「さて……」

鈴凛達が出て行った後、ギュスターヴはおもむろにドアに鍵を掛けて洋子と正対する。

(えっ……!?)

彼の意外な行動に洋子は驚く。

てっきり彼も鈴凛たちについていくものと思っていたからだ。

しかし考えてみれば、彼が王女を案内するのなら衛兵を呼ぶ必要もなかったわけで。

色々と考えを張り巡らせる間にも、ゆっくりとギュスターヴは洋子に近づいていく。

「な、なに?何なの?」


――これから何をされるんだろうか。

――さっきドアの鍵を閉められた = 逃げられない。

――今、この部屋には二人きり。しかも男(だよね?)と女。

――ちなみに女(というか自分)の立場は、捕らわれのか弱き乙女。

――考え付く結論は……。






誰にも言えない大人の色事!!







(いやーーーーーーーー!!)

そういえば何となく口元が妖しく吊り上っているように見える。

なぜかこのとき、洋子の頭に「赤ずきんちゃん」の一言が浮かび、途端にパニックになる。

「いやそのわたしは食べてもおいしくないし食べたって絶対お腹壊すしそれに初めては好きな人と決めてるっていうかあーもうとにかくこっち来ないで!」

「……何か誤解してませんか?」

機関銃を思わせる口調とその内容に、かくっと肩を落とす。

そんな風に見えたのかぁ……。ちょっとだけ傷ついたかもしれないギュスターヴ氏。

なんとも緊張感のないやり取りであった。





「とりあえず危害を加える気はないので、もうちょっと落ち着いてくださいよ」

「はぁ……はぁ……」

一気にまくし立てたせいで、苦しそうに息をする洋子。

そちらに目を見やりつつ、ギュスターヴは腕を組みながら話を進めた。

「あなたが我々に敵意を持っているのは知っています。王国と帝国は交戦中で、あなたは王国側。この現状にいい気分でないのは当然のこと」

だいぶ息が整った洋子だったが、ここでもやはり彼の言葉を聞こうとせず、目を伏せがちにしてベットに腰掛ける。

だがギュスターヴの次の言葉に、洋子はその態度を変えざるを得なかった。

「単刀直入に聞きます。あなた、この世界の人間ではありませんよね?」

「!」

いきなりの言葉に、思わず顔を上げてしまう。

はっとしてすぐまた俯くが、答えはもう言ってしまっているようなものだった。

「そしてあなたと同じ境遇のものが、他にも三人いるはずです。間違いありませんね」

確信を持った口調に、不安を煽られる。

彼女は平静を装ったが、明らかに動揺の色が見て取れた。

(何で知ってるの……?)

自分たちがこの世界に迷い込んでから、そう時間は経っていない。

だが、こうも完全に自分たちのことが洗い出されている。

それほどに帝国の情報網は優れたものなのだろうか。

(……情報?)

ここで、急に洋子は閃いた。

自分たち四人のことを既に調べ上げていた帝国。

その情報収集力は、王国に対してどれほど発揮されているのだろうか。

それが判れば、いつか自分が王国に戻った時に有用となるに違いない。

(私の巧みな話術で、ってヤツ?)

どこまで知っているかを喋らせようと、すぐさま気持ちを入れ替えつつ洋子は顔を上げた。

まずは様子見だ。

「わたしの事なんか聞いてどうするの?」

「今のご自分の立場を理解してくださいよ。質問をする側は私であって、あなたではない」

あっさり崩された……。

途端に不機嫌になり、何が何でもだんまりを決め込むことにしたが、そんな彼女の心情を手玉に取るようにギュスターヴは上手に話を進めていく。

「さて、ここで問題。あなたのお仲間である三人のうち誰かが、この帝国にいる。マルかバツか」

「…………」

質問の真意をはかりかね、ただ黙ることで様子を伺う。

「答える気はありませんか?ふふ、まぁいいでしょう。正解はマルです」

「う、ウソ!?」

「本当です。ウソを言ってもしょうがないですからね」

それが本当なら、彼の言ったことはとてつもない情報だった。

三人との再開は、洋子が一番望むことだったからだ。

直後、彼はこう続けた。その者に会う気があるかと。

洋子の答えはもちろん肯定だ。

「結構。では、私はあなたに彼を紹介する。その見返りとして、あなたにたった一つのことを望む。よろしいですか?」

条件はどんなことでもいいから、翔か、仁か、豪か、とにかく会わせてほしかった。

しかし捕らわれの身である自分の立場を考えると、やはり「どんな条件でも飲む」と安易に承諾する訳にもいかない。

はやる気持ちをなんとか抑え、ギュスターヴに確認を取る。

「…そのたった一つのことって、何?」

「それはあなたと彼を会わせた後で言いますよ」

取り付く島がなかった。

さっきといい今といい、この狼男は決して自分のことを喋らない。

しかしだ。

「会わせた後に言う」ということは「確実に会わせてくれる」という意味でもある。そうでなければこの取引が成り立つはずもない。

相手の提示する条件がわからないため彼の取引に応じるのは危険であり、それはもちろんわかっていたが、洋子は幼なじみとの再会を目の前にちらつかされ、いても立ってもいられなかった。

結果、彼女は取引に応じる。

「……わかったわ。あなたの言うことを聞きます。だからお願い、早く会わせて!」

「もちろんです。実はもう、部屋の前で待ってもらってたんですよね」

そう言ってドアの鍵を空け、入ってきてくださいと一声かけた。

すぐに男が入ってくる。

背が自分よりちょっとだけ高くて、ツンツンに立てた茶髪が目立つ。










「仁!」




「洋子!」

 






愛しい弟。

その姿が目に映ると同時に、洋子は駆け出していた。

首に手を回して抱きつくと、仁も同じようにして彼女の行動に答える。





「よかった……無事だったんだ……」

「お前もな……」

「よかった……ホントによかったよぉ」

涙を浮かべ、ひたすら弟の無事を喜ぶ言葉を紡ぐ洋子に対し、仁は照れくさそうに、だがやはり表情を嬉しさで満たしていた。







☆☆☆





二人が再会を喜びあって数分間。

「えーと」

場の雰囲気にそぐわない気まずそうな声が聞こえ、当の二人はパッと離れた。

日本にいたときであれば軽口こそ何度も叩き合ったが、今のように姉弟で抱き合うなんてことは考えられない。

我に返ったついでに、ついついお互いを押しのけてしまったのだ。

「な、なんだよ急に抱きついてきやがって」

「だ、だってしょうがないじゃない」

「ったく、そんなにメソメソすんなよな。みっともねぇ」

「あ、あんただって涙目じゃない!」

ついさっきまでの行動が妙に気恥ずかしく、自分の感情をごまかすように次々と言葉が出てくる。

「お前に首締められたからだよ。ホンっト、馬鹿力は相変わらずだなぁ」

「な、なんですってぇ!?」

「あ、でもちょっと太ったか?ほら、首周りとか。お前図太い性格してっからな、とうとう外見にまで出てきたんじゃねーの?」

「こ、この…………っ!!!」

本来ならこの後洋子が仁に殴る蹴るなどの暴行を繰り返すのだが(実際彼女はそうしてやるつもりだった)、呆気に取られていたギュスターヴが彼女を止めたために、今回は未遂に終わった。

「やれやれ、元気がいいですねぇ。あなた方はいつもこうなんですか?……まぁそれはともかく、私の話を聞いてくださいよ」

そういえば彼の言う「条件」の話をまだ聞いていなかったと、洋子は意識をギュスターヴに向ける。

「私はちゃんとあなたの仲間を連れてきた。ですから次はあなたの番。私の願い、聞いていただけますね?」

「……わたしに出来ることなら」

何を言われるのかと不安ではあった。

しかしこの狼男は自分と仁をこうして再会させてくれた。それには恩を感じている。

それに人質であるはずの自分に乱暴をするようなこともなかった。それどころか、わりと整った環境さえ与えてくれていた。

(もしかしたら、ちょっとはいい人なのかも…)

そんな気になってくる。

洋子の心情が読めたのか、ギュスターヴは薄く笑った。

「では、私の要求を言いましょうか。なに、難しい話ではありませんよ」

ふぅ、と一息ついて、洋子をまっすぐに見つめる。

「これからは私のことを敵とせず、そして信用してください」

「どういうこと?」

「言葉どおりです。私はあなた方二人の協力が得たい。そのためには、あなた方が私を信用してくれなければならない」

「待ってくれ」

仁が口を挟む。

ケルベージに聞いているが、この銀狼はとんでもないやり手らしい。

もっと違った方法で自分たち二人を利用することが出来たはずだが、それをしないでこうして洋子と自分を巡りあわせた。

わざわざそうした理由には、銀狼の利得となる何かがあるはずだ。

その考えを、仁は淡々と口にしていた。

「オレたちにはそれを知る必要があると思う。あなたが俺たちの信用を望む、その訳を教えてくれ。返答はその後だ」

ふむ、とギュスターヴは腕を組む。

「あなた方、元の世界へ帰りたいんでしょう?」

急な質問に洋子と仁はふと目を合わせ、どちらともなく頷いた。

「帰るための方法は知っていますか?」

「え?いや、それは……」

洋子が口ごもる。

帰るにはきさらぎの魔法で何とかなるはずだったが、帝国の要人に王国関係者の名を言っていいものかどうか。

どうしようか迷っている洋子を差し置いて、仁は言った。

「『十二の秘宝』ってヤツを使えばいいって聞いてる」

「そう、その通り」

「は?何それ?」

十二の秘宝。

初めて聞いた単語に、洋子は単純に聞き返した。

「オレもどういうものなのかは知らない。ただ、それでなければ帰れないって話を知ってるだけだ」

「えっと、じゃあ、あの、魔法で帰れるっていう話は?」

「偽りですよ」

腕を組んだままギュスターヴが答え、さらにこう続けた。

「私はその『十二の秘宝』を探している。そしてあなた方も秘宝を必要としている。我々は協力しあうべきです」

「秘宝は何のために?」

「それは言えませんね。いつどこで、聞き耳を立てられているかわかりませんから

声をひそめてギュスターヴは告げる。

聞き耳を立てられるということは、監視されているということだ。

彼の拠点である帝国で彼に監視をつける者がいるというのは、おかしな話だった。

「まぁとにかく、私は約束を守ったんですから、あなた方もお願いしますよ」

「ちょっと待っ…」

「あなた方は何も考えなくていいんです。考えるのは私の仕事。あなた方は私を信用する、ただそれだけしてくだされば充分」

仁の言葉を遮り、ギュスターヴは部屋を出て行こうと二人に背を向ける。

「あっと、言い忘れましたが、私は決して『帝国を信じろ』と言っているのではありません。あくまで『私だけ』を信用してくださるようお願いします」

「……?」

「これも言葉どおりの意味です。私個人に対しての信用。それを求めているんですよ、私は。帝国という組織を信じる必要はありません」

黙っている二人をそのままに、ギュスターヴはドアノブに手をかけた。

そこで振り向きざまに、やや強い口調で言い放つ。

「帝国のみならず、共和国や王国、ひいてはこの大陸の運命は、私とあなた方次第と言ってもまぁ間違いではありません」

だからくれぐれも余計なことは考えないように。ギュスターヴはそう念を押した。

「では、また後日お伺いしますよ。仁といいましたね、あなたもケルベージの元へ戻ってください」

「い、一緒にいさせてくれないの?」

「彼がここにいると色々怪しまれるので。大丈夫ですよ、また彼をお連れしますから」

言いながら仁を促すギュスターヴ。

すがるような瞳で自分を見つめる洋子に、仁は出来る限り優しい口調でなぐさめた。

「大丈夫だ。今はお互いの居場所が判ってるからな、会おうと思えばすぐ会えるさ」

「でも……」

「心配ねぇって、また来るから。な?」

「……うん」

「よし。じゃ、またな」

「じゃあね」

部屋を出て行く仁たちを、洋子は見送った。

彼らがいなくなった後も、ずっと。






(でも……ホント、会えてよかったぁ)

弟が健在だったことがわかった。

それだけでも十分だ。

ギュスターヴが何を考えているのか判らないが、仁と一緒ならきっと何とかなる。

ゆくゆくは翔と豪も見つけて、四人で帰ろう。

ふつふつとやる気が湧いてきて、顔から笑みがこみ上げる。

「よっし、やるぞぉ!」







☆☆☆








しばらくして、鈴凛達も帰ってきた。

三人ともやたら上機嫌で、うるさいぐらいに騒いでいる。

「あ、ねぇねぇ、聞いてよ洋子さん!」

興奮している鈴凛をなだめつつ、話を聞いてみた。

「アニキがね、アニキがいたの!ここに!」

「お兄さん?三年前にいなくなってたっていう?」

「そう、そうなの!」

話によると、ギュスターヴの言っていた「会わせたい者」というのは、なんと彼女たちの兄である『ジャン』だったそうだ。

その後も何かと騒ぎ立てる三人の話を統合しつつ、洋子もまた弟との再会を報告するのだった。









彼女たちは気付いていなかった。

既に、自分たちが決して逃げられないところまで来てしまったことを。

渦巻く大きな流れに、乗ってしまったことを。












ギュスターヴの理想とジャンの野望は、もう止まらない。












(第8話へ続く……)

 

 

 



あとがき

オリキャラしか出てねぇや。イエーァ。

いや、なんと言いますかね、もう開き直りました。妹も先生も出てこなくていいや、って感じで。イエーァ。

おかげでキャラが動かしやすく、わりとスムーズに書けました。ま、それでも結構時間かかってますけどね。

今作を見直してみると、何とまぁ似たり寄ったりな表現ばかりで。

梨の語彙力の無さ加減がよく分かります。気取った表現の一つも使えてませんしね。

でもなぁ、ここからさらに一つレベルを上げていくのって、難しい気が。

そんなわけで、ただいまちょっとした壁を感じています。



このようなつまらん文章でよければ、今後もお付き合いください。

では、ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

梨でした。

2002年10月6日  13:34