その女、悪魔憑きにつき・7



 ――死んでしまえばいいのに。

 階段をのぼるように膝を上げて、下ろす。景の足は、大吾のペニスを思い切り踏んだ。

 「うああああああっ!」

 狭い室内に、絶叫が響き渡る。
 初め景の足は、大吾のそれを踏み抜くほどの勢いで、振り下ろされるはずだった。しかし直前に、なぜか下から強い風が吹き、その動きにブレーキがかかった。
 それでも急所を踏まれたわけだから、相当の痛みだったろう。大吾は全身を震わせ、痛みに唸っている。そんな彼の局所を、景は更にぐりぐりと足の裏で擦った。傷口に塩を塗るかのようだ。

 「やっ、やめろ! てめえ、何やってんだ!?」

 上半身をわずかに起こし、口から泡を吹いて怒鳴る大吾に、景は微笑みかけた。

 「ごめんごめん。――でも、気に入ったみたいじゃない?」
 「はああっ!?」
 「だって、ほら」

 景はタイツを履いた足裏を、大吾のペニスの上にねっとりと這わせた。彼のそれは、いつの間にか、太く硬く育っていたのだ。

 「本当は、こういうの、好きなんでしょ?」

 反り返った肉棒をゆるゆると踏んでやりながら、景は胸元の青いクマを、確かめるように抱き直した。クマのフカフカの体は、使い過ぎた携帯電話のように、熱を帯びている。やはり大吾が抵抗らしい抵抗を見せないのは、恐らくティンカー・ベルがそれを封じているからだろう。分かっていながら、景は煽る。

 「飯島くん、気持ちいいんでしょ? こういうの好きだったの、自分でも知らなかったの?」
 「そんなわけ……!」

 口では抵抗するが、大吾のペニスは、景の足の下でどんどん大きくなっていった。陰嚢を軽く蹴っても、彼はぶるりと震えたきり、景のその乱暴な愛撫を諾々と受け入れている。

 「ああ……!」

 大吾のどこかうっとりとした表情や、喘ぐような息遣いに、嫌悪感がこみ上げてくる。しかし景は、足を動かし続けた。
 気付いていたのか、いなかったのかは定かではないが、大吾には元々こういった性癖があったのだろう。
 ――被虐趣味。
 そしてもう一つ、きっと彼は困った趣味を持っているはずだ。

 「ねえ、飯島くん。自分で乳首いじってみて?」
 「えっ?」
 「したことない? あるんでしょう? 気持ちいいよ、きっと」
 「……………………」

 やがて大吾は、ピンと勃った自らの乳首を触り始めた。人差し指で軽く突付いたあと、二本の指でクリクリと摘む。適当に言っただけのことだったが、彼の手つきは妙に慣れていた。
 景は一旦大吾から足をどけると、カバンからスマフォを取り出し、カメラを彼に向けた。

 「な、なにを……!」

 大吾は不安そうだったが、やはり起き上がらない。その姿を撮影する。

 「や、やめろ!」

 眩いフラッシュに、大吾は顔をそむけた。撮った写真は保存せず、そのまま消す。

 「あはは。大吾くんて、可愛いよね。スタイルもいいし。こんな色っぽいの、みんなに見せてあげたいな」
「……………………」

 普通はお世辞か、特に今のような状況ならば、嫌味と理解するところを、大吾は言葉どおりに受け取ったらしく、まんざらでもない反応を示した。それだけ自分に、自信があるということか。
 景は立て続けに彼の写真を撮り、都度削除した。大吾はしかめっ面をしつつも、自分の体を隠そうとはしなかった。
 ――景は、確信を持つ。

 「ねえ、飯島くん。そのままオナニーしてよ」
 「え?」
 「自分で自分のおちんちんをシコシコして」
 「そ、そんなこと、できるわけないだろ!?」
 「見たいなあ。きっと可愛いよ」
 「バカか!? できるわけないだろ!」

 自分の申し出を拒否する大吾に、景は再び携帯を向けた。

 「本当に……?」
 「……………………」

 景の手の中で、自分を見詰めている機械をちらりと覗いてから、大吾はごくりと喉を鳴らした。やはり彼は、その誘惑に、抗えない。

 ――見られたい。

 大吾は握り締めた拳を解き、おずおずと硬く張り詰めた自身を掴んだ。最初は遠慮がちだった手が、やがて激しく上下し始める。

 「ほらほら、乳首、忘れてるよ?」

 からかうように景が指摘すると、大吾は素直にまた乳首をいじり出した。

 「可愛いなあ、飯島くん。もっと足を広げて」
 「と、撮るな……!」

 そう言いつつ、大吾がカメラを意識しているのは、明らかだった。頬を赤らめながらも命令に従い、従順に足を開く。縮れた毛も陰嚢も丸見えで、間抜けだった。
 景の携帯はカメラモードにはなっていたが、録画はされていない。こんな汚いものを収めれば、携帯が汚れるような気がしたからだ。すぐに省電力モードに切り替わった携帯を、これ幸いと真っ黒な画面を見詰めながら、景は大吾を甘くなじった。

 「飯島くん、自分大好きだもんね? 自分のことばっかりだもんね? もっと見て欲しいんだよね? SNSにこの動画や画像貼ったら、みんなに『いいね!』してもらえるよ。良かったね」

 聞こえているのかいないのか、大吾は、自分に向けられた携帯の中に潜む、数多くの視線を意識して、恍惚となっている。

 「もうイッちゃえば?」

 いい加減、スマフォを構えている腕が疲れてきて、景はなげやりに言った。

 「いく、いく、いくッ!」

 大吾は声を張り上げながら、真っ赤になったペニスを扱き上げた。動きを止めた次の瞬間、鈴口から白濁した粘液が迸り、宙を舞う。大量のそれは、大吾の白い腹の上に、ぼたぼたと着地した。
全てを見届けた景は、笑いながら、携帯を操作した。

 「はい、よくできましたーっと。あ、やばーい。今の間違えて、ネットにアップしちゃった」

 もちろん、嘘である。

 「なんだと!?」

 景の言葉を聞きつけると、大吾はようやく体を起こし、彼女に襲いかかろうとした。だが立ち上がったかと思えば、すぐに床に崩れ落ちる。

 「あ、足が……!?」
 「大丈夫? イッたばかりだから、腰が萎えてるみたいだね」

 不思議そうな大吾に声をかけながら、景はそっとティンカー・ベルの頭を撫でた。
 大吾は床に座ったまま、景を怒鳴り付けた。

 「どこだ!? どこにアップしたんだ!?」
 「分かんなーい。私、あんまり詳しくなくて〜。もう画面閉じちゃったし〜」

 埒が明かないと思ったのか、大吾は床を這いながら、ガラステーブルの上に置いておいた自分の携帯を手に取った。自分で自分の痴態を探すつもりらしい。

 「誰かに見られたら、どうしてくれるんだよ!?」

 必死の形相で、大手動画サイトを検索している彼をよそに、景は上着を着ると、カバンを持った。

 「じゃあ、お先に。あ、さっきのは冗談だから。あなたの恥ずかしい姿は、まだどこにも流れていないよ」
 「……おい!」
 「なに怒ってるの? 抜いてくれって言われたから、そうしてあげたんじゃない」

 湯気が出そうなほど怒りに満ちた大吾の顔を、景は冷ややかに見下ろした。

 「――もう二度と、うちの店に来ないでね。
 言っておくけど、私、援助交際なんかしたことないし、しようと思ったこともないから。
 もし周りでそんな噂が立ったら、今度こそ飯島くんの可愛い姿が、名前や住所付きでネットに氾濫するかもしれないね」

 大吾は、さっと青くなった。

 「や、やめろ! それだけはやめてくれ!」
 「あなたが約束を守ってくれている限りは、大丈夫なんじゃないかな?」

 胸のクマを大事そうに抱えながら、景はにっこりと笑った。ぴんと背筋を伸ばし、そのまま部屋を後にする。

 ホテルを出て、数歩歩くと、足がもつれて動かなくなった。その場にへたり込んだ景の隣に、いつの間にか変身を解いたティンカー・ベルが寄り添う。

 「立てるか?」

 夕闇に覆われたホテル街の往来は、かき入れ時だから、人の行き来が耐えない。すれ違う男女の好気の目から庇うように、ティンカー・ベルは景の背中に腕を回した。

 「うん……。ごめん」
 「ゆっくりでいい」
 「なんか、力が抜けちゃって」

 スーツの、上等な布地に覆われた逞しい腕に掴まりながら、景は立った。そのまま肩を抱かれて歩き出すと、張り詰めていた何かが、ゆっくり溶けていくような気がする。 あんなとんでもない、ひどいことをしたのにも関わらず、気持ちはスッキリしていて、景は自分でも驚いた。


つづく