自転車交通のNPOBicycle Transportation Allance
   

自転車に心と道路を開く

 緑多いポートランドの街にウィラメット川がゆったりと流れる。帰宅の通勤時間帯、河岸に沿った自転車道スプリングウォーター・コリドールに入る と、まるで自転車の高速道路のようだった。マウンテンバイクやツーリング車の若者達がなかなかのスピードでアスファルトのバイク専用道路を飛ばしていく。 所々群れて流れ、私のような遅い自転車は傍らをゆっくり追い抜かれていく。その運行感覚が何か高速道路のようなのだ。


自転車用の「高速道路」も。鉄道に沿って市の南に走るスプリングウォーター・コリドール。
 

 米オレゴン州ポートランドはアメリカで最も自転車交通が進んだ都市と言われる。このようなバイク専用路や一般路バイクレーンが街中に張り巡らされ ている。市内総延長四〇〇キロを越え、将来的には一〇〇〇キロのネットワークになる[ 1]。調査によれば過去一〇年間でポートランドの自転車交通は三倍に増えた。自転車通勤者は全米平均の六倍になる。一九九五年に『自転車マガジン』誌の 「自転車ナンバーワン都市」に選ばれ、二〇〇三年に全米バイセクリスト連盟(LAB)の「自 転車にやさしい地域・金賞」を大都市として初めて受けた。

 「自転車ツーリングの団体などいろいろあるが、私たちは街の交通の手段として自転車を復権させたい。だから団体名に敢えて交通という言葉を入れ た。」

 自転車の普及につとめる市民団体「自転車交通同盟」(BTA、 Bicycle Transportation Allance)のマンベル事務局長が言う。ちょうど事務所引越の日で事務所内は混乱の極み。向かいの喫茶店で話 を聞く[ 2]。


自転車交通を唱導する自転車交通同盟(BTC)のマンベル事務局長。

 「ポートランド市民の半数以上が自転車を持ち、年に何度かは乗っている。交通環境さえ整えれば、より頻繁に使えるようになる。」とマンベルさん。 自身ももちろんバイセクリストで健康そうな若者だ。

 自動車社会のアメリカでは自転車はリクリエーション用と思われている。しかし、環境のため、人々の健康のため、自転車を通常の交通手段として復権 させようというのがBTAの主張だ。単なる「哲学」ではない。これはすぐ活動内容にはねかえる。リクレーション用なら郊外にバイクロードなどをつくればよ い。交通の手段ならば街中に自転車レーン網を張りめぐらさなければならない。車道を削って自転車レーンをつくる。自動車交通の利害とぶつかり、反対も強く なる。

 「過去一五年間に市や州に働きかけてバイクレーンを大幅に増やした。市内の(ウィラメット川にかかる)橋もかつて二つしか自転車で渡れなかった が、四本通れるようにした。環境が整う中で市民はより自転車を使うようになった。」とマンベルさん。

 BTAは一九九〇年に設立された非営利団体(NPO)。最初の三年間はボランティアだけだったが、現在、会員四〇〇〇人、有給スタッフ一〇人の強 力な団体になった。単に自転車利用の普及活動をするだけでなく、市や州に活発な働きかけを行い、自転車交通によい街づくりをする。

 自転車交通に関しては「心を開く」ことがまず大切だとマンデルさんは言う。自転車は交通手段として真剣に考えられていない。確かに自転車は天候、 地形、体力に左右され万能ではない。自動車が必要となる場合も多い。しかし、交通環境さえ整えれば自転車の利用は今よりずっと増えるはずだ。自転車はまだ 現代の社会でまだその可能性を充分実現されていない。
 
 

自転車交通を支えるインフラ


 マンデルさんたちがつくってきた自転車交通都市ポートランドを走ってみよう。縦横に張り巡らされたバイク専用路、自転車レーンだけではない。交差点で は、歩行者、車以外には自転車用の信号が点滅する。自転車の曲がる地点にきめ細かく立てられたや自転車用道案内、街の至るところに設けられた駐輪用ラッ ク。乗客の自転車を外部に積んだ市バスがそこら中を走る。市電にも自転車持ち込みが可能で、車内に自転車を吊るすように固定する装置がある。自転車通勤者 のため勤務先で着替えやシャワーを浴びらられる「バイク・セントラル」の施設が普及した。自転車ルート専用の市内地図が販売され、ウェブ上にはグーグルの 衛星写真地図と結びついた自転車ルート図が作動する。修理施設やバイクレンタルも。駅はもちろん空港にも駐輪場があった。小売り、製造、自転車イベント、 自転車配達業などポートランドの自転車関連産業は六三〇〇万ドル規模に上る[ 3]

  
電車の中の自転車スペース


空港にも駐輪場。

 「BTAのやっていることの三分の一は、子どもへの教育だ」とマンデルさん。アドボカシー活動、通勤利用促進プログラムなどの他では子ども向け活 動を重視している。「小さいうちに自転車に乗る習慣ができれば、何十年も乗り続けてくれる。未来世代のサイクリストが育つ。自転車は子どもの自立を高め、 健康を増進させる。」

 小中学生のための自転車・環境教育のカリキュラムを開発し、実際に授業に協力する。いっしょに自転車で地域を走り、自転車利用に親しむ。「学校に 歩くか自転車で行くデー」を挙行する。アメリカの子どもは親の車やスクールバスで送られることが多いが、自転車で自分で通う経験をする。もちろんそれには 安全教育が最重要で、通学路の交通安全や防犯訓練も行う。通学ルート調査を行い「通学安全ルート地図」をつくる。子と親がそろって出られる自転車ツーリン グ大会を企画する。もちろんアメリカで問題となる子どもの肥満対策ともリンクさせる。
 

日本の自転車交通の資産は?


 「オランダなどヨーロッパ諸国に比べればアメリカの自転車交通は全く遅れている」とマンデルさん。二〇〇五年にBTAはオランダ視察をしてきたという。 全交通に占める自転車交通を比較すると、アメリカは一パーセント以下に過ぎないのに、オランダは三〇パーセント。デンマーク、ドイツもそろぞれ二〇パーセ ント、一二パーセントだ[ 4]。「確かにもともとの都市構造、人口密度の違いはあるが、人間の決断、つまり政策が決定的だ。自転車利用はオランダでも下がりつづけていたが、七〇年 代初めからの政策転換で上昇した。」

 駅などに大量の自転車が止めてあるのに感動したという。それで思い出したが、日本では街の放置自転車が大きな問題になっている。実をいうと自動車 社会アメリカでは、先進都市ポートランドを含めて、放置自転車が問題になるほど自転車利用が多くはない(格好の盗難対象になるだけという問題もある)。そ もそも「ママチャリ」という概念の自転車がなく、いきなりマウンテンバイクのようなものに乗るアメリカの自転車はやや敷居が高い。都市構造や人口密度など の関係から日本やアジア諸国の自転車利用は極めて高く、アメリカの比ではない。しかし、これは逆にいうと、日本はその到達したレベルの重要さににあまり気 づいておらず、必要な投資を怠り、貴重な資産を社会問題化させているだけではないか、とポートランドの並々ならぬ努力を見ながら考えた。

 1 - City of Portland Office of Transportation, *Bicycle Master Plan*, Updated in July 1998, p.4.

 2 - インタビューは二〇〇六年八月二四日。

 3 - Portland Office of Transportation, *Bicycle Related Industry Growth in Portland*, June 2006, p.3.

 4 - International Bicycle Fund, "Bicycle Statistics: Usage, Production, Sales, Import, Export," http://www.ibike.org/statistics.htm