魔物の壁を強行突破していく。

 メギドアは、最初こそ戸惑っていたものの、何が起きているのか理解すると、自分の廻りにいる親衛隊格の魔物を集めて呪文を唱えた。
 呪文が成立し、それが魔物に降り注ぐと、魔物同士が交わるように密接し、そのまま接合部が溶けるように合わさって2体の魔物が1体の魔物となった。これこそがメギドアの異能力『融合』、魔物達を束ねて強力にする力だった。
 最終的に、魔物は32体がひとつとなり、その力は第2世代にも届くかというレベルまで引き上げられていた。メギドアの力の精を尽くした5対の魔物は力の衝動を抑えきれないように周囲の魔物を襲い始めていたが、今はそんなことよりもここに向かっている陽の『気』に対するのが全てとメギドアは待ち構えた。
<クロッケンを倒した奴かも知れないねぇ。となると、我らが主のためには、どんな犠牲を払っても倒さないといけないね>
 そう思いながら自分が作り出した5体の魔物を自身たっぷりに見つめる。魔物の周囲にいた他の魔物達は全て叩きのめされていたが、『融合』で作られた魔物はメギドアから一定の距離以上離れられないため、今は彼女の周りにぽっかりと空間が空いている形になっていた。その中を檻の中の猛獣のように徘徊する5体の魔物。
<さあ、いらっしゃい>

 魔物の数がどのくらいいたのかわからなかったが、数千以上はいたのではないだろうか。そこに僅か13人で切り込んでいくことは無謀に思えたが、彼等の能力はその不利な状況を覆して余りあるものだった。
 既に半数以上の魔物は斃され、メギドアの許へ突き進むジロー達を止める魔物達の壁は深く抉られて崩壊寸前だった。後方から襲おうと知恵を働かせた魔物もあったが、アイラの朱雀扇の炎に阻まれ、シャオンのフレイアが変身した炎の虎に襲われて炭になった。
 そしてついに、魔物の壁が途切れた。ふいに途切れたその場所は何故か開けていた。
「ジロー様、物凄い『気』が」
「ジロー、強い敵がくる」
 ルナとエレノアが同時に叫んだ。その時には全員が壁の内側に入り込んでおり、今まで追撃してきた魔物の攻撃もぴたりと止んでいた。
「ルナ、『月界壁』を何時でも張れるようにしていてくれ」
「はい」
 ジローも、辺りの異様さに気付いていた。壁の内側には、何故か魔物の死体が散乱している。引き裂かれ、潰され、死因は様々だが、これを短時間で行った何かがここにいるということを理解するには十分だった。
 そして、その予感は現実のものとなった。いつ現れたのか、4体の巨大な魔物が彼らを囲んでいたのである。そして、その後方には1体の8つ足の魔物に乗った1人の美女。
「待っていたよ。そんな人数でここまでやるとは、大したものね」
「お前は」
「私はメギドアよ。質問に答えたからあたしからも質問させてもらうわね。クロッケンを斃したのは貴方達?」
「ああ、そうだ」
 ジローの答えを聞いたメギドアが嗤った。見るものを魅了するような妖しい笑みが美しい顔全体に浮かぶ。
「そう。この戦いに勝つためには、貴方達を倒すことが一番のようね」
 メギドアの笑みが消え、魔物を抑えていた魔法の枷を解き放つ。4体の魔物は本能に従ってジロー達に襲いかかった。
「くうぅぅぅぅ、痺れるぜぃ」
 アルタイアが剛剣を振るうと剣圧が真空の刃となって宙を飛んだ。それが魔物に触れると魔物の肌に裂け目が出来るが、驚異的な再生能力で傷は直ぐに塞がった。
「加勢します!」
 ユキナが白虎鎗を構える。刃先には空気の槍が渦を巻いていた。

「シャオ、あたしは守りに徹するから、攻めは頼んだよ」
「まっかしといて。でも、一回フレイアを戻すからちょっとだけ時間作って」
 アイラが頷くのを見ると、シャオンは炎の虎となったフレイアを呼び戻して左手首の火の御守に収納した。そして、火の御守に填まっている6個の小玉をなぞるように上下逆の3角形を2つ描いてから再度フレイアを召喚した。
「フレイア、お願い」
 フレイアは軽く頷くと2つに分裂し、それぞれ変化を始める。その姿は獅子と大鷲となり、アイラへ猛攻を加えている魔物へと迫っていった。
「アイラ、お待たせ」

 テムジンが聖剣月光を正眼に構えていた。その背後には玄武坤を両手に掴んみ投擲の構えを取るミスズ。まるで1枚の絵のようなそのたたずまいは、誰が見ても見惚れてしまうだろう。
 2人は静かに魔物と対峙していた。本能に任せた破壊の衝動を持つはずの魔物は、2人の放つ『気』に気圧されたのかじいっと動かず、隙を窺っているかのようである。
 先に動いたのはテムジンだった。ミスズとは何の合図も交わさず、唐突な動きだったが、ミスズもほぼ同時に玄武坤を投擲していた。玄武坤が左右に放たれ、高速で回転しながら弧を描く。そして、左手の1枚は徐々にその面を垂直方向に変化させ、右手の玄武坤とクロスを描くように魔物に襲いかかった。
 魔物はそれを6本ある腕で弾こうとする。その動きで腕が開いた一瞬の間隙をぬってテムジンの必殺の突きが魔物の胴へ吸い込まれる。魔物は咄嗟に避けようとしたが、その行動で玄武坤の1枚を弾き損ね、腕の1本が斬りおとされた。テムジンの突きは脇を抉り、聖剣の力も加わってわき腹から生えた腕の付け根を腕ごと吹き飛ばした。
 怒り狂った魔物は、4本になった腕をぶんぶん振り回してミスズとテムジンに襲い掛かる。テムジンはそれを好機と受けとめて更にもう1本の聖剣月影を背中から抜き放ち、一閃。魔物の腕は上腕部から見事に両断されていた。同時に月光がもう1本の腕を切刻む。まるで剣舞を見ているかのような洗練された華麗な動きで魔物を翻弄していく。
 その間、ミスズは玄武坤を数度放っている。魔物の強さが第2世代クラスで、玄武坤1枚の力ではなかなか致命傷を与えるまでは行かなかったが、月の神殿でベザテードと戦った時以降の戦いの経験が彼女の武技を上昇させており、魔物の弱い部分を狙った攻撃が着実に効果を上げていた。
 テムジンとミスズは華麗かつ強壮な武の舞を競演し、メギドアが精魂込めて作り出した魔物を確実に弱らせていった。

 シュラの刀が魔物の腕を両断していた。後方で雷魔法を唱えたライデンとの絶妙のタイミングで、振り上げた刀に落雷を浴びせてそのまま斬る。その名は雷鳴剣。切り落とされた魔物の腕はぷすぷすと切り口が焦げ、魔物は雷の衝撃による痺れを感じて動きが止まっていた。
 それだけの時間があれば、ジローには十分だった。イフリータの爆炎を纏った刀が一閃、魔物は一刀両断されて地に崩れた。
 メギドアは驚愕を感じながらも、今ここでジロー達を倒すことが大事だと悟っていた。故に、魔物としての本性を現すことに躊躇しなかった。
「おのれぃ」
 メギドアの足が、跨っていた魔物の中に入り込んでいく。6度目の『融合』をすることで、自分の力を最大限に引き出すのだ。
 メギドアの身体が膨らむ。そして、魔物の顔に突き出た角が槍のように伸びてシュラに向かっていく。
「シュラ、下がれ!」
 ジローが叫ぶ。だが、間に合わない。シュラは咄嗟に避けることもあたわず、もろに攻撃を受け、後ろに飛ばされた。幸い、エレノアがシュラを中心に『陽壁』を張れたために傷は受けなかったが、衝撃をもろに受けて失神したようだ。
「ジロー、ボクも戦う」
 エレノアがジローの脇に立った。左目の灼熱の瞳がルビーよりもはるかに赤く深い色に輝いていた。
「こしゃくな!」
 メギドアは再び魔物の角を放とうとジロー達を向く、だが、ここで予期せぬ事態が発生した。魔物に融合していた身体が魔物から離れ、それどころか魔物自体も融合が解かれていくように分裂していく。
「『邪滅光』!!」
 エレノアから放たれた聖なる光が分裂した魔物に浴びせ掛けれられると、魔物は昇華するように光の中に消えていく。辛うじてメギドアのみが耐えることが出来たようだが、その身体には得体の知れないダメージを受けていた。
「な、何!?」
 メギドアが考える時間はもう残っていなかった。なぜなら、状況に戸惑っていた時には既に、烈炎を纏った刀身が目前に届いていたのだから。

 1万対13人の戦いは決着した。
「みんな、大丈夫か」
 ジローはそう云いながら、周囲の仲間達の無事を確認していた。13人という少人数のチームで戦っていたので、誰も斃されたりしていないのは知っていたが、怪我などはしていよう。見ると立っているのは数人で、他は戦いが終わったことにほっとしたのか地面に座り込んでいたり、自分の武器を杖代わりにして何とか身体を支えているものもいた。
「ぐふぁっ!疲れたぞ、さすがに」
 ジローもそう口にしながら、チームの中で唯一横になっているシュラの処に歩みよった。メギドアの攻撃を『陽壁』ごしとはいえまともに受けて、地面に叩きつけられた衝撃で気を失っているようだ。
「どうだ」
神聖魔法で治療に当たっているイェスイが大丈夫という表情で頷いたのをみてほっとする。とりあえずは命に別状はなさそうだ。
 ジローが他の仲間に目を向けると、もう1人の治癒魔法の使い手であるルナが、傷を負った仲間達を回りながら治療を続けていた。一番酷いのがアルタイアで、左手の裂傷は深く、右肩と左太股にも血が滲んでいる。ミスズとユキナも数箇所の切り傷があるようだ。唯一テムジンだけが殆ど傷を負っていないのは、流石というべきであろう。
 魔法使い組のレイリアとシャオン、ライデンも負傷はしていないようだが余程疲れたのであろう、3人ともぺたりと地面に座り込んでいた。
「ジロー。終わったね。・・・どうなることかと思ったけど、何とかなるもんだね」
 そう云いながら近寄ってきたのはアイラ。息は切れていたがジローと同じくらいは元気そうだ。
「ああ、だがエレノアがいなかったらもっと苦戦していただろうな」
 そう言って横の薄紫色のポニーテールを撫でる。と、エレノアは身体をジローに預けてきた。
「そうかもね。うん。頑張ったね、エレノア」
 アイラもそう云いながらエレノアの身体に触れる。すると、彼女の身体が小刻みに震えているのが伝わってきた。アイラははっとしてジローを見る。
「ジロー、まずいよ」
「えっ?」
「伏魔の瞳を使いすぎたのよ」
「ええっ!」
 その時には、エレノアの震えをジローも感じた。息は荒いというよりは色っぽい吐息のように聞こえてくる。ジローのわき腹から胸とところに顔を埋めて、しっかりとジローを掴んでいる両手は熱くなっている。そればかりかエレノア自身が自分の胸や股間をジローに密着してこすりつけようと蠢き始める。彼女は瞳を使った副作用によって、全身が淫気に苛まれて発情してしまったのである。
「アイラ、エレノアを俺の背に乗せてくれ」
「わかった、急いで戻りましょ。エレノア、あと少しだから我慢してね」
 ジローは疲労困憊の仲間達を無理やり促して帰路に立った。エレノアはジローの背中に担がれていたが、既に淫気に全身を苛まれてどうにもならない状態のようだった。帰路の間中、エレノアは本能のまま少しでも快感を得ようと、もぞもぞと自分の胸と股間をジローの背に擦り続けていた。
この後、自分達の陣幕に辿り着いたジロー達が、エレノアの求めるまま快楽を貪られたのは必然の出来事だといえよう。

 一方、メギドア率いる1万の魔物兵達はというと、将であるメギドアを含め全滅していた。
 その事実を両陣営が知ったのは、翌朝だった。王国軍はメギドアの軍勢がもぬけの殻となっていることに気付き、一瞬抜け駆けして夜襲を掛けたものと思った。しかし、連合軍の陣営が前日と変わらずに対峙していることを見、戦場に漂う残留妖気を感じて昨夜あったことを知ったのである。
 この時点で王国軍は7万強の軍勢の約3分の2を失っていた。まだ騎馬隊1万3千と歩兵1万2千が残っていたが、これ以上戦いを維持することははっきりいって難しかった。
 そして、総大将ツパイは兵を引くことを決断した。ところが、騎馬隊のジャムカは「俺は好きにする」と言って王城とは別の方向に去てしまったのである。
 ツパイは、残った軍勢を纏め上げ、残っている将軍格であるターナトスと共に全軍を敵陣に向けて整列させた。ただ、昨日までと違うのは、そのまま攻めかからずに気勢を上げるのみに徹したことだった。
 そうして、4日目の夕暮れ、つるべ落としの日が沈み、夜の帳が戦場を覆いつくした頃に、粛々と撤退を始めたのだった。
 しかし、王国軍のこの動きは、軍師シメイによって見破られていたのである。4日目の王国軍の態度から何かを察したシメイは、シャオンとフレイアの偵察によってジャムカ騎馬隊が立ち去ったことを知って、王国軍撤退の策を読んでいたのであった。
 王国軍の撤退を夜間と予想したシメイは、追撃可能な元気な兵士達を再編成した。まずは軽騎でランが先行し、フドウとテムジンが中軍、ノブシゲが後詰として本隊を率いる。但し、策の可能性の中にはジャムカの騎馬隊が神出鬼没であることも十分読みの中に入れ、これに対応するためにジロー達遊撃部隊も同行するようにしたのだった。
 こうして、後に『ノルバ城の戦い』と共に2つのノルバ大戦として語り継がれた『ノルバの決戦』は連合軍の勝利で幕を収めたのである。


ドレアム戦記 黄龍戦乱編 5話へ

投稿小説の目次へ