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第23回 参考書籍で決める根付師ランキング
平成16年2月27日



そもそも、"好きな根付師"というものは自分の好みで決めれば済むことで、根付師の間に絶対的な優劣のランク付けができるものではありません。ルイヴィトンのバッグとエルメスとバッグ、どっちが優れているか? などという質問は意味がありません。それぞれのブランドが持つ個性に対して優劣は判定できません。

でも、何事にもランク付けしたくなるのが人間の本性。古くは江戸時代の番付表から始まり、現代ではフランス・ミシュランのレストランガイドが有名です。他人が好きなものが気になります。穴蔵にこもって蒐集をするならば話は別ですが、そのような蒐集家はいないでしょう。他人との相対において自分のコレクションを位置づけてみて、他人が認める作品を自分でも所有したい、と欲するのが自然な態度。そこで、人気根付師のランキングなるものの需要が出てきます。

それでは、どうすれば人気根付師ランキングが作れるのでしょう。日本根付研究会や国際根付ソサエティでは、過去に何度か人気ランキングを作り、公表してきました。その方法は会員のアンケート調査であったり、オークションの高額落札の順位やトップコレクターのインタビュー元にして作りました。

しかし、根付の人気は時代を経る毎に激しく変動するものです。一時的な結果でよければアンケート調査に基づくランキング結果には信頼がおけるでしょうが、時代を経た恒久的なランキングにはなりません。例えば、戦前は外国人の間では江戸派の三輪が大人気でした。明治末期に日本に滞在したある英国人が三輪根付を探していた、という記録も残されています。でも、今は三輪を追い求める人はあまりいません。ということで中長期的な指標となり得る「人気根付師ランキング」を作ってみました。


ランキングの調査方法

私の根付ランキングのアプローチは、根付に関する様々な書籍に掲載された根付師の「出現回数」を抽出して統計処理するものです。具体的には、根付に関して信頼の置ける12冊の書籍(基準書籍といいます。)を選び出し、掲載された根付の「写真図版の数」を根付師毎にカウントします。その数をトータルに集計したものを順位付けしたものがランキングです。

根付の「写真図版の数」を指標とする理由はこうです。写真を本に印刷することは、自費出版をされたことのある方なら分かると思いますが、印刷費用がかかり高価です。ということは、ページ数や費用に制約のある出版活動において写真を掲載する場合、当然、それだけの魅力を根拠として厳選されているはずです。よって、写真の数はその根付師が獲得している人気度に比例していると考えられます。

また、出版物に対しては読者が次に控えています。特定の根付師を取り扱うための専門書は別として、総合的な図録において理由もなく一部の根付師に偏って掲載することは、その書籍に対する信頼が欠けることになるおそれがあります。出版活動も市場原理です。読者の閲覧を前提として、読者が見たいと希望する人気の根付師や、完成度の高い有名作品を優先的に掲載しているはずだと観念することが可能です。以上のように、書籍に掲載されている写真図版は、読者(すなわち根付蒐集家)の根付師に対する人気度を潜在的に表現している、と考えることが可能です。


基準書籍の選び方

基準となる12冊を注意深く選びました。根付に関する蔵書は小冊子を含めて200冊以上になりますが、その中から世界の根付コレクターの間で定評があり、特定の根付師に偏らない程度に写真図版が多く、網羅性のある書籍を選びました。様々な人によって多角的な編集が行われているものを選ぶことが重要です。

まず、東京国立博物館、大英博物館、エルミタージュ美術館など、根付の収蔵で有名な博物館の図版集を入れました。これらには学芸員の一定の評価を経たアイテムが掲載されていて、コレクターの間でも真贋問題を見極める「基準作品」として頻繁に参照されています。

さらに、世界のトップコレクターの収蔵カタログを5種類、世界のトップディーラのカタログを3種類入れました。また、日本人のテイスト(趣向)は外国人と異なる可能性があることから、海外の書籍だけではなく、日本の書籍も公正な視点で数点選び、組み込みました。選定書籍の出版年代は、古くは装劍奇賞の18世紀のものから最近では2000年に出版されたものを幅広く入れています。写真図版が入った書籍は20世紀後半から多くが出版されていますので、ほとんどが1970年以降のものが選ばれています。

12冊の基準書籍
書 籍 名 著者・出版社等 選 定 理 由 写真図版数
根付 郷コレクション
(東京国立博物館蔵)
東京国立博物館編 講談社インターナショナル、日本象牙彫刻会(昭和58年7月) 日本人トップコレクターの蒐集結果、東京国立博物館の収蔵品カタログ 361点
装劍奇賞 稲葉新右衛門 天明改元辛丑
秋九月發行(1781年)
大阪の刀装具・雑貨商の目利きや世間の評判を基準にした江戸時代当時の人名録 紹介根付師をカウント
Netsuke & Inro Artists and How to Read Their Signatures George Lazarnick Reed Publishers (1982) 根付師に関する世界最大の人名録辞典、1万点以上の写真図版を網羅 約1万点
The Meinertzhagen Card Index on Netsuke in the Archives of the British Museum (MCI) Frederick Meinertzhagen
(Edited by George Lazarnick) Alan R. Liss, Inc.,New York (1986)
イギリスの根付ディーラーが記録した手書きの根付記録、根付辞典としては世界中のコレクターの間で最大の信頼がおかれている記録 約5,000カード
Collectors' Netsuke Raymond Bushell New York: Weatherhill (1971, 1977) 外国人トップコレクターの蒐集結果 354点
Netsuke: A comprehensive study based on the M T Hindson collection by Neil K Davey Neil K Davey Sotheby Publications (1982) 外国人トップコレクターの蒐集結果、1980年代以降の根付価格高騰のきっかけとなったハインドソン根付の売り立て記録 1596点
Masterpieces of NETSUKE ART
ONE THOUSAND FAVORITES OF LEADING COLLECTORS
Bernard Hurtig New York: Weatherhill (1973, 1975) 世界の20人のトップコレクターの蒐集結果、1000枚の写真図版が掲載されトップコレクター間の人気根付がまんべんなく網羅 1,000点
NETSUKE: The Miniature Sculpture of Japan Richard Barker & Lawrence Smith Brithsh Museum Pupblications Ltd (1983) 大英博物館の収蔵根付のカタログ 404点
NETSUKE from the Hermitage Collection SLAVIA Art Books (1994) ロシア・エルミタージュ美術館の収蔵根付のカタログ 539点
SHISHI AND OTHER NETSUKE: THE COLLECTION OF HARRIET SZECHENYI Rosemary Bandini Rosemary Bandini London(1999) 外国人トップコレクターの蒐集結果、動物根付のカタログとしては大人気 203点
Japanese Netsuke: Serious Art, Outstanding Works Selected from American Collections Paul Moss Sydney L. Moss London (1989) 外国のトップディーラーの有名カタログ 66点
NETSUKE: THE FRENCH CONNECTION
フレンチコネクション
Gabor Wilhelm & Yukari Yoshida(吉田ゆか里)、提物屋(2000年) 日本のトップディーラーの有名カタログ 156点


ランキングの集計法

基準書籍に掲載されている根付師のうち、最も掲載数が多い上位140名を選び写真図版数をカウントしました。MCIは掲載カード数を、装劍奇賞の場合は単純に57名の根付師の氏名をカウントしました。作品単位でカウントしていますので、銘集の図版は含みません。また、同じ作品でも背面や底面といった複数の写真が掲載されている場合は、全体で「1」とカウントしました。基準書籍12冊における上位140名の総カウント数は3,888点でした。

なお、このカウント数を単純に合算した場合、基準書籍の間でカウント数に偏りが発生するため、公正な評価とは言えません。例えば、装劍奇賞の持ち票とMCIの持ち票で差が出ることになってしまいます。よって、それぞれの書籍毎に、まず、根付師毎の「カウント数」を上位140名の「カウント合計数」で除した「パーセンテージ(%)」に正規化した得点(正規化得点)を算出し、最後に12冊の正規化得点を合計しました。すなわち、上位140名の根付師全員には12冊×100(%)=1,200点の合計得点があり、得点を多く獲得した根付師を人気作家としました。


ランキングの集計プロセス
 @ 基準書籍の選定  
 A 上位140人の選定と根付師毎の掲載図版数のカウント 
 B カウント数を140人分の総カウント数で除した書籍毎の正規化された得点の計算  
 C 12冊の正規化された得点の合算及びソートによる順位付け  


また、掲載されている写真の中には、一部ですが明らかな贋作が含まれているのが見受けられました。しかしながら、今回の集計法においては、真贋上の区別なく掲載されている写真図版数を単純に全てカウントしました。その理由は、贋作が明らかな場合は問題ありませんが、グレーゾーンの作品の場合は適否について完全な選別ができないからです。

さらに、根付師の中には同一の根付師の業名を名乗る複数の者がいます。例えば、舟月や伊勢の正直は代々複数の者がいました。名古屋の「正一」と大阪の「正一」は別人だと考えられています。書籍の中ではこれらは明確に区別はなされていないことが大半ですのでカウントでも区別はしていません。ただし、伊勢・正直と京都・正直のように明らかに違いのある根付師は区別しています。


人気根付師ランキングの結果

ランキング上位の根付師
第1位 懐玉齋正次
第2位 三 輪
第3位 豊 昌
第4位 友 忠
第5位 正直(京都)
第6位 光 廣
第7位 正直(伊勢)
第8位 為 隆
第9位 岷 江
第10位 明鶏齋法實
第11位 岡 友
第12位 谷 齋
第13位 壽 玉
第14位 民 谷
第15位 友 一

   集計結果は、予想どおり懐玉齋、豊昌、友忠、京都・正直、光廣が上位に入りました。これは、過去の根付研究会等の集計結果とほぼ一致します。これらの根付師は、誰もが納得するスーパースターと位置づけて問題がなさそうです。

伊勢の正直や民谷、舟月が上位にランクインしているのは、何代にも渡って数多くの良品を作り続けてきた結果でしょう。伊勢正直や民谷、舟月はどの基準書籍においてもまんべんなく写真図版が掲載されています。


ところで、三輪が第2位にランクインされているのは興味深いことです。今は三輪にはそれほど人気はありませんが、戦前の異常人気が現在でも引きずられているのでしょうか。江戸派の中でも三輪は別格なのでしょう。ちなみに、現代根付師としては、雅俊(38位)と稲田一郎(100位)のみがランクインしています。

基準書籍12冊における上位140名の総カウント数は3,888点でした。12冊の写真図版の総合計は約19,700点ですから、上位140名の根付師の作品は全体のわずか20%となります。この数字を見れば、根付師のすそ野がいかに広く、非常に大勢の根付師が存在していたことがわかります。また逆に言い換えれば、友忠や豊昌のようなトップクラスの作品は、全体からすれば数が少なく、頂点を極めた貴重なものといえます。

そもそもなぜ懐玉斎や豊昌、友忠に人気が集まるのでしょうか。なぜ彼らが上位にランクインしたのでしょうか。作品の題材でしょうか、技術でしょうか。今後の研究の発展を期待したいと思います。

集計法においては、書籍毎の掲載に占めるパーセンテージに正規化して得点を算出しました。この正規化を行わない場合は、単純に掲載数が多い根付が高ランクとなります。もし、単純合計法を採用すると、結果は懐玉斎正次、正直(伊勢)、光廣、三輪、岷江、壽玉、明鶏齋法實、友忠、岡友、正直(京都)、豊昌、民谷の順位となります。何代も続き土産物として多くの根付を残した伊勢正直が第2位にランクアップしてしまいます。また、現代ではそれほどの人気があるとも思えない壽玉も6位にランクインしてしまいます。人気根付師のランキングとしては、単純合計法の採用は信頼性に欠ける結果となることが分かります。


人気根付師ランキング(第1位〜第100位)
順 位 根付師名 正規化得点
1 懐玉齋正次 44.44
2 三輪 40.16
3 豊昌 36.33
4 友忠 35.96
5 正直(京都) 34.88
6 光廣 33.18
7 正直(伊勢) 30.43
8 為隆 28.47
9 岷江 28.41
10 明鶏齋法實 26.84
11 岡友 26.32
12 谷齋 25.93
13 壽玉 23.97
14 民谷 23.19
15 友一 22.81
16 虎渓 22.64
17 我楽 18.96
18 東谷 18.34
19 舟月 17.29
20 蘭亭 17.19
21 秀正 16.83
22 景利 16.14
23 岡隹 14.69
24 吉村周山 14.20
25 光春 13.95
26 藻己 13.76
27 出目右満 13.26
28 友親 13.06
29 正一 12.82
30 富春 11.77
31 藻水 11.63
32 吉長 11.34
33 一貫 10.97
34 龍珪 10.67
35 白龍 10.48
36 小野陵民 10.38
37 9.56
38 中村雅俊 9.29
39 牙虫 9.13
40 一旦 9.10
順 位 根付師名 正規化得点
41 出目家(右満を除く) 8.97
42 眼文 8.80
43 文章女 8.72
44 小笠原一斎 8.66
45 音満 8.38
46 忠利 8.34
47 逸民 8.20
48 舟a 8.19
49 蓮齋 7.81
50 玉斎 7.79
51 正之 7.78
52 奉真 7.60
53 左一山 7.41
54 三笑 7.13
55 柳左 6.92
56 岡言 6.89
57 直齋 6.74
58 宝楽 6.59
59 友胤 6.43
60 尚古 6.16
61 豊容 6.03
62 亮長 5.86
63 一光齋(東雲) 5.85
64 雪斎 5.75
65 白雲齋(菊川派) 5.62
66 正勝 5.48
67 昇己 5.26
68 秀親 5.23
69 菊川 5.21
70 光a 5.14
順 位 根付師名 正規化得点
71 安楽 5.13
72 一a 5.11
73 豊一 4.90
74 五鳳 4.88
75 如文 4.81
76 光定 4.77
77 左里 4.71
78 道笑 4.67
79 道楽 4.60
80 重正 4.52
81 忠義 4.50
82 公鳳齋 4.42
83 玉藻 4.35
84 芝山 4.29
85 馬山 4.27
86 啄齋 4.24
87 正利 4.22
88 旭齋 4.16
89 楽民 4.13
90 正友 4.12
91 夏木 4.04
92 真敬齋 4.00
93 月生 3.90
94 政蘆 3.71
95 吉友 3.60
96 亮忠 3.34
97 如柳 3.22
98 正義 3.18
99 長町周山 3.14
100 稲田一郎 3.12


根付師の地域

ついでにランクインした根付師の地域も集計してみました。上位100名の根付師のうち江戸の者が最も多く36名、次に京都(16名)、大阪(14名)の順序となります。根付師全体を見回したとき、江戸派には懐玉斎、豊昌、友忠級の抜きんでた個性派のスーパースターは少ないのですが、江戸の根付師が全体として最も人気を集めていることが分かります。江戸時代における根付生産は、幕府の中心地である江戸で最も層厚く行われていたのではないでしょうか。

順 位 地 域 人 数
1 江戸(東京) 36
2 京都 16
3 大坂 14
4 名古屋・岐阜 10


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