ニール・シコフというテノールの日本での位置付けは、いったいどのようなものなのだろう。三大テノールといわゆるポスト三大テノール?に挟まれた地味な存在で、まだまだ知名度もあぶないくらいかもしれない。かくいう私も、2000年、初来日したシコフのパフォーマンスに接するまでは、眼鏡をかけた汗かきテノール(BSで放送された’92フェニーチェ座『椿姫』ライヴ)程度の認識しかなかった。
その初来日時のサントリーホール・オペラの演目は、ヴェルディ『仮面舞踏会』。ボストン総督リッカルドが、腹心の部下レナートの妻アメーリアと愛し合ってしまったことによる悲劇で、ずばりテーマは不倫!これで私はシコフに参った。2001年のホール・オペラにもシコフが招かれ、同じくヴェルディの『ドン・カルロ』のタイトル・ロールを歌った。こちらでは、スペイン王妃エリザベッタと義理の息子ドン・カルロが想いを寄せ合う。
この2ステージ(正確には3ステージ。『ドン・カルロ』は2回観てしまった)で、不倫を歌わせたら現在シコフの右に出るテノールはいない!と筆者は確信するに到った。小柄で華奢な外見とリリックな声質にもかかわらず、今時貴重な高音伸ばして聴かせびらかす(誉め言葉です!)テノール。演技はとにかく熱い。しかも母性本能くすぐりタイプである。不倫相手の夫に殺されるというのが、実によく似合う。
残念ながら、近年油の乗り切った活躍ぶりのシコフのスタジオ全曲録音は少ない。まだ少しは景気のよかった80年代〜90年代前半には『椿姫』『カルメン』などの録音はあったのだが。
しかし’97年に録音されたプッチーニ『三部作』(東芝EMI)の『外套』は、そんなシコフ・ファンの不満をかなり解消させてくれるすぐれものである。というか、この全曲盤自体が、歌手がすっかり小粒になり、スケールの大きい演奏を聴くことが難しくなっている現在のオペラ界において、早くも「名盤」の評判を得た今時貴重な存在なのだ。
ジャコモ・プッチーニが晩年1918年に完成させた『三部作』 "Il Trittico"は、『外套』 "Il Tabarro"、『修道女アンジェリカ』 "Suor Angelica"、 『ジャンニ・スキッキ』 "Gianni Schicchi"の、それぞれが一幕もの三部からなる。プッチーニはここでダンテの『神曲』を想定して、まったく異なる物語を一晩のうちに上演する構想を立てたのである。すなわち陰惨な世話物『外套』が地獄篇、ひとりの修道女の苦悩と昇天を描いた『修道女アンジェリカ』が煉獄篇、中世フィレンツェを舞台にした人間喜劇『ジャンニ・スキッキ』が天国篇にあたる。
『外套』は、おそらくイタリアオペラ史上もっとも救いのない筋書きの作品ではないだろうか。セーヌ川で輸送作業に携わる、いわゆる伝馬船を舞台としたどろどろとした殺人劇。ジャンルとしては、19世紀末から20世紀初頭にかけてイタリア・オペラの主流だったヴェリズモ・オペラとして位置付けられるだろう。
プッチーニがこの物語に与えた音楽は、なんと人間味あふれるものだろう。妻の間男を殺してしまう夫にも、不倫に走った妻にも、殺されてしまう若い間男にも、それぞれ同情を覚えずにはいられない。そればかりか、猫好きのくず拾いの女や、酒びたりの中年の荷役人夫といった脇役にいたるまで、豊かな人間性が与えられているのだ。これほどまでに生活と労働をリアルに描いたオペラがあっただろうか。
さて、ニール・シコフが歌うのは、伝馬船に雇われている若い荷役人夫ルイージ。このオペラの台本では、珍しく登場人物の年齢が設定されていて、船主のミケーレ50歳、その女房ジョルジェッタ25歳、ルイージは20歳である。ミケーレとジョルジェッタは赤ん坊を亡くして以来、夫婦仲が冷えていて、ことに妻の方は船を下りて人並みの生活をしたいと熱望している。そんなジョルジェッタが若い使用人のルイージと密かに関係を持っている。実はルイージの方は逃げ腰のところもあり、一度は船を下りることを願い出るのだが、ジョルジェッタに押し切られて、結局物語は惨劇に雪崩れこむのである。
圧巻なのは、次のふたつの二重唱。ジョルジェッタが故郷での生活への郷愁を歌い始め、それにつられるように同郷のルイージも歌に加わり、ふたりは憧れに満ちて声を合わせる。ここを聴くと、ジョルジェッタが船上での夫との息苦しい生活から抜け出すために、自分を救ってくれるのではないかとルイージに夢を託してしまったことが痛いほどわかる。やがて二人きりになると、恋人たちの秘密のやりとりが暗い情念をともなって歌い上げられる。情熱に流されるままに、ルイージはマッチの火を合図にジョルジェッタとの逢引を約束して、いったんその場をあとにする。
シコフが素晴らしいのは、その心理描写に優れた声による演技力。ここでは、つらい労働に明け暮れながら、人妻との不倫にはまりこんでしまった若者を演じ切っている。また実演に接しても感じたことだが、彼の声は実に若々しさを保っていて、この『外套』でも、どう聴いてもルイージがジョルジェッタより年下に聴こえるのだ。(ジョルジェッタを歌うマリア・グレギーナ(ソプラノ)も、ミケーレのカルロ・グェルフィ(バリトン)も実年齢は、シコフよりひとまわりほど下である。)
シコフはそのよく伸びる高音をいかしての朗々とした歌唱、それに迫真の演技で、昔ながらの「熱い」テノール気質を感じさせる歌手である。その一方で、心理的に役を掘り下げるという現代性をも持ち合わせている。ドラマティックな声を必要とされた上で、複雑な人間ドラマを演じなければならない『外套』のルイージ役は、そんなシコフにうってつけだったといえよう。
さて、物語の結末だが、妻の不貞に感づき、復讐を決意したミケーレがつけたパイプの火を、逢引の合図と勘違いしたルイージが船に乗り込み、飛んで火にいる夏の虫となる。ミケーレはルイージに「彼女を愛している」と繰り返させながら、じわじわと首をしめて残忍に殺害する。(ルイージの方がずっと若いのに腕力で負けるなんて情けなくもあるが、シコフは華奢だから、それも納得。)ミケーレはルイージの死体を外套で覆い、惨劇に気づいていないジョルジェタが夫に和解を申し出て近づいてくる。ミケーレは「俺の外套の中に来い!」 "Vieni nel mio tabarro!" と叫び、外套をめくり、ルイージの死体の顔にジョルジェッタの顔を押し付ける・・・。血も凍るようなジョルジェッタの悲鳴でオペラは幕を閉じる。なんともやり切れない陰惨な結末、そしてこの後、どうなってしまうのだろうとまで私は考えてしまった。おそらく、ルイージの死体はセーヌ川に打ち棄てられ、ジョルジェッタは夫の監視の目に脅えながら、地獄のような日々を船上で送らされるのだろう・・・。
最後になってしまったが、シコフだけでなくマリア・グレギーナ、カルロ・グェルフィとも素晴らしい歌唱を聴かせていることを付け加えておこう。また、プッチーニの書いた音楽は人間模様だけでなく、映画的といえるほどに情景描写にも優れ、セーヌ川岸に繋がれた伝馬船のたゆたう様が、ありありと目に浮かぶようである。
また、『修道女アンジェリカ』『ジャンニ・スキッキ』も現在考えうる最高のキャストを得て、素晴らしい出来。筆者絶対おすすめのオペラ全曲盤である。
指揮:アントニオ・パッパーノ、オーケストラ:ロンドン交響楽団、フィルハーモニア管弦楽団、合唱:ロンドン・ヴォイセズ、ティッフィン少年合唱団
ニール・シコフ Neil Shicoff 1949〜
ニューヨークの、代々ユダヤ教のcantor(祈文独唱者)の家系に生まれる。十代のとき、メトロポリタン歌劇場でフランコ・コレッリの舞台に接し、「僕は第二のコレッリになる!」と決意。ジュリアード音楽院を卒業後、1976年メトロポリタン歌劇場にデビュー。その後、ヨーロッパ各地の歌劇場にも進出し、着実に地位を築き、現在世界のトップ・テナーのひとりとなる。あたり役はイタリアオペラにとどまらず、『カルメン』のドン・ホセ、『ホフマン物語』のホフマン等がある。
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