「過渡期時代とアソシエーション」
 一 現代史の動向とアソシエーション
 田畑・大藪・白川・松田編『アソシエーション革命へ』 社会評論社、2003年3月


 20世紀の歴史は、ソ連の崩壊で幕を閉じた。21世紀は、どのように推移するだろうか。当初の間は資本主義がなお世界を支配する体制でありつづけるにちがいないが、その後いかなる方向へ辿り進むかは定かではない。その意味で、世紀の交わりの現在を、はっきりした未来図がない、過渡的な一時期と見倣すことができよう。

 21世紀に資本主義体制の新しい社会体制への移行が進むとすれば、その新社会は、19世紀後半から20世紀にかけて考えられてきたように、社会主義社会なのだろうか。勿論、その社会主義は、後述するように、20世紀の支配的通念として広く一般に定着してきたそれ、ソ連や中国などで現存してきたそれとはまるっきり異なるのだが。それとも、社会主義ではない、新しい社会なのだろうか。いずれにしても、近・現代の資本主義体制を経済、政治、文化などのあらゆる面でのりこえて発達した社会でしかありえないだろう。

 本稿では、社会主義ならざる新社会への移行の可能性をも考慮に入れ、柔軟な開かれた構えをとって、アソシエーションの理論的見地から社会主義の新生の方位を探りたい。

 21世紀の世界を望見し、そのなかでの社会主義の新生の道を探ることは、甚だ厳しくて不透明な現状にある。ただ明らかなのは、近未来において社会主義が再浮上する場合でも、そこで直面するのは現代資本主義からの長期に及ぶであろう移行過程の諸問題であるということだ。

 そこで、歴史の転換の過渡にある現在の時期と資本主義から社会主義への体制移行の過渡期との双方を包括して過渡的時代と規定しておいて、そうした過渡的時代における経済、政治の在り方を、ソ連における社会主義への過渡期社会・国家建設が破綻した歴史的経験を踏まえながら、中長期的な展望で考察していこう。社会主義にこだわらず、なんらかの新社会への移行を媒介する中間システムについての考察として受けとめてもらってもよい。

一 現代史の動向とアソシエーション

(1)体制変化の兆候

 今日的に現出している諸事相のなかで、これからの歴史の成り行きを展望するうえでの重要な二つの動向に注目しよう。

 近年の欧米諸国では、協同組合、共済組合、その他の非営利組織(NPO)が広範に拡大しており、国民経済のなかのマージナルな地位から脱して、企業セクター(私的セクター)と行政セクター(公的セクター)に次ぐ第三セクター(非営利セクター、あるいは社会的セクター、社会的経済セクターとも称される)へと進出する傾向を見せている。こうしたNPOの発展、セクターとしての独立化は、情報技術革命による製造業からサーヴィス産業への重点移動という産業構造の変化を基盤として生じているのだが、昨今の新自由主義的な市場至上主義の伸展、それにともなう福祉国家の危機や貧富の格差増大にたいしての、自発的、互助的で非営利的な組織、つまリアソシエーションの結成による対抗という面を有している。わが国でも最近、ボランタリーな非営利活動が盛んになり、それを担う組織も続出し、NPOの制度化が進行している。なお、本稿では、協同組合を含む、非営利諸組織の総体をNPOと称する。

 協同組合やその他の非営利組織の増大、セクターへの発展は、新自由主義の支配に抗する人民大衆の側からの生活世界の変革と見倣されることができようし、かかる新たな経済的動向のなかで、協同組合セクター論や協同組合地域社会論にもあらためて関心が向けられている。協同組合社会の可能性も検討の課題にのぼっている。

 また、NPOやNGOの活動の大衆的な広がりと高まりには、社会の底辺から民主主義を築きあげ、日常生活に民主主義を根付かせる積極的な意義が認められる。J・ハーバーマス(*1)が国家と市場経済の双方のシステムに対抗する、自発的で自律的な結社(Assoziation)が織りなすネットワークとして市民的公共性を体現する市民社会(Zivilgesellshaft)について論じるのも、こうした今日における下からの静かな社会改革の進展と符節を合わせていよう。

 いま一つ、地球環境破壊が深刻化し、エコロジーによる経済活動の制約がますます緊切な課題としてクローズ・アップされてきている。環境保全のために、資本主義企業はこれまでの大量生産・大量消費・大量廃棄のシステムの見直しを否応なしにせまられている。ここでもNPO活動や住民運動が重要な役割を果し、強まる社会的圧力のもとで、企業も政府も環境規制を考慮した経済運営を余儀なくされるようになっている。ヨーロッパ諸国では、すでに環境政党も誕生して一定の進出を果している。

 エコロジーの観点から、環境負荷の少ない生活スタイルを可能にする、非市場主義の新たな経済システムへの要請が強まってきている。営利を原理にし利潤の最大限の獲得を至上目的として経済成長をあくことなく追い求めてきた20世紀資本主義にいたるまで、生産協同組合は巨大化し圧倒的な支配力を強める資本、株式会社に抗しえずにきた。だが、自然環境を犠牲にする産業発展がもはや臨界点に達するなかで、生産協同組合をはじめとして、協同組合は反転して新たなる存在意義を獲得するにちがいない。

 NPO、NGO活動についても、地球環境問題への取り組みについても、多くの人々のボランティア活動が大変活発化している。そこに、暮らしやすい世の中に変えるために何かできることをしたいという、草の根レヴェルでの大衆的意向を見て取るのは、さほど的外れではあるまい。こうした時勢は、東欧・ソ連の「社会主義」にたいしても、その解体を促すように作用したのであった。

(2)歴史の変転のなかで

 世紀末葉におけるそうした体制変化の兆候を、20世紀の歴史的推移のなかに位置付けてみよう。

 1929年に勃発した大恐慌の克服をつうじて、現代資本主義は、国家が経済過程に不断に、かつ構造的に介入し市場を制御する国家独占資本主義、もしくは混合経済の体制を築いた。そして、フィスカル・ポリシーにより景気を調整するとともに高雇用の確保や社会保障の拡充を果し、第二次大戦後から1970年代のオイル・ショックまでの四半世紀をこす歳月にわたって、未曾有の発展を達成した。かかる介入主義国家の所在に示されるように、政治面では国家化がこの時代の顕著な特徴であった。この国家化の時代にあって、一方のファシズム、他方のスターリニズムという過剰に国家化した、つまり国家主義化した体制が出現し、それぞれが一時的に世界を席巻しさえした。ヨーロッパ諸国では、福祉国家が発達をとげた。戦後のわが国は驚異的な経済成長を達成したが、その国家主導を重要な機因とする経済的躍進は、国家化の時代の流れに乗っていたのであった。

 しかし、1970年代に、現代資本主義経済は低成長の時代に転じて、「大きな政府」は重荷となり、国家介入主義は終りを迎えた。代わって新自由主義が台頭した。新自由主義の攻勢、それにグローバリゼーションの進行の歴史的転換の波を被って、1989−91年には、東欧諸国やソ連の社会主義を公称してきた国家主義体制はあっけなく瓦解した。加えて、ヨーロッパ諸国の社会民主主義的福祉国家 − 総じては行政的手段による解放の促進 − も行き詰まりを呈し、レヴェル・ダウンの再編を迫られた。財政危機、官僚主義、クライアント・デモクラシー(*2)といった国家の失敗が現実化し、国家化の時代は終焉したのである。

 ところが、自由主義と市場主義の復権は、フォード主義的労資妥協の時代、福祉国家拡充の時代に積み重ねられてきた改良の奪い返しであり、国内的、国際的な貧富の格差の増大をもたらすことになった。のみならず、経済のバブル化やドミノ化を生んできた。それに対抗して、前述のようにNPOが顕著な発展を示してきたし、ヨーロッパ諸国では、イギリス労働党の国家的所有化路線の廃乗、ブレアの第三の道に代表的なように、社会民主主義政党が転進の道を探り、近年相次いで政権の座につくことになった。

 世紀末葉における現代資本主義のこのような変転は、国家独占資本主義あるいは混合経済の新たなる変容の進行、それをめぐる保守主義と社会民主主義の攻防として捉えられよう。この歴史的一大転機に、どのような立場をとって臨むべきか。

 新自由主義の市場主義に反対し、だが同時に、国家化としての社会化という、そのかぎりではマルクス主義にも社会民主主義にも共通してきた20世紀社会主義の公定路線も却けて、脱国家化としての社会化をアソシエーション化として追求する、これが基本的スタンスであろう。すなわち、従来は国家が担ってきた公的諸機能を社会へ委譲する、しかし私企業と市場ヘ − 民有化・民営化 − ではなく、NPO、NGOなどの協同組織へ − 協同所有化・協同経営化 − 、並行して中央集権制から地域分権制へという方位である。これによって、国家的公共性を市民的公共性に変換し、市民的な公共的規制により、市場の欠陥を是正するとともに中央集権国家主義の弊害を除去する。とりわけ市場原理になじまない福祉、医療、教育、農業などについて、社会的に大きな争点になっているように、この構造転換は切実な課題である。

 20世紀の幕開け時には「集団の噴出」が生じていて、株式企業、資本家団体、労働組合、農業団体等々、叢生した様々な利益集団が対立し抗争し合う様相を呈した。そして、それらの集団が政党と結びついて圧力集団となり、政府の政策を介して利益を確保する利益集団多元主義が定着した。20世紀は、強大な国家に護られ、世界を股にかけて、株式会社を筆頭に利潤増大を至上目的とする営利集団がますます巨大化しながら林立し、しのぎを削った時代であった。

 それにたいして、市場の失敗と国家の失敗との歴史的経験を経た、一世紀後の今日におけるNPO、NGOという新たな集団の噴出は、21世紀における新しい時代の到来を予示するように思われる。NPO、NGOのかつてない発展は、非営利、非政府の自発的で自治的な協同組織としてのアソシエーションのネットワークとして形成される社会への発展転化の基盤となりうるのではなかろうか。

(*1) J・ハーバーマス (1929〜) ドイツの社会哲学者。フランクフルト学派第二世代を代表する人物として批判理論を展開。著作として、『公共性の構造転換』1962、『晩期資本主義における正統化の諸問題』1973、『コミュニケインョン的行為の理論』1981、など。
(*2) クライアント・デモクラシー 保護者と依存者の利益配分関係を意味するクライエンテリズムから派生した語で、国家の保護に依存して国民大衆が利益配分にあずかることを指す。