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第3回 象牙と真贋
平成15年1月26日


 それ、本当に象牙ですか?

 第1回目のコラムにおいて偽物の木刻根付が存在することを書きました。また、第2回目においては、骨董市で売られている象牙根付の大半は偽物であることを書きました。本物の根付をコレクションするならば、まず最初に材質に関する識力が必要です。今回は多くの偽物が氾濫している「象牙」について観察してみたいと思います。

 基本のポイントをおさえておけば簡単に見分けはつきますが、最近の偽物技術は巧妙化していて、十年選手でさえも間違えることがあります。しかし一方、牙彫の根付には象牙以外にセイウチや鯨歯、イッカクなどがありますので、象牙の特徴を有していないからといって即偽物だと決めつけるのは危険です。


1.象牙とは何か


 象牙(ぞうげ、Ivory)とは、アフリカ象やインド象の上顎にある一対の門歯のことです。外見上、牙の様に見えるので通常は”象牙”と呼ばれています。

 象牙は美しい光沢や縞目模様を有していて、また彫刻に最適な適度な堅さを有していることから、古くから工芸品の素材として用いられてきました。象牙材は弾力性と粘りがあるため彫刻性に優れているのです。また、象牙でできた根付の良いところは、使い込むほどに美しい飴色に変わり(Patinaと言います。)、以後、ツルツルとした官能的な手触り感のあるツヤが持続します。象牙の化学組成式は、Ca5(PO43(OH)および有機物で、主にカルシウムでできています。

 古くはヨーロッパの旧石器時代にマンモス牙に彫刻を施したものが発見されていたり、古代エジプトでは家具や装飾品に用いられ、古代ギリシャでも神々の象牙像が作製されました。隣の中国においても古くから用いられ、元代、明代の時代では宮廷用の細密彫刻が象牙によって作られていたようです。最高品質の象牙は、アフリカ象のもので、インド象の方は白が濃く、軟らかいといわれています。

 日本には奈良時代までには象牙が中国を通して渡来したようです。これは、奈良の正倉院御物により知ることができます。正倉院展の出陳品目録を確認すると、双六頭(すごろくとう、象牙のサイコロ)、牙笏(げしゃく、象牙の笏)、紅牙撥鏤尺(こうげばちるのしゃく、染象牙のものさし)、緑牙撥鏤尺(りょくげばちるのしゃく、染象牙のものさし)といった象牙の御物が残っており、当時から象牙が日本に輸入されていたことが分かります。


    
象牙根付の例: 保房(齋藤保雄) 二羽の兎 3.0cm 20世紀

 江戸時代では、髪飾りや三味線の撥(ばち)の材料として象牙が使用されました。上田令吉著「根附の研究」(昭和18年、金尾文淵堂)によると、三味線の撥の切れ端を買い集めて、多くの三角根付が作られていたようです。上田は、この三角根付は大衆向けのものが多く、佳作は少ないものの、切れ端に意匠を練った苦心の跡がうかがわれる根付があると評価しています。一方で、大阪の懐玉斎正次といった一部の根付師達のように、中国から輸入された"唐方(とうかた)"と呼ばれる良質の象牙を材料にして、非凡な技法を発揮して根付を製作していた者もいたようです。この唐方は緻密で美しく、とても高価であったようです。

 また、根付研究家のアルベルト・ブロックハウス(1855-1921)の著書「根付」(1905年、私家本)によると、中国やインドの象牙でできた仏像が日本に輸入され、根付の材料となっていたことを書いており

”考古学者にとっては悲しいことであるが、最良の材料のためには高額の対価を支払うことを厭わない根付師達の手に、多くの仏陀や聖人の褐色の良質な象牙像が日本に渡っていったということは否定できない。”

と本の中で述べています。これが事実かどうかは分かりませんが、中国やインドの仏像を壊して原料とするほどに当時の日本で象牙は貴重だったのでしょう。





2.偽物象牙の歴史と製法


 象牙の偽物はかなり古い時代から存在しています。例えば、同じブロックハウスによると、

"よくあることだが、象牙の屑は特定のセメントと混ぜて、有名な古根付をコピーする形で成型された。ただエキスパートの鑑識家だけがこれらの偽造を見分けることが出来る。"

と書いています。ブロックハウスは明治時代の1905年にこの根付の本を書いていますので、既に明治時代から練り物根付が存在していたことが分かります。

 面白いのは、我々が普段使っている
プラスチックは、最初は「象牙の代用品」として発明された、ということです。1868年に当時は貴重な象牙でできたビリヤード(玉突き)のボールの代用品をアメリカのある会社が募集したところ、ジョン・ハイアット(1837-1920)という者がセルロースと樟脳の合成物質を固めてボールを作ることに成功しました。これが世界最初に作られた、”セルロイド”というプラスチックです。この事実を踏まえれば、化学品を用いた偽物根付が発生したのは、この幕末・明治初期以降からと考えることができます。

             
                      アメリカの古いビリヤードの球(象牙製)




 最近よく見かける偽物根付のほとんどは中国製です。香港で売られている根付の大半は偽の象牙と考えても差し支えありません。この偽物は、大理石の粉末やレジンと呼ばれる合成物質、動物の骨を焼いた物など様々な原料が使われます。
レジンは、入れ歯の化学原料としても使われています。これらの原料を圧縮プレスで型に固めてできたものが、いわゆる”練り物根付”と呼ばれるものです。

 型でおおよその形や彫りを作り、後は人間の手で機械を用いて仕上げを行います。中国では人件費が安いので、同じような型の根付が大量に生産されています。中国製の安い練り物根付は、インターネットサイトで1個2千円程度で通信販売されています。練り物は機械で彫るため、細部をよく観察すると偽物であると判断できますが、最近はお菓子のおまけ(食玩)のように、とても手の込んだミニチュアのフィギュアが中国で作られるようになってきており、将来技術が向上すればより精巧な偽物が出現する可能性があります。

 家庭でも練り物根付は作れるようです。以下はそのレシピです。とても簡単です。

人工象牙の製造方法(一例)

材 料 卵の殻(数個分)、牛乳、炭酸カルシウム、
酸化チタン(白の絵の具の材料でもある)
製 法 1.材料をミキサーに入れ十分に粉砕しかき混ぜる。
2.根付の型に入れて形を整える。
3.オーブンで90℃の温度で数時間焼固める。
4.冷ましてから完成となる。





3.偽物の根付

 それでは、 実際に偽物の象牙根付をいくつか見てみましょう。これらは、インターネット上で”採集”した写真です。一見して偽物の練り物であると分かるものから、巧妙な練り物まで様々な種類があります。これらのほとんどが中国で作られていると推測されます。よく見受けられる中国製の偽物の銘は「正之」、「光之」、「玉石」、「玉之」、「山口」、「正美」、「松山」です。他にもありますが偽物に限ってお約束のこれらの銘が彫られています。注意しましょう。

   
  

    
 

    練り物の”象牙”根付の一部





4.偽物象牙の見分け方

判別方法1

 練り物を判別する方法としては、表面に象牙特有の
「縞目」があるかどうかで判断します。これが一番有効な判別方法です。象牙の縞目は木の年輪のように入っています。真横にスライスすれば縞目が均一に並びます。斜めにカットすれば変形した縞目になります。縦にカットすれば筋状の縞だけが見えます。

 練り物根付の中には、人工的に縞目をプレス印刷しているものがあるようですが、縞目の間隔が大きく、美しくありません。安物家具にありがちな印刷された木目を想像してください。ああいったものです。本物の象牙の縞目パターンをいったん覚えれば問題はないでしょう。

 下の写真は、京都スクール岡友系の根付師・岡信の蛤です。約200年前の根付です。蛤の貝を模した中に緻密な風景が彫り込まれています。貝の外面は飴色にツルツルしていて、中には緻密な彫り物が施されている。そんな好対照な彫りがとても魅力的で、根付の意匠としては完成度の高い部類に入ります。このツルツルに磨かれた部分に象牙の典型的な縞目を見ることができます。


 
   岡信 蛤 3.9cm 18世紀末期-19世紀初期 京都   (象牙の縞目の例)


 ところで、象牙の根付を買うときは、縞目がきちんと確認できるようにできるだけ
明るいところで買いましょう。また、インターネットオークションで写真で判断して根付を買うときは、出品者に依頼して縞目がきちんと確認できる写真を直接、電子メールで送ってもらうようにすることが重要です。写真を送ることを拒否する出品者であったり、写真を送ってくれても縞目が確認できない根付は、怪しいです。

 ただし、この判別法には注意が必要です。象牙の中心部を使用した根付では縞目が現れない場合があります。また、象牙の種類によっては、縞目が全く現れないようなものもあるようです。縞目が見えないからといってがっかりする必要はありません。その場合は、別の方法を試してみたり、
他の材質(鯨歯、イッカク、セイウチ、動物の骨など)を疑ってみる必要があります。


判別方法2

 練り物の根付の特長として、
細かい彫りが施されていない、という特徴があります。練り物の根付は高圧プレスにより型押しされているので、彫りの面は必ず鈍いものとなります。毛彫りも、だいたい0.5mm以上の幅の太い線となります。動物根付の場合、目も特徴になります。一般的に彫刻は目を彫るのが難しいとされていますが、型押し根付の目は、ぼんやりとしていて、虚ろな目になります。

 象牙の利点は”細密な彫刻ができる”ということです。手の込んだ彫刻技術を発揮したいからこそ、根付師は高価な本象牙を原料として使用するのです。腕のある一流の画家は安物のキャンバスと絵の具は使いません。
表現したい高度なテクニックがあるからこそ、芸術の表現メディア(媒体)には、それ相応の高価な材質を使用します。

 裏を返せば、見た目で安っぽい彫りの根付は、18世紀の初期の原始的な根付であるか、または練り物ということになります。安くても騙して売れるからこそ、工賃も材料費も安く済ましているのです。材料費だけ高価な象牙を使うことはあり得ません。三流の売れない画家は、わざわざ高価なキャンバスで自分の絵を描くことはないでしょう。


判別方法3

 本物の象牙は、光の加減によって透き通り、格子模様ができます。これは硬いカルシウムの結晶構造が規則正しく並んでいるためです。逆に、練り物は材料を圧縮して固めてあるため、このような表面の透き通りはありません。よって、根付の彫りで薄くなっている部分を
光に透き通してみることも、真贋判別の一つの手です。

 下の写真は、大阪の正廣の象牙根付です。幕末から明治初期の作です。無邪気に雪達磨を転がす唐子と、転がされる達磨の表情がとても楽しいコントラストとなっている可愛い根付となっています。下の台の部分が積もった雪を表現していますが、2mm程度の薄い部分となっています。暗いところで光を当ててみると、綺麗に透き通ることが分かります。練り物は、だめです。


  
「唐子と雪達磨」 象牙彫 正廣 幕末・明治 大阪 高さ25mm 幅45mm



判別方法4

 合成した練り物は、本物の象牙と比べて
比重が若干軽くなります。手に持った感じで密度の軽さを感じたら、ひょっとしたら練り物である可能性があります。この判別方法を勉強する良い機会は、ハンコ屋へ行くことです。ハンコには、本物の象牙印鑑とイミテーションの印鑑の両方がおいてあります。価格の差は、だいたい10倍くらいです。印鑑ですから大きさの規格はそろえてあるはずです。両方を手に持って違いを確かめてみましょう。

 ただし、この判別方法も、なまり等の金属を練り込んで重さを補正するような偽物に対しては有効ではないことに注意しましょう。


判別方法5

 レイモンド・ブッシェルはその著「COLLECTORS' NETSUKE」(1971年)で興味深いことを書いています。象牙が綺麗な飴色に変化したことを
パティーナ(Patina、古色)と呼びます。彼によると、この古色は象牙の時代性の証明に使えるとしています。

 飴色の変色は日常的に手で触られながら時代を経て形成されるものであり、人工的に作り得ないそうです。すなわち、この古色があることが本物の象牙であることの証となります。ただし、"飴色の変色"は染めや時代付けによっても似せることができるので、注意が必要としています。本物の古色とテカテカと光る練り物の区別については、彼の次の言葉がとても参考になります。

磨かれた面(偽物)は表面の上に(on the surface)、古色は表面の内側(in the surface)にある。
磨かれた面は光を反射(reflects light)し古色は光を吸収(absorbs light)する。
磨かれた面は金属質(Metallic)で、古色は油を塗ったようにツルツル(Greasy)する。
そして、磨かれた面は眩しく(Bright)、古色は温かい色(Mellow)だ。






5.象牙のひびの観察


 象牙は切り出してからすぐに乾燥が始まるそうです。乾燥が始まって数日経てば歪みが生じ、そのため象牙の筋に沿って亀裂が入ります。この亀裂が古根付によく見られる"
時代のひび(Crack)"と呼ばれるものです。ひびは日々の温度変化や湿度変化が原因となって起きる場合があります。温かい室温の部屋から急に冷たい外に根付を持ち出すとひび割れが生じることがあります。


神農の場合
  
  これは「神農」と呼ばれる医学の神様の根付です。江戸時代17世紀頃の京都か大阪のとても古いものです。神農とは、二千年以上前の中国の伝説上の人物で、農業と医薬の創始者と伝えられていています。三白眼の迫力のある形相、足の指の鋭い爪、木の葉を編んだ服、手に持った薬草の束をぐっと掴んでいるところが神農の特徴です。この神農が、野山を駆け回り、次々と生えてる薬草をかじり、効能を確かめました。その様子を表わしています。漢方医学の始祖であるこの神農の根付は、江戸時代の薬屋の神様として祭られ、又は携帯用の薬入れの根付として大事に使用されていたものと推測されます。


       
         「神農」 象牙彫 無銘 17世紀江戸時代 京都・大阪 高さ43mm

  底面には時代の古さを証明する象牙のひびが美しく年輪のように入っています。ひびが入っているような根付は明治時代や大正時代のものではなく、大抵は江戸時代以前のものと考えられます。


蝦蟇仙人の場合

  ひびに関して、もう一つ面白い根付があります。京都の正守(まさもり)という根付師が彫った蝦蟇仙人(がませんにん)です。18世紀末から19世紀前半頃の作品だと思われます。蝦蟇仙人は仙人の根付の中ではよく見られる題材で、表情が魅力的な仙人が長寿の魔法の力を持つとされる三本足の蝦蟇蛙を肩に乗せています。

  まず、底面をご覧下さい。
象牙の丸いタスクを縦に4つ割りにして、半径90度の扇形となっています。先ほどの神農根付と同様、年輪型のひびがいくつか観察できますが、この根付師は、そのひびを隠すように衣服の模様を彫っています。写真では分かりづらいですが、衣服の模様の輪郭に数本のヒビが同化しています。仙人の特徴は木の葉の衣服を着ることですが、この仙人の底面の模様は、木の葉でも他の面の衣服の模様でもありません。全く違う模様です。根付師は、明らかに時代のひびを隠すように装飾しています

  
「蝦蟇仙人」 象牙彫 正守 18世紀 京都 高さ40mm


   さらに面白いのは仙人の腹の部分です。縦に5本入ったひびをそのまま意匠として活かすために、ひびに沿って横方向へ細かい毛彫りを入れて腹の毛のように見せています。つまり、江戸時代に年月をかけて中国等から原料として運ばれ、貯蔵され、ひびの入った象牙材をそのまま使用して彫刻したことを示しています。
根付師が彫刻をする数年、何十年前に海外の現地で捕獲された象牙であると推測できます。

  これは、当時の象牙は高価であって、多少のひびが入っていてもそれを意匠でカバーすることによって有効利用していたことを示しています。意匠の中にひびを巧みに隠している根付が他にも見受けられます。



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