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 鹹水かんすいは濃縮台の上をゆっくり流れ、その間に主に太陽熱で水分が蒸発し、ボーメ比重13度ぐらいになる。濃縮台は、流下盤と同様な役目をし、通常、鹹水槽の上屋を濃縮台として使用している。
 濃縮台を流した後は、さらに塩分濃度の濃い鹹水かんすいとなり、受壺にたまる。この鹹水かんすいは、鹹水槽(鹹水溜)に貯蔵しておく。後日、製塩工場の検収員が鹹水かんすいの塩分濃度と水温をはかった後、鹹水かんすいは、各浜屋ごとにある計量槽および途中にある中継槽を経由して、鹹水かんすい輸送管により製塩工場(真空式蒸発缶)へ送水される。







 徳島県鳴門市の流下式塩田
 右が孟宗竹もうそうだけの枝を組んだ枝条架しじょうかで、左が流下盤
 1967年ごろ撮影


 なお、流下式塩田の流下盤と枝条架しじょうかの組み合わせは、次のエピソードからも実によくできていることがうかがえる。
 「ある雨上がりの後、雨水の残っている流下盤や枝条架しじょうかを海水で流してから、ふと海水をそのまま枝条架にかけてみようと思い、実行したことがある。海水をそのまま枝条架にかけて20時間近くも循環させたが、なかなか塩分濃度が上がらなかった。このとき、流下盤の役目である塩分濃度をボーメ比重3度から5度に高めるということは、数字的には少しであっても実際はたいへんだということが身にしみてわかった。やはりちょっとのことと思っても流下盤はそれなりの価値がある。」と、元塩業家のI氏(1935年生まれ・鳴門市)はしみじみとした口調で語った。


【引用文献(図を含む)】

 『鳴門市史・現代編1』(1999年・徳島県鳴門市発行)917頁〜1017頁収録の「第十章 塩業」(小橋 靖著)



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