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第22回 一郎の猿廻し。銀座の老舗に奉公に行きました。
平成16年1月6日




現代根付作家の故・稲田一郎氏の猿廻し根付。

このたび、銀座の老舗店の新年広告のモデルになってきました。

今回はそのいきさつの報告です。


経緯

昨年の10月下旬、「神髄・根付」の管理人の方からの紹介で、東京・赤坂にある広告会社の担当者からコンタクトがありました。

「銀座百点」という冊子があり、その2004年新年の挨拶広告を掲載するため、根付を絡ませて写真を撮りたいとのこと。その根付の貸し出しに関する依頼でした。

広告主は銀座の老舗の和装小物店。年賀用の縁起物との由。担当の女性の方は、干支の猿や三番叟などの図柄のものを探しておられました。

干支に関係なく吉兆をオールマイティーに連想させる根付、例えば、獅子根付や友親の布袋と唐子、七福神の根付、駒田柳之氏の内裏雛根付も当初の候補でした。また、女性の和装小物を中心とした品揃えのお店ですので、新春のイメージを華やかに表現できる広告にしたい、との明確なイメージもお持ちでした。

最近は携帯電話のストラップやお菓子のオマケ(食玩)として根付は人気になりつつありますが、一般の人に本物の根付を知って頂く良い機会だと思いました。できる限り協力させて頂きます、と二つ返事で承諾しました。

撮影に採用する根付は、縁起物であることや当方の推薦を踏まえて、最終的には広告主のクライアントと相談されて決定したようです。こうした経緯で広告用の根付は、稲田一郎の猿廻しに決定しました。今年の干支根付です。
   
稲田一郎(1891-1977) 猿廻し 3.7cm 1960年代頃 東京

その後、貸し出しに関する条件(根付の受け渡し方法・取り扱い・貸し出し期間等)を広告会社側と詰めました。打ち合わせのためのメールは10往復しました。万が一、破損や盗難があっては困りますので、広告会社側がとても気を使ってくれたのが安心でした。

さて、一体どのような広告が完成したのでしょうか。。。


銀座百点とは

私は恥ずかしながらこのような冊子があるのを知りませんでした。

「銀座百点」とは、銀座のお店が集まって発行している有名なフリーペーパーのタウン紙で、1955年(昭和30年)に創刊された日本のタウン誌の第一号です。http://www.hyakuten.or.jp/

約100ページの月刊の小冊子(B6版)で、エッセイや座談会、各種連載もの、広告等が盛りだくさんで掲載されています。ちなみに今年の新春・年男エッセイは、五木寛之氏が執筆しています。

発行元は、銀座の専門店を中心に148店が会員となった「銀座百店会」。サービス・信用とも”百点”の街を目標に、銀座の発展に寄与し、<世界の銀座>の実現に貢献する目的で設立された協同組合が母体となって、発行部数12万部の「銀座百点」を発行しているわけです。会員店の店頭にて無料配布されています。

銀座百点 2004年1月号 No.590


銀座くのやさん

銀座はおそらく東京で一番、和装小物のお店が集まっている地帯です。
今回の広告主の和装小物の老舗・銀座くのやは、そんな店のひとつです。

銀座通りにビルを構える、和装小物の「銀座くのや」。創業は天保8年(1837)に遡ります。160年以上の歴史があります。本店は銀座にあり、京都にも支店があります。

今回お会いしたご主人によると、当初は銀座のみゆき通りで糸の問屋を営んでいましたが、大正12年になって現在地に小売店舗を出したそうです。ところが、その2日後に関東大震災に見舞われ、はかなく焼失。復興時代の棟割長屋を経て二階家となり、現店舗は昭和52年に建てられたそうです。銀座の交差点から新橋側に少し行った鳩居堂側にあります。

商いは、糸に派生して羽織紐などの紐類を作り始め、昭和30年代ころから和装小物全体を扱うようになったそうです。現在では、帯締め、羽織紐、足袋、ハンドバッグ、切地袋物、風呂敷等の取扱いをしています。お店に遊びに行ったときは、ご主人から年賀の紅白の糸を頂きました。

くのやのお店の紹介カードには次のように書いてあります。


 和装小物は、どれ一つとりましても、すぐれた手の技に支えられています。

 幸いくのやには、年期の入った職人衆が多く、たしかな品をお届けできることを喜びとしております。 


この紹介を読み、江戸から明治時代の袋物文化を思い出しました。
当時の小物屋や嚢物屋の役割は、客の注文に応じて職人に注文を出し、袋物の仕立て、根付、彫金、組紐、刺繍を総合的に組み合わせる"コーディネーター"でした。お店は客と職人衆とを結びつける重要な接点だったのです。その役割を今でも担い続けている銀座くのやの広告に根付が採用されたことは、何かのご縁でしょうか。



「銀座くのや」本店に関する情報

 〒104-0061 東京都中央区銀座6-9-8-5F
 TEL 03-3571-2546 FAX 03-3574-0278
 営業時間/平日11時〜20時、日曜・祝日11時〜19時30分(無休)
 http://www.ginza-kunoya.jp/




撮影当日

撮影日時を決めて撮影に立ち会ってきました。

東京・六本木の駅から徒歩5分の場所です。表通りを一本入ったマンションの一室がプロカメラマンのスタジオになっていました。我々の出番の前には学習塾の広告らしき撮影が行われいて、モデルの子供達がいました。

撮影は広告会社がクライアント側の了解を取ったラフスケッチを基に進められました。今回の撮影では普通の銀板カメラとデジタルカメラの2種類を使用して行われました。ちなみに、デジタルカメラの価格は35万円。レンズの価格は約7万円のものだそうです。

最終的に写真を3枚撮りましたが、そのセッティングを終えるのに2時間もかかりました。照明のセッティングはすぐに終わりましたが、品物の組紐のカーブや色の重なり具合の調整に予想以上の時間がかかりました。組紐は縁起物の色ですので、暗い紫色よりも茶や黄金色の紐が上にくるようにしなければなりません。ピンセットで苦労しながら微調整していました。

主役は猿廻しの猿です。画面とピントの中心位置は、猿の顔に決めました。猿廻しが膝に乗る猿に柿を与えている構図ですが、猿が微妙にそっぽを向いている表情が広告でもよく分かるようにする必要があります。よって、根付は正面からではなく、向きをすこし傾けて撮影しました。また、偶然にも、猿廻しの肩にある貝の象眼にライトの光が綺麗に反射していました。

途中段階でポラロイドで三回ほど試し撮りをしました。試し撮りをしてからセッティングを微修正、という行程を繰り返して完成度の高い広告写真を目指しました。

プロによる根付撮影は今回初めて観察しました。自宅で行う根付撮影にはいつも苦労します。今回は絶好の機会ですのでプロの技を拝見しようと思いました。カメラマンによると重要なのは「照明のセッティング」「レンズの選び方」であるとのこと。安いレンズは避けた方が無難で、最低6万円以上のレンズを使用した方がよいとアドバイスしてくれました。今回の照明は直接照明ではなく白色の紙の裏からやわらかい光が当たるようにして、多方向からあてました。


できあがり

そして銀座百点の新年号ができあがりました。年越しとともに店頭で配布されています。

稲田一郎の猿廻し根付は、七本原(しちほんばら)という組紐が”R”(アール)の美しいカーブを描く中に座りました。台紙は味のある白い和紙を使用しました。和紙、和装組紐、根付の三位一体の演出です。

この七本原とは、正倉院御物の経巻に使われている紐の色(古代紫、利休鼠、錆朱、金茶、鉄紺)に縁起のよい金銀を加えた7色の紐で構成されたものです。細く長く結ばれて、という願いを込めて縁起を担いでおり、七色は古来より厄よけとして信じられてきた色です。銀座のくのやといえば、この七本原の帯締めがヒット商品です。


くのやのご主人によると広告の反響は大きいそうです。特に、根付の作者や製作時代に関する問い合わせが多いらしく、銀座のお店でご主人とお会いしたときに稲田一郎について詳しくお教えいたしましたが、メモをとっていらっしゃいました。

柔らかいフォルムと日本画の顔料による彩色が一郎根付の特徴です。これが7色の組紐にマッチしたのでしょう。根付と七本原、どちらも元は和装小物です。もとより相性がよいのです。

また、上品な広告の仕上がりには広告会社のスタッフの力量がうかがえます。
百点満点だと思います。

以上、猿廻しが銀座老舗に参上した興行報告でした。



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