SL北びわこ号撮影始末記2月23日(土) 土曜日にしてはめずらしく早起きして、京都から新快速に乗り、8:36、米原駅に到着。ここで2分の乗り継ぎで、福井行きの普通電車に乗る、 予定であった。ところが、まさしく福井行きの電車に一度は乗ったものの、「この電車でよかったのかな?おんなじ列車から降りた人の、大きな 流れは違うホームに続いているぞ」と、小心な猜疑心(?)が頭をもたげ、一旦乗った電車を下りてしまった。知らないところとは困ったものだ。
電車はすぐに出ていってしまい、まず虎姫駅まで行って、撮影ポイントを見つけるという当初の計画が狂ってしまった。しかし、けがの功名とは こういうことをいうのだろう。次の列車が来るまで米原駅に佇んでいた私は、まもなく駅構内で今日の主役、C56型蒸気機関車ポニーが慣らし 運転を始めたのに気づいた。みるみるインスタントカメラや、デジカメを持った人々がホームから身を乗り出して、たびたび駅員の注意を受ける という事態が現出した。人だかりが大きくなる前に、数葉の写真を撮ることができたので、ホームに入ってきた金沢行きに早速乗りこんでこの騒 ぎを聞いていたのだが、駅員さんは、ほとんど絶え間なく駅内放送で注意を呼びかけ、通勤途上のおじさんたちは苦々しい顔をしていた…。
虎姫駅についたら、予想以上に田舎、というより、何にもないところだった。この土地の人には申し訳ないけれども、それが実感だった。あらか じめ立てた予定では、防寒対策として、暖気の取れる適当な喫茶店、もしくは簡単な食事のできる食堂、あるいは駅の中にある立ち食いそばで もいいから、駅近辺にその場所を確認しておくとともに、ビスケット、スナック菓子等持ち運びができる食べ物を調達することにしていたのだが…。 歩き回って、ようやく一軒のスーパーをみつけ、かろうじてビスケットとカッパえびせんを手に入れることができた。もっとも、幸い天気はよくて、寒 さも予想していたほでではなく、積雪もほとんどなかったのだが。 線路沿いに少し歩けば、田園風景が広がってくる。田んぼの畦道には、オオイヌノフグリが満開であった。朝日を背にしてポニーを待った。
いよいよ蒸気機関車の音が聞こえてくる。自分が子供でものごころがついたころにはもう、日常彼らの姿を目にすることはできなかった。 音はしたが、ポニーは虎姫駅からなかなか出てこない。と、”フォーーッ”と独特の汽笛が鳴って、ポニーはようやく動き出した。真っ黒な煙を吐き ながら、ヘッドライトだけだけがなぜかよく目立った。ファインダーをのぞきこみながら、「まだ、まだだ」「まだ待て」と自分に言い聞かせつつ、やっ と予定の地点まで差し掛かったので、シャッターを切った。そのときである。北上するポニーを東側から見ていたカメラのファインダーに、南下す る特急列車が入りこんできたのは…。まさに間一髪であった。もう、あと少しシャッターを切るのが遅かったら、ポニーは完全に特急列車に隠れて しまうところであった。
次の列車は午後である。(そのまえに回送列車があるが時間がわからないのでパス)長浜市内で昼食を食べ終わったら、まだ11時半頃だった。 2時前まで、充分時間があるので、歩いて撮影ポイントの探索に向うことにした。長浜の町の中から、真っ白な伊吹山が仰ぎ見られる。市街地を 抜けると、一面の田園風景である。ちらほらと新しい住宅が立ち始めているが、野原はまだまだのどかな静けさをたたえている。 快晴の空のもと、雪の山は彼方に蒼く、見晴るかす平原は、遠く近くにひばりのさえずりが聞こえて、2月とはいえ、はや春の風情である。
歩いても歩いても、目標の撮影ポイントは、なかなか近づいてこなかった。寒さは感じないがのどが乾き始めた。田んぼの真中にコンビにはない。 人家もない。自販機もなかった。が、なんとか撮影ポイントもみつかった。「国道」にさまよいいでて、ようやく自販機を発見。ポニーの時刻まで、も う少しある。ようやく一息ついて、もときた道をもどってみれば…。なんと、撮影ポイントにと思ったところにいつのまにか車が…。いくつか三脚も置 かれている。その付近、どこに陣取っても彼らの邪魔になるのである。まだ時間はある。ポイントを変えよう。徒歩できた人間の悲しさよ。
さらに北に進む。いつしか伊吹山ははるか後ろに見えるだけになっていた。目指す先にはさらなる三脚と車の列。線路から離れたり近づいたり。 望遠で遠くから行くか、広角で近辺から狙うか…。ギャラリーはだんだん増える。準備万端、三脚のカメラの照準も整えて待ち構えてる一団がいる。 線路際まで車を寄せて、降りもせず、ポニーを待ってるのもいる。すぐ引き返していった。なぜだ?そんなことはどうでもいい。ポジションはこれで いいのか?望遠?広角?アングルは?近寄れない…時間が、ないのだ。なのに私はまだビスケットをかじっていた。
雄たけびをあげて、ポニーは来た。撮影ポイントの調査が不充分。構図が思い描けないもどかしさ。余裕、なし。こんなことが、頭の中でぐるぐる 回り始めた。黒煙が近づく。ヘッドライトが光る。「撮る!」そのためにここへ来たのではなかったか。交通費をかけて、歩き回って…。 レンズを50ミリくらいにして、1枚、また1枚。ポニーは過ぎていく。その後姿が完全に見えなくなってしまうと、急に寒さを感じた。
ここから虎姫駅までの遠かったこと。長浜から撮影ポイントまで歩いたのと同じ位の距離があったやに思われた。駅舎に入ると、そこは無人駅に なっていた。朝は駅員がいたのに、何やら張り紙がしてある。「午後4時までは無人になります。切符は車内にて云々」ほかに行くところもないし、 それに結構歩きつかれたので、最後のポニーは駅で待つことにした。なんという静けさだろう。すこし風が出てきたので、ホームの待合室に入った。 上下線とも何本かの列車が通りすぎたが、西日を背に受けて、私はいつしか眠っていた。
ポニーはしばらくしてやってきた。終点でも転車台がないので、上り方は炭水車を前にして進んでくる。今度は望遠を使った。ここ虎姫でも、数分 間停車する。こんどは標準レンズにつけかえる時間的余裕もあった。西日をうけてポニーが去っていった、その次の上り列車で長浜に着くと、 彼はまだそこにいた。盛んに黒煙白煙を吐きながら、愛想を振りまいていたが、やがて、次第に増えるギャラリーを尻目に咆哮一声、悠々発進 していった。
長浜が始発の新快速電車は、すでに盆梅からの帰り客で満席状態だった。やや華やいだ車内の人々のざわめきは、たった今発進していったSL ポニー号の余韻をまだ残しているかのようであった。<おわり>
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