「過渡期時代とアソシエーション」
 四 過渡期時代の国家 − 地域自治体国家にむかって
 田畑・大藪・白川・松田編『アソシエーション革命へ』 社会評論社、2003年3月


(1)代表議会制民主主義ののりこえ

 すでに触れたように、20世紀マルクス主義において過渡期国家の本質とされたプロレタリアート独裁の公式は、理論的に過誤であり、実践的にも政治的破綻の標章にほかならなかった(*6)。資本主義から社会主義への過渡的時代における国家として想定されるのは、これまでの通念を一新して、地域自治体の連邦制国家である。

 現行のブルジョア国家(=資本主義国家)は、代表(議会)制、中央集権制、上からの民主主義などのシステムによって特質づけられる。それにたいして、過渡的時代の国家は、アソシエーションとしての協同組織、協同社会と原理を同じくする派遣(評議会)制、地域分権制、下からの民主主義などのシステムとして構想される。なお、派遣制はdelegational systemの訳語であるが、他に適切な訳語があればそれにならう。

 過渡期の政治、国家のシステムの構想にあたっては、まず、近代ブルジョア政治、国家の到達地平である議会制民主主義をいかにのりこえるかという課題を抱えている。ソ連の崩壊は、プロレタリアート独裁と一体的なソヴェト民主主義の非民主主義性を確証したのであったが、爾来、体制のいかんにかかわらず、政治システムとしては議会制民主主義しかないという風潮がとみに高まった。たしかに、17世紀以降の近・現代政治史が物語っているように、政治的な自由、民主主義の発展は議会制と結びついていたし、近代の民主主義が体制的制度として定着したのは議会制民主主義としてであった。

 議会制民主主義の進歩性、長所、これまでの歴史のうえで最良の政治システムとしての存在意義は、正当に評価されねばならない。

 しかしながら、議会制民主主義は、歴史的な限界、欠陥もあわせもっている。その根本的な欠陥を挙げると、第一に、資本主義的生産の場面における資本家・経営者の労働者にたいする専制を基底にした、たんに政治の場面での民主主義にすぎないという、限定的で狭隘な性格、第二に、政治的な自由、民主主義も金しだいによって左右されるという金権主義的性格、第三に、政治的支配に専従する政治家、官僚、軍人の集団のヘゲモニーによる、上からの民主主義というエリート主義的性格、を指摘しうる。常々問題にされる議会制民主主義の空洞化、政治の金権腐敗、広範な大衆の政治的アパシーなどは、議会制民主主義のこうした欠陥と不可分に結びついている。

 議会制民主主義は、言うまでもなく自由(主義的)民主主義の制度的形態であり、別言すれば代表制民主主義である。代表制は、近・現代資本主義体制に独自の政治的支配システムであって、先に列挙した議会制民主主義の基本的な諸欠陥に表されているように、社会と国家、経済と政治の二元的な分離・統一を前提にしている。議会制民主主義をのりこえるには、代表制を変革し、国家を社会に吸収する方位をもつ新しいシステムに切り替えなければならない。

(2)派遣制

 代表制のオルタナティヴ・システムが、チャーティスト運動やパリ・コミューンなど、民衆運動、労働者運動のなかで伝統として育まれ追求されてきた派遣制である。代表制が、白紙委任であり、代表者(representiative)である議員は選挙民から独立して意思を決定し行動する特権を保障されているのにたいし、派遣制は、拘束的委任であって、派遣委員(delegate)は選挙民の意思に従い代理人(deputy)として行動する。また、代表制は、政党制が前提であり、職業政治家集団代を中核とする政党が上からの競合によって人民大衆から疎外された政治的力を剥奪し、国家権力へと集中するのにたいして、派遣制は、政党制と抵触しその変容を促し、人民大衆が自治によって下から政治的力を奪還し国家権力を社会へと吸収してゆく。

 更に、代表制が直接民主主義とは異質であり、直接民主制と原理的に背反するのにたいし、派遣制は、それ自体は間接制であるが、直接民主主義をできるかぎり導入し、直接民主制と補い合う。

 ここで、派遣制への移行が地域分権の自治体国家の建設と結びあっていることに注意を促そう。地域自治体であれば、代表制の弊害を取り除きつつ派遣制に次第に移行することも、派遣制を柔軟に運用することも、ずっと容易である。関連して、派遣制の実施に際して、全国レヴェルと地域レヴェルとでは一定の違いをもたせる工夫も必要であろう。

 おそらく初めて耳にする派遣制について、イメージを措くのは難しい。そこでわが国の生活クラブが協同組合運動を基礎にして取り組んできた代理人運動を紹介してみよう(*17)。白紙委任を拒否し、みんなで意思決定したことを代行させる代理人運動は、派遣制を称していないが、世界的に長い歴史を有する派遣制の運動に一脈通ずる、新しい社会運動あるいは政治運動として、注目に値する。その独自性として、選挙資金カンパ、特定の人間に固定した役割を避けるローテーション制、報酬管理、更に、地域自治=直接民主主義・下からの民主主義の拡大、共通課題での社会連動の提携、等をうちだし、すでに幾つかの都道府県議会、市議会での進出を果たしている。現下のわが国にあっては、理念と現実のギャップが大きくて数多くの障害が存在するし、困難に直面しての試行錯誤も免れないだろうが、新たな政治を創りだしていく貴重な挑戦として受け継がれていくべきものであろう。

 過渡期の政党制について言えば、一党制は排し多党制を敷き、政権交替制をとる。この面では、ブルジョア政治の長所を継承する。だが、政治的支配に専従するプロの政治家集団として政治的支配階級を構成してきた政党は、ここでは、革命を牽引した政党を含め、政治的支配(階級)の消滅を目指すノン・プロを主力にする政治的リーダー集団へと変容し、人民大衆のなかへ溶けこんでゆくことを求められる。

(3)地域自治体の連邦制国家

 地域自治体国家へ向かっての中央−地方の政府間関係の変革に論歩を進めよう。近代ブルジョア国家は、国民的統一国家として成立し、数世紀にわたって、資本主義経済の国民経済としての形成から世界的な規模への膨張と手を携えながら、中央集権的に発達し、中央集権主義化する過程を辿ってきた。この歴史的動向は、20世紀に介入主義国家の時代をつうじて頂点に達した。

 だが、20世紀末葉の昨今では、グローカリズム(*18)が唱えられるように、急進展する国際化、グローバル化の反面で地域化のヴェクトルも強まっている。国際社会との関係とともに地域社会との関係でも、国家のリストラが迫られており、従来の国民国家の粋をこえて国際的な連合にむかう一方、国内での地方分権化、地域自活の拡充が求められている。

 近・現代の歴史は、工業化につれて都市化が進み、都市の民主化が促されて、地域の自治と分権の諸条件が成熟してくる過程をともなっていた。中央集権主義国家が地域自治体国家に転進する基盤も、長い時間をかけて造出されてきたのである。

 各地域自治体で処理可能な事項はすべからくその自治体が自らの手で遂行するという、地域自治体優先の原則をとって、今日までの中央集権国家の大枠のなかでの地方分権の推進から、自治権力をもつ地域自治体の地方政府としての自立へ、更にそうした地域自治体の連合へと、着実に歩を進めてゆくべきだろう。そして、先駆的な地域自治体の連合の全国的な広がり、それに対応する中央政府の権力の縮減、他方では国会での多数派の獲得、といった過程をつうじて、政治革命への通が開かれるだろう。

 過渡的時代の地域自治体国家がどのような具体的姿をとるのかを想定するのに、今日のスウェーデンのコミューン・デモクラシーが参考に値するだろう。マルクスのコミューン国家はフランスのパリ・コミューンの経験に基づいて抽象されたが、現実のフランスは中央集権主義国家をもって鳴る国である。フランス国家を念頭にコミューン国家をイメージすると、レーニンのごとく中央集権国家に改変することにもなりかねない。スウェーデンのコミューン・デモクラシーは、現実に地域自治体国家の可能性を示しているように思われる(*19)。

 スウェーデンでは、コミューン(全国で289、人口は平均して約3万2千人)が基礎自治体をなしていて、「すべてをコミューンに」、「すべてをコミューンから」と表明されるように、コミューン・デモクラシーが、多方面で豊かに行きわたっている民主主義の基底をかたちづくっている。地方自治体としては、いま一つランスティング(全国で23、わが国の都道府県にあたる)があり、双方が地方政府を構成する。

 中央と地方の政府間関係は、縦割りの上下関係ではなく、機能的分業の横並び関係にある。すなわち、およそ、中央政府は外交、国防、警察、司法、長距離輸送・通信、等、ランスティングは医療・保険、コミューンは初等・中等教育、福祉、土地・住宅、等というように、異なった公的任務をそれぞれが権限をもって担当し遂行する。また、地方自治体は課税権、税率の決定権、自主起債権を確立していて、地方政府として財政的にも自律している。

 よく取り沙汰される「大きな政府」に関しては、権限、業務、公務員数、財政など、あらゆる面で、「小さな中央政府と大きな地方政府」と言うべきである。歴史的に見れば、ほぼ1970年代以来地方への権限と財源の委譲が進められ、1984年からはフリーコミューンの実験事業により分権化、地方自治の拡大が達成される経過を辿ってきた(*20)。

 コミューンの最高意思決定機関はコミューン議会であり、議会議員のなかから、各政党の議席数に比例して執行委員会が選任される。執行委員会とその下におかれる各種委員会が政府をかたちづくる。ただし、委員は必ずしも議員である必要はない。対外的には執行委員会の委員長がコミューンを代表する。また、選挙で選ばれた議員や委員が行政を主導するという制度的仕組みや、住民によって選ばれていない役人が権限をもちすぎるのは民主主義に反するという精神に基づいて、すべての政策の立案、決定、そして実施について、議員と委員が大きな権限と責任を有する。

 執行委員会の委員長など、中心メンバーは専業職だが、議員や委員の大多数はそれぞれの職業をもったままであって兼業である。報酬は公的な仕事に服務した時間に応じた時間給であり、無給のコミューンもある。議員の多くは、学校関係者、医療・福祉関係者、コミューン職員、民間労働者などの現場の代表者、それに高齢者、障害者、移民などの代表者である。女性議員の割合は、コミューン議会で30%台、ランスティング議会で40%台である。

 選挙は、比例代表制で、個人ではなく政党に投票する。選挙・被選挙権を有するのは、18才以上の男女、加えて3年以上在住している外国人である。

 このように、スウェーデンのコミューンでは、地方分権と住民自治が確立していて、手作りの、誰にでも手の届く、身近な民主主義政治がおこなわれているのである。

 これまでに説いてきた代表制の派遣制への変革、中央集権制の地域分種別への変革は、上からの民主主義の下からの民主主義への改造でもあり、市民参加の民主主義をもこえでる市民主役の民主主義、新たな草の根民主主義をもたらすだろう。

 これらの派遣制、地域分権利、下からの民主主義をセットにして、過渡的時代の、アソシエーションの理論と実践に適合する地域自治体国家像を提示しておきたい。

(*16) 柄谷行人編著の@『可能なるコミュニズム』太田出版、2000、A『NAM原理』大田出版、2000、は、マルクス理論の再読を介しつつ、社会主義像を組み立て直すスタンス、資本主義経済のオルタナティヴ・システムを協同組合経済に求める基本的方位において、田畑稔『マルクスとアソシエーション』新泉社、1994、大藪龍介、前掲著、と共通しているうえに、独自の啓発的な論点を含んでいて、アソシエーンョニズムの見地でのマルクス研究、社会主義の新構想の発展的豊富化に寄与している。しかし、ここでは、政治、国家の問題で、古い教義に囚われつづけていて思想的、理論的転換を果しえていないことを指摘しておかねばなるまい。プロレタリアート独裁の固守が、それである。「商品に関するマルクスの厳密な科学的分析こそが、プロレタリアート独裁の必然性を証明している」(@274頁)。「ブルジョア独裁とは、普通選挙による議会制民主主義のことである」(A62頁)。「マルクスはパリ・コミューンに『プロレタリア独裁』の具体的なイメージを見出している」(同)等々。これらは、プロレタリアート独裁についての内在的な理論的検討をおこなうことなく、旧来のドグマを守っていることを示している。今日的にも、運動の非暴力性、暴力革命の否定を唱えながら、「くじ引き制こそプロレタリアート独戟だ」(A64頁)と主張するなど、驚くほど支離滅裂である。これまでにもしばしば出現したのだが、プロレタリア−ト独裁の護持を左翼性の証しとするアナクロニズムを繰り返すべきでは断じてない。プロレタリアート独裁がマルクス主義の理論と実践のうえで、いかに重大な限界であり過誤であったかについては、前掲拙著の当該部、および拙著『国家と民主主義』社会評論社、 1992、の一読を願う。
(*17) 代理人運動について、代理人運動交流センター『季刊代理人』創刊号1993年5月〜第14号、1996年9月(以降は休刊)を参照。岩根邦雄『新しい社会運動の四半世紀』協同図書サービス、1993、には、この運動の提唱者の問題関心が表明されている。
(*18) グローカリズム 地球的規模(グローバル)で発想し、地域(ローカル)で活動しようという考え方。
(*19) スウェーデンの地方自治に関する主な文献として、藤岡純一編『スウェーデンの生活者社会』青木書店、1993、の第一部「地方自治」、A・グスタフソン『スウェーデンの地方自治』原著1996、岡沢憲芙監修、穴見明訳、早稲田大学出版部、2000。伊藤和良『スウェーデンの分権社会』新評論、2000。
(*20) 国際的動向として、1985年、ヨーロッパ閣僚委員会は、次のような原則を含む「地方自治憲章」を発表した。@地方自治の権利は議会が行使するが、法律により認められる場合、市民集会、住民投票などの直接的市民参加の方式を妨げない。A公的責務は自治体を最優先する。B地方自治体の境域の変更については住民投票を含む事前協議なしにはおこなえない。C地方自治体は自由に処分しうる十分な固有財源の権利を持つ。更に1993年、国際地方自治体連合は同種の趣旨の「世界地方自治宣言」を採択した。