真空式蒸発缶しんくうしきじょうはつかんのしくみ


 昭和2年(1927)、はじめて真空式蒸発缶の製塩工場がつくられ、鹹水かんすいを煮つめて塩をつくる煎熬せんごう工程が近代化した。また、昭和14年(1939)、15年に建設された徳島県鳴門市の2製塩工場や、戦後の鳴門塩業組合の製塩工場、さらには、現在の製塩7社の製塩工場もすべて鹹水かんすいは真空式蒸発缶で煎熬せんごうされ、塩がつくられる。
 この真空式蒸発缶のしくみは、次のとおりである。

 水は大気圧のもとでは摂氏100度で沸騰するが、気圧が下がると、100度より低い温度で沸騰する。真空式蒸発缶は、この原理を利用したものである。
 図10−3では、ボイラーで発生した蒸気は、発電のためにタービンを経由した後、1号缶の熱源となり、1号缶で発生した蒸気が次の2号缶の熱源に、同様に3号缶の熱源、4号缶の熱源になっていく。
 このようにボイラーで発生した蒸気を元に、次々と発生した蒸気をそれぞれ利用するので、これを「多重効用真空式蒸発缶たじゅうこうようしんくうしきじょうはつかん」という。図10-3は、蒸気を4回利用するので、四重効用である。
 一般に四つの蒸発缶の中では、4号缶の煎熬せんごう温度が最も低いので、鹹水かんすいの濃縮用に使用される。入浜塩田流下式塩田さらにはイオン交換膜透析装置などでとった鹹水かんすい(塩分濃度約15%)を4号缶に供給し、煎熬せんごうすると、塩分濃度が約18〜20%の濃縮鹹水かんすいとなる。



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