『マルクス派の革命論・再読』の「まえがき」
 2002年2月


 いま、わが国のマルクス主義理論研究は、大転換の途上にある。1991年のソ連の体制倒壊とともに、マルクス主義理論は決定的に地に堕ち、マルクス主義理論からの離反は圧倒的時流となった。戦後日本資本主義のめざましい躍進とは対照的に、スターリン主義やレーニン主義にとらわれ続けてきた歴史的経緯を顧みるならば、マルクス主義理論は凋落すべくして凋落した。ただ、その反面、原点に立ち返りマルクス理論を再読解する多様な研究の交叉のなかから、新たなる理論的動向も、なお微弱であれ、興起してきているように思われる。

 折しも、新世紀である。批判的で創造的な思考とたゆみない研鑽に基づいて、わが国への移入以来4分の3世紀余りの歴史的伝統を一新し、マルクス主義理論研究の新世紀を拓いてゆくことが求められる。

 本書は、この10年ほどマルクス主義理論研究のパラダイム転換を志向して自分なりに取り組んできた研究の、『国家と民主主義』、『マルクス社会主義像の転換』に続く第三作である。

 ここに言うマルクス主義理論研究のパラダイム転換とは、これまで再三表明してきたように、三つの意味内容から成っている。まず第一に、わが国のマルクス主義理論研究にほぼ全一的な影響力を揮ってきた、レーニン主義をはじめとするソヴェト・マルクス主義の超克である。第二に、ソヴェト・マルクス主義を含めた20世紀マルクス主義の基調として伝承され通説とされてきた後期エンゲルス理論ののりこえである。そして第三には、マルクス理論自体の相対化である。マルクス理論にたいしても批判的パースペクティヴをもって接することにより、マルクスに内在しながらその理論的到達を突きとめ、成果、功績ともに欠陥、弱点をも究明すべきである。

 右の第一に関しては、ソヴェト・マルクス主義と西欧マルクス主義との、それにまた社会民主主義との対質、第二に関しては、「マルクス、エンゲルス問題」の吟味、第三に関しては、マルクスと同時代のブルジョア経済学や政治理論の最高達成──例えばJ・S・ミルのそれ──や、社会主義、共産主義の諸派の業績との比較検討が、それぞれに欠かすことのできない要件であろう。

 この書では、マルクス、エンゲルスそれにトロツキーの革命論を中心的主題として討究する。最近年、未来社会論について、マルクスの構想をアソシエーション論として再発見し開発する研究が進展し、新境地が開かれつつある。そのアソシエーション論と相即する革命論としての社会革命論の原型を掘りおこすことが、最たる課題である。

 第一部では、マルクスとエンゲルスの革命論について再考察し、三つの章を通して、マルクス=エンゲルス『共産主義派宣言』からレーニン『国家と革命』への発展を基本線として説いてきた従来のマルクス主義革命論に取って代えるべき新たな評価と解釈を提示する。1848年革命期の国家中心主義的政治革命論たる永続革命論について、マルクス、エンゲルスはその欠点の克服を進めることになるが、1860−70年代のマルクスは、永続革命論からの脱却をはたして、新たに社会革命論を形成すること、1895年の政治的遺書 へといたる晩年のエンゲルスの革命論の追求は、後期マルクスの社会革命論を継いでの、陣地戦の革命路線の開拓であること、これである。

 第二部では、20世紀マルクス主義の栄光と悲惨をその劇的な生涯において体現したトロツキーについて、彼の理論の基柱をなす永続革命論とソ連論を歴史的に検証する。1917年のロシア革命のモデル化と結びついて高い評価を与えられてきた永続革命論についてこれまでに不問に付されてきた諸難点を析出し、また、スターリン主義のソ連体制についての官僚主義的に堕落した労働者国家という規定にひそむ諸錯誤を摘示して、ソヴェト・マルクス主義として免れなかった社会主義革命と建設の路線上の重大な歪みを明らかにする。

 最後には、20世紀マルクス主義を主導したソヴェト・マルクス主義の革命と新体制建への挑戦が有した歴史的な意味を問い、その実践運動が破綻に帰さざるをえなかった原因を省察する総括的な一章を加えている。

 マルクス主義理論研究のパラダイム転換という巨大な課題に応えるには、今回の書もまた、あまりにも力量不足である。だが、新たなマルクスの、またエンゲルスの、同じようにソヴェト・マルクス主義の全体像を求めて、反省と再構築の真摯な考究が諸々の形で懸命に営まれ積み重ねられている。それらの鋭意専心の理論的追究がやがて大きなうねりとなることを期待するとともに、その一端に列して、新動向の発展に本書がいささかでも資するのを願うばかりである。

 なお、今日の時代状況にあって、マルクスの社会革命論やアソシエーション論を生かして、どのような変革の理論を打ちだすべきかについては、甚だ不充分な論文であるが、別稿「過渡的時代とアソシエーション」(田畑稔・松田博・白川真澄との共編者『アソシエーション革命へ』、社会評論社、所収)を参看いただきたい。

 商業ベースとはまったく無縁なマルクス主義理論研究の専門書の出版を、『国家と民主主義』に続いて心よく引き受けていただいた社会評論社松田健二さんに深謝し御礼を申しあげる。

 2002年2月初旬 福岡にて

 大薮龍介