Harem weapons ―T


 昔々あるところに、腕のいい鍛冶屋がいた……

 その鍛冶屋が作った剣はいくら斬っても刃こぼれがなく、切れ味はカミソリのようだったという。
 噂は国中に広がり、他の国から剣を求めて人が訪ねてくるようになった。
 初めのうちは良かったのだが、そのうち多くの人が日夜関係なく鍛冶屋のもとを訪ね続けたため鍛冶屋は、だんだんと剣を作る事に嫌気がさしてきた。
 そこで鍛冶屋は、一振りの剣を作るのを最後に剣を作るのを辞めようと決心する。
 鍛冶屋は考えた、最後の剣はこの世にあるすべての剣よりも良く切れ、耐久性に優れた物にしようと。
 家に籠もり最後の一振りに取りかかる鍛冶屋、しかし切れ味と耐久性は相対するために両方を究極まで求めると、なかなか思うようなのは作れなかった。
 ある物はたとえ鋼であっても紙を裂くがごとく切れるが数回使うだけで折れてしまう、またある物はいかなる衝撃を加えようとも刃こぼれ一つおこさないが切れ味はないに等しい。
 失敗品が積み上げられる日々、鍛冶屋は納得できる物が作れずに悩んでいた。

 そんな時、鍛冶屋に訪問客がやってくる。
 真夜中にやってきたその男は、全身黒ずくめでどこかこの世の者ではない雰囲気を放っていた。
 男は、鍛冶屋にいい剣が作れないのは材料が悪いからでこれを使えば望み以上の物がつくれるだろうと話し、懐から黒い物体をだし机において去っていった。
 鍛冶屋は、男が去った後すぐに剣の制作に取りかかった。

 家からは七日七晩、剣を叩く音が続き、その音が消えたので近所の男が鍛冶屋の家を覗いて見たところ、鍛冶屋の姿はなく、その場には一本の剣が鞘にも収められずに置かれていたという……



「……で、その剣とやらがそれなわけ?」
 これ以上聞いていると話が長くなりそうなので、グラント・アナスタインは店主の話を途中で切る。
 このまま聞いていても、どうせ拾った男が大活躍したり、剣の魅力にとりつかれたりといったありきたりな話が続くだけだろう。
「そうか……これからが面白いのじゃがのう」
 店主のじじいは残念そうに言う。
「んで、その剣がさっき言ってた、やつなのか?」
 店主の後ろの壁に掛けてある剣を指さしながら再度聞く。
「おお、そうじゃ!この鞘に刻まれた文字を見ろ」
 そういって後ろの壁から剣を取り、グラントの目の前にずいと剣を差し出してくる。
「ん〜どれどれ……確かに刻まれてるな」
 目を細め注意深く、古びた鞘に刻まれた文字を確かめる。所々傷がついたり、色が煤けているのは年数が経っていることからだろうか。
「そうじゃろ。それこそが史上最高の剣であるレイディアであることの証じゃ」
「へぇ〜、抜かせてくれよ」
 興味をもったグラントは店主の手にあるレイディアに手を伸ばす。なんにせよ、結構良さそうな剣だ。
「だめじゃ」
 剣に伸びてきた手をぴしゃりと叩きながら店主は断る。
「レイディアは代々我が店に伝わる物、どこの馬の骨か分からないようなおまえになんか触らせるわけにはいかん」
「そんな硬いこと言うなよ〜ちょっと抜いてみるだけだからさぁ〜」
 あまりにも大事そうに抱えながら言うのでグラントは逆にその剣を触ってみたくなった。
「だめって言ったらだめじゃ!それにおまえなんかにレイディアは抜けん!」
「あん?どういう意味だよ?」
「ほう、知りたいか?」
 店主は、眼鏡をキラリと光らせてグラントの目を覗き込んでくる。
 
「いや、全然」
 さっきみたいに長話しをされてはたまらないのでグラントはきっぱりと断る。
「そうか、それは残念じゃ……。じゃあ、これは……」
 そういって剣を元あった所にしまおうとする。
「ちょ、ちょっと待てよ」
 そんな店主をあわてて呼び止めるグラント、こう見えて彼は結構執念深い性格(たち)である。欲しい者があったらなんとしてでも手に入れようとする、そんな男だ。
「ん?なんじゃ?」
「触らせるだけならいいだろ。貸してみろよ」
 むりやり店主の手から剣を取り上げる。
「か、返すのじゃ!」
「まぁ、堅い事言うなって、ふ〜ん、結構軽くていい感じ……」
 鞘に入ったまま剣を目の前にかかげるグラント。実際、剣を持ったのは初めてだがこの剣なら自分に合ってる気がする。
「ふん!好きにすればいい。どうせこの剣を抜いたものはいないのじゃから……」

 スラリ

「へぇ〜、綺麗な刃をしてるんだなぁ〜」
 店主の前に抜き身の剣を光にかざすグラントの姿があった。両刃の剣は、光量の少ない店の中でも光っている。
「なっ……!貴様……貴様がその剣を抜いたのか?」
「はぁ?なにいってんだ爺さん。俺が抜いたに決まってんだろう」
「レ、レイディアを抜く者があらわれるとは……」
 グラントが剣から目を離し横を見ると茫然と立っている店主がいた。
 その反応を見ている内に、自分がいけない事をしている気がして
「ん?どうした爺さん。あっ、もしかしてこの剣抜いちゃいけないもんだったのか?」
 そう言うと剣を収める。

 パチン

 軽く音を立て剣は、光輝く刀身を鞘に沈める。と、同時に張り詰めていた店の空気も緩むような気がした。
「………………」
「なに、黙ってるんだよ。安心しろ傷は付けてないから」
「ワシの見間違えかもしれんが、貴様、今その剣を抜いたか?」
「ん?抜いたけど……」
 なにを当たり前のことを聞くんだこの爺さんは、とグラントは思う。
「そうか……じゃあ、貴様が先代の言っていた『選ばれし者』なのかも知れんな……それにしてもこんな若造が……」
 店主は、グラントを上から下までじろじろと観察する。
「いきなりなに言ってんだよ。それに『選ばれし者』ってなんのことだよ」
 店主の視線から逃げるようにじりじりと後退りながらグラントは言う。
 店主は一つ大きなため息を吐くとグラントに説明をはじめる。
「よいか、貴様よく聞けよ。貴様が持っている剣は今まで抜かれた事がないのじゃ、いや、なかったというべきじゃな」
「おいおい、簡単に抜けたぜ……ってことは」
「そうじゃ、貴様が初めてレイディアを抜いた人間ということになるな」
「はぁ〜?」
 あまりにも現実とかけ離れた事を言うのでグラントの口から間抜けな声が出てしまう。
「な、なんで俺が?」
「そんなのこっちが知りたいくらいじゃ。それにまだ驚くのは終わりじゃないぞ」
「ま、まだあんの〜」
「我が店には抜けない剣と一緒に継がれている言葉がある「『力ある選ばれしものレイディアを抜く時、世に再び戦乱の渦が吹き荒れよう』という言葉じゃ」
 店主がいい終わった後、重い沈黙が店内を包み込む。
「その『選ばれしもの』ってのはやっぱり……」
 言葉を区切り自分を指差すグラント。
 それに対し、店主は大きく頷く。
「まぁ、所詮予言じゃし大したことはないと思うが……」
「そ、そうだよな!この剣だって引っ掛かってたのがたまたま俺が触った拍子に外れたとかだよな」
 グラントはそう言うと、ははは、と笑う。笑い声は力なく店内に響いた。
「そうだといいのじゃが……どっちにしてもその剣は貴様が持っていたほうがよさそうじゃな」
「それもそうだな。結構いい剣だし、有り難くもらっておくよ」
 そうだ店主のおかげでケチ付いたが、剣自体は結構気に入っていた、ということをグラントは考えつつ店を去ろうとする。
「ちょいと待ち」

 ぐい

 グラントを掴む店主。
「ああん?……なんだその手は?」
「お代じゃ、お代」
 店主は言いつつ、手をずいと近付けてくる。
「だってこれ、くれるって……」
「そんなことは一言も言っておらんわ!しっかり30000ゴールド払いな」
「はぁ、金とるのかよ……って30000ゴールド!ふざけんな!そんな大金払えるわけねーだろ!」
 普通の剣が1000ゴールドそこらで買うことができるのでグラントが怒るのも無理がない。
「そりゃあ、そうじゃろう。その剣は家宝のようなものじゃからな。それでも安いもんじゃろうて」
「とにかく!」グラントはカウンターを拳で叩きつけて言う「家宝だかなんだか知んないけど、そんな大金払う気はないね!」
 せっかく、旅に出るために貯めていた金をこんなところで使う馬鹿はいないだろう。
「なにを言うのじゃ!もとはと言えば貴様がわしの制止も聞かず勝手に剣を抜いたのが悪いのではないか!」
 店主も負けずに言い返す。転んでもただでは起きない、さすが商売人と言ったところか。
「うぅ……それもそうなんだが……」
 元よりグラントは口より体を動かすのが得意なタイプなので、店主に勝てず口吃ってしまう。
「それなら、30000ゴールド払うのじゃ!」
「ねえ……少しまけてくんない?」
「だめじゃ、ビタ一文もまけないわい!」
「はぁ……しょうがない……」
 誰にも抜けない剣をそのままにしておくのも気が引けるし、剣も必要だったからいいか、グラントは腰に提げている袋から金貨を出し数えて渡す。
「ほら、30000ゴールド」
「ふむ、ちゃんとあるみたいじゃの」
「ケッ、じゃあな」
 グラントは荒々しく剣を腰に差すと店を出た。



「ひい、ふう、みい……はぁ、今のせいで金がなくなっちゃったよ。次の街に着いたら簡単な仕事探して金もらわなくちゃなぁ〜」
 店を出たグラントは袋の金を数えながら言う。正直、今の所持金では宿に泊まるので精一杯だ。
「まぁ、伝説の剣も手に入れたし、結構いい買い物だったのかもしれないな」
 所持金のほとんどを一瞬で使ってしまう点といい、常に前向きな所といい、グラントは冒険者向きの性格といえるだろう。
「さぁ、行きますかぁ」
 そう言うと、グラントは雑踏のなかに足を踏み入れていった。



   ◆ ◆ ◆

 店内では
「ふぉふぉ、今日も馬鹿がレイディアを買っていきおったわい」
 そう言って笑う店主の姿があった。
「元値がたいしたことない剣でも、少し良い鞘を付けて伝説の剣レイディアだって言えば数百倍で売れるんじゃからな」
 今頃、レイディア(実際はただの剣)を腰に差して颯爽と歩いているであろうさっきの若者のことを考えると、自然と頬がゆるんでしまう。
「ふふ……おっといかん、次の客が来る前に準備しておかなくては」
 店主は、カウンターの下から新たなレイディアを取出し、目に付きそうな所にさり気なく飾る。
「ふふ……これでよしじゃ」
 そうして店主は次の客(カモ)が来るまで薄暗い店で待つのだった……



   ◆ ◆ ◆

 自分の差している剣がレイディアだと信じて疑わないグラントは今宵の宿を求め、夕陽で赤く染まった街を歩いていた。
「野菜!野菜!野菜はいらないかぁ〜安いよぉ〜」
「鳥肉、豚肉、牛肉、なんでもあるよぉ〜」
「パン!おいしいパン!夕食にどおかねぇ〜」
「兄さん!浮かない顔してるねぇ、一杯ひっかけていかねぇかい?」
 夕方、一日最後の売り時とあって物売り達が声を張り上げている。
 限界まで値段を引き下げようとする女性や、一つでも多く売ってやろうと必死で声を張り上げる肉屋、別に買う気はないけど店をひやかす客とそれを追い返す露店の親父。それらが混じり合い街は不思議な熱気に包まれていた。
 本来そう言うものが大好きなグラントは、その喧騒に入りたかったのだが、いかんせん先立つもののほとんどが腰のものに換わってしまったため露店に目もくれず黙々と歩いている。
「とりあえず、宿を探さなくちゃな」
 グラントは目当てのものはどこか、と周りを見渡す。

 わあぁぁぁぁ

「……ん?」
 そんなときどこからともなく歓声が聞こえてきた。
「何かな?行ってみよう」
 何があるのか気になるグラントは歓声の聞こえた方に歩いていく。

 少し歩くと、道が開け広場にでた。結構な人が集まっているところを見るとさっきの歓声はここから聞こえたようだ。
「なあ、あれなんだい?」
 人だかりの方を指さして、向こうから歩いてきた男にグラントは聞く。
「ああ、踊り子だよ」
「へえ……踊り子か」
 そう、言われて見れば人の間から踊っているような女の姿が見える。
 グラントは興味を持ったので見ることにした。人垣をかき分けのぞき込む。

「……へえ、こいつはけっこう」
 夕陽で赤く染まったもとは金色であろう長い髪が、彼女が舞うたびに手首に巻いてあるなめらかな布とともにさらさらと流れる。
 夕陽に照らされた広場という即席ステージの上で彼女は踊っていた。いや、舞っていたというのが正しいかもしれない。それほど、彼女の踊りは軽やかで、そして優雅だったのだ。
 決して激しい踊りではない、むしろ動きとしては物足りないような気もする。しかし、グラントはその動きから目を離せなくなっていた。
 少ない動きながらも、動きの一つ一つが非常に洗練されており。見ている人を飽きさせないのだ。
 流れるようなステップ、扇情的な腰の動き、長い髪の間から時々覗く切れ長の眼、それらが一層彼女の美しさを引き立てているようで、踊っている女に興味を持った。
「……ふう」
 グラントの口からは自然とため息が漏れていた。
 それにしても、どこの踊りなのだろう。
 動きが様々な動物をイメージしていることは分かるのだが、実際にこんな踊りは、見たことも聞いたこともない。
 それに注意して見ると、動きの所々が踊りではない、何か別のもののような気もする。見ていてゾクッとする、興奮するとかではなく、なにか身の危険を感じるようような……それが何か?と問われると答えられないのだが……。

 わあぁぁぁぁ

 グラントがそんな事を考えていたら踊りは終わっていたようで周りの人々から歓声があがる。
 踊っていた彼女は、周りの人に向かって礼をしている。
 これで踊りはすべて終わりのようで、人々は彼女の足下に置いてある缶にお金を投げ入れては去っていった。
 時折、彼女を食事にでも誘おうというのか男二、三人が連れだって彼女に話しかけているが、様子を見ている限り成功しているようには見えない。
 グラントが、夕陽に染まった広場の光景を何をするともなく眺めていると
「ねえそこの剣士さん、あなたはお金入れてくれないの?」
 顔を上げると、踊り子がこっちを見ている。
 踊っているときは大人びた印象だったのだが、意外にも声が幼い。
「ん?ああ、入れるよ」
 グラントが金を入れるのを、踊り子はじっと見ている。
 彼女が見ている手前、わずかな小銭を入れるわけにもいかず、グラントは少ない所持金の中から結構なお金を取り出して渡した。まあ、彼女が美人だったのが大きな理由でもあるのだが……。
「わ〜お、こんなにくれるの。結構お金持っているのね?」
「ま、まあな、大きな仕事終わらしたとこだからな」
 綺麗な女性の手前、グラントがつい見栄を張ってしまうのはしょうがないことといえよう。
「………………」
 彼女は、しばらく悩んだ後
「ねえ、おなか減ってない」と切り出した。
「おなか?減ってるけど……」
「そう!なよ良かった!行きましょ」
 そう言って、グラントの腕を引っ張って歩き出した。
「何?何が?」
 訳が分からないグラント、しかし踊り子は「いいからいいから」と言うと我が道を行くといった感じでずいずいと腕を引いて歩いていく。
 手を引かれながらグラントはこう思った。


ま、いっか美人だし……



   ◆ ◆ ◆

町の一角にある酒場ではなかよく今まさに宴を始めようとしている男女の姿があった。この場合酒場と呼ばれるものは一階が酒場、二階が宿屋という至って一般的な物である。
「んじゃ、かんぱーい」
「おう、かんぱい」
そういってコップを掲げる女性は先程の踊り子であり、女性に付き合ってコップを合わせているのがグラントである。
見ていて気持ちがいいくらいの飲みっぷりでコップを空にした踊り子が言う
「んじゃ、まず自己紹介からね」
そういわれて、グラントが初めて自分達がお互いの名前を知らないことに気付く。
「俺は、グラント・アナスタイン。見ての通り剣士だ」
実際は、まだ剣もろくに握ったこともないのだが見栄を張ってしまった。
「あたしは、アイ……じゃなかったシリア・リーベルト。あたしも見ての通り踊り子よ」
シリアは、ひと目で踊り子と分かるような非常に露出度の高い服装をしており、ここにくるまでにも多くの人の視線を浴びていた。まぁ、彼女は慣れているらしく気にもしないで歩いていたのだが。
 グラントは、そんなことを考えていた為、シリアが名前を言う時に詰まったのを聞き逃していた。
「そう踊りといえばさ、さっきシリアが踊ってたのはどこの踊りなんだ?」
 丁度いいので気になっていたことを聞いてみる。
「ああ、あれは私オリジナルなの、旅をしている間に見たほかの踊りとかから気に入ったのを真似して私なりにアレンジを加えるってわけ」
「へ〜、そうなんだ。踊りの他にもなんか取り入れてるの?」
 運ばれてきたこの地方特有の料理――たしか鶏肉のなんとか煮と記憶している――をフォ―クで突っつきながらさらに聞く。うん、これはいける。
「いえ、別に踊りだけだけど……なんで?」
「うん?」グラントは箸(フォ―ク)を止めて考え込む「そういえば何でだろう。踊りに見えなかった動きがあったのかな……」
 やはり、ただの剣士ではないのか?教会の回し者かも……。
 目の前で、悩んでいるグラントに対しシリアは人知れず警戒心を高めた。
「まあいっかよくわかんねえ、気のせいだろ。あれ?食べないの?」
 グラントが箱ばれてきたままになっている料理を指さして言う。
「えっ?ああ、食べるわよ」
 急いで食べ始めるシリア。そんなにはやく食べなくてもいいのにと思う。
「ところで、さっきから気になってるんだけどその剣なに?大切そうに身に付けているけど」
 グラントの腰のものを指差して聞いてくる。
 普通、酒場など食事をするところでは剣をはずし傍らに置いておくのだが、グラントは剣を腰に差したままなのでシリアが不思議に思うのも無理はない。
「ああ、これはな……」
 酒の勢いも手伝って今日武器屋であったことをシリアに話すグラント。
「へえ〜〜、凄いね〜」
 他人から見れば騙されているのでは?とおもうのだがこの能天気な男は本物と疑っていないらしい、まあ伝説の剣ではないとしても結構な剣みたいね、シリアは相槌をうちながら考える。
 
 その後、シリアの旅の話を聞いてるうちに夜は更け
「あれ、もうこんな時間なのね」
 周りを見渡したシリアが酒場に残っている人が数人しかいない事に気付く。知らないうちにずいぶんと話し込んでいたようだ。
「ん?ああ、ホントだ」
 こんなに話し込んだのは久しぶりだな。
「じゃ、そろそろ……」
 結構食べたり飲んだりしたのでお代の方が心配だ。足りるかな?グラントは残っているお金を頭の中で計算する。
「あっ、あたしここに泊まってるから……ねっ」
 シリアが、グラントを見つめながら言う。
 彼女にとっては、裏の意味があったのだがちょうど金の計算をしていたグラントは違う意味に取ったようだ。あたしここに泊まってるからお代は宿代に付けてもらうわ、と。
「ん?そう。じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になる」
「えっ、ご馳走になる?何いってんの?」
 シリアは、全然見当違いのことを言い出したグラントに聞いてみる。まさか、男女の間の暗黙の了解を知らないわけではあるまい。
「いや、今言ってただろ?お代は、泊まってる宿に付けてもらうからってさ」
「んなこと言うかっ!!」
 シリアが突っ込むまでの時間、その間わずかに0.1秒。
「いい!よく聞きなさいよ!あたしが言いたいのは」そこでシリアは一度言葉を切り、店内に響き渡るような声で目の前の男に言葉をぶつける。

「今夜、私の部屋に来ないってこと!わかった?」

突然の大声で、店内に残っていた、仕事仲間と二人で酒を飲む男、一人料理をつまむ老人、コップを拭いている店主、テーブルを片づけている若い店員がグラントとシリアの方に注目する。
「なるほどそう言うことだったのか。わかったわかった」
「そう、ならいいわ。さっさと行きましょ」
「おう」
連れだって店の奥の階段から消えていく二人。

それを横目で見ながら
「若いっていいねぇ〜……親爺、酒もう一杯づつくれ」
「……はい、これサービスです」
「わしも、久しぶりに飲もうかのう、そんな気分じゃ……」
「じゃあ、僕も飲みます。仕事ももう終わりだしいいですよね?」
「ああいいぞ、……俺も飲むか」
 彼らのなかには友情が芽生えたという。
 男たちの夜は更けていく……。


 
   ◆ ◆ ◆

 一方、二人はと言うと。
「はい、ここがあたしの部屋」
 シリアが先に立って、グラントを招き入れる。
「ああ」
 やっぱり部屋に招くって事は、あれだよな……。それにしても、会ったばっかなのにいいのだろうか……踊り子ってそう言うことにオープンなのか?シリアについて部屋に入りながらグラントは考える。
「その辺に適当に座って」
 座れと言われても部屋にはベットしかないのでグラントはベットに腰掛ける。
「お酒飲むよね?」
 どこから出したのか二つのグラスと酒の瓶を持ちながらシリアが聞いてくる。
「ああ、もらうよ」
 泥酔とまではいかないものの結構酔っていたのだが、断るのも悪いのでもらうことにした。
 グラントの言葉を聞き、グラスに茶色い液体を注ぎ込むシリア、彼女は液体を入れるついでに何かを入れたのだが、それはグラントの知るところではなかった。
「はい」
「ああ、ありがと」
 手を伸ばしてグラスを受け取るグラント
「ふふっ、乾杯」
「乾杯」
 窓から差し込む月明かりのもと。二人は本日二度目となる乾杯を交わしたのだった。
 ごくっ、ごくっ、ごくっ 
「ぷはー」
 一息でグラスを空にするグラント。そんな、彼の様子を横から伺うシリア。
「それじゃあ、……」

ぐにゃ

 話を続けようとして、グラントは急に視界がゆがむのを感じる。
「あれ……、酔ったかな?」
 次に世界がぐるぐると回りだす。そんな簡単に酔わないはずなのだが。
「ふふっ」 
 その様子を見ていたシリアが満足げな笑いをもらす。自分の計画が万事うまくいっているそんな笑い。
 グラントの意識はどんどんと遠くなり
「ごめんね〜」
 その言葉を聞いたのを最後にグラントの意識は暗い海の底へと沈んでいった……


「……さて」
 横で寝ているグラントをちらりと見ると、反動を付けてベットから飛び上がる
トッ  
 わずかな音を立て床に降り立つとシリアは、金色に光る自分の髪をつかみそれを部屋の端にあるゴミ箱に投げ入れる。
 ばさっ
 カツラの下に隠れていた燃えるような紅い髪の毛が窓から差し込む月の光の下に広がる。
 髪の色は気に入ってるのだが、この髪のせいで自分自身が『紅い悪魔』と呼ばれているのは気に入らない。もっとかわいい『紅い天女』とかにしてくれればいいのにと思う。まあ、悪魔と呼ばれるのにはそれ相当の理由があるのだが……。
「それじゃあ、仕事を始めますか……、いい夢見てね」
 紅い髪をした女は、間抜けな顔をして爆睡するグラントにそう告げるのだった。



Harem weapons ―U

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