「『新左翼運動40年の光と影』まえがき」
 新泉社、1999年9月


 まえがき

  わが国での新左翼の出現以来、すでに40年を越す歳月が刻まれた。

  新左翼運動は、1956年のスターリン批判とハンガリア革命の衝撃を機に発祥した。そして、1960年安保闘争で、全学連運動として颯爽と大衆的に登場して新風を巻きおこし、更に、世界各国が反乱の波に襲われた1968−69年の前後には、諸党派、反戦青年委員会、全共闘、それにべ平連などの運動の爆発的な高揚によって日本全土を席巻する様相すら呈した。現代資本主義体制に対する果敢な挑戦とスターリン主義への批判的対決によって、新左翼運動は戦後日本の歴史の進行に顕著なる影響を及ぼしたのであった。

  いささか旧聞に属するが、朝日新聞で戦後50年企画として編まれた、この50年で最大の出来事は何かという著名人50人へのアンケートのなかで、船田元(衆議院議員)、森毅(京大名誉教授)、ノーマ・フィールド(シカゴ大学)は、それぞれ学生運動、大学闘争を挙げている。また加藤典洋(文芸評論家)は、「連合赤軍事件。少し違ったら自分がそこにいたかもしれない、と感じた」、加藤登紀子(歌手)は、「学生運動が無残に分解したこと。なぜ、の思いは今もつきまとっています」と回答している。新左翼にちなんだ闘争や事件が、戦後史に鮮明な軌跡を残し、人びとに強烈な印象を与えてきたのは、紛れもない事実であろう。

  しかし、この40年の間に、国内外で情勢の凄まじい変動が生じた。わが国は驚異的な経済の高度成長を続けて一昔前には想像できなかった経済超大国になりあがった。それとともに、会社本位主義の跋扈、生活中流意識の国民的浸透、労働組合の右翼的再編、等々によって、日本社会は右側に地殻移動をとげた。世界史に関しては、第二次大戦後アメリカ帝国王義と共に世界を分割支配するまでに勢力を拡大していたソ連スターリン主義は、分解と停滞の段階を迎えた。そして、ソ連や東欧での数次の内部改革はことごとく失敗に帰し、その「社会主義」体制は1989年から91年にかけてあっけなく崩壊した。

  こうした歴史の大きなうねりのなかで、新左翼運動の行き詰まり、破綻があらわになったことも否定しがたい。内ゲバの横行に象徴されるように、自らの運動路線の過誤が加わって、ほぼ1970年代以降、新左翼運動は退潮し、混迷を深めて弱小化の過程を辿り、昨今では衰滅の危機にさらされるにいたっている。

  新左翼運動とは、いったい何だったのか、新しい歴史の開拓者たらんとした新左翼は、何故に旧来の左翼の歴史にいま一つの蹉跌を折り重ねることに帰結してしまったのか、が問われている。その反省的考察は、だが、ごく一部の例外を除いて、なされるべくしてされていない。

  21世紀を目前にして、とりわけ日本の左翼は、今世紀末には余すところなく顕わとなった既存「社会主義」の破産を踏まえ、これまでの運動路線を抜本的に一新した地平に立つことを求められている。それぞれの潮流が積んできた運動を振り返って総括する真摯な取り組みが、そのための欠かせない作業であるにちがいない。

  ここにわたし達は、新左翼40年余りの歩みを顧みて、その歴史的な意味や功罪、教訓を明らかにし、後の世代に伝える論集を刊行することを思い立った。とはいえ、多種多様であり、かつ極度に評価の岐れる新左翼運動をめぐって、包括的なバランスシートを作成することを期したわけではない。また、検討を進めるうえで自らが適任の立場にあるなどと毛頭考えていない。回避してはならない重大な問題が放置され続けている状況を憂慮して、新左翼運動に直接間接に関与してきた者としてのやむにやまれぬ責務として、問題喚起をなそうとするにすぎない。

  この論集では、新左翼運動のなかでも、党派運動、全共闘運動を主な対象としている。

  第1部は、各自の固有な体験に基づいて書かれた論文8本から成っている。執筆にあたっては、(1)懐旧談ではなく、新左翼運動の存在意味を歴史的に解き明かす、(2)日本社会の構造的変化や世界の大事件との関連で、新左翼運動の光と影を浮き彫りにすることに努める、(3)今後の論争のための先陣として、清新で大胆な論点提示に心がける、ことを共通の基本的スタンスにした。論者相互の間に意見の相違があるのは当然であり、それはそのままに読みとっていただきたい。

  第2部は、新左翼運動を担って闘ってきた、あるいは新左翼運動になんらかの関わりをもった人たちへのアンケート(「新左翼運動についてわたしはこう考える」)に対して寄せられた回答である。新左翼の思想、運動について率直に所見を披瀝してもらった。

  このようなテーマは、軽々に論じることのできない重みをもつものである。運動経験者でも口を噤んでやりすごそうとする風潮が強いなか、呼びかけに応じて難題に真剣に立ち向かっていただいた論文執筆者、それにアンケート回答者の方たちに、深く感謝したい。

  本論集が、批判や反論をはじめ、諸々の発言を誘発して、新左翼運動をめぐる反省的論議の深化に寄与し、さらには21世紀の左翼に託す一つのメッセージともなることを願っている。日本の左翼が新しい地点に辿り着くには、なお長い道程を経なければならないであろうが、そうした方向へのささやかな一歩となれば幸いである。

  最後になったが、新左翼運動についてかつての熱気とは打って変わって冷ややかな空気が支配している現在にあって、この企画を快く受け入れ出版を引き受けていただいた、新泉社代表小汀良久氏に厚くお札を申し上げる。

 1999年6月中旬

 編者 渡辺 一衛
     塩川 喜信
     大藪 龍介