2001年11月





      2001年11月07日(水) おっかしーコト

メーコは今、四国の足摺岬にいる。 胃に穴が開きそうな思いで6年ぶりの国内添乗
に挑み、胃に穴が開きそうなほど飲んだくれた九州から帰ってきて今度は四国であ
る。
 おかしい。ナゼなのだ?メーコは海外旅行の添乗員なんだよ。どーして九州だの四
国だのに行かなくちゃならないのさ。 大体さ、この旅日記の副題だって、「世
界を股にかける」ってついてるじゃんか。おっかしーよぉ。ぜぇぇぇぇったいにおか
しーよ。万ちゃん、メーコをまた海外に出させてよ。万ちゃんだってさ、毎年パリで
牡蠣を食べてるメーコが、四万十川で鮎飯弁当食べるなんておかしいと思うでしょ?
ヨーロッパ大陸最西端のロカ岬で大西洋の風に吹かれていたメーコが、旗持って足
摺岬を歩くなんて似合わないと思うでしょ? ぜぇぇぇぇったいにおかしいんよ、
万ちゃ〜ん。
夜も更けた足摺岬で、「ジョン万次郎」こと長浜万次郎の銅像を見上げながら一人で
喋っているメーコの方がよっぽど「おかしーぞ」と、万ちゃんは言いたかったことで
あろう。

そうなのだ。 何もおかしいことなどないのである。 9月11日のテロ事件以降、
海外旅行という旅行は全て取り消しとなり、メーコたち海外添乗員の仕事はすっかり
無くなってしまったのだから、パリの牡蠣が四万十川の鮎飯弁当になろうがロカ岬が
足摺岬に変わろうが、全く不思議ではないのである。それどころか、たとえ国内で
も、仕事を回してもらえるだけメーコは恵まれているのだ。 実際、後輩や同僚の添
乗員さんたちがテロ以降丸々2ヶ月も「座敷ブタ」生活を強いられている状況の中
で、メーコは国内の仕事を3本と、成田で外国から来るお客様を迎える斡旋の仕事を
1本回してもらった。周りから、「どーしてメーちゃんだけ」と白い目も向けられ
た。そのくらい、仕事がないのである。3泊4日のアジア旅行よりも長い九州添乗に
行き、やれ稲取だやれ足摺だ、と温泉に浸かって風呂上がりのビールをかっ食らって
いるメーコは、幸せモノなのである。

非常に有り難いことではあるが、でも、実際どーして会社はメーコに仕事を回してく
れるのだろう? メーコより仕事のできる添乗員さんは山ほどいるし、酒も飲まずに
一生懸命仕事に取り組む後輩だってゴマンといるはずだ。メーコ得意の「おっかしー
よ」が再び顔をもたげてくる。 東京に帰り、次長の所へわざわざ出向いて聞いた
メーコに彼はにこやかに答えてくれた。 
「もちろん、色んな添乗員さんがいるけどね、とりあえずメーコさんは言われれば何
でもしてくれるからねぇ」、と。
う〜む。褒められているのかバカにされているのかよく分からんが、ベリー的をつい
た回答である。やっぱり、どんなことにも必ず「理由」というものは存在するのだ。
真意のほどを確認したい気もするけど、こんなご時世だし、とりあえずは感謝しな
くっちゃね。 そう思い、次長の元を後にしようとした瞬間に、別の上司が声をかけ
てきた。
「メーコ、暫く見かけなかったけど、お前太ったんじゃないか?」
ぎくっっっ。 どうして上司というモノは、嫌なことしか言わないのだろう。そーな
のだ。自分でも気にしていたのだが、この3ヶ月、メーコの体重は給料に反比例して
増え続けている。しかも、「下腹部」のみが成長を続けていくという、最悪の状態な
のだ。
「いや〜、部長。おっかしーんですよねぇ。そんなに食べてもいないのに、ハラだけ
がどんどん成長してくんですよ。」 そう答えたメーコに、部長は言った。
「メーコ。知ってるか?地球にはな、“引力”ってモンがあるんだよ。お前くらいの
トシになるとな、カラダ中の脂肪が全〜部引力に引っ張られてハラとケツに下がって
くんだよ。だからホレ、おっぱいだって弛んできてるだろう?」
メーコ以外の人間であったならば、部長は間違いなく「セクハラ委員会」行きにされ
ていたであろう。が、おバカなメーコは、この部長の言葉にベリー納得してしまっ
た。
そうか。そうだったのか。このハラは引力のせいだったんだ。やっぱりどんなことに
も「理由」があるんだよね。なんか今日は、すっごく色んなことが良く分かっって嬉
しーな。メーコはすぐ、「おっかしーよ」って言っちゃうけど、おかしなことなんて
ないんだね。 

意気揚々と自宅に戻り、その晩から食事の後に逆立ちをしているメーコの思考回路
が、「おっかしー」ということに、本人は全く気づいていないのである。 
とほほ。




      2001年11月15日(木) 家族旅行


「コワイもの知らず」で通っているメーコであはるが、そんなメーコにも逃げ出した
くなるほどキライなものがある。 
医者と試験と昆虫、そして「家族旅行」なのだ。 今となっては誰も信じてはくれな
いが、実はメーコはとっても病弱なのであり、内科医に始まり、整形外科、眼科、婦
人科、脳外科、神経科、それに歯科と、ありとあらゆる「医者」に面倒を見てもらっ
てきた。その度に痛い検査や手術を経験し、メーコは、「医者」と聞くと拒絶反応を
おこしてしまうほどの医者嫌いになってしまった。40度の熱を出そうが拒食症になろ
うが、周りの人間から無理矢理病院に担ぎ込まれるまでは、「医者に行くくらいだっ
たら死んだ方がいい〜」と叫びまくり、本当に死にそうになるまで
は絶対に自分から医者には足を運ばない徹底ぶりなのである。 が、しかし、その
「医者」よりもメーコが恐れ、何としてでも避けたいもの、それが「家族旅行」なの
だ。
身内のことで恐縮であはるが、「血」が違うであろうメーコの弟が、ハワイで挙式を
挙げることになった。それに伴い、メーコの家族全員がハワイに繰り出すというので
ある。「夢であってほしい」。メーコは何度もそう願った。 
理由は簡単である。メーコの家族は、「冥土の土産」ばかりが増えて貨物超過で冥土
に行かれなくなってしまった90のバァちゃんを筆頭に、ルドルフ・ヒットラーも舌を
巻くであろう「唯我独尊」の母親、身体に障害があるくせに好奇心と口数だけは人の
30倍もある姉、そして、「待つ」ということができないくせに、文句とウンチクをた
れることだけは大の得意の「純日本仕様」の父親という、ものスゴイ面々なのだ。 
こんな面々を連れてハワイに行くなんて、デヴィ婦人と野村沙知代を一つの布団に寝
かすくらい無謀なことであろう。ハブとマングースと九官鳥をチーム
にして、「ムカデ競争」をさせることの方がどれほど容易いか知れない。イヤだ。
ぜぇぇぇぇったいにイヤだ。こんな家族を連れてハワイに行くくらいだったら、メー
コは自ら進んでお医者さんに行くよ。痛い検査だって手術だって、どんなことでも我
慢する。何だったら、手術台の上でカマキリと一緒に寝て、英語の試験を受けたって
いいよ。だからお願い。助けてよ。誰か、メーコを助けてよぉぉぉぉっっっ。

その、メーコの願いは通じた。 同僚のT子ちゃんがゃんが、こんなトンでもない家
族に同行してくれるというのである。 
「普段お世話になっているメー姉さんの家族に恩返しができるなら」、「どーせヒマ
だしさ、一度くらいは仕事以外でハワイに行ってみたかったしね」、とにこやかに語
り、彼女は暖かい思いやりの下に同行を快託してくれた。 ありがとう、T子。でも
ね、キミが想像している以上にウチの家族はスゴイんだよ。だけど、ハワイに行くま
では私はジジツを明かさない。だって、本当のコトを話しちゃったらキミは一緒に
行ってはくれないもの。10年前に、お姉とママちゃんと一緒に香港とに行った時に、
「今日の夕食は“ちまき”が食べたいわ。メーちゃん、“ちまき”買ってきてよ、
“ちまき”」と言って、全く英語の通じない香港郊外の、延々2kmもあるるマンモス
団地の屋台街を走り回ってようやく“ちまき”を持ち帰ったメーコに対して、「いつ
まで待ってもメーちゃん帰ってこないんだもの。」と言いながら、二人でちゃっかり
カップラーメンを食べてしまっていたことや、4年前にオーストラリアに行って、
メーコが必死こいて借りた車椅子を荷車代わりに使いまくり、「お手伝いの必要なお
客様からご搭乗いただきます」と言うアナウンスが響き渡る中、土産で山盛りの車椅
子と一緒に元気に「歩いて」登場し、白い目を向けられる中「えへへへへ、ど〜
もぉ〜」などと言いながら、手を振って優先搭乗したジジツを話したら、キミは一緒
には行ってくれないだろう。過去8年、キミには隠し事をしたことのない私だったけ
ど、今回初めてキミに隠し事をするよ。しかもさ、今回はその二人に加えて、「地球
外生物」のバァちゃんと、「ヘリクツたれ蔵」のパパちゃんまで一緒なんだよ。でも
ね、ハワイに着くまではジジツは明かせない。 キミに隠し事をするのは本意ではな
いが、でも、今の私にはそこまでしてでもキミが必要なのさ。

親友を裏切るような心苦しさと、とんでもないメンバーを連れての旅行に対する沈痛
な思いは、日一日と重くなっていった。本当に、「医者にかかろう」と思ってしまう
ほどの苦しさだったのである。 が、そんなメーコの苦しみは露知らず、家族の盛り
上がりは拍車を増していった。メーコの顔を見ればハワイのことを聞き、やれ何を
持って行くだの洋服は何にしようだの、弟の結婚式はまったく二の次の盛り上がりぶ
りである。たった一人冷静を装い、最後までシブっている「フリ」をしていた父親ま
でもが、しっかりハワイのガイドブックを買ってきて、付箋までつけて下調べをして
いたことに気づいた時には、体中の血が引いてしまうほどの眩暈を感じた。 
もぉダメだ。T子に電話して、全てを話そう。やっぱり、彼女をギセイにはできない
よ。ジジツを明かし、一緒に行ってもらうことはやめてもらおう。 そう思い、受話
器に手をかけた瞬間に、バァちゃんがやってきてメーコに言った。
「ねーねー、メーちゃん。バァちゃん、今地図見ながら調べてたんだけど、ハワイっ
て何県にあるんだい? どこ探しても見つからないんだよねぇ」
電話に出たT子にメーコは言った。「明後日からヨロシクね」。

親友を欺いてしまった自責の念と、迫りくる恐怖の日々へのプレッシャーに耐え切れ
ず、翌日メーコが「自ら進んで」医者に行ったことは、家族の誰も知らないジジツな
のである。 つづく。



      2001年11月16日(金) いよいよ出発の前日


予想はされていたが、家の中では朝から其処かしこで「メーちゃん!メーちゃ!」の
叫び声が響き渡っている。 
ウチの家族は、この家に一体何人「メーコ」がいると思っているのだろう。 第一、
ウチはヴェルサイユ宮殿じゃないんだから、そんなに大声で何度も呼ばなくったって
聞こえる、っつーの。大体さ、聞きたいことがあるんだったら人を呼ばずに自分から
来るのがスジでしょーよ。いっくら呼ばれたって行かないよ〜だ。それにね、それだ
け騒げばそのうち町中の「メーコさん」がウチに来てくれるよ、きっと。 ふふん、
「問題ナイね」。 
今の若い子は多分知らないであろうキョーヘイちゃんの真似をし、再び布団にもぐり
こんだメーコではあったが、2階にいるママちゃんからメーコの携帯に電話がかかっ
てきたのにはタマげて飛び起きた。 
ママちゃん、やっぱりアナタには敵わない。
「母は強し」なんてモンじゃない。アナタはスゴすぎるよ。 ・・・はぁ〜っっ。 
仕方なく、大きなタメ息とともに2階に向かったメーコ。 だが、その先に待ってい
たものは、留め具がかかったままのスーツケースを前にして「これ、開かないじゃな
い。壊れてるんじゃないのぉ?」と言うママちゃんの姿であった…。 はぁ〜あ〜
あ〜・・・・・。 コシ、砕けそう・・・。

この人は、人類に与えられたその2つの「目」と「手」を、一体何のために使ってい
るのだろうか? そんな疑問を抱きながらも「スーツケースの開け方」をママちゃん
に教え、メーコは次なる声のする下の書斎に向かった。声の主はパパちゃんである。
 パパちゃんだったらいくらかマトモな用事だろう。 
そう信じて疑わなかったメーコにパパちゃんは言った。「メーコ、ハワイは今、夏か
い?」と。 は?? パパちゃん、アナタは一体、ガイドブックに付箋まで付けて何
を調べていたのでしょーか?? そう尋ねるチカラも無くなるほど、メーコの血圧は
一気に下がった。

この人たちは一体、何者なんだろう?? 眩暈を通り越し意識が遠のくメーコ。だ
が、そんなメーコにはお構いなしで再び2階からけたたましい呼び声が響いてくる。
 ・・・ヤバイ。バァちゃんだ。 何を聞かれても気絶しないようにしないと。 そ
う心してバァちゃんの部屋へ向かったメーコではあったが、扉を開けた途端に、
「ねーねーメーちゃん、今、テレビでオワフ島が写ってたんだけど、ハワイっていう
のはオワフ島の近くかい? せっかく行くんだから、バァちゃん、オワフ島にも行っ
てみたいよ。」と言われた瞬間に倒れてしまった。 
・・・バァちゃん、「オワフ島」じゃなくて「オアフ島」なの。んでね、「オアフ
島」を含めて「ハワイ諸島」っていうんだよ。そしてね、アナタはその「オアフ島」
に行くの・・・・・・。 はぁ〜あ〜あ〜・・・・。 誰か、メーコを助けて・・・
・・。

ある程度の予想はしていたけれど、自分の家族がここまでスゴイとは思わなかった。
 この3人を前にしたら、例えアフリカ象が飛行機を操縦して隣の家に突っ込んでき
ても誰も驚かないような気がする・・・。 ラッコがクロールで泳いでイアン・ソー
プを負かしたとしても、「当たり前」と思うかもしれないね・・・。炭ソ菌だって狂
牛病菌だって、この3人を見たらビビって逃げ出すこと間違いナシだと思うよ・・
・。 はぁ〜あ〜あ〜・・・。 …無理だ。

やっぱりゼッタイに無理だ。 
こんな3人を連れてハワイに行くなんて無理すぎる・・・。 いくらT子が一緒に
行ってくれるっていったって、こんな調子で4日間も付き合わされたら、きっと、二
人とも貧血の起こし過ぎで身体中の血がなくなっちゃうよね・・・。 
メーコはまだ死にたくないよ。 っつーか、こんな家族のために死ぬなんて<、それ
こそ死んだってイヤなんだけどね、でもさ、この3人がハワイで何をしでかすかを想
像したら、今ここで死んじゃった方がラクかもなぁ・・・・。 
神様、メーコは一体どうしたらいーですかねぇ?

この日に至るまでにすでに積み重なっていた疲労に、キョーレツな家族の実態を目の
当たりにしたショックが加わり、出発前に「満身創痍」状態に陥ってしまったメーコ
は、血圧の低下に耐え切れず、床に大の字になりながらモーローとしていた。 今回
は、休暇を取って「遊び」で行くハワイのはずだよねぇ・・・。朝早いオプショナル
ツアーの送り出しも、退屈なツアーデスク待機もない「楽しいハワイ」になるハズ
だったよねぇ・・・。 どーしてこうなっちゃったのかなぁ? 確かにさぁ、今まで
に色々ワルサはしてたけどね神様、でも、ここまで苦しめるほどの悪いことしてた?

神様に聞かずとも、周りの人間10人に尋ねたら10人が即答で「うん」と答えるであろ
う愚問である。
そして、神様はそんなメーコの問いかけにしっかりとお答え下さった。

「アロ〜ハ〜!メーちゃ〜ん!! そんなトコでひっくり返ってナニやってんのぉ〜
? これさー、ワイハーに着て行こうと思うんだけど、どう思うぅ??」
頭の上から突然響いてきた声に驚いて起き上がると、そこには「超」どハデなスパッ
ツとTシャツに身をくるんだ姉の姿があった。

・・・もう一人、いたんだよね・・・・。

メーコの苦悩は、さらに倍増して翌日の出発を迎えるのであった・・・。 
はぁ〜っっっ。 






            2001年11月17日(土) いよいよ出発

      ご存知の方も多いとは思うが、日本からハワイに向かう飛行機はそのほとんど
が夕方・もしくは夜に成田を出発する便である。 よって、東京から出発するツアー
の時などは午後の2時か3時に家を出れば「余裕のよっちゃんイカ」で集合時間に間に
合い、朝寝坊大好きのメーコにとっては、昼過ぎまで寝ていても給料は同じ、という
最高の渡航先なのである。 ・・・ハズなのに・・・。
      またもやバァちゃんとママちゃんに朝の8時前から起こされた。「着ていく洋
服が決まらない」というのである。 
      アナタたちが気にしているほど周りの人はアナタたちのことなんて気にしちゃ
いないよ〜、って言おうと思ったけど、ママちゃんはともかく、90目前になってもな
お見た目にこだわるバァちゃんの熱意に負けて手伝うことにした。 この人が宇宙に
還る日を想像できないのは、メーコだけじゃないよね、きっと。

      その後、女4人で早めの昼ごはんを食べ、出発の仕度を済ませて仕事に行って
いたパパちゃんの帰りを待った。 
      「遅くても3時には出るから、それまでに帰ってきてよ」と何度も念を押して
言ったのに、パパちゃんたら一向に帰ってこない。 パパちゃんは、人が待ち合わせ
の時間に遅れた時はいくら言い訳を言ってもブリブリ怒るくせに、自分が遅れた時に
は絶対に誤らない人である。だから「屁理屈たれ蔵」なんだ、って言うのに、風の噂
によるとどーやらそれも気に入らないらしい。 でもさ、ようやく家に帰ってきて、
「いざ出発!」っていう時になって今度は「免許証がナイっっ!」って大騒ぎして、
自分では「何度も確認したから絶対にそこにはナイ!」って豪語したそのカバンのポ
ケットに入っていた免許証をメーコが見つけた時くらいはスナオに誤るべきだと思う
けどねぇ? 
      この件に関しては、「でっち上げだ」なんて言わせないよ、パパちゃん。 ・
・・くくく。

      そんなこんなで大騒ぎした挙句、ようやく出発。 メーコが知り合いから駐車
場のタダ券をせしめているホテルに車を停め、先に到着していたT子と合流。 ま
だ、我が家族の本当の姿を知らないT子は、明るく「ヨロシクお願いしますぅ〜」と
挨拶。 ママちゃんたちは「こちらこそヨロシクね〜」などとにこやかに語っていた
けれど、怒ったり呆れたりすると口をきかなくなる彼女の口数が減っていく様子に脅
えていたのはこのメーコだけである。

      まずは出国前。 お姉のために航空会社から借りた車椅子は思いっきり「アメ
リカンサイズ」。ただでさえ細身のお姉が座ると、両サイドはすきすき。「しめた
!」とばかりにその隙間に荷物を詰め込むママちゃんとバァちゃんの姿を見てT子苦
笑い。 
      でもまだ、写真と撮ったりして笑っている余裕あり。 その後、時間にゆとり
があったので全員でティータイム。 おもむろに隠し持っていた「メロンパン」を取
り出し食べ始めたパパちゃんに、お店のウェイトレスさんが「すみません、ここは持
ち込みはご遠慮いただいているんですが・・・」と言う姿を見て、T子またまた苦笑
い。でも、まだまだゆとりあり。 
      その後、出国を済ませ機内に入り、離陸後のドリンクサービスから絶好調で赤
ワインを飲みまくるママちゃんとお姉を見て、「大丈夫かなぁ?」と一言。徐々にそ
のパワーに気がついてきたらしい。 この先、4日間この家族に付き合ってもらう訳
だし、心の準備をしておいてもらわなくては、と思ったメーコは、ただでさえ冬場で
飛行時間が短くなって睡眠時間が確保できないというにもかかわらず、機内でT子に
とくとくと我が家の実態を説明し、ほとんど眠らない状態でハワイに到着させてし
まった。

      ちなみに、ハワイと日本の時差は19時間。 直行便で辿り着ける場所として
は、最大の時差を持つ場所であろうとメーコは思う。 夜、日本を出発すると、わず
か6時間程度の飛行時間で現地に着くとその日の「朝」に戻ってしまっているとい
う、カラダとアタマにとっては非常にキビシイ移動なのだ。 故にメーコは、いつも
ハワイに行くお客さんに対しては「とにかく機内ではできるだけ眠るようにしてくだ
さいね」と口をすっぱくして言っている。 にもかかわらず、メーコはT子の睡眠時
間を奪ってしまったのである。 ホノルル到着前に、「ごめんねー」と言ったメーコ
に対し、「大丈夫だよ」と答えたT子がメーコの顔を見なかったことは、間違いなく
「大丈夫じゃない」ことを物語っていた・・・。 ごめんよ〜、T子。

      通常、ハワイへ行くツアーでは、「ホテルのチェックインは午後3時以降にな
ります」などと言って、部屋の準備ができるまで荷物だけ預けてブラブラ時間を潰さ
せらるのが常である。が、そんなことをしようものなら何を言われるか分からない我
が家族のために、メーコは無理矢理現地のスタッフに頼み込んで、到着後すぐに部屋
を使えるよう手配を依頼してあった。 だが、本来なら追加料金を支払わなければな
らないところにただでさえ値切って取ってもらった部屋である。向うだってそうやす
やすと部屋を提供してくれるわけもなく、3部屋予約したうちの1部屋だけを使わせて
くれるということになった。 当然ベッドは2つ。 パパちゃんママちゃんと、バァ
ちゃん姉ちゃんでとりあえず一緒に寝てよ、と言って部屋に入れ、「あたし達は慣れ
てるし大丈夫だから」とは言ったものの、メーコもT子も普段の仕事以上に既に疲れ
切っていたのは言うまでもない。 正直言って、床の上でだって寝たかったさ。 で
もね、物理的にベッドは2つしかないわけだし、メーコもT子も「大丈夫だから」って
言わざるを得なかったさ。 でもねー、「そーお?悪いわねぇ」って言って高イビキ
かかれてグースカ眠る4人の姿をベランダから眺めるT子の口から、一言も言葉が出て
こなくなっていたのには気がついてなかったでしょ、ママちゃん・・・。

      到着日のハワイは、本当に長いのである。



            2001年11月18日(日) 長い1日(昨日の続き)

      ホノルル到着後数時間。 もう既に、すっかり口数が減ってしまったT子と、
耐え難い胃痛に苦しむメーコをよそに、がーがーごーごー、ぎりぎりくかくかとそれ
はそれは素晴らしい四重奏を奏でて爆睡していた4人が目を覚ました。
      ちなみに、自分では眠ってしまっているので全く分からないのであるが、メー
コはT子を始めメーコと一緒に寝たことのある人たちから、「ガーガー怪獣」「キョ
キョキョ星人」と呼ばれてしまうほどイビキと歯軋りがうるさいらしい。 
      自分の汚点を認めたくないメーコとしては、「疲れているからだよ」などと体
のいい言い訳をし続けていたが、我が家族の素晴らしい四重奏を聞いて、「血だな」
と悟った。 と同時に、「次に結婚する時は絶対に耳の遠い人にしよう」と固く心に
誓ったのは言うまでもない・・・。

      数時間の仮眠で移動の疲れを和らげた4人は、寝起きと同時に「パワー全開」
モードに入った。
      まずはお姉。 
      やれ知り合いの人に電話しろだの車椅子を借りろだの、メーコとT子を使う使
う。 言われるがままに電話をし、翌日のディナーにお邪魔する約束をし車椅子も手
配した。 

      続いてママちゃん。どんな状況に置かれても「食べる」という行為を絶対に忘
れない彼女は、当然の如く「とりあえず何か食べに行きましょうよ」と言いながら、
おもむろにカバンの中から到着前に機内で出された菓子パンを取り出し・・・あの
さぁママちゃん、食料の持ち込みは禁止されているんだけど・・・。飛行機の中でも
ちゃ〜んと「日本語」で案内があったでしょ? 「機内で出されたものを含め全ての
食料品は持ち込みを禁じられております」ってさぁ。 ・・・ま、メーコもいつも
やってるからエラそーなことは言えないし、厳密に言えば「生もの」と「肉類・肉製
品」以外は大抵OKなんだけどね。
      でもねー、皆さん、「運悪く」見つかってしまったら没収ですからね〜! 気
をつけてくださいよ〜!

      「宇宙人」のバァちゃんは、さすがにまだ自分がどの星に到着したのか分かっ
てなかったみたいだったけど、その横で黙々とビデオとデジカメと普通のカメラを用
意するパパちゃんを見て、T子がボソッとつぶやいた。「ねーさん、パパちゃんあれ
全部持ってくつもりなの? どーやって撮るんだろーねぇ?」と。 もう時効なので
バラしてしまうが、このT子は、良くも悪しくも非常〜にスナオに自分の気持ちを口
に出してしまう性格であり、昔付き合っていたボーイフレンドから、「黙って俺に付
いてこい」という、メーコだったら金を払ってでも言ってもらいたいセリフを言って
もらったにも拘らず、「え?? アタシ黙ってなんていられないも〜ん」と即答して
しまい、その婚期を逃してしまった経歴の持ち主である・・・。

      それはさておき、深い眠りから目覚めた4人を引き連れて、メーコとT子は大好
きな「インターナショナルマーケット」のフードコートへと向かった。 別に、「コ
レ!」と言って美味しいものがあるわけではないのだが、中華、韓国、インドにギリ
シャとバラエティに跳んだ屋台が軒を連ね、7、8ドルでお腹一杯になれるこの場所
は、「ボンビー」な添乗員たちにとって御用達の場所である。 今回も、やれコリア
ンだやれグリークだやれベトナミーズだとあれこれ買いまくり、屋台が嫌いなパパ
ちゃんを除いて女5人で嬉々として食べまくってしまった。 
      片や「アヤシイもの大好き」の永遠のチャレンジャー、ママちゃんと、「絶対
に冒険は冒さない」保守的なパパちゃんが、どーして何十年も夫婦でいられたのかは
メーコにとって永遠のギモンではあるけれど、もし、この二人が離婚をするようなこ
とになったら、間違いなくママちゃんに付いて行こう!と決めているのは子供たち3
人の共通の意見である・・・。 

       パパちゃん、スマナイねぇ・・・。

      その後、6人で免税店へ。 メーコもT子も、「プライベート」で買い物に来る
のは初めてだったからかなりはしゃいでいたけれど、ここぞとばかりにメーコの添乗
員割引のカードを使って買い物をしまくる我が家族の姿には言葉を失ったよね。 ・
・・って言いながら、つられて十ン万もするコートを買ってしまったメーコもメーコ
だけどさ。 
      やっぱり、仕事を離れると金銭感覚も鈍ってくるのかなぁ? でもさ、ホノル
ル到着後も常に「冷静」を装っていたパパちゃんがアロハシャツを3枚も選んでいた
姿には、T子だけでなく家族の誰もが目を丸くしちゃったよね。 ・・・

      どーしちゃったんだい、パパちゃん、って思ったけど、出発前にメーコが目に
したガイドブックの「付箋」の話をT子にしたら、「なるほどねぇ」って納得してた
よ。パパちゃんの、内に秘めた「燃え滾る思い」を感じた一瞬だったね。

      そうこうしているうちにホテルから「残りの部屋の準備ができました」ってい
うメッセージが入り、一旦ホテルへ戻ることに。 でも、気が付けば結構イイ時間。
 さっきあれほどたくさん昼ごはんを食べたくせに、「今日の夕飯は何にする〜?」
のママちゃんの声を聞いて、とりあえず夕食に出かける時間を決めて部屋に入った
メーコとT子。 
      荷物を運んでタバコを吸って、目の前に広がるワイキキビーチを見下ろしなが
らどちらからともなく呟いた。 
      「・・・仕事よりキツイ気がするのは気のせい?」

      到着日のハワイは、本当に長かった・・・。





            2001年11月19日(月) 滞在 二日目

      滞在2日目。 前日の夜、その姿を見かけて「アレに乗りたいわぁ〜」とうる
さいほどに口にしていたママちゃんのたっての希望で、「ワイキキ・トロリー」なる
巡回トロリーバスに乗って市内を観光することにした。 ちなみに、ママちゃんが旅
先で口にする「○○したい」だの「××食べたい」だの、「〜たい」という言葉は、
本人にとっては「単なる希望」のつもりらしいが、同伴している人間にとっては「絶
対服従」を意味するオソロシイものなのだ。 よって、今回も誰も異論を唱えること
はできないまま、大のオトナが6人雁首揃えてトロリーバスに揺られるハメとなった
のである。  ちなみに、ワイキキ・トロリーは一日乗り放題で大人一人18ドル50セ
ント。今の換算レートで日本円に直すと約2500円。かなりボッたくった値段だとメー
コは思うが、時間はかかるけれどもかなり遠方の観光箇所も網羅しているし、タク
シーで移動することを考えたら、まぁ許せる範囲なのかもしれない。 ンなこと言っ
たら、東京湾アクアラインが「通行料を3000円に値下げしました!」な〜んてエラそ
うに言ってることの方が許せないもんね〜。

      ま、それはさておき、まずは一番遠方にある「ビショップ博物館」へと向か
い、ハワイの歴史に触れてみることにした。日本人にも馴染みのある「カメハメハ大
王」や「カラカウア5世」など、歴代の王様や王女様の系図を見たママちゃん一言、
「み〜んな同じ顔してるわねぇ」。 ほんなら徳川15代の殿様の顔が全部区別できる
んかい??って聞こうかと思ったけれど、「じゃあメーちゃんは15人全部の名前が言
えるの??」って切り返されるのは目に見えてたのでやめといた。 前にも言ったけ
ど、ゼッタイにこの人には敵わないんだもの。 聞き流して次の展示室へ。 たまた
ま、別の日本人のお客さんを案内していた美術館のガイドさんに会い、「宜しかった
らご一緒にどうぞ」のお誘いに図々しくも合流。 昔の王族の人たちが使っていた武
具や装飾品を細かに説明してもらい、何だかとっても得した気分。 でも、やっぱり
宇宙人のバァちゃんは、鳥の羽で作られたマントを見て、「ねぇねぇメーちゃん、昔
は鳥がたぁっくさんいたんだねぇ」って、全く違ったイミで感動してたみたい。 
たぁっくさんいたから作れたんじゃなくて、たぁっくさん使えるほど権力があったん
だ、っつーことくらいはメーコでも分かるんだけどねぇ。 ま、バァちゃんの生まれ
た星では、鳥もいなかったのかもしれないから仕方ないっか。

      トロリーバスの時間の都合で残念ながらビデオは観られなかったけど、ささ
さ〜っと博物館を一回りして、お次は「アラモアナ・ショッピングセンター」へ。 
まずは中華で腹ごしらえをして、それからそれぞれのお土産探し。 お姉ったら、電
池で動く「フラダンス人形」買ってたけど、それってばゼッタイに「もらいたくない
お土産No.2」くらいに入るとメーコは思ったね。 でも、その横で怪しげな「モヤ
イ像」みたいな木彫りのマスコットがついたキーホルダーを、勤めている学校の生徒
たちにわんさか買っていたパパちゃん、それもやっぱりもらって嬉しくないとメーコ
は思ったんだけど? でも、今どきの子たちは「いっや〜ん、かっわい〜」とか言っ
ちゃって、みんなでお揃いで付けちゃったりするのかね?? 一言も口には出さな
かったけど、きっとT子もあのキーホルダーたちの行方が気になっているに違いな
い。だって、レジに25個も並べられたキーホルダーを見た時のT子の顔、キーホル
ダーそっくりになってたも〜ん。

      土産の購入を終えて帰ろうとしていたら、「明日の主役」、弟のタースケと、
メーコとお姉の「義理の妹」になってしまう、もしかしたら(・・・って言うか間違
いなく)この世で一番不幸な女性であろうお嫁ちゃんのサーちゃん、そしてサーちゃ
んのご両親にバッタリ出会った。 さすが、「基本に忠実な」タースケ、ジャッパ
ニーズ観光客には欠かすことのできないアラモアナにご両親を連れてきたな、とメー
コはココロの中でほくそえんでいたが、そんなことは億尾にも出さずにしっかり「営
業スマイル」でご挨拶。 これができないと添乗員は務まりませんぜぇ〜、ってカン
ジかな?? でも、「時差ボケで体調が優れなくって・・・」って疲れきっていたお
父さんの横で、とても同じ時間を過ごしてきたとは思えないくらい嬉々としてはしゃ
いでいたサーちゃんのお母さんの姿を見た時は、「やはりどこでも“母は強し”」っ
て実感したね〜。       

      そんなこんなで夕刻ホテルに一旦戻り、夜はお姉の知り合いの方のお家へ夕食
をお呼ばれに。 ご主人お手製のローストビーフに舌鼓を打ち、英語と日本語を巧み
に操る生意気な(?)子供、コーヘイと戯れた後ホテルに戻る。 「それじゃあ明日
ね」って言ってそれぞれの部屋に帰ろうとした瞬間、おもむろにママちゃんが呟い
た。 「お母さん、トロリーに乗れたからもう満足だわぁ」。

      ほんの数時間前、当の本人たちに遭遇していたにもかかわらず、ハワイに来た
本来の目的を忘れてすっかり達成感に酔いしれるママちゃんの姿を見て、メーコは、
今までになく我が弟をフビンに思ったのである・・・。

      いよいよ、明日は「本番」だよ〜!



            2001年11月20日(火) いよいよター助とサーちゃんの結婚式

      今日は、いよいよター助とサーちゃんの結婚式である。 メーコは、パパちゃ
んと一緒に「撮影隊」として、サーちゃんの準備の様子を撮るためにター助たちの泊
まっているホテルに向かわなければならず、ママちゃん・ねーちゃん・バァちゃんの
「危険物」3人を全てT子に任せて一足先に出発することになった。 「い〜い?T
子。 何度も言ってるけどゼッタイに教会に着くまでは“レイ”はつけさせちゃダメ
だからねっっ。」、と念を押したメーコに、T子は「そんなに心配しなくたってダイ
ジョーブだよぉ」と半ば呆れ顔で答えていたが、実は昨日、かの有名な「ABCスト
ア」の店頭で売られていた造花のレイを見つけたバァちゃんとねーちゃんは、式に着
ていく服のアクセサリーとして「超ド派手なレイ」を買って大喜びし、特にバァちゃ
んは、「これでバァちゃんもサーちゃんに負けないくらい可愛くなれるかねぇ」と、
レイを首にかけながら独り言のように呟いていたので、「林家パー子」のような姿で
現れやしないかと、メーコはとってもとっても心配だったのであるぅ。 そもそも
さ、90目前になってもなお花嫁と張り合おう、っつーその気合がそのものがメーコは
コワイもんね。 でも、それをT子に話したら、「ううん、ダイジョーブ。ねーさん
もそのうちそうなるから。」ってアッサリ言われてしまった。 メーコが思うに、T
子が嫁に行けないのは、やっぱりこの「スナオすぎる口」のせいであろう。

      ター助たちが式を挙げた教会は、ワイキキの街から車で10分ほどの場所にあ
る、かなり大きな教会だった。 200人近くは入りそうな礼拝堂のバージンロードは
長く、リハーサルをしているサーちゃんの姿を見ながら、メーコとT子が「やっぱり
結婚式を挙げるなら教会にしようねー」と、夢を諦めずにお互いに慰め・・・もと
い、励ましあっているうちに式が始まった。 パイプオルガンの音が鳴り響き、お父
さんに手を引かれたサーちゃんがバージンロードを歩いてくる。 ううっっ、カン
ドーだぜ・・・。 感激屋のメーコ、早くも目頭に熱いものがこみ上げてくる。 そ
して、サーちゃんの手はお父さんからター助へと渡され、二人でゆっくりと祭壇へ。
 牧師さんが二人を前にし、お決まりの言葉を読み上げる前にメーコのテンション最
高潮。 「岡田ター助、汝はこの女性を生涯の妻とし、病める時も健やかなる時も、
裕福であっても貧しくても、いかなる時も彼女を愛し、敬い、守り、全てを捨て去っ
ても彼女に対し永遠の愛と誠実を誓いますか?」。 かぁ〜っっっ、コレだよ、コ
レ。 日本語だってそれなりに感動はするけどさ、やっぱりエーゴで聞くとひときわ
カンドーだー。 くぅぅぅぅ〜っっっ、たまらんね〜っっ! これってばさぁ、もし
かしてメーコとキアヌ・リーブスが結婚するようなことになっちゃったら、キアヌが
私の横で「あい・どぅ」って言うんだよね、やっぱり。 んでもって、メーコも同じ
ように「あい・どぅ」って答えちゃったりするのかしら。 いや〜んっっ。 カン
ドーだわ。コーフンだわ。

      ・・・などと、メーコが一人で勝手に盛り上がっているうちに、ター助とサー
ちゃんは指輪の交換を誓いのキスを済ませ、いつの間にか式は終わってしまってい
た。 係りの人に促されるまま中庭での写真撮影とシャンパンサービスを済ませ、フ
ラワーシャワーで二人を見送ったら全て終了。 迎えのリムジンで一旦ホテルに戻
り、一休みした後に今度は「披露宴」を兼ねた夕食会へ。  「年寄り軍団+添乗員
組」のメーコ一家とT子は、開始予定時刻の15分前に会場に到着。 その後、5分ほど
してサーちゃんのご両親、ター助の友達3人組、そしてサーちゃんのお友達2人が到着
した。が、当の本人たちは一向に姿を表さない。 5分待つ。 でも、来ない。 
こーなってくると、「現職添乗員」の二人は気が気でない。 どちらからということ
もなくテーブルの確認に行き、メニューを調べ、待っている人たちにさり気なく声を
かける。う〜ん、なんて「添乗員」。 でも、まだ二人は来ない。 ママちゃんの顔
色が俄かに「雨雲色」に変わっていくのに気づいたメーコ、ター助の携帯に電話を入
れる。「アンタ、今どこよ??」 ちなみに、時間は開始予定時刻の5時半きっち
り。 「わりぃ、わりぃ。 ホテルを出るのが“チョコっと”遅れちゃったから
さぁ、今着くよ、今。」と答えたター助は、「待ち合わせ」に関してのみ、メーコの
私生活の30倍くらいルーズなのである。 「まったくもう!」と怒りを露にしたメー
コに対し、ここでもT子、「さすが姉弟。」とあっさり一言。 彼女の口に「建前」
を教え込むのと、我が家のバカ犬に「フラダンス」を教え込むのではどっちが難しい
だろうか??と、真剣に考えてしまったメーコであった・・・。

      そうこうしているうちに「主役」の二人が到着し、夕食会が始まった。 「夕
食」というにはかなり早い時間ではあったけれど、「シェラトン・モアナ・サーフラ
イダーホテル」のテラスでハワイアンバンドの演奏を聞きながら、ホノルル沖に沈む
夕日を見ながらのディナーはまずまずのものでありやんした。 ただね、まー予想は
されてたけど、「締めの挨拶」でパパちゃんが延々とたれてた講釈には胃がもたれた
けどさ。 それでてね、パパちゃんったら暮れに亡くなっちゃった伯母ちゃんの葬儀
の時に、メーコが「伯母ちゃんとの思い出」について喋り過ぎてた、って文句言った
んだぜ〜。 ジョーダンじゃないよ、まったく。 ・・・ってまたまたT子に文句
言ったら、これまたすかさず、「親子だからねぇ。」って言われてしまった。 メー
コがこの時、今度「広辞苑」が改訂されるようなことがあったら、「口は災いの元」
の欄に、「ヨシノT子のこと」って書いてもらおうかと密かに目論んだのは言うまで
もない・・・。

      ター助の「一生に一度のメインイベント」が終了した夜、メーコはとんでもな
い夢を見た。 真っ白なチャペルの祭壇で、神父様の前に佇むメーコとキアヌ・リー
ブス。 「汝は岡田メーコを生涯の妻とし・・・」の宣誓の後に、メーコとキアヌが
誓いのキスをしようとすると、なぜかバァちゃんがウェディングドレスを纏い、
「ぎゃらん・どぅ」を踊るという凄まじいモノであった・・・。

      メーコの苦悩は、翌日もさらに続く・・・





            年11月21日(水) 仕事かプライベートか・・・

      ツライだろうか??」と、毎晩同じ問いかけを続けてきたメーコとT子にとっ
て、待ちに待ったその日が、とうとう来たのだ。 「あと一日」。「今日さえ終われ
ば」。と、自分たちに言い聞かせる二人。
      ママちゃんご希望の「ワイキキ・トロリー」にも乗せてあげた。 余りにも増
えすぎて、既にもう「搬送不可能」になっているであろうバァちゃんの「冥土の土
産」に、ド派手なレイも買ってあげた。 トシを考えずにピンクだの花柄だののT
シャツを纏い、「アロ〜ハ〜」と叫びまくる姉もワイキキビーチで遊ばせてあげた。
 残るは、パパちゃんのみである。 出発前はもとより、現地に入ってからも常に
「冷静を装っているフリ」をしてきたパパちゃんではあったが、誰よりも早くこっそ
り購入したきたガイドブックに、一番最初に「アリゾナ記念館」のページに付箋を付
けていた彼の希望は、最終日にしてようやく叶えられることとなった。

      「アリゾナ記念館」は、ホノルルの市内から車で3、40分ほどの距離にある。
 ここへ行くには、旅行会社のオプショナルツアーに参加するかタクシーを利用する
のが一番手っ取り早いため、メーコたちは、到着日に空港からホテルまで送ってくれ
たリムジンの運転手さんに頼んで、「一日貸切」で案内してもらうことにした。 市
バスでも行かれなくはないのだが、時間はやたらとかかるし、何より「ポケットに入
るもの」以外の手荷物は持ち込み禁止になっているため、多少割高でもオプショナル
ツアーかタクシーの借り切りが一番便利なのである。 ・・・というわけで、真っ先
に向かった「アリゾナ記念館」ではあったが、テロの影響は何処へやら、メーコたち
が到着した時には既に長蛇の列ができていた。 とりあえず、整理券をもらいに走る
と、そこに記された入場予定時刻は2時間後。 「待つこと」が何よりも嫌いなパパ
ちゃんは、すかさず難色を示したものの、「せっかくここまで来たんだし」と全員に
言われ一旦は納得。 時間までお隣の「戦艦ミズーリ」でも見てこよう、ということ
になり、写真を撮ったり早めのお昼代わりにホットドッグをパクついたりしていたも
のの、10分も経たないうちに「シビレ切れモード」が作動開始。「ま、ここがアリゾ
ナ記念館だ、っていうことも分かったわけだし・・・」だの「中に入ったって大した
ことはないんだろう?」だの、得意の「人に聞こえる独り言」を連発。 身内は「い
つものことだから」って言って全く相手にしてなかったんだけど、ただ一人、パパ
ちゃんの「待ち嫌い」初体験のT子だけは、「でも、待ってでも見る価値はあります
よ〜」って必死にフォローしてたんだけど、そんな彼女も時間の経過とともに耳が聞
こえなくなったみたい。 パパ号、あえなく撃沈。 一人寂しく真珠湾を眺める後姿
が、「やっぱりもう一人男の子を作っておくんだった・・・」と語っていたように感
じたのは、メーコだけかなぁ??

      そんなこんなでアリゾナ記念館を見学し、お次は「ダイアモンド・ヘッド」
へ。 元気な人なら「施設保護料」の1ドルを払って頂上まで登れるんだけれど、
メーコたちは「元気のない人」だったから看板の前で写真だけ撮ってオシマイ。 ま
さに、「○○へ行きました」ってことを重視するジャッパニーズそのもの。 でも、
さすがに次に連れてってもらった「石原裕次郎の別荘」の前では写真、撮らなかった
けどね。 だって、この頃になるとみんな「ものすごく元気のない人」になっちゃっ
てて、運転手のロイさんが、「次は何処行く??」「ここで降りて写真撮る??」っ
て聞いても全員で「の〜ぉ」、としか言わなかったもんね。 メーコもさ、本当は
「ハナウマ湾」や「この木何の木」の公園も見せてあげたかったんだけど、これ以上
動き回ったら最後の観光地が「病院」になっちゃいそうだったからやめといたよ。 
時間も丁度良かったし、ホテルに車を戻してもらって「最後の観光」は無事終了。 
リムジンを6時間借り切ってチップ込みで200ドルだったから、ま、悪くはないで
しょ。

      「最後の晩餐」は、ホテル内のレストランで盛大(?)に。 全てを終了した
メーコとT子は、「それじゃあ明日は朝5時に」って約束をしてから部屋に戻り、4日
間の苦労を洗い流すかのようにビールを飲みまくった。 「終わったよ、ねーさ
ん」。「ありがとう、T子」。  「後は帰るだけ」の思いが二人のペースに拍車を
かける。 途中から、二人のホノルル滞在を知って駆けつけてきた現地のスタッフも
加わり、「狂乱の一夜」は更けてゆく・・・。   知らぬ間に、洋服を着たまま眠
りこけてしまったメーコが、目を覚ましたのは一本の電話だった。

      「メーちゃん?? もう5時半なんだけど?? お母さん達、支度全部済んで
るけど、どうすればいいの??」。

      ぐわわわわわわぁぁぁぁぁ〜っっっ!!!

      やっちまったぜ、朝寝坊。 しかも、荷造り全然済んでない。 化粧もせず、
とりあえずそこら中に散らばっている荷物をカバンに詰め込み、寝癖バリバリの頭で
部屋を飛び出す二人。 「お〜のぉ! チェックアウト済んでないぜぃ!」。「ねー
さん、とりあえずアタシはタクシーを止めておくからっっ!」。 「T子! 車椅子
の返却、どーしたっけ??」。「そんなん知らな〜い!! どっかに置いとけばいー
んじゃん!! それよか、もう6時〜!!」。

      30分も待ちぼうけをくらい、苦笑いで迎えてくれたリムジンの運転手、ロイさ
んの「快走」のお蔭で無事にチェックインに間に合い、機内に入ったメーコとT子は
心から思った。 「仕事じゃなくて良かった・・・・。」

      「メー家一族の珍道中」は、かくして無事に(?)終わったのである・・・。





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