最初に戻る


第25回 しばらく気が付かなかった偽物根付
平成16年7月4日




ニセモノ根付、まだまだあります。

私の失敗談は以前のコラムでも書きました。恥ずかしい話ですが騙された根付は他にもあります。今回は別の失敗談を報告したいと思います。

まず、根付の真贋論について明らかにしたいと思いますが、単純明快です。
根付蒐集家の期待に乗じて、別人の嘘の銘を根付に彫り込むこと、寸分違わず有名根付師の作品のフェイクを作ること、異なる材質のものに欺いて似せて作成・流通させること、外国産であるのに日本製のごとく偽ること、これらは完全にアウトであり、贋作です。

アウトであるか否かは純粋に物理的・科学的に決定される事実であり、我々の勝手な思いこみや主観で決まる話ではありません。贋作は贋作であり、例えば、”良いモノだ”と自分が勝手に感動したかどうかの基準とは無関係です。すなわち、客観的に贋作であるという事実関係と、コレクターとして感動したかどうかの主観は別物です。両者を混同しないで頂きたい。

根付について、一般のコレクターに対し、実際のものと異なるものであることを表示し、姿を装うことは、詐欺や不当表示に該当します。真面目に法的関係を考え始めれば、違法要件に該当し刑事罰を受けるおそれがあります。嘘には2種類あります。根付というモノに着目して不当な嘘がある場合と、不当な嘘の宣伝文句で販売する業者側の嘘があります。


【贋作の形態】
 ・作者(銘)の嘘
 ・材質の嘘
 ・意匠の完全な真似(本歌どりによる応用の範疇は除く。)
 ・産地の虚偽 等

【嘘の形態】
 ・モノ(根付)そのものに係る嘘(銘、材質)
 ・販売方法、流通方法に係る嘘(業者の宣伝文句)

【銘の嘘の範囲】
第1類型 根付師本人が作成し、彫銘した →本歌根付と呼ばれる
第2類型 師匠の監督下で弟子が作成し、師匠又は弟子が彫銘した →本歌根付と呼ばれる
 (工房系の根付とみなされることも
第3類型 師匠の監督外で弟子筋が作成し、彫銘した →"○○スクール"や"工房系"の根付と呼ばれる
第4類型 第三者が(真似て)製造し、嘘の彫銘をした →贋作
第5類型 第三者が製造したものに、別人が嘘の彫銘をした →贋作に変化


悲しいことに、自由市場経済の下においては、有名根付師の出来の良い作品はコレクターの人気を獲得し、希少性から価格は極端に上昇します。同じ江戸時代の本歌根付であっても、平凡な出来のもの(数万円台)と海外オークションで高値記録されるようなトップコレクター所有の来歴を持つ有名根付師の素晴らしい根付(数千万円台)との間には、大きな価格の開きがあります。このように、希少性が与える価格へのインパクトは、大量生産された他の一般商品とは異なるものがあり、根付も骨董美術の範疇に十分に入ることが分かります。

投入した「原価(コスト)」に対して売却できる「市場価格」を異常な倍率で達成できるとしたら、これは非常にオイシイ商売となります。1万円のコストで作成した贋作根付に十万円の値が付くとしたら、不純な動機を持つ職人や業者であれば、贋作製造に励むことは必然となります。

贋作を中国で作らせれば、1個当たり1万円もかかりません。タカラの福神根付シリーズのようなお菓子の食玩根付の作製コストは1個当たり100円前後ではないでしょうか。 紅白ラムネ・おみくじ入りの希望小売価格は210円(税込)ですので、中国で作らせている福神根付の単価は非常に安いはずです。多少、材料に懲り、本歌根付をカタログ写真から写すための研究費用を投資し、一品毎に手を加えるとしても、単価はたかがしれています。現に海外で日本の根付として売られている中国製のフェイク根付の価格は、$20〜$30(約2千円〜3千円)で実現しています。2千円で買った根付を騙して2万円で売れれば、こんなボロ儲けの商売は他にありません。

贋作は、このように不純な動機により発生するものであり、希少性を持つ骨董美術品の世界では避けて通れない問題です。事実、大量生産の偽物根付が、骨董市やインターネットオークションで氾濫していることからも、これは分かります。有名テレビ番組の鑑定団も、この不純な動機により生まれた商品をネタにして、コレクターの悲喜こもごもの世界を如実に映し出しているからこそ、高視聴率を維持できているのでしょう。

根付のブランド志向を否定される方もいますが、ブランド志向は江戸時代から厳然としてありました。稲葉新右衛門が記した『装劍奇賞』も当時のブランドを列挙して紹介した本ですし、競って友忠や法眼周山の作品が求められたことが書かれています。ブランド(Brand)の語源は、家畜のお尻に押す焼印の“Burned”から来ていると言われます。根付のお尻に入れる彫銘と同じです。ブランドを否定されることは、彫銘の付いた根付を否定されることと同義です。無銘の根付に優秀なものがあることは事実ですが、一方、自らの作品に自信と責任を持って堂々と彫銘を施した作品にも、それ以上の魅力があると考えています。


我々コレクターが考えなければならないことは、真贋問題に正面から向き合い、客観的な判断基準をもって根付に接することだと思います。骨董美術品の世界では、贋作は必然です。贋作に騙されることは、誰でも嫌なことでしょう。そのための情報交換や失敗事例の交換は、個人にとって見れば少々恥ずかしいことですが、堂々と楽しくやっていきたいと思います。

真贋問題を真剣に捉えず、贋作に対してゆるい眼を持つことは、結果、それこそ自分自身の蒐集もゆるい作品の集合となります。そのような蒐集を望むコレクターはいないでしょう。蒐集家は、根付の持つ希少性や作品の質に対して対価を支払っているわけですから。その”品質”を欺くものは贋です。


さて、ここからが本題です。
いつものクイズ形式でやってみたいと思います。今回は難易度が少々高いです。
次の根付をご覧ください。

有名な名古屋の根付師・一貫(いっかん)の銘が入った木刻根付です。19世紀の根付師です。
5匹の親子亀を巧みな構図で表しています。
鶴は千年、亀は万年から、五万歳。おめでたい吉祥を表しています。

私が根付蒐集を開始して間もなく、確か10個目くらいに購入した根付です。未だに手元にあります。
一貫の本歌にも似たような構図の根付があります。
親亀の眼には象眼が入っており、慣れによる黄楊の良い味が出ています。

・・・しかしこの根付、何かがおかしいのです。それは何でしょう。
一貫の本歌であるかないか。本歌でないとしたらその理由を考えてみてください。
(答えはこのページの最後)



一貫 ”五万歳” 木刻根付 名古屋

五匹の亀を巧みな構図に仕上げている
  
根付として理想なコンパクトな形にまとめている 使い古した慣れが甲羅の端に出ている

大小の紐通し穴がきちんと空いている 「一貫」の落とし銘が刻まれている









答えはこちら












































<クイズの答え>

この根付は贋作です。私は完璧に騙されました。恥ずかしながら、買ってから長い期間、これが贋作だと気が付きませんでした。本歌だと長い期間思い続け、掌で転がして眺めて楽しんでいました。

贋作だと気が付いたきっかけは、”根付にしてはサイズが大きいな”とある時ふと感じたことです。写真を見てサイズはどれくらいだと思いましたか?

実はこの根付、高さが6cm、長さが5.5cmもあります。掌の中には収まらないジャンボな大きさです。写真ではサイズが書いてありませんので、分かりにくかったと思います。根付の大きさとして、一回りも二回りも大きく、これはあり得ません。通常の本歌根付の平均的な大きさを知らない頃の購入でした。これ以来、インターネットオークションで入札する場合は、普段は見落としがちなサイズに気を配るようになりました。

サイズの異常さに気が付いて、更によく観察すると、亀の顔の部分の作りが下手で、単純な三角形の形の中に両目と口を切っているだけです。手が滑ったのでしょうか。時々、彫刻刀がオーバーランした彫り跡も残っています。本歌の根付には、このように注文者をガッカリとさせる不良品はあり得ません。根付に関する書籍やカタログを眺めて勉強し、本歌根付の彫刻技術のレベルが分かるようになってから、これは確信的に分かるようになりました。

非常に驚かされるのは、慣れの出た、色艶の良い着色技術です。着色は人間が手作業でやっているのでしょう。着色した後、甲羅の端の部分などを磨いて”慣れ”を表現しています。手が込んでいます。裏面をよく観察してみると、「一貫」銘は電気コテで焼くか電動工具で書いたような形跡があり、また、甲羅の線も鋭さがなく、ひっかいたような線になっています。決定的なのは、親亀の腹の部分の甲羅模様で、非常に稚拙です。正面からしか見られないカタログや展覧会の写真から本歌の根付を写した証拠と言えるかもしれません。

最後に言うまでもないことですが、一貫の彫銘も本歌のものと全く異なります。銘(作者)も嘘ということになります。

とある骨董商で全く同じ贋作を見かけたことがあります。8万円くらいでした。
同じようなモノが大量に作られているのだと思います。

長い期間騙され続けたことと、高度なテクニックに呆れるばかりで、このときだけは贋作に対する怒りはなぜか起こりませんでした。




最初に戻る