写真のとおり、タグには表側に商品番号と「MADE IN JAPAN」の文字があり、下には店の名前らしき文字が「From HARISHIN KOBE」と印刷されています。どうやら根付達は神戸のお店で買われたものらしいです。商品番号は手書きです。番号はそれぞれ、「50」、「51」、「20」、「42」となっています。
タグの裏側には、根付の解説が手書きで記してあります。根付師の名前もアルファベットで書かれています。光正の場合、「Netsuke
Ivory boy with toy by artist Mitsumasa」と記してあります。この手書きは、商品番号を記したものと同じペンで書かれています。よって、この解説は店の人が商品番号を記したと同時に商品説明に書いたものだと推測されます。
残念ながら、今の店ではあまり根付は扱っていないそうです。つい前までは、硝子ショーケース一個分の根付コーナーが店内に設けられていたそうです。昔は、あのレイモンド・ブッシェルも、弁護士になった後ですが、根付を求めに播新にちょくちょく来ていたそうです。ブッシェルの著書「Wonderful
World of Netsuke」には、播新の木刻無銘の羊根付が紹介されています(Plate
No.81)。そんな経緯もあってブッシェルからサイン入りの本が贈呈されたそうで、その本を見せてもらいました。ちなみに、当時のブッシェルは比較的新しく細かい彫刻の根付よりも、彫りが荒くても古い手のものを好んで探していたとのことです。
70年前のタグで興味深いのは、中央に大きなポイントで「MADE IN JAPAN」と印刷されていることです。今のタグには印刷されていません。
戦前の日本製品は、安かろう悪かろうで粗悪品の代名詞であったと言われています。できることなら、原産地名は隠しておきたいはずです。しかし、当時の播新のタグには、堂々と中央部に大文字で「MADE IN JAPAN」が印刷されています。意図的に強調しているようで、とても目を惹きつけます。これはどうしたことでしょうか。考えられるのは、当時は、日本の美術品に関しては「MADE IN JAPAN」と名乗っても問題ないほどに評価が高く、魅力と質が十分に備わっていたのだと思います。他の工業製品とは異なる日本美術を堂々と海外に紹介していきたい、そんな心意気が当時の御主人にはあったのかもしれません。
美術品は財閥といった裕福な者達だけの専有物ではありません。一般庶民が買える値段であったのに、当時の庶民はその民芸品を評価せず手を出さなかった。きちんと評価をした庶民レベルのふつうの外国人観光客が盛んに買っていった。そんな時代だったのです。
(戦前の根付の値段に関しては、ブッシェルの「NETSUKE FAMILIAR AND UNFAMILIAR」にも詳細に書かれています。)
ひとつ興味深い資料があります。根付に関する文献のリストを集めた「The
Ultimate Netsuke Bibliography. An Annotated Guide to Miniature Japanese
Carvings」という本をNorman L.Sandfieldという人が書いています。根付に関する研究書やオークションカタログなど、ほぼ全ての書籍が網羅されて整理されています。本の中には年代毎に根付に関して出版された文献数を調べた表が載っています。これによると、根付に関する文献は、1990年代を境に確実に減少傾向にあります。根付に関するオークションも減少傾向にあります。もし、美術品の評価は、文献などの研究に支えられて循環的に行われているという仮説が正しいとすれば、日本の根付は、正当な評価を受ける機会は減少しつつあり、確実に衰退の道を歩んでいると言っても過言ではありません。我々は何をすべきでしょうか。
年 代
出版された全文献数
(オークションカタログ、書籍、雑誌記事など)
-1870
10 件
1870−1879
6
1880−1889
23
1890−1899
33
1900−1909
55
1910−1919
60
1920−1929
137
1930−1939
107
1940−1949
88
1950−1959
149
1960−1969
414
1970−1979
914
1980−1989
1211
1990−1999
1095
Norman L.Sandfield「The Ultimate Netsuke Bibliography」より引用