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第34回 楽虫根付、現る! 〜ギャラリー花影抄での初個展より〜
平成18年3月12日



3月8日(水) - 3月19日(日)の間、ギャラリー花影抄(はなかげしょう)で開催されている『根津の根付屋』の個展を見てきた。以前、現代根付作家の伊多呂さんの個展を紹介したが、今回は楽虫(らくちゅう)という銘で根付を作成している作家の初めての個展である。天気がよかったこともあり、妻と散歩がてらJR御徒町駅で下車して、まずアメ横でお菓子を買い込み、有名なカレー屋で激辛カレーを堪能。不忍池の脇にある横山大観記念館を拝観してから根津のギャラリー花影抄まで歩いた。今回も花影抄で美味しいお茶とお菓子を頂いた。

根付展のポストカード


さて、楽虫さんの根付であるが、一言で表現すれば”古典根付のテイストを理解する作家による新古典根付”になる。

デザインが魅力的で、掌に納まる丸々とした形を基本として、ゴツゴツしていない。「見習い」と題する月(搗き)の兎の可愛らしい作品が端的に示しているように、イラストレーターをされているだけあって、日本人を楽しませるキャラクター表現の勘所をおさえている。題材には、古典根付では一番人気の獏や麒麟があり、また、唐子や達磨、兎、猫などのお気楽で親しみやすいものも採りあげられている。30cmに近寄らないと判別できないようなミニチュア彫刻ではなく、3m離れて眺めても分かる根付に仕上げっている。様々な観点で古典根付のテイストが備わっている。

また、素材の持ち味が活かしてあって、他の一部の現代根付にあるようにギラギラしていない。今回の作品は象牙やセイウチ牙、黒檀といった多様な素材が使用されている。仕上げの艶が最も美しくなるセイウチ牙を用いた麒麟(作品名「焔」)は、キラキラしていて所有欲を涌かせるような高級感がある。セイウチ牙にはガラス質の結晶部分があるのだが、その部分を麒麟の両脚の内側と尻尾の部分に上手に持ってくるのは、材料の特性を知り尽くしているからであろう。大小の紐通し穴も丁寧に彫られていて、実用的だ。

楽虫根付を横一列に並べてみて分かったことだが、色彩がギラギラしていない。現代根付展のカタログを見ていつも感じるのだが、現代根付の中には目が疲れるものがある。ペインティングがきつく、色彩のトーンカーブが色つぶれ寸前まで落ち込んでいる。楽虫根付は、象牙や柘植を信頼して、素材の持ち味を引き出そうとしている。色彩がギラギラしていないので、逆に、明度がある。現代根付は作品が暗いが、楽虫作品は非常に明るい。

今回の個展において一番に楽しむことができたのは、その統一感のある楽虫根付のイメージ。個展のポスター、作風、彫銘には既に統一感がある。ポスターの題字と作品の彫銘が同じで、字形が面白い。まるで不思議な虫(ムシ)の目玉がコレクターを凝視しているようだ。有名な浅草派の根付師・谷齋の彫銘(「谷」)も、人を食ったかのようなポカンと口を開けた字体だが、それに通じるものがある。今後も製作活動を発展させることにより、”楽虫”が根付のブランドのひとつとして成長するに違いない。

個展を見に行った当日、ギャラリーでは日本根付研究会の理事達と現代根付作家の方々との意見交換会が催されていた。このように、ギャラリーの場を通じて、これまでは縁の薄かった古典と現代の交流が深まって欲しいと思っている。

最後に、楽虫さんに根付に関してインタビューしたので紹介したい。



根付を最初に知ったきっかけは何ですか。

(答)
 6年ほど前、ネットのオークションサイトで知りました。それまで根付は全く知りませんでした。


根付を彫刻しようと思い立ったきっかけは何でしょうか。
また、どのように(どこで)根付製作の技術を学ばれたのでしょうか。

(答)
 根付というのは不思議なもので、少し手先が器用な人なら、誰でも作りたくなるのではないでしょうか?。題材は何でもあり、彫刻も上手な物下手な物もごちゃまぜで、非常に敷居が低くて親しみを覚えました。もし根付が皆すごい彫刻の物ばかりなら、自分で彫ってみようとは思わなかったかもしれません。

 最初は1年程、写真などを見ながら見よう見まねで作っていましたが、そのうちに、根付教室があるというのでそこで学び初めました。それが非常にラッキーでした。それがなければ続けるのは絶対に無理でした。


ご自分の根付のポイント(例えばユニークな点)は何ですか。 
製作の際、特に、考えたり、気をつけていることはありますか。

(答)
 古根付の隣に置いても、あまり違和感が無いような物を目指しています。現在は実用品では無くなってしまいましたが、それならばなおのこと、昔からの決まりをきちんとふまえて作る必要ありと考えます。そうでなければ「根付」を今わざわざ作る必然性がありません。今使われなくなった過去の遺物とも言うべき「根付」を、今また新しく作るという事はどういう事か、そこに何が求められているのか?そういうことがいつも頭にあります。


根付の題材はどのように選ばれているのでしょうか。

(答)
 題材については、今の所特に決めたテーマはありません。その時頭に浮かんだ「これは面白いかな」と思った物を彫ります。そういうものは際限なく浮かぶのですが、今の自分の技量では無茶な図というのもけっこう浮かびます(笑)。そういうのは絵でおこしてありますので、いつか彫りたいですね。


製作において苦労されていることはありますか。

(答)
 技術がまだまだ未熟ですし、そういう意味での苦労は全行程、あらゆる事にあるのですが、それは今の所、楽しさ半分といったかんじです。正直、今まであまり「苦労」と思った事はないです。趣味でやっていたという気楽さもあるでしょう。その意味で、本当に苦労するのはこれからだと思います。


古根付と現代根付でそれぞれ参考になったり尊敬している作家はいますか。

(答)
 古根付はそれこそ全部参考にしていますが、特に方向性として参考になるのは浅草派です。それまでの伝統をしっかりと受け継ぎつつ、かつモダンな雰囲気があり、洗練されて見えます。自分から見ると、伝統的な物と(その当時の)現代的な感覚とのブレンド具合が非常にうまくいっていて、そのような物を作りたいと思っている自分としてはとても参考になります。現在でもそのやり方は可能でしょう。

 現代根付作家では、やはり私が師事している、駒田柳之、黒岩明先生です。現状に満足せず、常に制作技術の向上を目指す姿勢は、頭が下がります。私もそうありたいと思っていますが、元来怠け者なので・・・。
  

現代根付の将来についてどうお考えですか。

(答)
 もっと色々な物が揃えば面白くなるのではないでしょうか。根付は「美術品」とも「実用品」ともどっちとも言い切れない、良い意味で中途半端な所に面白さがあり、その間口の広さ、取っつきの良さがあって広く愛玩されたのだと思います。現在は少し「美術品」「芸術品」のほうに偏りすぎているような印象を受けます。芸術品に特化した為に、お客が非常に限定されてしまい、逆に発展の足かせになっている部分があるような気がします。勿論芸術として立派な根付も必要だとは思いますが、思わず手にとってみたくなるような、親しみが湧くような根付本来のものももっとあって良いのではないでしょうか。そうすれば現代根付もバラエティに富んだラインナップとなり、敷居が低くなってもっと色んな人に手にとって貰えて発展すると思うのですが。


<楽虫プロフィール>

 1965年、青森生まれ。
 美術系専門学校を経て、1988年よりフリーのイラストレーター。
 2001年より独学で根付彫刻開始。
 2002年より駒田柳之、黒岩明氏に師事。
 2006年、ギャラリー花影抄にて個展。


雨宿り(象牙)
ダルマさん(象牙)

焔(麒麟) 表(セイウチ牙)
焔(麒麟) 裏

こぞう(象牙) 境地(象牙)

鳴動(柘植)
見習い(象牙)

夏近し(黒檀)
霊獣(象牙)

至福(象牙)



※掲載の写真は、花影抄及び楽虫さんの許可を得て掲載した。
 個展のポスター、作品の写真:花影抄 (C)2006




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