Tosca

Tragedia lirica in cinque atti

Musica di Vincenzo Bellini

Libretto di Luigi Illica e Giuseppe Giacosa

dalla tragedia "La Tosca" di Victorian Sardou

 

2003年10月3日

東京文化会館

 

近年、増えている東欧(中欧)のオペラ・ハウスの引越し公演には、筆者も何度か足を運んでいるが、かなりあたりはずれがあるように思う。「はずれ」の方は、ソリストのレベルが低かったり、演出がお粗末だったり。
結論から言えば、今回のプラハ国立歌劇場『トスカ』は「あたり」の部類である。
オーケストラ・合唱の質は上々、脇役のソリストは芸達者、そして素晴らしかったのは舞台美術と衣装である。最後の項目については、けして豪勢に金をつぎ込んでいるのではないが、そのセンスのよさは、このオペラ・ハウスに蓄積された文化の質の高さを充分うかがわせるもの。さすがは、古都プラハというべきだろう。

さて、この手の引越し公演によくある法則が今回にも適用されていた。すなわち、東京公演にはメジャーハウスに出演するようなトップスターを主役に客演させるというものである。というわけで10月3日東京文化会館でタイトル・ロールを歌ったのは、スカラ座をはじめとして、現在トスカ歌いの第一人者であるマリア・グレギーナという豪華さ。旬のドラマチック・ソプラノによるトスカを生で聴けるというまたとない機会となった。


第一幕 サンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会

前述したように、けして豪華ではないながら、舞台に再現された聖堂内部のセットが素晴らしい。ふとチェコのアール・ヌーヴォーのグラフィック・デザイナー、アルフォンソ・ミュシャの画風を思い出したりした。但し、カヴァラドッシが描いているアッタヴァンティ侯爵夫人の写し絵が、「マグダラのマリア」ではなく、聖母マリア像になっていたのは、手抜きか、アクシデントか?

残念ながら、カヴァラドッシを歌ったフランチェスコ・ペトロッツィなるテノールは、到底マリア・グレギーナと互角に渡り合える器ではなく、アリア「妙なる調和」も、トスカとの甘美な恋人達の二重唱も不発に終わった。
もうけものは、堂守を歌ったバスのミラン・ビュレンガーで、朗々とした低音と三枚目の達者な演技で楽しませてくれた。

さて、トスカのマリア・グレギーナである。まず、ワイン・レッドの衣装がグレギーナの容姿を引き立て、視覚的にも申し分のない歌姫ぶり。その声量、表現力はさすが他の歌手を大きく引き離す水準にあり、極論すれば、彼女の声を聴けただけでも、この晩、会場に足を向けた価値があった。
グレギーナの声は喉の奥深くから響いてくるような豊かな声であり、いかにも会場の隅々まで行き渡る感がした。
声に余裕があり過ぎて、二幕の「歌に生き恋に生き」などで切羽詰ったトスカの心情にやや欠けるように感じられたことが、わずかな瑕疵ではあったが、これは「あえて言うなら」という程度に過ぎない。

この幕での見ものは、王党派の戦勝の知らせに子どもたちと堂守が手に手を取って踊っているところに、突然黒装束のスカルピア一党が侵入してくるところから。音楽的タイミングと視覚的タイミングがぴったり合って、聖堂内に邪悪な異物が入り込んだという印象が強く残った。
ラースロー・ルカーチュは押し出しもよく、若さを全面に出したスカルピア像を創り上げていた。歌唱・演技ともに充分合格点だった。

そしてフィナーレでは、荘厳なテ・デウムと Va' Tosca! 行け!トスカ 歌うスカルピアの悪魔性の対比がぞくぞくするほどの効果を挙げていた。
視覚的効果と、オーケストラのドラマチックな演奏が見事に溶け合い、プラハ国立歌劇場の底力を感じさせる見事な幕切れだった。


第二幕 ファルネーゼ宮殿

この幕の見どころ・聴きどころは、なんといってもトスカとスカルピアの対決であろう。
ルカーチュは、この幕でも大健闘で、グレギーナ相手に一歩も引かずに精力的で憎々しいスカルピアを演じ切ってみせた。
カヴァラドッシを拷問にかけて、トスカを苦しめながら、己の欲望を満たすべく駆け引きするスカルピアは、やはりヴェルディの『オテロ』のイヤーゴと並ぶオペラ史上「最高」の悪役であろう。

グレギーナは歌唱・演技ともにさすがとしか言いようがない。前述したように、「恋に生き歌に生き」で少々張り詰めた流れが中断した感はあったものの、トスカという女の愚かさ、激しさ、真摯さを体現して見せた。我々は、トスカがスカルピアを刺し殺すという展開は、百も承知であるにもかかわらず、トスカがナイフに気づき、それを手に取るくだりに、手に汗握らせられてしまうのである。これもグレギーナが声と演技力で、トスカという虚構の人物にリアリティを与えてくれたからであろう。
興味深かったのは、殺害の後のかの有名な Avanti a lui, tremava tutta Roma この男の前で全ローマが震え上がったのだ という地声での台詞をマリア・カラスと同じように lui 彼(この男) にアクセントを付けていたこと。やはりグレギーナもカラスのトスカを手本に演じているのだろう。
ニ幕最後の無言劇の部分も、グレギーナとオーケストラの息はぴったりで、このような優れた演技と共に聴くと、プッチーニの書いたメロディによる情景描写のリアリティに背筋が寒くなるほどだった。


第三幕 カステッロ・サンタンジェロ

まず、装置が見事なまでに本物のローマのカステッロ・サンタンジェロの中庭を再現しているのに、驚かされた。霧が立ち込めた夜明けの雰囲気もよい。また衛兵のエキストラの動かし方が音楽に沿って視覚的な効果を挙げていたのにも、演出の妙が感じられた。

残念ながら、ここでもカヴァラドッシの聞かせどころのアリア「星は光りぬ」は、今いち。ただ、トスカが駆けつけてきてからの二重唱では、ペトロッツィもかなりがんばり、ようやく恋人達の息が合ってきたと言うべきか。

そしてカヴァラドッシ処刑の場面も、二幕のスカルピア殺害と同様に、百も承知のストーリー展開なのに、目と耳は舞台に釘付け。
O Scarpia, avanti a dio! おお、スカルピア、神の御前で! という最後の叫びを残して、カステッロ・サンタンジェロから身を投げるトスカ。救いのない結末でありながら、このカタルシスがイタリア・オペラの醍醐味であると実感させられた。


以上、述べてきたように、大いに目と耳を満足させてくれた引越し公演であった。
古都プラハの歌劇場がイタリア・オペラを美味しく料理し、マリア・グレギーナという豪華なメイン・ディッシュまで加えて、提供してくれたと言えようか。

指揮 : ジョルジョ・クローチ

管弦楽 : プラハ国立歌劇場管弦楽団

合唱 : プラハ国立歌劇場合唱団

演出 : マルティン・オタヴァ

舞台美術 : ダニエル・ドヴォウジャーク

衣装 : ヨーゼフ・イェリネク

 

配役

フローリア・トスカ : マリア・グレギーナ

マリオ・カヴァラドッシ : フランチェスコ・ペトロッツィ

スカルピア男爵 : ラースロー・ルカーチュ

アンジェロッティ : ラディスラフ・ムレイネク

堂守 : ミラン・ビュルガー

スポレッタ : イジー・フルシュカ

2003/11/03

 


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