Norma

Tragedia lirica in due atti

Musica di Vincenzo Bellini

Libretto di Felice Romani

dalla tragedia "Norma " di Alexandre Suomet

 


2003年7月1日

東京文化会館

 

シチリア島東部、エトナ火山を北に臨む街カターニアのベッリーニ大歌劇場 Teatro Massimo Bellini 初の来日引越し公演である。劇場名から明白なように、カターニアは夭折の作曲家ヴィンチェツォ・ベッリーニの故郷。

筆者は長いこと『ノルマ』に憧れ続けてきた。何しろ、上演に接する機会がなかなか訪れてくれなかったのである。
この19世紀ベルカント・オペラの最高傑作は、20世紀中葉にマリア・カラスの歌唱によって蘇えったものの、カラス亡き後、ジョーン・サザーランド、モンセラット・カバリエらを最後に、歌えるプリマドンナが再び絶えていた。イタリア・オペラの総本山スカラ座はもとより、ウィーン国立歌劇場などでも、『ノルマ』の上演は避けているのが現状のようだ。
ところが、2003年の日本のオペラ界は、演奏会形式も含め、『ノルマ』上演が目白押しなのである。今回は、その中でも作曲家ゆかりの歌劇場の引越し公演であり、カラスの再来とも言われている若いドラマティック・ソプラノ、ディミトラ・テオドッシウがノルマを歌うということで、期待と不安を共に抱きながら、待望の公演に臨んだ。

果たして、序曲が始まって浮上したのは、後者の方だった。日頃、CDでトゥリオ・セラフィン指揮・スカラ座管弦楽団の重厚な演奏の録音を聴き慣れている所為もあろうが、ベッリーニ大歌劇場管弦楽団は、あまりにスケールが小さい。特に管楽器の弱さは、目をいや耳を覆うほどだった。

というわけで、先行き不安なまま幕が開いた。舞台は紀元一世紀、ローマ帝国支配化にあるガリア(現代のフランス)地方。ガリアはローマ帝国の支配下に入って久しいが、土着のドルイド教の信者達はイルミンスルの神殿に集い、密かにローマへの反攻の時期をうかがっている。
セットは極めてシンプル。ドルイドの神らしきトーテムポールのような巨大な神像が背後に聳え立ち、舞台上手前面には大理石様の半球面体が置かれている。ベッリーニはガリアの黒い森の情景を巧みに旋律で描いているのだが、なまじセットがあると、中途半端な印象がなくもない。

だが、力強い男声コーラスと族長オロヴェーゾに扮するバスのリッカルド・ザネットーラの深々とした声を耳にして、不安はかなり解消されてきた。一言で言えば、これはイタリアの響き。旋律と声による芸術というベルカント・オペラの芯がきちんと入っているようだ。

オロヴェーゾたちが退場すると、今度はローマ帝国から派遣された総督ポッリオーネが、友人のフラヴィーオとともに登場。ポッリオーネは、オロヴェーゾの娘でドルイド教の巫女長であるノルマと密かな愛人関係にあり、ふたりの子供まで設けていること、しかし今ではその愛は冷め、若い巫女アダルジーザに心を移していることをレチタティーヴォで語る。
オペラ史上初のテノーレ・ロブストの役だというポッリオーネを歌ったカルロ・ヴェントラは、この役にしては、いくぶんリリコ寄りの声質にも聴こえたが、とにかく高音がよく出る若いテノールだった。ノルマに呪われた夢を歌う「彼女と共に神殿で」での、臆することなく高音を伸ばしてみせる心意気は実に頼もしかった。惜しむらくは、低音部がやや弱かったこと、歌われている内容の情けなさの割には勇壮な曲調に、オーケストラの貧弱な響きがついていけなかったことである。

続いていよいよヒロイン、ノルマが登場する。白い装束のノルマが現われると、舞台全面にあった半球体が輝き出し、宙に上っていった。これは月だったのだ。
こうして月明かりの中で、オペラ史上もっとも美しいメロディのひとつであるアリア「清らかな女神よ」が始まる。
ノルマに扮するディミトラ・テオドッシウは若々しく健康的な容姿だったが、美しいメロディをしっとりと一音一音丁寧に歌い上げていた。そして後半部のカバレッタ「ああ、愛しい人、帰ってきて」で、私ははっとさせられた。録音でしか聴いたことのなかったカラスの声が蘇えったかのようではないか。高音部で突き抜けるドラマティックな声。以後、このテオドッシウの声が上演を引っ張っていったと言っても、過言ではないだろう。

ポッリオーネが新しい恋人の若い巫女アダルジーザ(ニディア・パラチオス)を口説き落とす場面をはさみ、いよいよ第一幕のフィナーレに入る。
一転して紅い衣装に身を包んだノルマの前にアダルジーザが現われ、巫女の身でありながら恋に落ちてしまったことを告白する。ノルマはアダルジーザをやさしく労わるが、その相手がローマ人でしかも自分の愛人ポッリーネと知るや、一転して修羅の様相となる。折りしもその場に現われたポッリーネとの三重唱は、このオペラ、いやあらゆるオペラのフィナーレ中でも最も美しく最もドラマチックなのではないだろうか。
怒り狂うノルマ、最初は彼女をなだめていたものの次第に居直るポッリオーネ、戸惑うばかりのアダルジーザの三者三様の思いが錯綜し、やがて燃え上がる炎のようなクライマックスに集約され、第一幕が幕を閉じる。両手を上空に差し上げて広がったノルマの深紅の衣装が彼女の激情を象徴していて強烈な印象だった。このあたりからオーケストラにも熱が入り、ようやく声の競演に追いついてきた感があった。


第二幕は、ノルマが眠りに就いているふたりの子供たちの傍らに短剣を持って佇んでいるところから始まる。命を絶つ覚悟をしたノルマは、ガリア人にとってもローマ人にとっても許されない不義の子供達を自分の道連れにしようというのだ。だが、いざ短剣を振り下ろそうとしても、どうしても殺すことが出来ない。この場面でのノルマの母性の苦悩を歌わせれば、カラスの右に出るものはいないが、テオドッシウもあの若さでほんとうに健闘していたと思う。
ノルマが子供達を抱きしめていると、アダルジーザが現われ、ポッリオーネから身を引くことを告げる。
本来は対立すべきふたりの女が和解し、心からの共感を込めて歌う二重唱は、このオペラの白眉である。
アダルジーザのパラチオスはメゾ・ソプラノ(ベッリーニはこの役にもソプラノをあてて書いているが、現在ではメゾが担当することが多い)だが、その声質はかなりテオドッシウに近いように聴こえ、ふたつの女声の織りなす旋律の美しさを充分堪能することが出来た。まさに「ベルカント」ならではの美しい声、美しい旋律の醍醐味。

しかしアダルジーザの説得にもかかわらず、ポッリオーネが考えを変えないことを知ったノルマの怒りは、頂点に達する。銅鑼をたたいて、ガリア人たちに向かってローマへの宣戦布告する。今までノルマはポッリオーネへの想いから、ローマに対して当面は蜂起しないようにとの託宣をしていたのだ。"Guerra, guerra!"「戦いだ!」という男声コーラスは、後にヴェルディにも影響を与えたというが、ベッリーニ歌劇場のコーラスの力強さがここで大いに効果を上げていた。

やがて捕らえられたポッリオーネが、ガリア人の前に引き出される。ここでも短剣を振り下ろすことの出来なかったノルマは、人払いをして、ポッリオーネと一対一で向き合う。こうして世にも美しい旋律に乗って、声の、男と女の対決が顕現する。テオドッシウとヴェントラ、互いに一歩も引かずに、若さを全面に出した真っ向勝負だった。
最初はポッリオーネに「駆け引き」を試みていたノルマだったが、それでも男が翻意しないと知るや、今度はアダルジーザと子供たちを殺す、と最後の切り札を切る。さすがにノルマに跪き許しを乞い始めるポッリオーネ。「とうとう私と同じ苦しみを味わせることができた」と勝ち誇るノルマ。
極限まできてしまった男女の闘争。入れ替わる力関係。それら人間の醜さをも抱合したドラマが、旋律と声によって至高の芸術に昇華されるのを目の当たりにすることができた。

ついにノルマはガリア人たちを呼び戻し、ローマ人に内通していた巫女がいるので火炙りの刑に処すと告げる。早くその名を、と迫るガリア人、脅えるポッリオーネ。
だが、ノルマの口をついて出たのは、アダルジーザではなく、「それは私」という言葉だった。自ら火刑台に上ろうとするノルマの気高さに打たれたポッリオーネは、自分も進んで火刑台に上ると言い出す。このポリオーネの突然の改心は、確かに不自然ではあるが、ノルマを愛する男と共に死なせてあげようという、ベッリーニとロマーニのノルマへの慈愛と取り、筆者はこの結末を支持する次第である。
 

Da me fuggire
Tentasti invano
Crudel Romano,
Tu sei con me.

私から逃げようと試みても、無駄なこと
心冷たきローマ人よ、
あなたは私と共にいる


ノルマに真相を問い詰めるガリア人たちのコーラス、あまりのことに嘆くオロヴェーゾ、そんな父に許しを乞い、残してゆく子供たちの行く末を頼むノルマ、蘇えった愛(しかしその愛には"Moriamo insieme"「共に死のう」という未来しかない)を歌うポッリオーネらの様々な思いが交錯して、やがてそれらの思いは偉大なフィナーレに集約される。
火刑台を象徴する紅いライトの中に歩んでゆくノルマとポッリオーネの後姿は、オペラという音楽劇の最高のカタルシスを与えてくれたと思う。
当初は危惧されたオーケストラも、ここに至るまでに随分と頑張って盛り上げてくれたと思う。(コーラスの力強さは言うまでもない)
オーケストラ、指揮、装置などけして完璧なものではないものの、イタリア・オペラ、ベルカント・オペラの伝統が地方の歌劇場でも生き続けていることを知ることの出来た公演だった。
そして難役に堂々と挑んだ若い歌手達の健闘に拍手を送りたい。とりわけテオドッシウという素晴らしいプリマドンナの出現に。

Il tuo rogo, o Norma, e' il mio
La' piu' puro, la' piu' santo
Incomincia eterno amor.


おまえの火刑台は、僕のものでもあるのだ、ノルマ
そこはもっと清らかで、もっと聖なるところで、
永遠の愛が始まるのだ






指揮 : ジュリアーノ・カレッラ

管弦楽 : ベッリーニ大劇場管弦楽団

合唱 : ベッリーニ大劇場合唱団

演出 : レンツォ・ジャッキエーリ

舞台美術 : ミケーレ・カンツォネーリ

 

配役

ノルマ : ディミトラ・デオドッシュウ

ポッリオーネ : カルロ・ヴェントレ

アダルジーザ : ニディア・パラチオス

オロヴェーゾ: リッカルド・ザネットーラ

クロティルデ : マリア・グラツィア・カルデローネ

フラーヴィオ : マリアーノ・ブリスケット

2003/07/21

 


Copyright © 2003 Natsu. All right reserved.


オペラの部屋に戻る