〜兄のささやかな仕返し・咲耶編〜

作・梨

− Sister Princess Side Story −


…この前はひどい目にあった。やはり最初にラスボスに手を出してはいけなかったのだ。
最後の相手だからラスボスなんじゃないか。馬鹿だね、俺って奴ぁ。

さ〜て、前回は失敗に終わったが、ここで懲りる俺じゃない。
とりあえず千影は後回しにして、今回は咲耶を相手にしようと思う。

今回の作戦を説明しよう。
常日頃咲耶の買い物に付き合わされている俺だ、買い物ネタで仕返しをしようと思う。
皆さんも知ってのとおり、咲耶はおしゃれさんなので、当然服装に気を使う。
服選びのセンスも良く、街に出れば結構周りの目を引くのだが、そんな彼女が
「こんなの絶対着たくねえぇ〜!」と万人に言わしめるような服を着たらどうなるだろうか。
別の意味で注目されること受けあいだ。プライドの高い彼女はきっとその
「別の意味の視線」に耐えられないに違いあるまい。
こうして咲耶に屈辱を与えるのだ。やりすぎって気がするが、「序章」で言ったように
俺は悪魔に魂を売ったのだ。このぐらい平気でやってやるぜ。

え?「咲耶にどうやってそんな格好をさせるのか」って?
ふふん、その辺も抜かりナッシングだぜ。咲耶はこの前自分でこう言っていたのだ。
「お兄様が望むなら私、どんなスタイルだってこなしてみせるのに!」と!(2000年6月号参照)
つまり、俺が「これ着て」と言えば、どんなものでも着よう、と公言してしまっているのだ。
これを利用するのさ。
さあて、早速実家に電話して約束を取り付けよう。





その週の日曜日…




今、俺は咲耶と共に街にいる。うむ、計画は順調。
しかし、腕に引っ付くのは何とかしてほしい。歩きにくくて仕方ない。
「疲れるから離れて」と言ったら、泣きそうな顔で

「お兄様は私のことが嫌い!?」

だもんな〜。そこで「うん、嫌い」と言えるお兄様はいるだろうか、
いやいない。(反語♪うふふ)
今俺は「仕返し」なんてことやってるが、妹たちのことが嫌いなわけではないのだ。

お、そんなこんなで店の前だ。
女性用の服を専門に扱った店である。咲耶行きつけの店だという。
…そろそろ「寄って行きましょう♪」の咲耶スマイルが来るはずだ。
よ〜し、ここからは慎重にならなくては。下手したら計画遂行どころか
咲耶ご推奨の服(今までの平均約4万)を買い与えてしまうことになるからな。


スタスタスタスタスタスタ……


…あれ?素通り?

「ねえ」
「なあに?」
「寄らないの?」
「え?…ああ、だっていつもつきあわせたら悪いでしょ? 今日は私がお兄様の行きたいところにつきあってあげる♪」

…いい娘になったなあ。じ〜んとしちまったよ、俺って奴ぁ。
こんないい娘に仕返しだなんて、馬鹿なことを…

!いや、ここで改心してしまっていいのか?
ここで立ち止まったらこのシリーズも中途半端に終わってしまう。
それに、なによりも俺の魂を買ってくれた悪魔に申し訳が立たん!
…鬼。そう、俺は鬼だ。そして鬼のなすべきことはただ一つ!
手段は選ばず計画遂行!

「いや、俺は構わんから寄っていこうぜ」
「えっ、でも…」

ここで…

「今日の咲耶、とびっきりに可愛いぜ」
「えっ!!?」

よし、動揺したな!追い討ちだ!

「でも俺は今、無性に『やばいぐらい綺麗で大人な咲耶』が見たいんだ!
 服代は俺が出す、さあ行こう!」

普段の俺なら絶対こんな気恥ずかしいことは言わないが、先の動揺で
俺がいつもと違うことに気づく余裕は、今の咲耶には無いはずだ。

「…わかったわ。最高の私をお兄様だけに見せてあげる!」
「よし、その意気だ!行くぞ、咲耶!」
「はい、お兄様!」

くっくっく、かかったな。
こうすれば咲耶の好意を無駄にすることなく店に入れるってわけよ。
狡猾だぜ、俺って奴ぁ。
え?「さっき手段を選ばないって言ったのに、好意無駄にしてないじゃん」だって?
ンなこと知るか。






「いらっしゃいませ〜」

見慣れた営業スマイルが俺たちを迎える。さあて、早速服を物色するか。
誰もが絶対着たがらないような、こっ恥ずかしい服はないかな〜っと。

「あら咲耶ちゃんじゃない、いらっしゃい」
「こんにちは〜」

お、なんか知り合いらしいぞ。

「あ、今日は素敵な人と一緒ね〜。彼氏?」
「えっ!?そう見えます?」

…なんか妹の彼氏に間違えられるって、複雑な気分だなあ。

「ほら、お兄様!私たちやっぱり兄弟よりもお似合いのカップルに見えるんだわ!」

…嬉しそうだな〜。普通嫌がるものなんじゃないの?早乙女(ダチの名前ね)が言ってたぞ、
「妹は『お兄ちゃんが彼氏なんてヤダ〜!』って言う人種なんだってさ」って。
まあいいや。

「…早く服見ようよ」
「そうね♪すみません藤巻さん、なんかこう、すごく大人っぽく見える服ってあります?」
「大人っぽい服?…そうねえ、じゃあこっちに来て」
「お兄様、いきましょ♪」

……ん?




「これなんてどうかしら」
「わあ〜っ、良いなあ〜」

これは…

「こういうのでアクセントつけるともっと良いわよ」
「わ〜、素敵!」

いかん!完全に女どものペースだ!このままでは咲耶&藤巻さんご推奨の
「大人に見えるアイテム一式(見た感じ7万ぐらい)」を有無も言わさず買わされてしまう!

「試着する?」
「はい!お兄様、ちょっと待ってて♪」

ぐわ〜、なんかもう手遅れっぽいぞ!
咲耶はなんでも着こなすから(しかも、見た感じやり手な藤巻さんが見立てた服だ)
「似合わないからヤメたら?」とは言えない。
くそっ、なんとかしてこの状況を打破しなくては…

「お兄様、どお?」
「お〜、咲耶ちゃんキマってるわ」

おい〜、着がえんの早すぎ!何の対抗策も考えてねえよ!

「ま、待て咲耶。決めるのはまだ早い。もうちょっと見よう」
「…まあ、お兄様がそういうのなら」

ふうー、危なかった。とっさに出た言葉だったが、上手くいったようだ。
さて、じゃあ今回の仕返しに見合った服を探すか。




(15分後…)





…無い。そうかそうか、俺が浅はかだったのか。
こんな上品な店にぎゃふん系の服なんて置いてないよな…
…終わった。このまま先ほどの服(見た感じ7万ぐらい)を買わされてしまうのか…

(ゴゴゴゴゴゴゴゴ…)

ん!?後方に強い戦闘力を感じる…。なんだこの気のでかさは!?半端じゃねえ!
…これは期待できるぞ。仕返しはまだ、終わってない!

「ちょっと待ってな」
「あっ、お兄様、どこへ行くの?」

咲耶が止めるのも聞かず、俺は強い戦闘力の元に走った。
そこで俺は見たのだ。俺の心の暗雲を切り払う光を放つ伝説のアイテムを…

「ヒゲ……!」

俺はあまりの素晴らしさに、そのアイテム名を口にしてしまっていた。
そう、そこにあったのは「つけヒゲ」だったのだ。なんでこんな店に、とは思ったが
この際どうでもいいだろう、そんな事は。
どんな形をしているのかというと、ちょっと形容しがたい形だが、
「黒のシルクハットに黒のステッキ、『ウオッホン』という笑いが似合うクールでシュールな紳士、
フランス貴族のピエール・ダンディヤマモト12世のヒゲ」ってとこだ。

これで分からない人は、某有名格ゲー「道端拳士3」(これで分かるかなあ?)の
英国ボクサーを思い浮かべてくれ。
それでも分からない人は今すぐ100円持ってゲーセンへ!

いやしかし、これを咲耶がつけたら……ぷぷっ、面白すぎてまともに想像できねえっ!
さて、これをどう言って咲耶に薦めるかだが…

(以下、兄の思考)

「咲耶!これをつければ大人度24倍だぜ!」
「お兄さん、センスいいわねぇ。それ昨日入荷したばっかりのやつよ。
咲耶ちゃん、つけてみたら?きっと似合うわよ」
「そうかしら…じゃあ早速つけてみるわっ」

(以上、思考終わり)

って具合にはいかねーんだろうな…んんん、どうしよう?

「お兄様…」
「おおっ!いつの間に…」
「いつの間に、じゃないわよ。いきなり走り出したと思ったらこんなところで…」
「おお、悪いな。…それよりさあ…」

しょうがない、他に良い薦め方が思いつかねーからなぁ。ダメモトで…

「咲耶さあ、これつけてみない?大人度アップ間違いなしだぜ」
「どれ…?あ、結構素敵かも!」

えっ…?

「あらお兄さん、目の付け所がいいわねぇ。それ、昨日仕入れたばかりの超新作よ」

んん?

「咲耶ちゃん、つけてみたら?きっと似合うわよ」
「ええ、早速」

……………まあ、いいか。
さて、心の準備をしなくては…ここで笑ったら、咲耶が不機嫌になって
「こんなのいらないっ!」となってしまうからな。
ふう…落ち着け…風一つ無い森と…月の出ない夜を思い浮かべて落ち着くんだ…
この二つは暗闇の象徴、俺に勇気と平静を与えてくれる。
…よし!今の俺は何が起きても絶対に動揺せんぞ!
お、試着が終わったようだ。咲耶、かかって来い!

「…どうかしら?」

うわあああぁぁっっははははは!!だめだ!面白すぎる!
咲耶の比類なき美貌(自分の妹をこういうのも変だが)とダンディズム溢れる
ヒゲが見事なハーモニーを奏で、周囲に超笑ビームを振りまいている!
これはダメだ!耐えられね〜っはははは!

「も、もう、さ、最、高です…すげえ俺好み…(ぷぷっ)」
「ホント!?」
「ほんと、ですとも、(いろんな意味でな…くくっ)」
「まあ咲耶ちゃん、すごく似合ってるわ♪」

お、藤巻さん良いねえ〜、さすがプロだ、笑いを堪えてる感じが全然しねー。
…心なしか本心から言ってるように見えるのは、俺の気のせいだろう。

「ぷぷっ……ど、どうする?これ買う?」
「お兄様がこれでいいって言うんなら」
「じゃあ、これと、さっきの服だな。どうせなら今から着てけば?」
「うん、そうする」

くくく…ははははは…ああっははははあ!!今回は完璧だ!
完璧すぎてこの後の展開が怖いぜ。
ああ、はやる気持ちが抑えられんぜ。早く街出てーっ!

「おまたせっ♪」
「おお、じゃあ行こうか」

さて、会計はいかほどかな〜っと♪もう10万ぐらいポーンと
置いていきたい気分だぜ。

「ではそちらの服が6万7千円、ヒゲが2万8千円の計9万5千円、
 税込みで9万9千7百50円になります」

……………………………………。

「藤巻さん…もう一回いいですか…?」
「はい、そちらの服が6万7千円、ヒゲが2万8千円の計9万5千円、
 税込みで9万9千7百50円になります」

…ヒゲ、高っ!5百円もしねえだろ、こんなの!
まさかほんとに10万払うことになるとは…まあいい、
この後にある至福の時間を考えたら安いもんよ。

「ありがとうございました〜」







くくく…ついにこの時がきた、仕返しターイム!
おっと決め台詞を忘れていた。

俺の苦しみは神の嘆き!その身をもって罪を償うがよし!

キマッた…さあ、周りの好奇の視線に耐えられず脱兎のごとく駆け出すがよい。





(30分後…)





…おかしい。なにかおかしいぞ。視線は感じる。確かに感じる。
これでもかってぐらい感じる。だがそれは、
俺には「何でお前がそんないい女と歩いてんだよ!」とか
「俺もあんな彼女欲しーっ!」という視線、
咲耶には「私もああいう風になりた〜い!」とか「うわ〜っ、まるで女神様じゃ!」という視線で、決して「なんだあのヒゲ!?超面白ぇ〜!」とかいう視線は全く無い。
そんな時、

「あの〜、すみませぇ〜ん」

と、コギャル風の女二人が話し掛けてきた。

「なんですか?時間が無いので早めにお願いします」

と、咲耶。っつーか、これデートだったの?

「そのヒゲぇ、どこで買ったの?」
「ここからまっすぐ行って、最初の信号を右に曲がってすぐの店です」
「いくらぐらい?」
「…2万8千円」
「え〜っ、超安いじゃ〜ん!すぐ行こっ!あっ、ありがとうございましたぁ〜」

と言って、二人は行ってしまった。…決して安くはないだろ。っつーか高い。
いや、それよりも、買う気なのか?なんで?

「何見つめてんのよ!」

(ドフっ!!)

「ごぇっ!」
「もう、お兄様ったら!こーんな綺麗な女の子が隣にいるのにっ!失礼よ!」
「い、いや…決して見つめてたわけではなく……ちょっと考え事を…」
「……ならいいけど」

くっ…咲耶め…いつの間にこんな強力な肘打ちを習得したんだ?
しかも急所にジャストミート。




…結局その後も、俺の期待した結果は全く得られず、ただいま実家の目の前。

「お兄様、今日泊まってってよ」
「…ヤダ」
「え〜、いいじゃない、ねっ?」

あ〜、その「ねっ?」っていうのだめなんだよな〜、俺。でも明日学校あるしな。
…いや、待てよ。街では全く好奇の視線がなかったようだが、
あれは俺の勘違いではないのか?そうだ、きっとそうだよ。ヒゲつけてんだぜ?
こんな美少女が。(しつこいようだが、自分の妹をこう言うのって何か変な感じだ)
このまま家に入れば当然他の妹たちがいる。肉親だから、遠慮せずヒゲについての
感想を言うだろう。そーだそーだ、もう他の妹たちだけが頼りだ。

「…よし、泊まろう」
「え?ほんと!?じ、じゃあほら、早く行きましょう!」
「こらこら、引っ張るな」





「ただいま〜♪」
「…ただいま」
「お帰…あっ!あにぃ!!どうしたの!?」

なぜヒゲよりも俺がいることに驚くんだ?

「今日泊まってってくれるんだって♪」
「ほんと!?」
「んー、まあ」
「ほほほ、私に感謝なさい」
「ほ、他の子にも教えなきゃ!」

と言って衛は階段を駆け上がっていった。…ヒゲはどうでもいいのか?
そこに、騒ぎを聞きつけたのか、居間から可憐が出てきた。

「お兄ちゃん、お帰りなさい!」
「…おお」

可憐まで…なぜヒゲを無視する?

「?…お姉ちゃん、そのヒゲどうしたの?」

おお〜っ!よくやった可憐!

「イイでしょ、お兄様に買ってもらったの♪」
「いいなあ〜。ねえお兄ちゃん、可憐もおヒゲ欲しいな〜」

なにいいい!??

「ダメよ可憐、ヒゲって結構高いんだから。自分で買いなさい」
「え〜っ、ずるいよお姉ちゃんばっかり!」

…どうやら本気らしい。





で、その日の夕食。
皆が皆ヒゲを絶賛し、

「「「「「「「「「「「私も欲しい」」」」」」」」」」」

と全員がおねだりしてきた。一度は抵抗を試みたが
「なんで咲耶ばっかり!!」ということになり、第12次妹大戦が勃発しそうだったので、
しょうがなく全員分買うハメになってしまった。
ヒゲにもいろいろ相場があるらしく、27万も出費するまでにはいかなかったが、
それでも貯金のほぼ5分の4が消えてしまった……。小4のお年玉からずっと貯めてきたのに…


しかもその後日、街に出れば見渡す限りのヒゲ、ヒゲ、ヒゲ。
どうやら今最新の流行らしい…………。
なんだかわからないが、とにかく仕返しは失敗に終わってしまった。






「結局咲耶は、何を身に付けても似合うということか…
 咲耶にファッション攻めをした俺が馬鹿だったのだ…。
 ……おのれえ!咲耶も後回しだ!次だ!次こそ俺はやってやる!
 鈴凛!必ずおまえから借金取り立てて財政を回復させてやる!
 待ってやがれ!は〜っはははははは!」



…懲りずに続く…




あとがき

やりました。やってしまいました。
咲耶ファンの方、すみません。
これしか思いつかなかったんです。いやしかし、妹は書きにくい…
すでに在るキャラを動かすのって難しいですね。
長くなりましたが、ここまで読んでくださった方、
ありがとうございました!


梨への感想はこちら