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第49回 ルーヴル美術館の根付〜ティエール・コレクション〜
平成21年11月11日


 フランスのルーヴル美術館の学芸員及びその関係者から“ルーヴル美術館所蔵の根付コレクションについて検証と評価をお願いしたい”との連絡があり、協力をしましたので報告します。

 私が依頼を受けた時点では、ルーヴル美術館はカタログ出版に向けて準備を進めており、ヨーロッパやアジアを網羅するありとあらゆる象牙を素材にした美術館の所蔵作品を取り扱う予定とのことでした。ルーヴル美術館は、第三共和制期の大統領であったアドルフ・ティエール氏(1797-1877年)から寄贈を受けた日本美術品を現在も所蔵しており、その中に21点の象牙根付が含まれているとのことです。

 ルーヴル美術館には19世紀末から20世紀の前半までは東洋美術部門があったものの、20世紀中頃に日本の美術品コレクションのほぼ全てがギメ東洋美術館に移管され今日に至っています。なので、このような経緯を知っている者にとっては、ルーヴル美術館に根付があることをとても奇異に思われるでしょう。そこで詳しい説明を聞いてみると、その中で、唯一この根付を含むティエール・コレクションだけは、大統領が寄贈をした際の遺言に基づきルーヴル美術館に残されることになったということだそうです。

 ルーヴル美術館には東洋部門の担当者はいませんので、日本の漆器や根付といった美術品は忘れられた(放っておかれた)存在です。このようにカタログ出版の機会が偶然にやってきて初めて貴重な根付作品が表に出てくるという状況にあるのは、誠に残念なことです。

 さて、ティエール・コレクションの根付ですが、結論を先に言えば、中程度の質の作品の集合体で、竹陽齊友親の普賢菩薩のようなレベルの高い堂々たる作品がある一方、輸出用のお土産向きの作品も含まれていました。現代の根付コレクターが追い求めているような目を見張るような素晴らしい作品や18世紀の古作はなく、ティエール氏が生きていたその当時のコンテンポラリー作品が集まっている感があります。

 銘のある作品には升雲齊、玉陽齊、白雲齊、菊川流谷といった幕末明治期に活躍していた東京の作家の名前ばかりが見受けられます。ティエール氏の活躍年代は「幕末から明治初期」ということが分かっており時代は一致しますので、コレクションがこれらの作家達の基準作品群になり得るのではないかと思われます。とはいえ、わずか21点の根付ですので、ティエール氏が積極的に根付コレクションを形成したというよりは、大統領職にあったときに他人からプレゼントをされたり、たまたま購入した印籠や漆器に付随して付いていたようなものではないかと思われます。

 以上の私の所感と個別作品の作者や作品としての質、意匠の意味、真贋、価格帯等について説明を先方に行い、その説明を踏まえてカタログが作られることとなりました。コレクションの写真については、ルーヴル側の了解を得ていますので日本根付研究会の会誌『根付の雫』においてその一部を報告しました。

ルイ・アドルフ・ティエール フランス共和国大統領
(Louis Adolphe Thiers)

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