江戸期になって、職業や身分をこえた本当の友情が生まれたようです。中江藤樹、伊藤仁斎、荻生徂徠らの私人を介して漢学が着実に根付き、やがて吉田松蔭へ至ったと思われます。 河上肇は私淑のあまり、梅蔭と号したこともあるよし。
うれしきはよきふみよくよみひとのよきこころざしよくさとるとき 河上肇
第五部表紙