4月12日

 終わったぁーっ!
 感無量! 言葉なし!


4月11日

 実行委員会ニュースNo8を発行。
 泣いても、わめいても、いよいよ明日はコンサート当日!
 

4月10日

 最終集約会議(熊本中央法律事務所)
 チケット販売中止を正式決定!
 当日券5枚までを残すことに!
 入りきれないお客様、ごめんなさい。


4月9日

 実行委員会ニュースNo7を発行。
 KKT(熊本県民テレビ)が午後6時30分から新ちゃんの特集を放送。


4月6日

 沖縄で新ちゃんのCD発売の記者会見。
 本日チケットの最終集約。もうチケットの積極的売り込みは中止です。


4月4日

 実行委員会ニュースNo6を発行。
 本日予定されていたポスター貼り。何と、コミュニティボードの抽選は、今年から水曜日に変更になったとか。せっかく早起きして抽選に行ってくれた京子ちゃんに、係の人は「昨日終わりました」と言ったって。残念でした。お疲れ様!
 沖縄の新ちゃんのもとには無事CDが届いたと連絡があった。すぐに一部を熊本に送ってもらうことに。


4月3日

 コンサート当日サイドに入ってくれる高橋さんと「ふらっと」で練習した後、新ちゃんは沖縄に帰った。那覇空港ではNHKの取材陣が待っているはず。
 頑張れ、新ちゃん。


4月2日

 第5回実行委員会(国際交流会館小会議室)
 最後の実行委員会。
 丁度実行委員会開催直後新ちゃんに電話。CDは4月5日までに新ちゃんに届くとのこと。新ちゃんがみんなに回してくれたCDのジャケットはとても素敵に仕上がっていた。出来上がりが楽しみ。
 今日はコンサート当日の打ち合わせ。進行を確認し、役割分担を決めた。
 しかし、チケットの売れ行きがちょっと。集約が不十分なため、どこで販売中止にするかの判断が困難。会場は200席と言うけれど、実は200も入ればぎゅうぎゅう詰め。そろそろ販売中止時かな。
 最終判断のためのチェック日を4月6日と決めた。
 チェックのための打ち合わせ日程は以下のとおり。
 4月6日 10:30 熊本中央法律事務所
 4月10日 12:00 熊本中央法律事務所

 新ちゃんは3日NHK沖縄の取材が入っている。さらに、4月6日は沖縄で初めての記者会見予定。すでに今日の沖縄タイムズの夕刊には新ちゃんが大きく出ていたとの情報あり。
  「沖縄での反響がどうなるかな?」と少し不安ものぞかせる新ちゃん。自分自身への反応のことだけではない。家族のこと、親戚のことを思わないではないからだ。
 何があっても、私たちは共にこれからに立ち向かおう!
 そう誓い合って始めた「生き直しコンサート」なのだから。


4月1日

 会場との技術的な打合せ。コンサートのイメージは大体出来上がった!

 東京の朝日新聞の夕刊に新ちゃんが出たらしい。
 誰か東京の人、記事を画像ファイルにして私に送ってください。


3月29日

 実行委員会ニュースNo5を発行。
 チケットの集約の遅れに檄を飛ばす。
 新ちゃんはこの日沖縄で、KKT(熊本県民テレビ)の貼りつき取材を受けた。夜のライブも。新ちゃんは、このライブの中で、テレビカメラを前にして、初めて自分が元ハンセン病患者であること、そして今も沖縄愛楽園に暮らしていることをみんなに打ち明けた。ためらいながら、ためらいながら、一歩ずつ前進していく新ちゃん。


3月19日

 実行委員会ニュースNo4を発行。
 明日はチケットの第1次集約日です。


3月17日

 3月14日のコミュニティボードへのポスター貼り。
 宣伝部隊長のまりもちゃんからの報告
 「ポスター貼り、完了しました!報告遅くなってすみません。希望者が多かったので、20か所しか貼れませんでした。」
 お疲れ様でした!
 でも、ポスター貼りは2週間後にもう1回あります。今度も頑張ろうね!


3月14日

 熊日朝刊に新ちゃんの大きな写真。記者会見での記者の感動を伝えてくれるいい記事になっていた。
 ⇒熊日の記事


3月13日

 熊本県弁護士会館で記者会見。
 新ちゃんが言わなかったら私が言おうと思っていた左手の話を、新ちゃんは自分から話し始めた。「歌ってください」と言われて歌った「あの頃僕は」。記者の方々に強い感銘を与えているのが聞いていてよくわかった。
 KKTは夕方のニュースで早速取り上げてくれた。
 いまや新ちゃんの黄金の左手は、新ちゃんの誇りとなったし、社会復帰の象徴になった。


3月12日

 第4回実行委員会(市民会館第9会議室)
 9人が参加。
 チケットの販売がまだ進んでいないぞ。この日確認されたは67枚。未確認がかなりありそう。確認体制を決めた。今後の日程や、当日のことも話し合った。
 新ちゃんのCDは4月6日頃完成予定。プレCDに「無題」を加えて全9曲。完成が楽しみ。
 いつもの最後のミニライブは、「少女の詩」と「マイペンライ」。
 次回は4月2日(火)午後7時〜 国際交流会館
 実行委員会終了後、食事をしに沖縄料理店「山猫」へ。ここでもお店の人に請われてミニライブを開催。ほかのお客さんにも大好評。この日はほんとにたくさん歌ってもらった。


3月12日

 くわみず病院で昼休みコンサート。30人くらいの人が集まった。新ちゃんは「無題」と「さすらいの破片」の2曲を歌った。
 これまで新ちゃんは左手の後遺症のことを人前であまり言ってこなかった。私がほかの人にそれを話すと、「でも左手の指が何本動こうと聴いている人には関係ないから」とその話をすることを嫌っていた。新ちゃんのギターを聴いて左手に後遺症があることに気づく人はそういないと思う。
 この日の会場はリハビリ室。新ちゃんの脳裏には自然と苦しかった自分のリハビリの頃の記憶がよみがえってきた。「話すつもりではなかったのに無意識に手のことを話しはじめていた」と新ちゃん。動かなくなってしまった指で「これしかない」とギターを弾き続けて、5年かけて今のように3本の指でギターを弾けるようになった。新ちゃんの話は今病(やまい)とたたかっている人たちの胸を打った。新ちゃんの歌を涙を流しながら聴いてくれる人もあった。
 またひとつ、新ちゃんの世界が広がった。

     くわみず病院で 


3月10〜
11日

 奄美和光園の弁護団の説明会に新ちゃんも同行した。
 説明会での新ちゃんの歌を熱心に聞いてくれた皆さん。不自由舎での原告の皆さんと新ちゃんとの交流には心温まるものがあった。今年90歳になるN姉(ねえ)に「もっと上手になったらまたおいで」と言われて絶句した新ちゃん!でもみんな本当に喜んでくれた。
 奄美は、新ちゃんにとっては歌い続けていく勇気をくれた大切な場所。新ちゃんのファンでありかつ大切な友達も大勢いる。けれどこれまでハンセン病のことは話してこなかった。今回和光園にいる新ちゃんに会いに来てくれた新ちゃんの友達。自然とみんなとお友達になってしまった。
 偶然に和光園の近くで友達に会ってしまったり、またまた偶然に帰り際に知り合いに会ってしまったり、何か新ちゃんと奄美とのつながりに運命を思わせるような不思議な旅になった。


3月8日

 実行委員会ニュースNo3を発行。
 3月13日午後1時30分から、熊本県弁護士会で記者会見を開くことにしました。


2月26日

 第3回実行委員会(市民会館第7会議室)
 新ちゃんも入れて14人参加。
 団体まわりの状況、チケットの売れ行き、マスコミ対策、どんな考え方でチケットを売るのかなど、かなりシビアな議論も。
 演奏形態については、新ちゃんのギター1本でやることに決定。
 最後に新ちゃんが、「少女の詩」と「逃げならつかみたい夢」を歌ってくれた。「少女の詩」では新ちゃんは泣いていた。「逃げながらつかみたい夢」はイントロがとてもステキで、こっちが泣かせられた。きっとみんなやる気が出たんじゃないかな。
 次回は3月12日(火)午後7時〜 市民会館
 次々回は4月2日(火)午後7時〜 国際交流会館
 3月14日はコミュニティボードへのポスター貼りだよ。


2月25〜
27日

 25日のお昼打ち合わせ会議をやったあと、要請書を完成させて団体まわりを開始。新ちゃんはギターをかかえてまわり、あちこちで歌った。団体はどこでも概ね暖かく歓待してくれた。問題はチケットがどれくらい売れるかです。現在のところ入金ありは約50.そのほとんどが恵楓園。みんなもうちょっと頑張らなければね。

        
        ライブハウス 「かみひこうき」で


2月21日

 チケットとチラシができた。それでホームページに「チケット情報」のページを追加した。25〜27日は、このチケットとチラシをもって、裁判を応援してくれた団体を回る予定。打ち合わせ会議は、25日正午、熊本中央法律事務所で。


2月18日

 実行委員会ニュースNo2を発行。

2月14日

 新ちゃんと、熊本市総合女性センターの会場に下見に行った。
 新ちゃんにとっては初めて見る会場。
 「すり鉢状だからね、新ちゃんの歌がまずければ、上から物が飛んでくるから」と、新ちゃんをおどかしていたのだけれど、新ちゃんはその話から巨大なすり鉢を連想していたみたい。実際に見てみて、「そうか、こじんまりした空間なんだ。ライブハウスでのライブの雰囲気だね」と新ちゃん。
 イメージが湧いてきたみたい。


2月12日

 第2回実行委員会(市民会館第7会議室)
 新ちゃんも入れて11人が参加。
 チケット、チラシ、ポスターのデザインや配布方法について議論した。議論白熱。1週間もすれば、チケット、チラシ、ポスターは出来上がることになった! まずまず順調な出足。
 チケットは、ハンセン病訴訟支援の人たちにまずお願いする。HPを見ている人が郵便振替で購入できるように郵便貯金通帳も作ることにした。
 あとは中身の準備だね、新ちゃん(^-^)
 次回実行委員会は、2月26日午後7時〜。
 場所は、今回と同じ、熊本市民会館第7会議室


1月31日

 実行委員会ニュースNo1を発行。メール配信形式。
 

1月24日

 「生き直しコンサート」のホームページを立ち上げた。みんながこのサイトに来てくれるといいな。
 新ちゃんは、一緒に演奏してくれるリードギターのギターリストを見つけたようだ。

        1月25日のライブで
 

1月16日

 第1回実行委員会(サンブン第3会議室)
 9人参加。新ちゃんも沖縄からギターを抱えて駆けつけてきてくれた。
 コンサートの名前は、新ちゃんの逡巡の末、「やっぱり」、ということで「生き直しコンサート」に決定。ハンセン病を前面に出してコンサートを行うことにはいろんな批判もあるだろう。でも、私たちも、新ちゃんも、覚悟を決めることにした。どんな批判があっても私たちは、みんなの生き直しを応援するのだ。
 コンサートの目的は2つ。新ちゃんの生き直しを応援すること、そしてそのことを通じて療養所で、社会で生き直しを模索するすべての人を応援すること。
 新ちゃんはいくつも逡巡した。「やっぱり、ハンセン病を出すのかな?沖縄では僕をただのフォーク歌手としてしか知らない人も多い。マイナスの反響もあるんじゃないかと思う」。みんながきっと逡巡している。みんなの逡巡を大事にしながら、一歩一歩をみんなで支え合って生きていきたい。それでも覚悟を決めた新ちゃんに拍手を送りたい。
 体制  実行委員長:国宗 事務局長:北岡
      会計責任:田中 渉外:伊藤
 次回  2月12日(火)19:00 (熊本市民会館)
 次回までにチケット・チラシ・ポスターを準備すること