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第14回 根付鑑賞における拡大鏡(ルーペ)の選び方
平成15年8月23日



 みなさんは根付をどのように鑑賞していますか? 

 普段は掌に転がしてみたり、自慢の桐箱のコレクション・ボックスからビロードの敷布の上に取り出して鑑賞していると思います。普段は裸眼での鑑賞でしょうが、
拡大鏡(ルーペ)を使用すると、またひと味違った世界が見えてきます。根付は掌の小宇宙と呼ばれます。大きさがせいぜい3、4cm四方の小さな彫刻物です。根付師たちが投入した卓越した技術とワザを、ルーペでトコトン見てあげるのが礼儀です。今回は根付鑑賞に欠かせないアイテム、拡大鏡(ルーペ)について書いてみたいと思います。



 
ルーペで何を見るか

 ルーペを使用して根付の何を見るのでしょうか? 私の場合は、主に、根付の彫りを中心とした根付師の
技術材質、そして傷の状況の確認に使用しています。ルーペを使うと、裸眼で見るよりもさらに新しい発見をもたらしてくれることがあります。一粒で二度オイシイとはこのことです。

 非常に小さな面積に細かい彫りを入れている場合、ルーペを使用するとその技術に驚かされる場合があります。裸眼では分からなかった繊細な彫法に感嘆しながらルーペを覗くことになります。彫法とはすなわち彫刻刀の操作です。ルーペを使用すると、象牙の切り込みの方向が分かり、結果として根付師の彫刻の手癖が特徴として掴める場合があります。

 江戸時代末期や明治時代の象牙彫刻の工房の様子を描いた絵には、
メガネをかけた根付師が描かれていることがあります。細かい作業には彼らもルーペが必要だったのでしょう。例えば、W.E.Griffisという人が1888年にレポートしたHarper's Magazineという雑誌の記事には、東京の象牙屋の風景を描いた挿絵が載っています。工房では、簡単な加工を行っている丁稚と思われる3人の人物と、上座で細かい彫刻をしている2人の彫刻師が描かれていますが、彫刻師の2人ともがメガネをかけています。拡大鏡を用いて作られた作品に対しては、やはり、鑑賞者の側も拡大鏡が必要でしょう。("Japanese Ivory Carving", Netsuke Kenkyukai Study Journal, Vol. 5 Number 4, 1985)

 材料が本象牙であるかニセモノ(練り物)であるかの判別方法として、表面の古色や透明度を観察する方法があります。本物の象牙の場合は、経年変化や実際の使用により、表面的ではなく、
内部まで染みこむような美しい黄金色の光の反射があります。その確認のためには、光りを当ててみながらルーペで検証するとより確実です。

 材質が象牙であるのか、それとも鹿角であるのか、その判断が難しいときがあります。鹿角には、特有の鬆の部分(骨の髄のようなもの)とウニウニと脳味噌のように折り重なる組織があるので、これらをルーペで発見すれば区別は必ず付きます。いちど理解すると間違うことはないので、見本の写真で覚えておきましょう。


無銘 靴を履く異国人 3.5cm 鹿角 19世紀 背中の部分の拡大
(鹿角特有のウニウニとした組織が確認できる)



 しかし一方、ルーペの使用はよいことばかりではありません。多くの場合、裸眼では分からなかった多くの細かい傷を発見することになるでしょう。私も、ある大事にしていた動物物の象牙根付について、裸眼では分からなかった細かいひび割れを発見してしまい、がっかりしてしまったことがあります。このようなときは、これは経年変化による時代性の証明、として冷静に受け止めるしかありません。

 この細かい傷の入り方によって、実際に使用されていたものであるかどうかが分かる場合があります。真贋のポイントです。紐通し穴のある根付には、構造上、紐通し穴の周辺とその反対側に傷が多く付くことになります。紐通し穴を通じて重い提げ物を支えることになるため、紐通し穴のある底面と帯との間で相当な摩擦があるはずです。

 また、紐通し穴の反対側の側面ですが、通常は右後ろ腰にぶら下げられる根付は、右袖を触れ合います。歩行と同時に右手を振れば、その歩数分だけ摩擦が起きることになります。この紐通し穴の反対側は、根付を帯の裏をくぐらせるときにも、帯の裏側に擦られることとなります。



 
穴(アナ)を覗きましょう

 もしルーペを手に入れられたら、まず、
紐通し穴の内部をじっくりと観察しましょう。紐通し穴こそ"小宇宙"といえるかもしれません。実用上、紐通し穴の周辺に最も傷が付きやすいこととなります。ルーペで擦れたような傷を発見できれば、実際に実用されていた証拠となります。

 実用上の損傷を防ぐために、
根付師は紐通し穴の構造に意を尽くしました。非常に注意を払ったパーツだと思います。二方向からの穴が内部で「」状に交差すると、交差の部分が鋭利となり、紐が切れやすくなる原因となります。下手くそな根付師は「×」状に穴を開けてしまいます。このような紐通し穴は、大量生産によりドリルで簡単に開けられた証拠で、論外です。

 最も丁寧な紐通し穴は内部で「
」状になっていて、紐の玉を収納する大きな空間を一方に開けつつ、穴の奥で紐が切れないように滑らかな曲線構造とします。きちんとした根付師は、優秀な日本製品のように実用上の配慮をきちんとしています。

 ちなみに、紐通し穴には非常に蘊蓄があるようです。紐通し穴の中に銘を隠して彫った根付師が居たそうです。また、紐通し穴の考察だけで900ページの1冊の本を書いてしまった外国人もいるくらいです。("The Wonderful World of HIMOTOSHI", Oscar O. Fischer, 1988)



 
拡大鏡は良心の鏡(?!)

 骨董屋に行くと、たいていはルーペがおかれています。品物を眺めていると、店の主人が気を利かせて、客に対してルーペの使用を勧めてくれることがあります。そのような"お勧め"には意味があります。店主はその骨董品に対して、よほど深い自信を持っていることを示しています。

 骨董屋は一般に、ルーペで商品が見られることを嫌がる傾向にあります。裸眼では分からなかった細かい傷が発見されたり、真贋判定上の重要な欠点を発見されてしまうおそれがあるからです。堂々と商品に自信のある業者は恐れません。怪しい骨董屋では、店内の照明は極力暗くします。商品購入をせかす空気があり、ゴチャゴチャしていて、落ち着きません。そんな骨董屋の商品は怪しいものが多く、私は避けています。客が手にとってジロジロと商品を見ていると、いきなり取り上げてしまう乱暴な骨董屋も知っています。そのような骨董屋は論外です。

 良心的な店は、落ち着いた雰囲気で、音楽が静かに流れる広い部屋、腰まで沈むフカフカのソファ、お願いせずとも勧めてくれるルーペ、根付鑑賞の驚きと興奮を静めてくれる冷たいお茶も提供、そんな環境で根付を見せてくれます。ルーペは、良心的骨董屋の必須アイテムなのです。

 根付は実用を前提とした彫刻です。実際に使用された痕跡や素晴らしい彫刻の技術は、ルーペを使わないと分からないことがあります。鹿角や鯨歯の材質の判定は、ルーペがなければ不可能です。根付の鑑賞においてルーペを勧めるということは、すなわち、商品が裸になる覚悟があるということです。このように、
ルーペを勧める店は良心的、ルーペを所望しても貸してくれない骨董屋は敬遠、という経験則があります。



 必要な倍率、材質のこだわり

 ルーペは、非常の多くの種類が発売されています。
自分の使用目的に合致したルーぺーを見つけることが必要です。

 根付専用のルーペ選びの際には最適な拡大率を選びましょう。読書用のルーペは4倍くらいまで。宝石鑑定などの業務用は10〜20倍のルーペが用いられています。
根付観察にはその中間の5〜7倍の拡大率が最適なようです。私は7倍を使用しています。

 ルーペは、長時間手に持っていても疲れないものを選びましょう。ガラスレンズよりもアクリルレンズの方が軽いようです。また、レンズやルーペフレームを万が一、根付にぶつけたとしても損傷を与えないものを選びましょう。ルーペの中にはフレームが堅い金属ではないプレスチック製が発売されています。
鑑賞中に事故につなげない配慮が必要です。



 
明かり付きのルーペを選びましょう

 もう一つ重要なこだわりがあります。ルーペを選ぶときは、是非、
照明機能付きのものを探しましょう。根付をルーペで見ようとすると、自分の頭や髪の毛、根付を持っている指により影ができてしまい、暗くなってしまいます。明かりが暗くては、いくら倍率の高いルーペを持ち出しても意味がありません。私の場合、根付は主に夜の時間帯に楽しむことが多いです。暗い紐通し穴の観察のためには気の利いた照明が必要です。このように、照明機能付きのルーペは非常に重宝します。

 最近では照明機能付きの便利なルーペが売り出されています。単三電池を内蔵していて、レンズの脇に付いた豆電球やLEDランプ(Light Emitting Diodes)で観察対象を照らしてくれる機能が付いたルーペです。通常のルーペと比較して、価格は高くなりますが、それだけのお金を支払う価値は十分にあります。是非試してみてください。

 特に、LEDランプは豆電球方式と比較して明るく、電池の寿命も長いようです。私が愛用しているルーペは、電池は従来型の照明のタイプのものより、約10倍以上長持ちで連続点灯で100時間以上を実現しています。電池の寿命を気にしないでゆっくりと根付を眺めることができます。



 
マイルーペ

 最後に私が使用しているマイルーペを紹介します。私は、
ドイツ・エッシェンバッハ光学社製のルーペを使っています。これまでに述べてきたこだわりを全て満たすアイテムです。みなさんが使用されているルーペとちょっと違ったタイプのものです。これは歪みのないPXM非球面レンズを使用していて、照明機能付きです。ルーペは街の100円ショップでも売られていますが、安物は避けています。ルーペ選びにも、コダワリを持っています。価格は約6千円でした。

 ドイツのエッシェンバッハ光学は、ルーペを作り続けて約一世紀の歴史を持ちます。ルーペやレンズ、メガネフレーム等を製造するドイツ屈指の光学機器メーカーとして世界各地に輸出されています。レンズの品質、デザインの良さは数々のドイツデザイン賞の受賞又ニューヨーク近代美術館での展示、販売品として採用もされているようです。ただし、その分、価格も高額なのが難点です。


ドイツ・エッシェンバッハ光学社製のマイルーペ(レンズ径:35mm径
LEDライトを点灯させたところ



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