『マルクス、エンゲルスの国家論』の再刊にあたって
2024年 3月


 本書は『マルクス、エンゲルスの国家論」、現代思潮社、1978年の再刊である。
 20歳代に全力を尽くした新左翼セクトの活動に挫折した私は、復学した大学院を終えた後も定職に就かず、今後進み行く道についてあれこれ思い悩みながら、『資本論』を中心にマルクス理論を主体化する学習に取り組むとともに、マルクス、エンゲルスの国家論に関する従前の定説に批判的な研究を書き綴った。その諸論文をまとめたのが本書である。一大勢力を築いていた俗流マルクス主義に対する国家論の部面での挑戦であった。
 無名で何の社会的地位もない小生の論稿を『マルクス、エンゲルスの国家論』として刊行いただいた、現代思潮社、石井恭二社長への深い感謝の念は今も忘れることがない。
 本書はそれなりの好意的な評価を得て、私はマルクス主義理論研究の道に転進し、現在にいたった。 
 1989−91年に、20世紀社会主義思想・運動を領導してきたソ連・東欧の「社会主義」体制が瓦解する世界史的な大変動が生じ、マルクス主義は地に墜ちた。20世記マルクス主義の崩落は、ソ連・東欧諸国などの国家資本主義な実相を社会主義と虚飾してきたおぞましい来歴に照らせば、不可避的な成り行きであった。歴史の女神クレオの審判は公平である。
 21世紀の世界と日本の現状況は、貧富の格差の凄まじい拡大、民主主義の更なる形骸化、強(大)国による弱肉強食の横行、地球環境の未曽有の破壊、等々、経済的、社会的、政治的、文化的危機を打開し変革するための新たな人間解放理論が緊切に要請されている。マルクス主義は、「マルクス・レーニン主義」と決裂するのみならず、「マルクス・エンゲルス問題」(マルクスとエンゲルスの理論的異同)や「カール・マルクス問題」(初期・中期・後期のマルクスの理論的変遷)を吟味し、更には“本当のマルクス”にも所在する限界や過誤を掴みとって、マルクス理論をも超えでる形での新規開拓を求められている。 
 マルクス主義と対面する若い世代の活動家や研究者が、旧来の伝習から離れ、マルクスやエンゲルスの古典的な理論の意義と限界を検分する基礎作業の足場の一つとして、『マルクス、エンゲルスの国家論』が役立つことを願っている。
 本書の復刊に際し、書き改めて然るべき論点も少なくないが、初刊の理論展開には一切手を加えず、誤植や記述ミスを訂正するに留めた。
 出版不況の厳しい時勢下、再刊していただいた社会評論社、松田健二社長に厚くお礼を申し上げる。

 2024年3月3日

 福岡の地にあって       大藪龍介