宇野弘蔵『「資本論」と社会主義』再刊(こぶし文庫)に寄せて
 こぶし書房『場UTPADA』No.2 1995年6月


 新しい時代を開かんとの情熱に燃えながら、60年安保闘争に明け暮れた日々、マルクス、レーニンに加えて対馬ソ連論、黒田哲学や宇野経済学が、私にとっても思想形成の導きの理論であった。宇野経済学の類まれな卓抜さを理解できたのは、しかし、それから10年ほども経た後、宇野の諸著作に系統的に接してからのことである。

 マルクスの最高傑作『資本論』さえも、対象の客観的構造を写しだす論理としての精確さという一点に照らしつつ、経済学三段階論の原理論として再構成するという、溢れる批判精神と強靭な思考に私は驚嘆した。爾来、マルクス理論に内在しつくしながらそれをも超えでようとする学問的精神を学びとり、国家論研究における宇野弘蔵を目指そうという気概を密かに抱いて、マルクス主義国家論の創造的建設に挑戦する道を歩んできた。

 『「資本論」と社会主義』では、思想と科学、理論と実践といったテーマについても、含蓄ある考察が披瀝されている。党の決定は、理論の科学的正否を決定するものではない。こうした批判は、かつてのスターリン主義だけを射抜くのではあるまい。新左翼も自己革命を必須的に迫られていると思われる昨今、とりわけ実践活動の最前線で苦闘を重ねている人達によって、本書はもとより、日本マルクス主義の優れた理論的遺産が再主体化され、閉塞せる世界を打破するエネルギー源となることを切に希求する。

(大藪 龍介)