激動のロスアンジェルス



事件発生から約4時間半後の、アメリカ西海岸時間午前10時40分。 
ラスベガス・マッキャラン国際空港は閉鎖された。 
メーコにとっては、自分たちが日本に帰れなくなってしまったことよりも何よりも、
「キヨミズの舞台」から7回くらい飛び降りたつもりで買った愛用のパソコンが
死亡してしまったことの方がよっぽどショックではあったが、
今は、カネのことなんざー言っているバヤイではないのだ。 
命があるだけ感謝しよう。 
ともかく、お客様の身の安全を確保しないと。  
・・・と、そう自分に言い聞かせ、
陸路でロスアンジェルスまで向かうためバスの手配をしたメーコに、
更なる悲劇が襲った。 

カネが、無いのである。

通常、一週間程度のツアーに持っていく現金は20万〜30万円。 
ところが今回は、課長が「お前がラスベガスに行く時に、
余計なカネを持たせるとヤバイからなー」と言って、
10万円しか持たせてくれなかったのだ。 
しかも、この日は帰国日当日。 
メーコの手元には、僅か3万円の現金しか残っていなかった。 
とりあえず、今日ロスアンジェルスまで運転してくれるドライバーのチップは払える。 
ロスで泊まるホテルの宿泊代も、売り掛け清算にしてもらう予定なので問題はない。 
が、しかし、日本に掛ける国際電話代や、
メーコの食事代だって必要なのだ。 
明日の飛行機が無事に飛んでくれれば何とかなるが、
空港が閉鎖されたままあと何日も足止めを喰らってしまうようなことになってしまったら
どーすればいいのだ?? 
「カネのことなんざー言ってるバヤイではないのだ」だと?? 
思いっきり言っている場合ではないか。 
この時ほど、メーコは己の金運の無さと課長のことを恨んだことはなかったが、
とりあえずありったけの日本円をドルに換え、ロスアンジェルスへと向かった。

ラスベガスからロスアンジェルスまでは約600km。 
ノンストップで走れば5時間弱、途中で休憩をいれても6時間チョイの距離である。 
午前11時にラスベガスを出発したメーコたちは、
遅い昼食を取るため2時間半ほど走った所にある「バーストゥ」という街で休憩を取った。 
今朝、6時45分にホテルを出る予定だったメーコが、朝食を食べたのは朝の5時半。 
「激ハラ減りモード」のメーコではあったが、所持金3万とあってはゼータクはできず、
仕方がないので1個1ドル50セントのまずそうなマフィンで我慢しようとしていた所に、
「バーガーキング」に並ぶドライバーの姿が見えた。 
何てラッキー! 
「立っている者は支店長でも使え」がモットーのメーコが、このチャンスを逃すワケがない。 
「キャズー(←ドライバーの名前)。 メーコもこれ食べたいけど、
並ぶのイヤだから一緒に買ってくれるかなー?」、と、
あくまでも「一緒に買って」と言う姿勢を装い、
支払いはそのまま踏み倒したことは言うまでもない・・・。  
この位のずーずーしさがなかったら、添乗員なんてやってられないのである。    

そんなメーコではあるけれど、ちゃ〜んと仕事をすることだって忘れちゃーいなかった。 
バーストゥを出る前、ロスの支店に電話を入れ、
明日飛行機が飛ぶ場合に備えて空港までのバスの手配をした。 
さらに、電話に出たマネージャーから
「お店もレストランも全部閉まってるぞ」と言われたため、
ホテルに入る前にロス郊外で営業しているスーパーを探し、
今日・明日必要な水や食料を、お客さんに買ってもらった。 
ここまでは、再びカンペキ。 
後は、明日の飛行機が無事に飛ぶことを、ただひたすらに祈るのみ。 
ハッキリ言って、もう、ここから先はメーコの力量云々ではないのである。 
だって、いくらメーコが「お客さんに言われりゃ何だってする」添乗員であり、
実際言われるがままに鼻からタバコを吸い〜の宴会場の柱に登り〜をしたことが
あったとは言え(←お父さん、お母さん、ゴメンなさい)、
国家的規模の大事件が起きた中、動かし方も知らない飛行機を操縦することは、
ゼッタイに不可能だもんねー。 
明日の飛行機が無事に飛んで、全員めでたく日本に帰れたらベリーラッキー。 
でも、もしダメで、後何日も足止めを喰らってしまうようなことになってしまったら・・・ 
その時はその時でまた考えるしかないっしょ。 
だって、何度も言うようだけど、メーコは飛行機運転できないもんねー。 
もう、ここまできたら、後は運を天に任せるしかないよ。
とても、「国家的規模の大事件」に巻き込まれてしまった添乗員の
言うセリフとは思えない発言ではあったが、メーコはこの時、本当にそう思ったのだ。 
自分が、「金運」だけでなく、「幸運」にも縁遠かったことを忘れて。

そんな呑気なメーコが、自分の運の無さと、
事件がいかに大変なものであるのかということに気づかされたのは翌日のことだった。 

2001年9月12日、アメリカ西海岸時間午前8時40分。 
FAAの発表により、今日もまた、全米内から1機の飛行機も飛ばないことが確定された。 
メーコ、現実のキビシサを痛感す。
すかさずノースウエストのオフィスに電話を入れるが、何度掛けても話し中。 
仕方がないので事情をお客さんたちに説明し、
今日、無事に飛行機が飛ぶことを祈って手配したバスを使って
ロスアンジェルスの市内観光に出ることに。 
お客さんの動揺を紛らわすために、「こんな事態ではありますけれど、
せっかくロスアンジェルスにも立ち寄れましたからねー」、
な〜んて話してたメーコだったけどさ、今だから言うけど、
本当はメーコが一番動揺してたんだよ・・・・。

そして、その10時間後。 
どうにか動揺を沈め、市内観光を一通り終えてホテルに戻ってきたメーコを、
絶望のドン底に落とし入れたのが、支店から部屋の留守電に残されたメッセージだった。
「メーコさ〜ん、すんごいゴメ〜ン・・・。 
頑張ってみたんだけど、メーコさんたちが乗れる飛行機、19日でないとないんだって・・・。 
メーコさんのことだから、後は何とかなるって、支店のみんなも祈ってるの。 頑張ってね・・・」

マジかよ?? 
一体、29人のお客さんの運命はどうなってしまうんじゃい? 
19日まで、あと一週間もあるではないか。 
メーコはこの先、どーすればいいのだ??
・・・と、途方に暮れ、フツーの人だったら眠れなくなってしまうトコだっただろう。 
が、しかし、そこはメーコ。 
悲嘆に暮れ、前日に「水没」してしまったパソコンを枕にして
「眠れぬ夜」を過ごすフリだけはしてみたものの、僅か10分で爆睡していた・・・。  
が、メーコもメーコなら、日本にいる課長も課長。 
メーコが眠りに陥る数分前、「19日でないと帰れないんですって・・・」と、
思いっきり沈痛な声で報告をしてみたというのに、
「うはははは、ま、そりゃそーだろーなー」、と、何の疑いもなく笑い飛ばされてしまった・・・。   

メーコは、「上司運」もなかったことを悟って眠るのであった・・・。

「長い!」って怒られそうだけど、
まだまだ続くのであ〜る



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