カザフスタンの多民族社会
                     (岡部一明、2008.8

 洗濯物がすぐ乾いて助かる。夜洗って部屋の中に干しておくと、朝起きるまでには乾いている。カザフスタン、中央アジアは乾燥した大地だ。

  カザフスタンは旧ソ連圏中央アジアの独立国。アジアでは中国、インドに次ぐ国土面積上の大国(日本の7倍)。人口1500万。アルマティはその中の最大都 市で150万。1997年に北部の新都アスタナに移るまで同国の首都だった。アルマトイなどの表記もある。我々の世代には旧称「アルマアタ」の方がロマン があっていい。

 カザフスタン(アルマティ)に着いて最初の印象は、ロシア人が多いなということだった。空港など金持ちの集まりやすい場 所は特にそうだったのだろう。ウズベキスタンと異なり、モンゴロイドの顔立ちをした「アジア人」(カザフ人)も多い。だからカザフの第一印象は「アメリカ のようなところだな」ということ。サンフランシスコと言ってもよい。着物もアメリカ的な短パンとカラフルないでたちで空港も近代的で、そこに「白人」や 「アジア系」がたくさん居るという風景だ。

アルマトイの街 街出 て、何と民族的に多様な土地なのだろう、と思う。「アジア系」のカザフ人と、金髪・長身のロシア系。それにおそらくウズベク人やトルコ系の人たちなのだろ う中東系の顔立ちも。「アジア系」のカザフ人も結構混血が進んでいるらしく、顔立ちなどにコーカソイドの特徴がわずかに感じられる。どうみても(日本の) 田舎のおばちゃんにしか見えない顔立ちの老婆が茶髪だったりする。後ろから見た黒髪の細身の少女がロシア系?の顔だったり。

 さすが中央アジアだ。交じり合っている。確かに黒人はいない。しかしそれ以外のあらゆる人種が大規模に複雑に混交している。交じり合い、ならされてはまた新しい移住民が来て交じり合い・・と、とどまるところを知らずに交じり合ってきたのが中央アジアなのだろう。

  数日するうち、こんな人種からしか人を見れない自分が情けなくなってくる。この土地の人々にとっては、このような多様な民族の混交は当たり前のことなので あって、日本人が仲間内で「きつね目」「丸顔」などと人間を識別するくらいの感覚で、モンゴル系や中東系やヨーロッパ系の顔立ちを識別しているのだろう。

 彼らにとって我ら日本人がどう見えるか興味がある。私たちが「純粋の」モンゴロイドで彼らが交じり合っている、と私たちは考えるが、恐らく私たちの方がユーラシアの辺境で極端な形質に特殊化した人間たちなのだ。彼らが交じり合ったのではなくて、多様な彼らこそが普通で、特殊化した私たちが異様な人間たちかも知れない。

 カザフスタンに着いて2日目には道を聞かれた。それも1回や2回ではない。腕時計をしていたので時間を聞かれるのはさらに頻繁だった。現地語でブラバルバル?とやられる。初日だけは聞かれなかったのは、大きな荷物を抱えて明らかに旅行者に見えたからか。

 隣のウズベキスタンでは経験しなかったことだ。やはりカザフ人に私は近いのだろう。気分は悪くない。サンフランシスコに着いた日に、アジア系住人と間違えられてアメリカ人(白人)から道を聞かれた時の感動と同じだ。

  人種にとらわれる人間はしばらくの間、中央アジアに住んだ方がいい。彼らの間に人種差別や民族的な偏見はあまりないのではないか。ロシア系の人たちも寡黙 な人たちで、特権意識をもっているようには見えない。貧しそうないでたちで道路掃除をしている姿なども見る。カザフ系とロシア系の少女が仲よく連れ立って いる姿がすごく自然だ。

 そういう多民族社会のモデルみたいなところに、外部世界からの価値基準が入ってくる。デパートのマネキンは皆長 身の金髪。現地で言えば「ロシア人」だ。これはひどいんではないか。世界にはあまりに残酷な秩序ができあがっている。彼らの価値基準、思考方法も徐々に変 わっていくのではないか。

 話は変わるが、注意力欠陥障害(ADHD)は人類の採集・狩猟生活時代のDNAの名残だとする説がある。一定 箇所に定住してこつこつと計画的に作業を行う農耕民の生活とは異なる形質が求められた時代。山野をさまよい、非定型的な作業を行い、刺激多い激変の生活を 行う。そういう時代に適応した形質とそのDNAが私の中にあるのではないか

 ある
TVドキュメンタリーでの一コマ。ちょっと目を離した隙に飛び出して行方不明になってしまう自閉症の子どもが居る。苦労しつづけたお母さんが、ようやくある理解に至る。「あの子は、道があると、それが続く限りどこまでもどこまでも先に行ってしまいたくなる、ということがわかりました。」

  何という素晴らしい話だ。果てしなく続く道があると、あるいは未知の世界があると、どこまでもどこまでもその先に行きたくなる。シルクロードなどはそうい う未知の世界・続く道の象徴だろう。この果てしないロードをどこまでもどこまでもきわめてみたい衝動を抑えることができなくなる。

 今度こそ、この広大なユーラシア大陸を端から端までいっぺんに陸路横断してみたい。そんな危険な思いがカザフ滞在中に沸いてきた。